皆さんは知っているだろう。
深海棲艦に属する、姫と呼ばれる存在は、得てして凄まじい硬さを誇るものだ。
況してや、駆逐艦では夜に限れば話は別かもしれないが、昼間のうちに倒すなど到底無理な芸当である。
それは悪夢と呼ばれる夕立ですら出来ないだろう。
だが。
彼女は、行っている。真っ昼間、海のど真ん中で。
沢山の情報を集めた。聞き込みもした。演習もした。
準備は万端だと思う。決して油断せずに、確実に倒すために。
彼と相談した武器は、敵を確実に仕留められるのだ。
バカな、と倒れる姫は彼女を見上げた。
なんでこんな方法で、という驚愕の表情で。
「……私は、気づいてしまったんです」
彼女は語り出す。今、自分が倒している深海棲艦に。仮にも姫と呼ばれる人間に似た敵に。
言葉は理解できるか分からないが、独白のように続けた。
「私は、司令官に戦果を出してほしいと頼まれました。だから、考えました。どうすれば、強大な深海棲艦と対等に戦えるか。そして、導きだした答えは、今あなたが食らっている通りです」
殴る、殴る、砕く、砕く。
淡々と、抵抗を許さない程に過激に、被害は最小限に留めながら。
「私は、一介の駆逐艦に過ぎません。深海棲艦の駆逐艦からすれば、私など赤子に等しい脆弱な生き物なのだと思います。深海棲艦は、膂力もあるし、知性も高い。艦娘が、勝てる部分などないと何度か挫折したような気がします。多分、気のせいですけど」
敗けを認める気はないと。実際優勢なのでなんとも言えない。
気持ちで負けたらそれこそなにもできやしない。
「深海棲艦には、こんなやり方分かりませんよね? だって、海にそもそも文明なんてありません。人間が産み出した道具はなく、そちらにあるのは自分達の武器だけ。さぞかし、私が不気味に見えるんじゃないですか?」
抉る、抉る、掻き出す、掻き出す。
なんと猟奇的な行動か。駆逐艦とは思えない、いいや艦娘にあるまじき行動であった。
「私は閃きました。所詮、艦娘と同じく艤装の部分さえ破壊してしまえば、そちらもなにもできないのではないかと。私は脆く、非力な女ですから、か弱いんです。方法を選べるほど、余裕なんてないんですよ」
か弱いん女はこんなことしないと、遠目で見ている仲間は思う。
やぶ蛇なので、黙っているが。
姫の表情には恐怖しか浮かばなくなった。
涙をためて、嫌がるように首をふる。懇願するように見上げるが、容赦などない。
「私が勝った理由は二つ。一つ、私は愛する人のため、負けられないから。二つ、私を駆逐艦と侮ったあなたの慢心。……捕まえる前に、良いことを教えておきましょう。主砲も魚雷も通じないなら、バラしてしまえばいいんです。近づいて解体してしまえばいいんです。だって、これは。その為の工具、なのですから」
最後にガツンッ!! と姫が装備している艤装を全て解体してしまった。
ガタガタ震える姫は、生きている理由を理解できない。
「ああ、あなたは生かして捕まえます。そして、こっちの本部に連れて帰ります。抵抗は許しません。なんです? 足の次は、腕を両方失いたいんですか?」
自分を押し倒して見下ろす悪魔は、肩に装備した大きな刃物を取り外して、両手で合体させた。
……更に恐ろしい得物の出来上がり。騒ぐと胴体を切断する、と脅した。
姫は、駆逐棲姫と呼ばれる駆逐艦の姫であったが、威厳はなく既にべそなき状態であった。
それはそうで、何せ相手……朝潮は、数分かけてその精神まで解体するかの如く、彼女の艤装を動けなくしてから解体をしたのだ。
で、ペンチとなったそれで、足のない駆逐艦を挟み込む。再三、暴れるなと脅しあげて。
「人類の工具を舐めないほうが身のためです。自分まで餌食になりたいんですか?」
ビクビクしているのをそのまま牽引。艦隊と合流し、帰還した。
世界でも非常に稀な、完全に生きたままの姫を捕獲するという偉業をこの日、ある鎮守府の駆逐艦が、まさかの活躍をするという話が大本営に伝わるのだった。
戦果は、上々であった。いいや、過剰だった。
ノルマを最も稼ぐのは、今や練度は相棒の空母と同等、とうとう通り名までついて、『捕獲と破壊のスペシャリスト』と言われる駆逐艦、朝潮。
全身に無数の工具を装備して、仲間と共に海を駆け抜けて、上位の深海棲艦ともタイマンを張れる貴重な駆逐艦らしい。
超大型ペンチを両の肩に装備して、左足には小型のメイス、右足には大型のバール、左手には盾を兼用するニッパー、飛び道具にネイルガンを右手に持って、艤装の破壊と敵の捕獲をしまくる駆逐艦。……駆逐艦?
