――その願いは、叶わないと思っていた。
何故なら……鎮守府において、潜水艦と言うのは便利なパシり扱いが非常に多い。
低燃費でドック入りも短く、短時間で回復するゆえに過酷な環境に置かれていた。
遠征なので単身放り出されては資源を回収して休む暇なくまた出撃。
そんな日々の繰り返しを行うものと思っていた。……今思えば、勝手な思い込みで。
一度も、無かった。無理な編成、無謀な出撃。覚えている限り、一度も。
気がつけば……この人のことを強く意識していた。
だって、この人は口こそ悪いけど、とても優しくて、格好よくて。
恋の盲目があるのは分かってる。でも、理想の男性として意識している。
(この人の為に戦えて良かった)
心からそう思う。此れからも、この命が海に沈むまで尽くす所存だ。
この恋が、叶わなくてもいい。あの人は部下としてしか接してくれない。
それで、いいのだ。部下として尽くせればいい。恋心など、潜水艦が抱いても……きっと無駄。
沢山魅力的な艦娘がいる。自分は地味だし、手先が少し器用で真面目以外に取り柄はない。
好きでした、とただその想いを打ち明けることすら出来やしないだろう。
潜水艦は、海のなかにいるものだ。浮上してしまえば、呆気なくやられてしまう。
(ずっと……見ています。みんなの後ろで。ただ、あなたの幸せを祈って)
あの人が幸せになればいい。自分と結ばれることはないだろうし、あってはいけない。
自分では彼の事を守れない。守り抜く自信もない。
……もしも。もしも、叶うとしたら。ずっと、お慕いしていましたと。
一言、あの人に言えればいい。言って困らせことは分かっている。枷になると理解している。
勝手な想いを押し付けるのは、いけないことだ。重荷になってしまう。そんなのは嫌だから。
だから、言わなくていい。胸に秘めたまま、ずっと海のなかで彼を慕って、誇って戦っていこう。
それが、潜水艦としての己の在り方。最高の練度に至った今、改めて誓う忠誠の証。
(これからも、あなたとともに戦います。この命、海に還るその時まで)
それが彼女の誓い。そして、彼女の選んだ道だった……。
……提督に、執務室に呼ばれた。
もしや、知らぬ間に失敗をしてしまったか。
先日のバレンタインにおける、潜水艦のイタズラ波状攻撃により、守っていたハズの空母二人を抜いて、提督に直撃。
胃痛を起こして医者にかかったと聞いていたが……その件だろうか。
潜水艦のリーダーとして、キッチリ怒ったので大丈夫のはずだが。
まあ、あの二人のことなので、多分懲りずにまた仕出かすと思われる。
頭痛の種は秘書の飛鷹と同じく、抱えているから苦労がよくわかる。
それとも、とうとう提督の怒りに触れてしまったか。
あれこれ考えるうちに、執務室に到着。恐る恐る挨拶をして入る。
「入ってくれ」
促されて、入室。今日の秘書は鈴谷だった。
「おはよう、非番なのにごめんねイムヤ。……ちょっとさ、大切な話があるから。鈴谷はちょいとお茶用意してくるね」
「悪いな、鈴谷。……イムヤ、そこに座ってくれ」
呼ばれたのは潜水艦、伊168こと、イムヤ。潜水艦の艦娘である。
心配そうな表情で席を促されて、着席する。提督も来客用のソファーに腰かけて、対面する。
私服の長袖とスカートとタイツ、長い髪の毛はいつも通り一つに纏める。
緋色の瞳は不安に揺れており、いったい何を言われるのか心配している様子。
「あ、あの……司令官。何かあったの? この間のバレンタインの、なにか当たった?」
案の定、気にしていたらしい。
バレンタインにおいて、バカ二名によるチョコ雷撃のせいで提督は一時期再起不能に陥った。
一名はチョコに刺激物を混入させて激辛に、一名はチョコにゴーヤを混ぜ混む暴挙を行い提督の胃を徹底的に破壊した。
お陰で大怪我が癒えないうちに内臓までダメージが入り、二日ほど医者に送られた。
無論仕出かしたバカ二名は速やかに鈴谷及び飛鷹の二名により叱られた。
