……不器用なりに、答えは出せたと思う。
「飛鷹。……今までありがとう。んで、これからも宜しくな」
「ええ。此方こそ、宜しくね」
答えは、身を引くと言う結果だった。
ともなれば、行動は早めに起こす。
あまり日を挟まずに、提督は動き出す。
父に、連絡を取った。先ずは、これからの事を話すために。
「親父。俺、提督やめるよ」
わざわざ、自分の鎮守府に呼び出すと言う暴挙に出た。
階級は父の方が圧倒的に上。しかも多忙の人相手に。
然し、父は察してくれたんだろう。時間を割いて、顔を出してくれた。
執務室で、対峙していた。
飛鷹は初めて見る、義理の父になる人。
ああ、と初見で分かった。この人は、とても悲しい瞳をしている。
生気のない目で、傍らに立っていた飛鷹を見つめる。
「君が……うちの息子を?」
「はっ、はい!」
大きな体躯の、がっしりした熊のような人だった。
窮屈そうな白い軍服と、帽子を確りとかぶった大男。
流石の飛鷹も緊張して硬直していた。
「そうか。君は、空母なんだな。で、お前に付き合ってくれたって言う気前の良い女性とは、彼女だったか」
「ああ。どうだい、親父。親父とお袋、あの人ほどじゃないが、俺にも大切な人が出来たよ」
「フッ。私にも立派な口を聞くようになったか、青二才。……で、要件とは?」
あの人、とは艦娘の妻のことだろう。
彼も知っている、二人目の母。
父は、提督の前に腰を下ろして話を聞いた。
提督の身から、退く。実家に帰り、先ずは基盤を整えてから結婚を視野に入れていると語った。
そう言えば、これは息子さんをくれという例の儀式か、と飛鷹は強ばらせる。
艦娘の分際で、と言われたらどうしようと内心竦み上がった。
黙って聞いていた父は、暫くすると。厳つい顔を不器用に歪めて、小さく笑った。
「……お前は、あいつらの事を知っているからな。やはり、違う選択肢を導き出したか。己の身の程をよくわかっている、妥当だが……英断だと私は思う。よくぞ、決意した。おめでとう」
彼の判断を、全面的に認めてくれた。
聞いていたイメージとは違う。復讐に燃える悪鬼のような人だと思っていたが。
こう見ると……ただ、辛そうで、苦しそうで、悲しそうな感じの男性にしか、見えなかった。
「ありがとう、親父。代わりに兄貴とお袋たちの墓参りは行っておくよ」
「そうしてくれ。私は、まだ当分戻れない。……いいや、違うな。あの場所には、戻りたくないからな」
初めて、表情を一瞬だけ、深い悲観に染まった。飛鷹は見た。同時に、鳥肌が立つほどの憎悪を。
彼女も憎しみを抱きやすい性質だからか、刹那の時だったが、理解する。
(何て……殺意なの。これが、愛を失った人の末路……!? 分かる。一瞬だったけど、私にすら分かる。深海棲艦を、決して逃がさず、許す気がない圧倒的な意思。これが、気圧されるって事なのね……)
凄まじい威圧感だった。艦娘の視点で見れば、悪魔のような人間だろう。
だが、その事情に入るかもしれない立場からすれば、共感もできる。
これが、戦争で失った愛の結末。
虚空の彼方に消えた二度と戻らない愛情の代わりに、尽きぬ無限の憎悪に身を焦がす恋の成れの果て。
(私も……こうなる可能性があった。だから、ならないために、最善を尽くす)
それが、これしかないと思った結論だ。
叱咤されると思ったが、父は穏やかな笑みに戻り、飛鷹に言った。
「飛鷹さん。うちのバカ息子は、見ての通り小心者でね。そうさせてしまった私達が言うのもおかしい話なんだが……。息子を、よろしく頼む」
飛鷹に改めて、頭を下げた。恐縮して、あわあわしだす飛鷹に、提督は朗らかに笑った。
ちょっとムカつくが、我慢する。
