本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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ムッツリラスボス、飛鷹さん

 

 

 

 大切にしたい人。

 守りたい人。

 死なないでほしい人。

 ……一体、誰が思い浮かんだ?

 

 ――大丈夫。私はずっと一緒にいる。

 

 ――死ぬときは共に死ぬから。

 

 ――私にも背負わせて。

 

 ……ああ、そうだった。

 もっと、早く気がつくべきだった。

 彼女は前から、もしかしてずっと我慢してきたんじゃないのか。

 ずっとそばにいた人。ずっと支えてくれた人。これからも支えてくれる人。

 頭に焼き付く、たくさんの笑顔。怒った顔。泣いた顔。呆れた顔。悲しそうな顔。

 いっぱい知っている。彼女はそれだけ一緒にいてくれた。

 自分のなかで、大切な人と言うのは……誰だ?

 絶対に死なせたくない、失うのを恐れているのは誰だ?

 そう、考えたときに脳裏に過るのは、彼女の横顔だった。

 ああ、そうか。漸く、悟る。これが、そう言うことなのかもしれない。

 彼女と一緒にいる未来しか思い浮かばない。

 彼女から離れる未来など存在しない。

 だって、彼女とは約束があるから。

 一度は反故にする覚悟をした、ささやかな夢が。

 共に行こうと言い出したのは彼だ。

 それは、未来をも自分で繋いでいること。

 彼女といるのが当たり前の未来。

 それほど、彼女は……彼のなかで大きな存在だった。

 彼女とどうなりたい? 相棒のままでいいのか?

 それもわるくないだろう。でも、贅沢を言うなら……もっと進みたい。

 もっと深く、もっと強く。彼女のことをこんなに想っているのはなんだ。

 彼女の良いところも悪いところもみんな知っている。

 気になっているのは何でだ。異性としてだろう。

 そろそろ正直になろうじゃないか。提督は、彼女を、飛鷹を、どうしたい?

 

(……ひ、独り占めを……したいです)

 

 よろしい。肉欲にまみれただらしない顔をしているが、多分彼女は許してくれる。

 笑顔も、言葉も、言動も。あんなに重たい感情を向けてくれる彼女を強欲にも一人で楽しみたいと。

 この鬼畜め。彼女がそんなに欲しいか?

 

(欲しいです……)

 

 彼女の何が欲しいか言ってみろ、この救いがたいスケベ野郎。

 

(飛鷹の笑顔が見たいです。俺と一緒に笑って欲しいです)

 

 それだけじゃないな。そんな綺麗事で済ませると思うなよ。

 本音を言うんだよ。お前が一番ほしいのはなんだ?

 

(飛鷹の……心です。あいつの心を……俺色に……染め上げたい)

 

 良いじゃないか。いい感じに本音が吐露されているな。

 だが、肝心のものがないな。ほら、白状しな!

 お前が、一番、飛鷹に、欲しいのは、何だッ!?

 

(……あいつにキスしたいです……。そのまま夜の戦に一緒に出たいです!)

 

 そうさ!! よくぞ認めた!!

 お前が欲しいのは飛鷹にエロいことしたいからだろこの童貞!!

 そうだよなあ!? あんな美人が自分に尽くしてくれるって言うなら、夜に期待するよなあ!?

 それが男ってもんだ!! つまりエロいことしたい飛鷹をどう思っているんだ!?

 

(お、俺は……俺はぁ……!!)

 

 誤魔化すな!! 解放しろ!! お前の本性を!!

 長年培ってきた童貞の妄想パワーを爆裂させるんだ!!

 さぁ、言え!! 言うんだ提督!!

 お前は! 飛鷹を! どう思っているんだ!?

 

(お、俺は……飛鷹が、飛鷹が欲しいいいいいい!! 全部が!! あいつの全部が俺は欲しい!! こんなにも尽くしてくれるあいつが可愛くて仕方ねえ!! ああそうだちも、エロいことしたいさ!! 相手が飛鷹じゃなきゃ俺は嫌だ!! 童貞卒業は飛鷹がいいさ!! あいつの身体も、あいつの心も、あいつの笑顔も!! 俺だけが独占したい!!)

 

 フッ……良かったな、提督よ。お前はとうとう自覚したのだ。

 お前のなかで最も大きな女は誰か、分かっただろう。

 飛鷹だよ。お前が一番そばにいて欲しい女と言うのは。

 失いたくないと、ずっと思っていた女は一人だけさ。

 夢のないお前が、自ら志願した手伝い。お前は飛鷹と共にいたいと願っている。

 お前は飛鷹が大切なんだ。お前は飛鷹だけは絶対に守りたいと思っているんだ。

 あんないい女、早々いないぞ。本当に良かったな、あんな風に慕われて。

 そして、もうわかるな。お前の抱く……そのエロにまみれた感情の名前を、お前は知っているはずだ。

 

(ああ、分かる。初めての俺にも、分かるぞ……!! そうか、これが……これこそが……!!)

