本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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覚悟の決め方

 

 

 

 

 

 

 

 最近、大本営が忙しい。いや、忙しくないわけがない。

 この国中の鎮守府に、緊急のお達しが出たのだ。

 そこには、こう記されていた。

 

 ――大きく人類は勝利に近づけるかもしれない。

 

 何と、大本営いわく、深海棲艦の大規模な拠点を遠い海域で発見したらしい。

 そこは世界中にある拠点のなかでも類を見ない巨大さで、海流の関係もあってそこを潰せば我が国だけではなく他国の海域奪還にも大きく貢献できるという。

 稀に見る僥倖な話で、早速海域攻略担当の鎮守府では決戦をするべく、作戦を練っているとか。

 そのぶん、サポートに回る鎮守府ではある程度ペースをあげて本土防衛に取り組めと言われた。

 まあ、そんなことは関係ないだろう。ここは至って平和な海域しか請け負っていない。

 これまで通り、できる事を専念していけばいい。

 それだけで意外と他の人がうまくやってくれる。

 提督は日々の彼女の方に忙しかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日々、イチャコラしていく二人。

 スキンシップ解禁により、わりと既にお付き合いしているのでは、と思うほど仲良くしている。

「あれ、飛鷹シャンプー変えた?」

 ある時は、飛鷹自慢の長い黒髪の先を指先で掬い、鼻先で匂いを確かめて提督は問う。

 なお、食堂と言う公衆であった。

「えっ? ああ、そうね。変えたけど……よく気づいたわね」

「まーな。前は椿かな、って思ったんだけど。違った?」

「あってる。こっちの方が好きなの?」

「俺はこっちの方も好きかなあ。前のも好きだよ」

「そ。覚えておくわ」

 割りと当たり前に会話しているが普段彼はここまで積極的じゃない。

 周囲は既に諦めムードだった。たった一週間ほどで飛鷹は外敵を全て潰した。

 買収した味方で徹底してアピールする時間を奪い、自分だけを見るように仕向けた。

 それでも突入する命知らずは演習のなのもとに全員叩きのめした。

 何より、提督が彼女を目に見えて優先しており、完全に関係が出来ていると思い始めた。

 当然となったコミュニケーションに、あの金剛ですらため息をついて諦めたほどだ。

 誰が見ても提督は飛鷹にしか目がいかない。この戦いはもう飛鷹の勝ちなのだ。

 逆に言えば味方となった美味しい思いの駆逐艦などは飛鷹の恋に応援している。

 なにせ、遊ぶ時間が格段に増えて彼も結構構ってくれる。

 もともとハッキリした恋心ではない彼女たちは飛鷹の本気に納得したのだ。

 これが、本気でホントの恋愛なのだ、と。自分達のは憧れに近かったことも気づいた。

 好きと言う感情は本当に何でもさせる。彼女は平然と敵を潰した。

 彼女には敵わない、と実力を見せつけた結果。以前戦うのは……彼女だけ。

 諦めの悪さは飛鷹並みと自負する鈴谷だった。

 鈴谷は奮闘している。まだ付き合っているわけではないと気づいているのだ。

 飛鷹は彼とスキンシップするとき、必ず少し警戒する。

 恋人同士ならしないはず。

 怯えに近い感情を隠しきれていない。

 それに飛鷹も当然分かっている。鈴谷を容赦なく追い詰めていた。

 なにせ四六時中一緒にいる。秘書を申し出ても飛鷹が却下して握りつぶす。

 何かしようとしても、先回りして飛鷹が邪魔をする。

 戦闘じゃMVPは飛鷹が鈴谷のみ、遮ってくる。他の艦娘には譲るのに。

 彼女が目立つ様なことは全てを封殺して、鈴谷に目がいかないようにしているのだ。

 周囲は鈴谷に言う。諦めろと。飛鷹が怒る前に。

 あまり飛鷹を刺激すると、本当に真面目に何かされかねない。

 下手すれば意見具申で、他の鎮守府に飛ばされる。

 提督はそこまで愚かではないだろうが、飛鷹に丸め込まれてやりかねない。

 飛鷹は平気でそれぐらいする。だから、身を引けと。

 だが、鈴谷は逃げなかった。飛鷹の目を掻い潜り、何度も彼に近寄った。

 彼もなんだかんだ、鈴谷を可愛がっており、かなり甘やかしている。

 それは恋人と言うよりは鈍感な先輩と必死になる後輩。

 あるいは、仲良しの兄妹のように見える。彼氏彼女には残念だが見えなかった。

 傍から見れば分かること。彼の心はもう、飛鷹にしか向いていない。

 鈴谷に対する感情は恐らく親愛。愛情ではない。

 愛情は飛鷹が一身に受けているし、飛鷹も他者に触れさせる気は毛頭ない。

 敵でないなら何時もの飛鷹。然し、鈴谷には攻撃を止めない。最早いじめに等しい。

 他の艦娘や伊良湖、間宮が提督に相談するぐらい悪化していた二人の険悪な仲。

 彼も、思うことはあった。飛鷹は鈴谷を最近目の敵にしていた。

 あの、朱色の綺麗な瞳に闇と病みを濁らせて鈴谷を追っ払う所は見たくない。

 鈴谷にも、そろそろ答えを出すべきかもしれない。時期的には。

 彼は決めた。答えを出そう。

 身を引いてくれたのか、大人しい部下たちのなか諦めない唯一の鈴谷に。

 彼は、飛鷹にこう、言い出すのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鷹。……鈴谷をいじめるのは止めろ。もう、いいだろ。お前が何でそんなことしてるか、何となく鈍い俺でも察したよ」