「然し、退役すると言えど、すぐには出来ないぞ。普通ならばな。が、お前の場合は……例外だ。病院送りになった奴だからな。大本営も優先的に人員を回してくれるだろう。本当に自滅とはいえ、なにやってんだ馬鹿者が」
「そうだよな。悪い、心配かけちまって。面目ない」
「まあ、命狙われてないだけまだ良い方だ。これに懲りたら女の感情を度外視するなよ」
「肝に命じておくよ」
鎮守府の視察も兼ねていたという父は、悪くない雰囲気に一安心。
で、彼の後任についての話も始めていた。
単純に、恋人を会わせるだけじゃない。引き継ぎについても、よく話し合う。
飛鷹は黙って、その様子を見ていた。
親子は、どんどん話を進めていく。やはり高い階級だけあり、要点を纏めるのが速く、上手い。
見惚れるほどの手腕だった。
「……さて。私はそろそろ、戻るとするかね」
立ち上がる頃には、結構な時間が経過していた。
父は穏やかに息子を眺めて、言い出した。
「実家に帰るのはいいが、お前地元に戻って何か仕事を探すのか?」
「一応、そのつもり」
先ずは安定した生活をしてから結婚を、と説明する。
うむ、と顎に手を当てて考えている父に提督は首をかしげた。
「と、なれば住まいか問題は。住居に困ったら、そのまま何なら家を使え。私は基本的に戻らんから、管理が大変なのだ。埃まみれになるよりも、住んでもらう方が私も助かる。……墓の手入れも、してもらえるしな」
「……マジで?」
なんと、実家に住んでも構わないというお許しまで出た。それには若い二人も驚いた。
条件としてあれこれ言われながら、全て飛鷹は慌ててメモを取った。
これで、余計な予算を差っ引ける。色々お金の計算をやる直せるので、嬉しかった。
時間がおしているので、最後に見送りを行くというが、彼は断った。
「気にするな。お前は飛鷹さんと少しでも一緒に過ごせ」
実感を込めて言われて、二人はお言葉に甘える事にした。
憲兵が代わりに見送りにいくなか、最後に父は最悪な爆弾を残していくことになる。
「……私が祖父になるのも、時間の問題かな……」
「!?」
小声で、独り言のように呟いて、彼は敬礼して帰っていった。
提督もしっかりやるが、顔が真っ赤になった飛鷹はぎこちない動きで真似をしただけであった。
提督には聞こえていないのだろう。飛鷹しか聞いていなかった。
「どうした、飛鷹?」
「わ、私……私、頑張るからッ!!」
「…………何を?」
取り敢えずお孫さんは欲しいらしいので、飛鷹は頑張ることにした。色々知らないけど。
よくわかってない提督を尻目に、気張っていく飛鷹であった。
……次の問題に進もう。
次は、皆に知らせることだった。
手筈は二人でかなりの速度で仕上げていく。
大本営とも連絡を取り、日程を決めて行動を起こせば滞りなくスムーズに流れていく。
あれやこれやと荷物を纏めて、バタバタしながら過ごす日々。
書類も作成したり、飛鷹と共に連絡やら何やらやったり。
兎に角、通常の業務に加えるので忙しい。
頼むから攻めてくるなと願いながら、二人は倍の量を働いた。
無論、周囲は気づかない訳もなく……。
「飛鷹さん……ひょっとして?」
「ええ」
「ん、分かった。手伝うよ」
鈴谷が気付いて、フォローしてくれた。
彼女が飛鷹の持つ艦娘の全てを受け継ぐ。
互いに、それがいいと話し合い、鈴谷も了承していた。
とある日。工厰の中に集まった時だった。
「大丈夫。鈴谷に任せてよ、提督!! 鈴谷が二人が守った海を、思いと力を受け継いで戦っていくから!!」
近代化改修に向かう前、二人に鈴谷は自信満々に胸を叩いて断言していた。
嘗ての飛鷹に負けたと落ち込んだ彼女はどこにもいない。
そこにいるのは、沢山のモノを託されて、決意を新たにする強く美しい艦娘だった。
「……そうね。私の全てを、あなたに託すわ。ありがとう、鈴谷」
「本当に、何から何まで……世話になった」