 

 そうさ。これこそが、お前が求めて探していた感情だったのさ。

 ならば、その名前を言ってみろ。叫んでみろ。己のなかで。

 

(そう。この感情……正しく、恋だぁッ!!)

 

 恋をしたな。飛鷹に。彼女に対して最低な動機だが、まあ唐変木にしては上等だ。

 惚れたんだろ? あの女性に。

 なら、行ってこいよ。タイミングを見て、思いを告げな。

 大好きです、ひよーーー!! ってな。どっかの自爆しそうになる旦那みたいにさ。

 ちゃんと告白しろよ。結婚も視野に入れな。じゃないとエロはできないぞ。

 

(責任とれと仰るか! とりますけど!)

 

 よろしい。じゃあ、行ってこい。

 精々愛想尽かされないような。

 頑張れよ……ぼくねんじん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(!? なに、この寒気は……!? て、提督が……ハンターになった!?)

 

 

 この日。提督はスイッチが入った。

 飛鷹にエロいことしたい理由を問い詰めたら好きだって自覚した。

 それが恋だと知ったのだ。何でエロいことしたいか。理由はシンプル。好きだから。

 鈍感な彼も気付いた色欲だらけの恋心。

 漸く、彼女の長い長い戦いは……終わるわけがなかった。

 寧ろ今始まった。あかん方向に覚醒したスケベ野郎のせいで。

 狙われている。本気で何かされそうな予感がある。

 立場逆転。飛鷹は後ろからターゲットにされてしまうのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元来、全ての恋愛が劇的、ドラマ的に始まるわけではない。

 そんなものは所詮フィクション。

 特に理由なく好きになる事もあれば、邪な心を抱いて自覚する場合だってある。

 この場合は……。

「…………怖い。こっち来ないで」

「なんで!?」

 翌日から、より卑猥な目線で後ろから見られるようになって、飛鷹が怯えてしまった。

 二人きりになると身の危険を感じて部屋の隅っこに逃げてしまう。

 泣きそうな顔で睨まれると流石に良心が痛む。

 初心な飛鷹にエロに覚醒したケダモノは怖すぎる。

「私に秋雲の趣味みたいな事をするんでしょ? エロ同人みたいなこと……」

「どんなものを読んだんだお前は……。いや、落ち着いて。なんもしないから」

「け、ケダモノはみんな最初そんなこと言うのよ……」

「すいません、自重するから。ごめんなさい。飛鷹の嫌がる事はしないって誓うから」

 余裕があるのは敵に対して。鈴谷に言っておきながら自分がその対象だった。

 知識すらない彼女も色々オータムクラウドに教わって蓄えていたのだが。

 ……中身が如何せん、特殊なハードすぎた。己の理解できぬ世界に突入すると思うと怖くなったのだ。

 飛鷹は至ってノーマルのラブがいい。マニアックかつ激しいのはいや。優しくして欲しい。

 後ろの視線が猛獣のそれになると、恐怖が勝る。

 すっかり怯えてしまった飛鷹に土下座して謝る提督。

 飛鷹は恐る恐る、彼に近づいて、警戒しつつ腰を曲げて、指先でつつく。

「……怖いことしない?」

「しない。絶対しない。って言うか、からかっておいてお前もやっぱり怖いんじゃん……。俺で遊んでおいて」

 顔をあげ、呆れたように言う彼に、顔を赤くして言い返す。

「べ、別に遊んでた訳じゃないよ。興味持ってくれて嬉しかっただけ。……貴方がその、何かしたいときは言ってね? 不意打ちは正直、怖いから。言っていれれば、付き合うわ。ただ、約束してね。私だけにするって」

