本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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意地の戦い 前編

 

 

 

 

 

 演習までの時間。

 飛鷹は考えていた。

 どうやって、鈴谷に諦めさせるかを。

 ここまで嫌がっていた理由を理解した。

 こと、諦めに関して二人は同族であった。

 つまりは、同族嫌悪。飛鷹は特に、同じタイプの人間を毛嫌いする。

 本気で潰すと本人には伝えた。そして、持てる全てを出して排除しようとした。

 ……本音を言えば、確実に勝てた。追い出すことだって立場を使えば出来たのだ。

 でも、それはライバルとして……卑怯なことだと思ってしなかった。

 不戦勝に近い方法で勝ってなんの意味がある。

 相手の心を砕いてこその勝利なのだ。不安は我慢できないから消そうとしたのに。

 飛鷹の思っていた以上に鈴谷は食いついて離さなかった。他の艦娘が諦めるなか、一人だけ。

 劣化と悩んでいたくせに、抗って戦い続けた。次第に飛鷹はそれを目障りに感じた。

 早く諦めろ。早く敗けを認めろ。なのに彼女は逃げやしない。

 その言動が苛立ちと憎しみを加熱させた。苛烈になる嫌がらせ。

 周囲は飛鷹を恐れている。提督のために何でもする彼女は鎮守府で一番危険な存在だと知るから。

 気がつけば、憎しみと苛立ちをぶつけて彼女をぶち壊そうとしていた。

 ……泥沼化することなど、望んでいなかったのに。ここまでしぶといと誰が思う。

 嫌いだと飛鷹は彼に言った。否、嫌いになったのだ。

 しつこい鈴谷に、嫌気を感じて……最終的にはキレて殺していたかもしれない。

 飛鷹は嫉妬している。健気な鈴谷の想いが、飛鷹を覆そうとする気がして。

 相手の気持ちは本気なのだと分かっているから、ただ攻撃を続けていた。

 鈴谷。憎い。鈴谷が、今も憎い。脅威と分かるあの娘が憎い。

 望んでなどいなかった。引き際の知らない互いが争って修羅場となっただけ。

 でも、答えは決まっている。彼は、飛鷹を見ていてくれる。その事実が全てだ。

(分からせてやる……。彼は私を見ていると、教えてやる……)

 それでも理解しないのならば物理的にするしかない。

 鈴谷には悪いが、此処から追い出そう。抵抗するなら半殺しにしてでも。

 闇色の瞳で、誓う。やり過ぎたとは言った。

 でも、気が済んだとは、一言も言ってない。

 全部ぶちまけるなら、飛鷹は狂気を押しだそう。

 謝るのは過剰なことをしたこと。彼を渡すつもりも加減もしない。

 反省はしたけれど、感情は沸騰したまま。

 飛鷹は下した。

 

 ……彼女を殺すつもりで、戦うと。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。運命の日。

 仲違いを起こしている二人の演習という名目の決闘に、鎮守府の仲間達が注目するなか。

 沖に出て準備をしていた鈴谷に、飛鷹が声をかけてきた。

 不機嫌そうに睨む鈴谷。ここ最近の過剰攻撃に警戒して、彼女はかなり飛鷹に対する怒りが溜まっていた。

「……なに?」

 刺々しい言葉に、飛鷹は何時もの余裕はない。寧ろ、何かを警戒している。

 鈴谷は、態度が違う事に気付いた。目の敵にしていたのに、今日はなにもしてこない。

 挑んできたのは向こうだ。何がしたいのか、見えない。

 すると。

「……今まで、ごめんなさい。少し、やり過ぎてしまったわ。大人げなかったと思う。一先ず、先に謝罪しておくよ」

 飛鷹はこれまでの行動を謝罪してきたのだ。意外だった。

 敵には一切の情けをかけない飛鷹が、折れて謝るとは。

 同時に引っ掛かりを覚えた。一先ず、とは?