飛鷹は鈴谷を優しく抱き締めてお礼を言って、提督に至っては嬉し泣きする始末。
飛鷹も若干、涙腺が緩んでいた。鈴谷がビックリして宥めて、そして。
数時間にも及ぶ近代化改修を終えて。
飛鷹は、何も持たぬ人間のようになり。
鈴谷は、この鎮守府最強の艦娘の全てを受け継ぐ最強の空母となった。
「おう……このみなぎるパワー! これで深海棲艦にゃ、負けないね!」
艤装を見ながら、満足感を得た鈴谷が、自慢するようにガッツポーズで応じてくれた。
飛鷹は既に艤装も使えない。水の上にも浮けない、ただの人間と変わらない。
この時には正式に、名前以外の全てを返上、または譲渡して、軍から除籍されていた。
「ふふふ、カッコいいわよ鈴谷」
「嘘ぅ!? 飛鷹さんに褒められた!? マジで!?」
素直に褒めた飛鷹に愕然とする鈴谷。
途端、
「…………知ってる鈴谷? 艤装がなくても、艦娘は殺せるのよ?」
「怖いよ!? 冗談だってば!!」
無表情で瞳孔開いた闇色の瞳の猛禽類が覚醒した。
竦み上がる鈴谷が慌てて謝った。やっぱり、最後まで彼女は飛鷹には勝てなかったらしい。
それを見て笑う提督。鈴谷には、助け船は出さない。
まるで、姉妹のようにじゃれあう二人。
飛鷹が艤装を外した鈴谷に絡み付いて、関節を決めていた。
「ギブギブ! 骨、骨はそっちには曲がらないって!!」
「曲がらないなら、曲げてしまえば良いじゃない。私の全てを継いだのよ、それぐらい耐えて見せなきゃね?」
「耐久力までは増してないんじゃない多分!? っていうか、痛い痛い!!」
……いい加減、止めるか。嫁が怖いので。
仲裁に入る提督。飛鷹は加減していたが、鈴谷には効果抜群だった。
痛そうに呻きながら、立ち上がって最終的にリベンジしてかかっていく。
らちがあかないので、放置することにした。
最後には、鈴谷の勝利に収まったらしい。遂に宿敵猛禽類を女子高生は倒すことに成功するのだった。
そして。
「みんな、今日は大切な話がある」
食堂に集めた部下たちに、提督は、遂に話を打ち明けた。
端的に纏めると、結婚をするため、寿退役するという旨を伝えた。
案の定、みんな知っていた、みたいな反応が返ってきた。
聞こえてくるのは、呆れたようなため息がポツポツと。
祝福はしてくれる。が、どこか……なんというか、諦めに近い感じというか……。
「えぇ……何この空気……?」
「そりゃ、提督の恋人に聞けば分かるよ?」
みんな苦笑いをしていた。
肩透かしを食らう提督。
代表として鈴谷の苦言を聞く。
どういう意味なのか、飛鷹の方を見ると。
「…………」
無表情の闇色飛鷹が皆を見つめていた。
何をしたんだうちの嫁は、とひきつる提督。
皆さんもう、飛鷹の独占欲には慣れてしまったようであった。
「あれだけ提督の愛を叫ばれれば、誰でも納得しますよ……」
そんな風に朝潮がそんなことを溢していた。疲れた表情で。
みんなして、飛鷹の愛情は分かったので、大切にしてほしいと一同で願っていた。
異論はない。これ以上、どこかの猛禽類のラブコールには付き合いきれない、みたいなモノらしく。
「今まで、本当にお疲れ様でした、司令官」
「……今までありがとう、提督。私は、一生あなたと戦えたことを誇りに思います」
朝潮、加賀を始め、多くの部下たちに労いと感謝の言葉を言われる。
満潮にはお土産を貰って、夕立には最後に遊んでくれとせがまれて。
那智や長門とは宴と称して今夜はどんちゃん騒ぎをすると言われて。
曙や翔鶴には礼を言われて。
気がつけば、無礼講のお祭り騒ぎをするという風になっていた。
間宮や伊良湖がコッソリと準備していたらしい。驚く提督。
「いや、だってほら。みんな知ってたし。作業の過程見ていれば逆算とか簡単じゃん?」
「……いや、スゴいなうちの皆は」