飛鷹一人では逃げ回る潜水艦に追い付けず、罠を仕掛けて鈴谷と挟み込み確保。
こっぴどいお叱りを受けたが、ゴーヤを入れた方はなぜ怒られているのか分かってなかった。
毒味をしない贈り物をしたことである。味見ぐらいしっかりすると約束させた。
「あれは酷かったな……。いや、真面目に死ぬかと思った。心配するな。その一件じゃない」
提督は苦笑いして、丁度鈴谷の持ってきたお茶と書類に何かを後ろで隠すように手渡された。
何か、此方に渡すものでもあるのだろうか。イムヤは疑問符を浮かべる。
「じゃあ、何でイムヤを呼んだの? 何かあったの?」
思い当たる節はない。違反はしないし、規律を乱すことも控えている。
至って模範的優等生のイムヤをどうにかする理由はない。
「そうだな……。先ず、先んじて言っておく。イムヤ。俺はお前を信用してこの一件を託す。故に、秘匿すると約束できるか?」
提督は重苦しい空気のなかで切り出した。
出されたお茶を一口飲み込み、イムヤも表情を整える。
信用されている。つまり、重要な案件で、他言無用にしないと鎮守府に問題が発生する。
「……司令官の部下として、決して本件を他者に漏らさないことを伊168は誓います」
大きな仕事を任されるようだ。秘密裏に実行するべき事案あらば、確実に遂行する。
イムヤは表情を引き締めて、応答する。
「イムヤ。そんなに緊張しなくても、いいよ。これはね、余計な混乱を鎮守府に招かない為の処置なの。言いふらされると……提督が危ないからさ。最悪、命狙われるかもしれないし。懸念される事は最初から潰しておきたいわけ」
「えっ……?」
鈴谷が補足してくれた。その内容に、イムヤは絶句。一瞬で血の気が失せた。
仲間に命を狙われる。……裏切り行為か何か? 司令官は何か悪事を企んでいる?
イムヤにそれを手伝えと言うのだろうか? 彼女は困惑した。彼はそんな人じゃない。
それは知っているのに、何故……そんなことを。理由が思い付かずフリーズする。
「紛らわしい言い方をするな鈴谷。俺が何か企んでいると思われるだろう」
「でも、実際刺されて死ぬかもしれないよ。……砲撃で粉々に吹き飛ぶかも。用心に越したことはないと鈴谷は思うけど? 提督はさ、艦娘の心をもう少し感じてほしいな」
「……善処する」
余計に意味が分からない。
提督と鈴谷は何が言いたい?
イムヤは必死に思考を巡らせる。
ここ最近の鎮守府の様子。鈴谷が沈みかけてダメコンで提督も大怪我した。
それぐらい。大きなことだったがもう解決している。
(ええっと……ええっと……! イムヤは何を求められているの?)
仲間に刺される。撃たれる。殺されるかもしれない事案。
女心を理解しろと言う鈴谷に渋い顔で答える提督。
状況から考えられる事は……分からない。
「イムヤ、そう難しく考えなくていい。これは、お前への贈り物だから」
「……贈り物?」
イムヤを見て、提督は苦笑して言う。
途端、キョトンとする。贈り物?
そういって、提督は書類を彼女に見せた。
それは……思いがけない内容のものだった。
「ッ!?」
イムヤは目を疑った。何度も書類を読み直した。
夢ではないと、しっかり確認した。……これは。
「し、司令官……っ! これって!」
思わず声を大きく問うと、彼は誇らしげに微笑み、目の前に……それを差し出した。
ケースに入っている、銀色のシンプルなリング。そう、結婚指輪。
「イムヤ、最高練度おめでとう。……記念の、贈り物だ。ケッコンカッコカリの指輪を、この鎮守府代表として、司令官として贈呈させてほしい」
彼の祝福の言葉が、嫌でも現実だと教えてくれた。
――ケッコンカッコカリの書類と、指輪。イムヤに贈られた、最高のプレゼント。
まさかとは思った。潜水艦にケッコンカッコカリの指輪を渡す人がいるなんて。
空母や戦艦が優先されると思っていた。自分には出番などないと。半分諦めていたのに。
この人は……贈ってくれた! 最高の賛辞と共に!