「……何が言いたいの?」

「今度こそ、鈴谷の全部を、終わりにしてあげるわ。もう、いい加減不満を溜めるのはこりごり。……いいわ。本気で戦って、勝てば文句はないわね。彼にちょっかいを出す真似、止めてちょうだい。これっきりよ。この勝負が終わったら、私も一切なにもしない。提督の前で誓ったっていい。泥仕合は終わりにするわ。迷惑ばかりかけるのも申し訳ないし。私が嫌いでしょ、鈴谷? 言いたいことがあるから、言いなさいよ。私は全部ぶちまけるつもり。っていうか、今もうそうしてる。しつこいのよ、何時までも。勝ち目はないのがまだ分からないの?」

 ムカッと瞬間的に鈴谷は熱くなった。飛鷹は初手から闇色だった。

 本音なのだろう。言いたいことを隠しもせずにいきなりぶつけてきた。

 上等。いっていいなら、言い返してやる。

「なにさ、偉そうに。姑息な真似して、他の人を封殺した人に言われる理由なんてないよ、卑怯者!」

「……わざわざ合法で追い払ったのに、文句を言うわけね。負け続けているお子さまが、何を吠えるかと思えば、負け惜しみ? 見苦しい。聞き苦しいのも、含めて……可哀想な子。本気出すって言うのはこう言うことよ。正々堂々だなんて誰が言ったかしら。全部踏み潰すとしか、言った覚えはないけど?」

 飛鷹は鈴谷に哀れみの目線で見つめる。腹立たしい。なんで、なんでこんな人が彼の隣に!!

 鈴谷は、だが理解もしていた。……手加減されていることも。勝ち目もないことも。

 負け惜しみ、負け犬の遠吠えだという己の行動にも。彼の心の動きも。

 全部……分かっているのに。諦めが、つかない。諦めたくない。

 戦える限りはあがき続ける。周囲が言おうが、現実は無情だろうが。

 鈴谷が引けば、丸くおさまるのに。彼女は、まだ往生際が悪いのだ。

「……嫌だよ。絶対に鈴谷は引かないもん。諦める気ない!」

「迷惑な片想いね。あそこまでされて尚抵抗する気概はいいけど、私達の争いが皆の調和を乱しているの。……この勝負で、白黒つけない? 私も、これ以上の泥沼化はごめんなの。ここまで来たら、私達の問題じゃすまなくなる。スッパリ諦めなさい。長引かせるな。これが提督の決定よ。従えないなら、然るべき処置も検討するって。……どうする?」

 何時までも長引かせるとよくない。故に決戦。

 鈴谷には、これぐらいの事をしないと引き下がれない。

 鈴谷は鼻を鳴らして吠える。

「いいよ、鈴谷はそれで。じゃあ、そっちも負けたら諦めるんでしょ? じゃないと、公平じゃないよね」

「無論、そのつもり。どんなに心残りがあろうと、私は自分を殺せるもの。鈴谷とは違って」

「いちいち挑発してくるのはなに? 鈴谷をバカにしてるの?」

「これが私の本性なだけ。言ったわ、言いたいことは全部ぶつけるってね」

 嫉妬深い、独占欲の塊。それが飛鷹の根っこだ。

 鈴谷のほうが彼女を嘲笑う。

「ふぅん。じゃあ言わせてもらうけど、独占欲のキツい女は嫌われるよ」

「……ええ。その通りね。自分でも嫌になるくらい、私は独占欲の強い女。よく、嫌われないものよね」

 飛鷹は己の罵倒を否定しない。鈴谷は思い付く罵倒を片っ端から飛鷹に不満と嘲りを混ぜて吐きまくる。

 その悉くを、飛鷹は否定しないで、肯定し続ける。

「……鈴谷、飛鷹さんが嫌い。追い詰めてばっかりするし」

「でしょうね。私も鈴谷のしぶとい所が大嫌いよ。憎しみすら抱くほどに」

 互いに嫌いと、ハッキリ言った。にらみあって、飛鷹は背を向けた。

「でも、それもここまでね。女同士の痴情なんて、いつまでも続けて良いものでもない。これで、全部おしまい。ライバルなんて、もうたくさんよ。スッキリさせて欲しいの、鈴谷。私、あなたにこんな感情持つのは嫌になったわ。早く解決して、元通りになりましょう。……一人の男を巡って修羅場なんて、ドラマや漫画だけで十分。私は引き摺らないようにしてみるわ。鈴谷。あなたのしつこさは嫌いだけど……やっぱり、同時に怖いんだと思うわ。ひたむきな気持ちが私にはプレッシャーになる。不安を加速させる。正直、甘く見ていたと思う。これ以上、私が我慢できずに仲間に手を出せば……殺しあうこともあり得ると思う。何回鈴谷を始末しようと思ったか覚えてないの。ごめんなさい、色々……本当に」