鈴谷に誘われて向かう宴の席。
飛鷹に群がる艦娘たちを眺め改めて思い知る、部下たちの手腕。
呆然としつつ、送別会と称したばか騒ぎが始まるぐらいには、彼は慕われていた。
その日の夜は皆で楽しく大騒ぎをするのだった……。
数日後。よく晴れた空のした。鎮守府の正門前。
その日が、彼と飛鷹の旅立ちの日だった。
大きなバッグを持った提督と飛鷹の前には、見送りに来た多くの艦娘がいた。
晴々しい表情の娘もいれば、何だか泣きそうな娘もいる。
というか、泣いている駆逐艦などが多かった。
んで。
「…………」
「ねぇ、貴方大丈夫?」
無言で泣きまくる情けない大人がいた。
一番泣いているのは、この男。
あまりの感謝の思いに言葉が出ずに、突っ立っている。
因みにさっきまでずっと、駆逐艦たちと別れを惜しんで大泣きしていた。
彼女も始めてみた、彼の大泣きする姿。それほど、皆との別れは心に来る。
漸く粗方泣き終えて、迎えが来るのを待っている。
表情は大人のするような表情ではない。然し、かえってそれが惜しんでいるのがよくわかる。
彼に対して、特別な感情を持つ艦娘は、諦めがついたからか、泣きはしなかった。
ただ、一抹の寂しさがあるだけ。さよならは言うつもりはない。
休暇などで、彼の家に遊びにいく約束は取り付けておいた。
飛鷹が目を光らせていたが、多分大丈夫だろう。勝者は彼女なのだし。
駆逐艦たちも、遊びに来たければ何時でもこいと言われているから、隙あらば遠方に出掛けていくだろう。
その為に頑張ると、特に朝潮姉妹や夕立が張り切っていた。
新しい提督の到着は明日。若く聡明な、評判の良い人柄の人物だと言っていた。
信頼できると彼は思う。何せ、父が権力の無駄遣いを果たして連れてきた人物だ。
何かしたらとっちめると、父は笑っていた。何だかんだで父は息子を応援してくれる。
親のありがたみを、痛いほどよく分かった。
軈て、迎えの車が到着する。そろそろ、時間だった。
最後に、提督は涙を袖で脱ぐって、声を張り上げた。
「俺は……俺は、皆に支えられてここまで頑張ってこれました。色々とご迷惑をおかけしたり、助けてもらったり……一重に、皆様艦娘の方々のおかげです。今まで、大変お世話になりましたッ!! そして……本当にありがとうございましたッ!」
姿勢を正し、敬礼を決める。別れの挨拶ぐらい、しっかりしたかった。
艦娘たちも、敬礼で応えた。これが、最後。
今日付けで、彼は、提督を退役した。
同時に、飛鷹も、艦娘を辞めて退役して、人間となった。
これからは、国民として、平穏に暮らしていくことだろう。
二人は、大きくお辞儀をして、感謝の気持ちを表した。
提督は、さようならを言う皆に、手を振りながら、車に乗り込む。
窓を開けて、また振っている。
「……じゃあね、飛鷹さん。また、何時か」
「ええ。また、逢いましょう鈴谷」
飛鷹と鈴谷は、微笑みながら握手を交わしていた。
嘗ては競いあった。送り出す鈴谷と、送り出される飛鷹。
互いに、これからは違うものを守っていく。
鈴谷は、人類の未来を。
飛鷹は、自分の夢と、恋人を。
道は違える。けれど、また交わると信じて、今は別れよう。
また会おう。そう、互いに告げて、背を向けて歩き出す。
鈴谷は、鎮守府に。飛鷹は、彼の待つ車に向かって。
飛鷹が乗り込むと、車は音を立てて走り出す。
提督が見えなくなるまで、ずっと手をふっていた。
艦娘たちも、大きく手をふって見送っていく。
鈴谷は、役目を終えた飛鷹を黙って、見つめている。
飛鷹も、過ぎ去っていく鎮守府と鈴谷を、ずっと見ていた。
消えていく車。見送りをしていた皆が、戻っていく。
鈴谷は一人、空を見上げた。
(さて……。これからは、一層気合いを入れていかなきゃ!! あの人たちから受け継いだ、使命があるからね!)