文字通り、彼女は敵を駆逐する。艦娘の武器を捨て、ただただ白兵戦と本人は言うがどう見ても理不尽な解体屋となった悪魔は、大本営の出したノルマを単機でクリアしてしまった。
彼女自身は、周囲にこう説明していると言う。
「司令官にご褒美を頂くためですので!!」
……比例して、この駆逐艦を育成した提督は、ロリコンのレッテルを張られつつあった。
駆逐艦に懐かれて、呼び出しを受ける都度朝潮やその姉妹などがちょこちょこ嬉しそうについてきては、手を繋いだり抱きついたりして、甘えている。
厳しいことで有名な霞も苦笑いして提督を引っ張っていき、口が悪いとよく言われる満潮とは仲良しに見える。
特に真面目一辺倒で知られる朝潮が周囲を気にせず愛を訴える姿は衝撃的で、奴は有能なロリコンだろうと大本営のお偉いさんや他の提督に言われるようになる始末。
彼は思う。
(違うんだ!! 有能じゃない!! 優秀なのはうちの艦娘だけです! 俺は至って凡才の人間だから!!)
そう。優秀なのは自分で努力するこの子達で、自分は有能ではない。
お褒めの言葉を受ける事も増えた。全部、接近して敵を半殺しで連れて帰ってくる朝潮のお陰である。
なんでも、途中で限界を感じた場合は回収したほうが早く終わって司令官に会えるから、という理由であったとか。
毎回、血を流して死にかける深海棲艦を牽引しては、一度傷を回復させてから研究者に引き渡す回数も増えるわけだ。
笑顔で、迎えにいった彼に見せつける、痙攣し青ざめる半死人。
大体腕がなかったり足がなかったり、酷いときの一番最初の鬼の奴に至っては上下切断という猟奇的な犯行をしやがった。
しかも満面の笑みで戦果になると喜ぶのだ。
怖すぎる。提督は朝潮の行動に、軽く引いていた。最初は。
では、今は?
(あぁ、駆逐艦って……天使や)
ロリコンであった。もう、汚染されていた。否、浄化されていた。
毎日駆け寄っては騒がしく朝潮と過ごしているうちに、朝潮の癒しに下らない悩みも浄化されていた。
戦う理由? もう、どうでもいい。この無垢な笑顔の前には……そんなもの、最早些末。
一途に司令官と可愛らしく呼んで跳び跳ねて抱きつく朝潮の無邪気さと、戦果を頑張って稼いでくれる健気さ。
多少深海棲艦がグロいの持ち帰ったって、子供の残酷さだから別にいい。
前回辺りから天使がどうとか言っていたが、とうとう目覚めやがったこの男。
(やっぱ駆逐艦は、うちの朝潮は最高だぜッ!!)
最高らしい。誠に同感ではあるが、気を付けるべきだった。
「――ヴェアアアアアアッ!?」
提督、首に安全装置設置したまま。
下手に興奮すると、痛い目を見る回数も増えていた。
執務室で絶叫して、背もたれに寄りかかり白目を向いて気絶する。
膝の上には、定位置となった朝潮が戦意高揚のキラキラで座ってご満悦であった。
(……計画通りっ!!)