「あ、嘘……。イムヤ、そんなに活躍してないよ……? 潜水艦だよ? 本当にいいの?」
プロポーズされなかったことなど、どうでもいい。それよりも貰えたことが信じられない。
大して性能がいいわけじゃない。低燃費、低性能をいく潜水艦だ。
上限を開放しても、性能も燃費にしてもたかが知れているのに。
勝手に、涙が溢れてきた。感動と感謝。彼に選ばれた誇り。
沢山いっぺんに沸き上がって、涙と言う表現しかできなかった。
嬉しい。とても、嬉しい。この人についてきて、本当に良かった。
努力が……報われたような気がした。
「潜水艦のなかでも、イムヤにはいつも苦労をかけているしな。俺にできる、せめてものお礼だ。受け取ってほしい」
提督はそういって、指輪を差し出す。イムヤは、何度も泣きながら頷いた。
身にあまる光栄だった。自分なんかを選んでくれた彼に、どこまでも尽くそうと思う。
指輪をとって、左手の薬指にはめる。……これで、彼女の練度は限界を越えた。
「ありがとう……。本当に、有難う司令官。イムヤ、これからも……司令官と一緒に戦っていくね!」
「ああ。不甲斐ない俺だが、此方こそ宜しく頼む」
互いに握手をして、笑い泣きをしてイムヤは思う。
……やっぱり、彼は部下の成果を祝福してくれるのだ。
異性としてじゃないのは、残念だけれど……流石に、贅沢だろう。
これだけで十分幸せだった。いいや、これ以上ないほどの幸福を感じた。
この人に託されたのだ。共に戦う未来を。誇るべきこと。艦娘として最大の賛辞を頂いた。
「ずっと……ずっと、イムヤは司令官を慕っていました。これほど、嬉しいことはありません。ですから、今まで以上のご指導ご鞭撻、お願い致します!」
「ああ、任せて……ん? 今、何か前半に妙なフレーズが……」
「……………………あっ」
しまった。涙を流したまま、ほうけた声が出た。
感動のあまり、口が滑って本音が漏れた。
慌ててイムヤはフォローする。焦って余計なことまで口走って自滅していく。
「ふーん……。やっぱし、こうなるよねえ……? 鈴谷も分かってたよ提督?」
「雰囲気が怖いぞ鈴谷!?」
そして、今まで祝賀ムードだった鈴谷が笑顔のまま怒りマークを浮かべて彼に凄んでいた。
「と、途中までいい空気だったのに……」
「し、失礼しました! 身の程を弁えず、身勝手なことを!」
焦りすぎて、敬語で話すイムヤ。がっくり項垂れる提督。
イムヤの秘めていた恋心を知られた。本人に。恥ずかしくて顔から火が出そう。
「ま、分かってたことだけどね。イムヤ、これが他言無用の最大の理由」
深い深いため息をついて、鈴谷は理由を語り出す。
いわく、提督はケッコンカッコカリのシステムを部下のさらなる活躍に期待しているため、複数配っている。
理由は真っ当だが如何せんイメージが最悪で、他の艦娘に激怒され、修羅場になるかもしれない。
だから、他の艦娘には絶対言ってはならない。言うとキレた金剛あたりが暴走するかもしれない。
「提督、本当最低。女の子の気持ち全無視とか、ろくなもんじゃないよ」
「待て、俺はやましい気持ちなんてないだろ。部下の活躍を願って何が悪いか」
「理由がちゃんとしてるから、余計に腹立つんだよね。イムヤも怒っていいよ」
悪びれない彼に小言を言う鈴谷。現在、この鎮守府では葛城、飛鷹、鈴谷、イムヤの四名が限界を越えた。
秘書の権限で、飛鷹と鈴谷は知っており、場合によってはフォローに回っている。
残りは14。必要に応じて数は増えると言う。苦笑するイムヤはなにも言えない。
堅物のこの人らしい理由だった。まあ、思いを言えただけ良かったと思う。
暴発に近かったけれど、言ってしまったのだから誤魔化しはしない。
結ばれなくてもいいし、何よりイムヤは言えれば満足。それ以上は求めない。
「司令官……。イムヤの事は、気にしないで。言っちゃったけど、イムヤは今のままが一番だもの」
「……そうか。じゃあ、引き続き頑張ろうな」
提督と笑いあって、イムヤは部屋をあとにした。
いいのだ。最高に今、満たされている。
潜水艦でも、頑張ればここまでこれる。それを実感できた。
自然と笑顔になって、彼女は戻っていった。
受け取った名誉の証を隠し持って。
明日からまた、頑張ろう。
あの人の役にたてることが、イムヤの幸福だと信じているから。