鈴谷も、名前を呼ばれて直ぐ様戻った。
先ずは今日の任務を頑張ろう。千里の道も一歩から。
出来ることから、遂げていこうと、気持ちを新たに、今日も海に出撃していった……。
それから、数年の時が経過した。
鎮守府を去った、夢を目指した二人は、今。
「――ヴェアアアアアッ!!」
旦那が死にかけていた。
どこぞの深海棲艦、あるいは喫茶店の女子高生よろしく絶叫する。
股間を押さえてぷるぷる震えていた。
「ちょ、大丈夫!? ……って、八雲!! あんたはどっから持ってきたのそれ!? 艦載機!?」
「鈴谷のお姉ちゃんから貰ったの」
とある豪華客船のなかの一室。
豪華な装飾の室内の中で、初手から愛する旦那はあの世をさ迷う。
カジュアルな格好をした元提督は、愛娘に股間にダイレクトアタックを受ける日々に苦しんでいた。
ある艦娘の名を引き継ぐ世界を旅する大きな客船。その中に、夢を叶えた親子が現在旅行を楽しんでいる。
そこには、若き頃の彼女にそっくりな、長い黒髪と朱色の瞳を受け継ぐ娘、『八雲』が彼の反応を見て笑っていた。
この数年で、世界の情勢は安定している。
深海棲艦の勢いは、人類と艦娘の奮闘のおかげで沈静化しつつあり、断絶された国交を回復傾向にある。
今では、こうして船での海外旅行も出来るぐらい、治安は安定していた。
このままいけば、数年以内に深海棲艦は絶滅すると言われていた。
「あばばば……」
「ちょっと貴方!? 大丈夫!?」
白目を向いて口から泡をふく旦那。駆け寄る妻、飛鷹。
これから娘と外の空気を吸いに行こうと思った矢先の事だった。
外行きの服装に着替えて、娘に着替えをさせていたらこの有り様。
左手の薬指には、本物の結婚指輪をはめて、すっ飛んでいくと旦那はなんか幸せそうだった。
気を失っているくせに。
あの頃から美しさは全く変わらない。一児の母と思えない程だ。
愛娘の八雲は甘えたがりで、兎に角彼と遊ぶのが大好きな子だ。
……遊ぶの行為に、艦娘の血を引く運命か、艤装のようなオモチャを使って遊ぶ危険行為が混ざっているが。
特にお気に入りの艦載機、とある艦娘からの贈り物『瑞雲』が大好き。
それで爆撃ごっこをしていた。お父さんの股間めがけて。
「……鈴谷ったら、あの子に瑞雲だけはダメって言ってるのに……」
ため息をつく飛鷹。旦那はベッドの上で気絶していた。
現在、客船はとある海外に向かっていた帰りに、母国に帰って停泊していた。
で、何年もかけ世界中を旅して回っているのはいい。
長年の夢も全部叶えて、愛する人と愛娘に囲まれ幸せな日々を送っている。
久々に地元に帰り、鎮守府の仲間と顔を会わせたら、娘にお土産と称し様々な変なものをくれたのだ。
あの鎮守府では、規模も大きくなって、今では有数の勢力を誇ると聞く。
特に鈴谷という艦娘は、国内でも最強とうたわれる一角にまで成長し、エースとなったとか。
……で、そのエース様はというと。
「ちいーっす! 八雲、飛鷹さん、遊びに来たよー!」
いきなりドアを開けて、渦中の艦娘が現れる。
こっちも全く変わっていない鈴谷だった。
現在、この豪華客船の護衛を務めて同行している艦娘の一人。
海外の有名な人も乗っているこの客船を守るべく、派遣されていた。
一定距離までは彼女たちがここを守ってくれているのだ。
「あっ、鈴谷のお姉ちゃん!!」
八雲はぴょんぴょん跳ねながら喜び、制服姿の鈴谷に飛び付いた。
愛娘は、鈴谷も大好きで遊び相手に構って貰っていた。
「鈴谷、もう少し静かに入ってきて頂戴……」
呆れる飛鷹に頭をかいて軽い調子で謝った。
現在、休憩に入ったらしい彼女は、その都度ここに来て八雲と遊んでいる。
「鈴谷のお姉ちゃん、見て見て! 悪い深海棲艦やっつけたよ!!」
自慢気に指を指す八雲。その先には、白目を向いて痙攣している変わり果てたお父さんが横たわる。
流石に鈴谷も事情を察した。飛鷹は旦那の心配をしているし……。
「八雲? 八雲のパパは深海棲艦じゃないんだよ?」
「そうなの?」
ダメだ、八雲は自分のお父さんを深海棲艦に見立てているから自覚がない。
これも、艦娘の血を引く娘の性らしい。