朝潮の思惑取りになっている。
戦果を稼いで、自分に釘付けにしつつ、取り敢えず甘えて彼の理性を溶かしていく。
なんか悩みごとでもあったのか、最初はみんなによそよそしい感じだったが今はそうでもない。
大丈夫、稼げるものを稼げば頼れる艦娘になれるはず。実際なれた。
飛鷹には、提督を頼むと託された。二代目の相棒になってもいいと任された。
鈴谷には、負けたと言われた。どうやら、身を引いてくれるらしい。それは助かる。
穏便に済ませたいので、有難い申し出であった。
現在のライバルは……霞と満潮ぐらいなもんだ。
他の艦娘は結果が違うからか、なんか尊敬されるようになった。
彼のために努力して、彼と一緒にいるべく時短のために敵を連れ帰ったら褒められた。
一石二鳥なので繰り返したらいつの間にかすごい扱いをされていた。
そんなものは副産物であって、本命は彼をロリコンにすること。
近頃では突然絶叫して気を失うのでうまくいっているんだろうと思う。
某世界の神様になった気分である。出すものだせば、誰も文句言わない。
(司令官を好きなら問題などないわ!)
結果で黙らせればそれでいいのだ。
朝潮の働きで、深海棲艦の生態が結構分かってきていると聞いた。
そんなものはどうでもいい。捕まえて放り出して、あとは専門家に任せる。
「ご満悦ね、朝潮」
丁度書類を持ってきていた霞と満潮が、ため息をついてこっちを見た。
「まさかあんたがここまでするとは思わなかったわ。やるじゃない」
「ふふんっ。もっと褒めてもいいわよ?」
「なんか最近キャラぶれてないあんた?」
苦笑しながら、妹二人に自慢する。
順調にロリコンに浄化される提督。憲兵も匙を投げた。
彼はもう、手の施しようがない重度の洗礼を受けてしまったと。
幸せになれと投げ遣りな祝福をくれた。
「正直、あんたの行動がガチ過ぎて引くわ……」
「いいの。これが正しい頼られる艦娘の姿よ霞」
頼られる。確かに当てにされているのは事実だ。
すっかり朝潮無しではどうしようもなくなったダメ男となった彼。
霞も何だか、ここまでする姉を見ていると、流石にドン引きする。
真面目の塊が暴走して、結果を出して彼を陥落させた挙げ句に、危険な道に本当に引きずり込んだ。
文句を言う前に、結果で黙らせる。有言実行してくれた。
「……ハッ!?」
「あ、司令官。気がつきましたか?」
意識が回復する提督。朝潮が見上げると、だらしない顔になった。
「何だろう、朝潮に膝枕される幻想を見たよ」
「じゃあ事実にしましょうか!」
飛び降りて、ソファーに座って手招きする朝潮。笑顔だった。
嬉々として提督はふらふらと近寄っていく。
「変態の面構えだわ……」
「うわぁ……」
満潮と霞の冷たい視線も二人は全く気にしない。
最早単なる変態と幼女のカップルだった。
「あぁ……癒されるぅ。朝潮に導かれる、パライソへ……」
「私と司令官が一緒なら何処でも天国ですよ。さっ、休んでください」
「うへへ……。朝潮は可愛いなぁ」
「ありがとうございます!」
膝枕されて、そのまま寝落ちする提督。
その男の頭を撫でる満足している朝潮。
妹たちはもう、なんかどうでもよくなってきた。
一応、姉の努力でここまで来たのだ。恋が彼女を変えたのだ。
それは、彼女にとっては間違いなく活力源になったんだろう。
「朝潮は……俺の彼女に……なってくれるかもしれない……女性、だ……」
「だから世界に、私達の心の愛を見せなきゃいけないんですよね、司令官」
寝言に嬉しそうに答える朝潮。もう彼は末期だろう。救いようがない。
ロリコンじゃないと否定していた頃が懐かしい。
「……お邪魔みたいだし、帰る?」
「そうね……」
空気を読んで、呆れた妹たちは去っていく。
気づいているだろうか? 朝潮が、彼に使う一人称。
より、近くなった証からか、『朝潮』から『私』になっていることに。
なんて。言っても自覚ないんだろう。
今は幸せな夢を見ると沢山見れるだろう。
その夢が覚めるのを、朝潮は膝を貸して柔く微笑み、何時までも待っているから……。