 ……言いながら分かる。鈴谷が、怖い。

 苛立ち、憎しみの裏にあるのは常に不安と恐怖だった。

 いつか負ける。いつか抜かれる。

 リアリティのある感覚に飛鷹は鈴谷に対して殺意を抱いたこともあった。

「……」

 鈴谷は黙って聞いている。

 飛鷹はもう、疲れた。神経を使って皆を追い立てること。

 不安と戦いながら、仲間に狂喜を向けそうになること。

 全部、疲れた。スッキリしたい。だから、これで全部最後。

 言いたいことは全部飛鷹は言った。嫌い、憎い、目障り耳障りと罵り尽くした。

 そして、最後に謝った。溜まっていたものを全て吐き出した。

 己の中の腐った感情を本人に打ち明けた。

「……時間ね。そろそろ、戻るわ。また、後でね」

 頃合いだった。飛鷹は不満そうな表情を浮かべる鈴谷に背を向ける。

 その背中に鈴谷の不満が刺さる。

「……ふぅん。一方的に言いたいこと言って、切り上げるんだ。逃げるんだ」

「鈴谷は演習の間に言えばいいわ。私はもう、何も言うことはないし。当然、あるんでしょ?」

「まあ、あるけど……。飛鷹さんは、ズルいよね。いろんな意味で……ほんとズルい」

 深いため息をついて、鈴谷は一度言葉を切る。

 言いたいことは山ほどあるが、今は時間がない。

 後は仕返しにぶっ飛ばしてやる。多分、過去で一番キツい演習になるだろう。

 飛鷹は本気を出してなかったのを、今回は互いに背水の陣。失うものが大きい。

 故に全力で挑みに来るハズだ。鈴谷も抜かりなく準備をしておく。

「はぁ。何て言うか、悪者は私よね……。っていうか、私が大抵悪いの。鈴谷は悪くないわ。全部、この不協和音は私のせい。あなたは気にせず、お礼参りに来てちょうだい。じゃないと、こっちが呆気なく勝つわよ」

 立ち止まって空を見上げる飛鷹は言った。後悔と、懺悔と……色々混じっている。

 空はあんなに青いのに。何でこんなことになったのやら。

「鈴谷、負けないよ。絶対勝つから」

 背後で敵意に似た、鋭い気配。

 飛鷹は言いたいことは最早ない。

 だからか、冷静に頭がクリアになっている。

 余裕も、取り戻していた。今なら、もう大丈夫。

「……頑張ってね。今まで邪魔しちゃったぶん、償いって訳じゃないけど……誠意をもって、お相手するわ」

 苛立ちも、憎しみも、吐き出してしまえば何も残らなかった。あるのは鈴谷への罪悪感と、後悔。

 そして、彼のために勝つと言う決意のみ。

「ちゃんと戦うわ。今までみたいに手を抜かずに。鈴谷、殺す気で来てね。私も殺すぐらいの気合いでいくわよ」

「……上等。飛鷹さん、後で絶対泣かせてやるんだから!」

 鈴谷は、準備を終えた。気合いは負けない。

 飛鷹は言いたいことを言ったおかげか、穏やかな顔になっている。

 本音を言うと、先に言われたほうが気が楽だった。口論になれば一方的に負けてしまう。

 だが、今は鈴谷ターンだ。鈴谷が飛鷹にお返しをする番だ。

 大丈夫。伊達に負け続けた訳じゃない。ある程度は対策を練った。

 飛鷹も、戻る際に艤装を確認しておいた。

(あれ……? あの娘の艤装……あんな形だったっけ……?)

 飛鷹は僅かに疑問を残しながら戻っていく。

 彼女の答えは……演習の始まるブザーと共に、明かされた……。


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