「いやよ。絶対いや。鈴谷が負けを認めるまで、私は止めないわ」

 もう、この頃には互いに理解している。付き合いの長さは伊達じゃない。

 好きあっているのは、言葉に出さなくても。でも、飛鷹は譲らなかった。

 言外に、鈴谷にはその感情はないと言うのに、嫌がる。

「……飛鷹。俺は」

「まだ、聞きたくないわ。やめて、今は言わないで。鈴谷を追い払うまでは……ダメなの」

 お前を嫌いにはならない――こう言っても、飛鷹は首を振る。

 朱色の瞳が、汚く濁る。またか。彼女の嫉妬が、前に出た。

 彼とて知った。飛鷹は、嫉妬深く警戒心が異様に強い。

 一度目をつけた相手にはとことん、追い詰める。

 執拗に攻撃を繰り返し、負けを受け入れるまで躊躇などしない。

 醜い、不毛な戦い。結果は既に決まっている。飛鷹は勝者の筈なのに。

 不安の種を消すかの如く。抵抗を続ける鈴谷を潰そうとする。

 このままでは、本当に鈴谷の精神が持たなくなる。

 いっそ、提督が振ってしまおうか、と思ったが。

 飛鷹はそれすら、嫌がった。

「そんなことで、鈴谷は諦める娘じゃない。禍根が残る。未練が残る。ダメ、ダメよ。貴方が言っても鈴谷は受け入れない。貴方を変えようとする。許せない、貴方に何かする相手は……許せない。我慢できない。貴方が……貴方が鈴谷に感応するのは分かりきっているじゃない。脅威は潰さないと。この手で、私が……。私が決着をつけるって決めたの。お願いだから、邪魔しないで。……ねえ、私が今何をするか……分かったものじゃないって、理解してるでしょ?」

 飛鷹は、少し首を傾げて問う。空っぽの朱色。空洞の瞳。それが虚空を見据える。

 見ているのは彼じゃない。一体、何を見えているのか提督にも分からない。

 付き合いが長くても、初めて見る彼女の心の弱さ。

 飛鷹は……鈴谷を酷く恐怖しているようだった。

「お前なぁ……。いや、何て言うか。そんな取り乱すほど、鈴谷が怖いか?」

 提督は呆れたように彼女に問う。

 プッツン、と彼女から何かが聞こえた。

「……怖い? 私が、鈴谷を?」

 地雷を踏んだ。飛鷹が怒った。

 肌で感じる。飛鷹は今、完全に頭にきた。

「何を言うの。私はこの鎮守府で最も強い艦娘よ。尤も貴方に信頼される艦娘よ。その私が……鈴谷を、恐れる? どうして? どうして、貴方が鈴谷の肩を持つの? 貴方が見ている女は……私じゃないの?」

「バカ。お前以外にいたら、とっくにお前に殴られるわ。分かりきったこと聞いてんじゃねえよ。霞じゃねえが、見てられねえ。飛鷹さ。俺は飛鷹にさんざん迷惑かけまくった、厚顔無恥なクソ提督なんだけど。だからって、自覚した想いまで捨てるような男に落ちぶれた覚えはないぞ。お前、俺の目玉が節穴とでも思ってんのか?」

 逆ギレした。追い詰めるように詰め寄る飛鷹に己から足を進める。

 飛鷹はまさかの展開に怯む。後ろに下がった。

「肩を持つ? ああ、そうさな。鈴谷をこれ以上何かするってんなら、俺も考えるさ。けど飛鷹さんよぉ、俺の相棒を自負するお前らしくねえよな。俺がマジで熱くなる女が誰かぐらいわかってんのに、鈴谷をお前は叩き潰そうとする。……何だよ。それを怖がっているって言う以外に、何て言うんだ?」

 警戒の対象として、潰すと決めた。

 故に加減なしの暴走状態。飛鷹の態度は目に余る暴挙となった。

 提督はそれが気に入らない。彼がケリをつければ穏便にすむのに、飛鷹は己で壊そうとする。

「くっ……。言うじゃない。ええ、そうね。認めるわ。私は鈴谷を凄く嫌よ。あの娘が貴方の近くにいるだけで黒い感情が加熱される。怖がっている? いいえ、惜しいわ。嫌がっているのよ。鈴谷の、あの言動が。私の神経を逆撫でするの。許せなくなるのよ。悪い? 敵は潰してなんぼでしょ。鈴谷は、私の、敵。倒すべき、敵」