キョトンとしていた。
「……やっぱり、鈴谷の入れ知恵じゃないわよね。八雲ったら、この人をいつも深海棲艦に見立てるんだけど……」
「いやいや、鈴谷もそんな鬼畜な真似しないよ!?」
「自然とこうなるのかしらね。加賀の仕業でもないって言うし。朝潮は論外だから、未だに謎なの」
「加賀さん聞いたらキレるから言わないでねマジで……」
同期だからか、今でも親しい間柄。この客船の護衛には、加賀や朝潮も混じっている。
皆さん揃って、八雲が可愛くて仕方ないらしく、暇さえあれば構いに来る。
そういう意味では、娘の八雲の環境は恵まれていた。
「まぁ、そうなるよね」
なんでこんなドヤ顔して決めポーズするのかも未だに不明。
教育を間違えた気はしないのだが。きっとそこには、誰かの陰謀でもあるんだろう。どうでもいい。
兎も角。暇を見つけたので、八雲は鈴谷と一緒に船内の探検に出掛けていった。
「時間までには戻ってきてね」
「はーい!」
「ママ、行ってくるねー!!」
鈴谷に手を引かれ、娘は元気よく出掛けていった。
室内に二人きりになる。数分後、意識が回復する旦那。
青ざめていた。ベッドに腰掛け、問う。
「大丈夫?」
「し、死ぬかと思った……。あれ、八雲は?」
鈴谷と出掛けていったと伝える。
彼は苦笑いして、頷いた。
「本当にみんな八雲が好きだな」
「珍しいからでしょ。同期で結婚して子供いるのが、私たちだけだし」
「そんなもんか」
二人して、笑いあった。
娘がいると、中々二人きりにはなれない。
にやっと、久々に闇色の瞳を見せつける飛鷹。
彼はぎょっとして、聞いた。
「ど、どうした?」
こう言うとき、結婚してからも飛鷹はろくなことを言い出さない。
家庭を持つと、嫁の言動が基本的に優先されるため、旦那は嫁には勝てなかった。
「……ねぇ。私さ、お願いがあるんだけどいい?」
「……なに?」
怖い。相変わらず怖い。またヤバイこと考えているこの嫁。
この間はしつこいナンパ野郎を裏で血祭りにしたとか噂で聞いた。
既婚者でも言い寄る相手はやはり嫌いなんだろう。旦那しか目にないから。
止めても聞かないので、受け入れたのはホレた弱味だ。
「そろそろさ。八雲に、弟か妹が欲しいのよね、私。ほら、あの子もそこそこ大きくなったじゃない?」
「……マジですか」
嫁に更に要求された。どうしよう。
照れ臭くて、視線を反らす。強引に戻された。
「今更でしょ。初心でもあるまいに、逃げるんじゃないの。鈴谷が折角来てくれたんだし……ね?」
「…………」
完全に嫁はこんな時間から頑張る気満々であった。
近づく顔。闇色の瞳。上気する頬。
……覚悟を決めよう。欲しいと言うなら応えるのが旦那の役目。
彼も、そっと唇に顔を近づける……。
「失礼します、八雲ちゃんはいらっしゃいますか!?」
「遊びに来ました」
突然開くドア。
元気よく挨拶する朝潮と、微妙に浮かれている加賀が登場。
振り返る旦那、驚いて固まる嫁。二人はバッチリ目撃。
キスする数秒前で。
「……し、失礼しました」
「お邪魔、しました……どうぞごゆっくり」
何をしようとしていたか大体察する同期二人。
気まずそうに、ゆっくりと顔を赤くして、目線を逸らして出ていった。
ばたんと閉まるドア。わざとらしい静寂。
……気まずい。
「……迎え、行くか」
「……そうね」
取り敢えず、今のは口封じして黙らせないと。
夫婦は立ち上がる。空母と駆逐艦の口を封じるべく。
着替え、大丈夫。準備完了。
で。
――チュッ。
「おう!?」
不意打ちのキスをして、飛鷹は照れ臭そうに微笑んでいた。
驚き頬を押さえる旦那に、笑って告げる。
彼女の、素直な気持ちを。
「愛しているわ……私の、可愛い旦那様」
……と。
飛鷹ルート 夢を見る鷹 おしまい。
これにて、飛鷹ルートが終了となります。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
次回のルートに関しては、朝潮、あるいは鈴谷のどちらかをできればいいな、と思っております。
次回に関しては、気長にお待ちください。