「分かった。飛鷹にしかそういうことしないように頑張ってみる」

 飛鷹は飛鷹で男の性欲をよくわからない。からかっていたのは調子に乗っていたと認める。

 まさか、あんな野獣じみた餓えた目付きで見てくるなんて。すごく怖かった。

 合意の上でなら、少しぐらいは受け入れる努力はする。

 ただ、オータムクラウドのソリッドブックな物はいや。

 結婚してもあんな変態の芸当だけは何がなんでも。

「……。あのさ、鈴谷みたいなことしても、怒らん?」

 彼は懲りずに立ち上がった。彼女に向かって初めてのスキンシップを試みていた。

 今まではおさわりなど一度もなかった。だが、今は互いに異性として意識している。

 ……興味がないわけではない。飛鷹だって彼の筋トレで鍛えられた肉体には触ってみたい。

「うっ……。変なことしないわよね?」

「理性が飛ばない限りは」

「飛んだらするんだ……」

「ゴメン、訂正。鋼の意思で押さえつけるから、お願い!」

 ちょっとずつ、飛鷹は警戒の色を解く。

 ここまで飛鷹を求めてきたことは経験がない。

 逆を言えばチャンスなのだ。向こうからよいといっている。

 色仕掛けゴー! これなら合法。セクハラにもなるまい。

 飛鷹も合意の上でだから。常識の範囲内。

「い、いいけど……」

「抱き締めていいのか?」

「ま、まあ……うん。いいよ」

 緊張する。彼の方が身長が大きいから、近寄られると少し威圧感がある。

 腕を広げて、彼は構えた。飛び込む役目は飛鷹から。

「さーこい!」

「むっ……」

 提督は慣れているのか、余裕があるみたいである。

 鈴谷とかとハグしているからか、このぐらいじゃ気にしないのか。

 というか、鈴谷やってるのに飛鷹ができないはずがない。飛鷹は正妻と書いてラスボスと読むのだ。

 小娘にできて猛禽類にできないことなどなにもない!! ラスボスは無敵なのだ!! 

 と、変な負けん気と焼きもちが発動。鈴谷よりも前にいきたい彼女は果敢に彼の胸に飛び込んだ。

 と、同時に捕獲される。抱き締められた。飛鷹は我に返りパニックになった。

(キャー!? 捕まった!! 捕まっちゃった!! 抱き締められた!! 逃げ切れない!! 何されるの私!?)

 あわあわと余裕が削られる飛鷹は顔を真っ赤にして取り替えず抱き締め返す。

 提督は……感涙していた。飛鷹の初めて感触に。柔らかい。良い匂い。めっちゃ女の子。反応可愛い。

 ギューっとしても怒らず飛鷹は受け入れる。内心、どんどん余裕が無くなり硬直。

 提督は満足していた。飛鷹の髪の毛からは微かに彼女が使っているシャンプーの香りが漂う。

 椿だろうか。嫌いじゃない。彼女なら何でも好きになれそうだった。

「うーん……幸せ」

「…………」

 満足の提督に、次第に落ち着く飛鷹は顔をあげた。

 彼は見たことないほど満たされている表情だった。

 ……彼女が想像していたような狼までにはまだ、至っていないようだった。

 あーるじゅうはちはいけません。大人同士とはいえ、鎮守府の中では節度ある行動を!

 ムッツリだった。飛鷹は完全にムッツリだった。

 エロい妄想をして悶えているのは飛鷹も提督も同じ。

 似た者同士らしい。温度計よろしく下からカーっと赤くなる飛鷹。

 経験のない生娘がピンク色のお楽しみタイムを考えていたのが危うくバレるところだった。

 絶賛愉悦彼は気づいていないようだが……。

「わが世の春が来たか……」

 随分と健全な春である。

 飛鷹もその気はないと分かるや、攻める。チャンスは最大限に。

 勢い余って食べられてしまってもこの際覚悟は決めた。彼なら多少乱暴でも大丈夫。

 ふんふん、朝潮のようににおいを嗅ぐ。これが彼の汗の匂い。しっかりと覚えていこう。

 将来的に浮気をもしもした場合、相手の女をぶっ殺す為に。においの判別は重要なスキル。

 下準備は始めておかねば。彼の全ては飛鷹が独占するのだ。絶対に他の女にはやらない。

(……あ、何か……くらくらする。何かしら……)

 飛鷹の目が、危険信号モードに移行。

 初回の恍惚な刺激は彼女の安全装置を解除した。

(うふふ……幸せね。このまま、このまま……じゃない。理性を保って私。美味しくいただかれるのは結婚後か最低でも恋人になってから。落ち着いて、私。どうどう。欲望に任せてはっちゃけたら彼が憲兵に捕まる。憲兵を殺すとリスクが大きすぎる。あっちはまず、説得してからにしましょう。人殺しは不味いって、さすがに……。大丈夫、責任とる方向で尚且つ恋人、または婚約済みから、違法性はないって判断されることがおおいって聞いたし。結婚前提なら婚前交渉ってことで流してもらえる。周囲への気配りだけ完璧ならここから愛の巣にすることだって可能じゃない。よし、昼も夜も秘書を務めるのは私よ。怖がらなくても彼なら優しくしてくれる。怖くない怖くない。ふふっ、提督の童貞を奪うのはこの飛鷹なんだからね。……経験ないぶん、もう少し安全な方向で知識蓄えよう……。秋雲は宛にならないし)

 相変わらずピンク色のお楽しみなことを考えていた。

 ムッツリ飛鷹さん、将来の夜に心配を寄せる前に、彼がそこまでエロスに至ってないと気づきましょう。

 現在抱擁で満たされた健全なエロスが、彼女の暴走に飲み込まれるかどうか。

 もはや事態は、多分そっち方向に爆走しているかもしれなかった……。


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