 飛鷹は認めた。黒い嫉妬を。濁った泥を。

 提督はそれを聞いて、更に言い放つ。

「悪いに決まってんだろうが。チマチマとまだるっこいことしてくれて。要するにあれだろ? 鈴谷が何時までも俺を諦めないのが気に食わねえ。そんだけだろ。一発殴って済ませりゃ良いだろうが。演習なら言えば準備はするぞ」

 提督はあくまで、飛鷹の味方だ。手段がよろしくないので、止めろと言うだけ。

 飛鷹は鈴谷のしぶとさをよく知っている。だから根刮ぎ心を破壊しないと気がすまない。

「殴って終われば苦労しないわ。見たでしょ。あの子はどんな逆境でも諦めない根性の持ち主よ。貴方が言って、どうにか出来るならとっくにすがってでもお願いしてる!! あの子は徹底的に壊さないと……安心できない。鈴谷の思慕は……私には、ただただ嫌なの。イラつくよ。腹が立つよ。憎い……。憎い、憎い憎い憎い憎い憎いッ!! 鈴谷が心底、憎いのよっ!! ここまでして、まだ追い付こうとする鈴谷が……私は嫌い!! 大嫌い!! 嫌なものは壊してしまえばいいのに!! 貴方がダメって言うなら、私はどうすればいいの……?」

「その本音をぶつけてこい。言いたい事があるなら、存分にな。俺に言うなよ。鈴谷に言え。俺は……お前を見捨てないし、嫌いにもならねえ。ただ、壊すな。奪うな。お前がそれ以上、何かをしでかした場合は……何時かの逆になる。お前を殺してでも俺が止める。大丈夫だ。お前がああいったように、俺もお前を一人にはしない。俺も死ぬ」

「!!」

 ……一番の恐怖を言われた。死ぬ。一緒に、死ぬ。彼が、何よりも嫌う結末を、覚悟している。

 嫌だ。死ぬのは嫌だ。彼が死ぬのは嫌だ。死なないで、死なせないで。ダメ。絶対ダメ!!

「お前の勝ちは……見ての通り、決まっている。俺も言いたかないが、これ以上は泥仕合だ。見ている周囲がすり減る。お前がそこまで殺したいなら、鈴谷の恋心を……それだけにしろ。どのみち、恋愛には勝ち負けしかない。鈴谷も、敗けを認めないのは往生際が悪いことでもある。お前の言う通り、あそこまでガッツがあるとあり得る話だ。あの子には悪いが……俺は、応えられないから。正直に言っても……たぶん、未練は残ると思う。命懸けだから、な。飛鷹、恨まれると思うぞ。俺達。最悪、殺されてもおかしくはない。それだけの事をするんだ。覚悟はいいか?」

 鈴谷に、二人で止めをさす。健気な少女の心を……破壊する。

 さぞ、恨まれ憎まれ蔑まれるだろう。愛想も尽かされるに違いない。

 それでも、己には嘘はつけない。答えは出すと彼女にいった。

 ならば、傷つけようとも……ハッキリさせるのだ。現実と、彼の答えを。

「俺も背負おう。俺達の問題だ。鈴谷は、悪くない。何時までも答えを出さなかった俺のせいだ。あいつは悪くないんだ、飛鷹。お前を不安にさせるのは、全部俺が悪い。……もう、だから鈴谷に酷いことをするのは止めてくれ。一度殴りあって、思いっきりぶつかろう」

 飛鷹は鈴谷が悪いと言うが結局、飛鷹ばかりに目がいって遅くなった提督が最大の原因だ。

 早く答えを出せばいいものを、先に伸ばした事で状況は悪化した。

 失敗したのはお互い様。飛鷹は攻撃しすぎた。提督はふらふらしすぎた。

 互いに、鈴谷に……謝りたいと思う。

 これでおしまいだ。二人で思い切り喧嘩して、そして提督は謝罪と答えを告げ、終わらせる。

 飛鷹の目にハイライトが帰還する。彼女は、頷いた。

「……ごめんなさい。そうね、そうするわ。私も、あの子に酷いことをやってしまった。謝らないといけないわ。その前に……全部ぶちまけるけど」

 それしかない。不器用な三角関係は、終わらせよう。

 本当に結ばれる、ただ一つの方法。

 それは、ちゃんと答えを出すべき人に、言葉で伝えること。これしかない気がした。

 提督と飛鷹は、誓う。けじめを、つけると。

 その後、鈴谷に飛鷹から演習の申し出があったと伝えた。

 彼女は妙に張り切って、必ず勝つと意気込む。 

 それが、提督には胸が痛かった。こんな無邪気な好意を、断ることになる。

 それでも、彼が惚れたのはただ一人だけ。

 飛鷹と言う……たった一人の、女性しかいないのだから。

 運命の日が決まり、その日まで……互いに、腹を括るのだった……。


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