デートの先で
……この物語は、読んで頂く前に、一つ伝えたいことがある。
ある艦娘の運命は、二つの物語で大きな差はない。
一つは、想いと使命を継いで戦いながら過ごす未来。
一つは、理不尽な結果に次元を超えた干渉を受けて曖昧になった未来。
結局、彼女の恋は結ばなかった。成就せずに、終わってしまった。
ここは、彼女の本来の世界である。ここは、彼女の迎えた未来である。
……端的に結論から言おう。
ここから先に、救いはない。もう一度言う、救いはない。
それでも、貴方は彼女の未来を見たいと思うだろうか?
……本当に? 本当に、貴方は彼女が迎える結末を望む?
立ち止まるなら、ここでやめた方が賢明だと言っておこう。
何故なら、立ち止まるなら……ここしかない。
後は、堕ちるだけの物語。堕ちて、墜ちて、落ちて。軈て全てを失う物語。
時に話は変わるが、夕日と言うのは物悲しいと思ったことはないだろうか?
どこか見ていると意味もなく、切ない気分になったりはしないだろうか?
何が言いたいのかと言えば、彼女の物語はこうなると言うことだ。
察しのよい方は既にお気づきだろう。沈む夕日、佇む海、分からぬ言葉。
この三つこそが、最大の警告。これ以上は語らない。
嫌な予感がすると言うなら、それに従って欲しい。
けれど。それでも、恋の成れの果てと知っても尚、受け入れる事ができると言うなら。
思いだけでも、心だけでも、乗り越えた先にある世界を、見たいと思うのならば。
どうか、知ってほしい。優しい世界だけが、行き先ではないと。
彼女は進む。それでも、自分の生きる、世界だから……。
「提督……。ここ、何処だろうね?」
「分からん。俺に聞かれてもな」
「だよね。完全に迷子になっちゃった……」
「逃げ回っていたから、仕方ない」
「本当、意味わかんないよ。なんで突然襲ってくるの? こっち何にもしてないのに」
「…………」
「提督?」
「いや、何でもない」
「そう? にしても酷いよね、ただ鎮守府に帰ろうとしただけなのにいきなり殺そうとしに来たよ?」
「……そうだな」
「錯乱してんじゃないのあの艦隊。帰ったら抗議してよ提督」
「……そうだな」
「って言うか、なんで皆外国語喋ってるんだろ? 見たことない姿してたけど。どこの国の言葉かな。提督わかる?」
「俺も聞いたことがない言葉だから、判断できない。ごめん」
「そっか……。早く帰りたいね、提督。皆のいる鎮守府に」
「……ああ。無事に帰れるといいな」
「そうだね。じゃあ、諦めずに頑張ろう!!」
「…………」
(無事に帰れれば、の話だがな……)
「――例の海域に、出た? ああ、あの言っていた化け物……仮称、セイレーン。……分かってる、私も前線に出るから。……はぁ!? 出るなですって!? 誰がじゃあ指揮を取るわけ!? ぎゃあぎゃあ煩いのよッ!! 余計な指図は受けないって言ってるじゃない!! やることはやる、それ以上文句を言わないで!!」
彼女は、乱暴に電話を切った。
「ひ、飛鷹さん……落ち着いてください……」
「朝潮の言う通りよ。ヒステリックに叫ばないで。朝潮を萎縮させてどうするの?」
「朝潮、加賀……。ごめんなさい、少し……疲れているみたい。休んできてもいい?」
「ええ。あなた、働きすぎよ。戦うなら最低限、死なないコンディションにして」
「はいはい……。じゃあ、寝てくる……」
彼女は退出し、扉が閉まる。
「……飛鷹さん。完全に殺気立っていますね……」
「無理もないわ。飛鷹は今、支えを失っている状態だから、精神の均衡を保っていられないのよ」
「心中、お察しします。然し仮称、でしたっけ。その、セイレーンと言うのは。一体、あれは何なんでしょうか?」
「さあね。少なくとも言えるのは、今まであんな化け物は一度も交戦したことがない、完全な新種……あるいは、新型と見ていいと言うことだけね」
「見たことのない、記録にない……深海棲艦ですか」
「深海棲艦ならばいいけど、あれは果たしてそう呼べるのかしら」
「……はい?」
「セイレーンと言うのは、深海棲艦が出る前に伝わっていた伝説の生き物。美しい歌声で、船乗りたちを惑わして、艦を難破させる怪物だそうよ」
「艦を……難破?」
「ええ。要するに、私達艦娘の……天敵とも、言えなくもないわ。だから、仮にそうなら……深海棲艦ですらない。言う通り、化け物として戦うしかない」
「……そんな相手に、勝てるでしょうか……」
「それこそ、戦ってみなければ分からない。今できることは、待つだけ」
「……こんなときに限って……」
「絶望したら負けよ朝潮。心はしっかり持ちなさい」
「はいっ!!」
「――」
「見つけたわ……皆、目視で確認した!! 仮称、セイレーンと接触! 構えて、声に惑わされたらダメよ!!」
「――」
「で、でも飛鷹さん……レーダーの反応もおかしいです!」
「なら自分の目で見なさい!! あれのどこが私達と同じなの!? 私達が守るべき命なの!?」
「――」
「化け物だと言ったでしょ! 死にたいの!? あいつは待ってくれない! 朝潮、戦いなさいッ!!」
「――」
「……分かり、ました……。朝潮、迎撃に移りますッ!!」
「――」
(そうよ……。戦わないといけないの。私は艦娘……あの人の、相棒だから……戦わないと、いけないんだから!!)
「――くたばりなさい、セイレーンッ!!」
「うわぁ!? なんか襲ってきたよ!? もう少しで鎮守府に帰れるのに!!」
「…………」
「提督、何あれ!? なんか深海棲艦みたいな奴等が艦隊で来てるけど!?」
「…………」
「提督、聞いてる!? あの連中、深海棲艦だよね!? なんで近海にあんな人型がたくさんいるの!?」
「……………………」
「ねえ、提督ってば!!」
「逃げよう。このままじゃ、殺される」
「うぇ!? 逃げるの!? ここまで来たのに!?」
「下手すると、陸地はもう……深海棲艦に占領されているかもしれない」
「嘘でしょ……。だって、艦娘がそんなに弱いわけが……」
「俺たちを思い出してみろ。連中はもう、俺たちの知る相手じゃない」
「た、確かにそうだけど……でも!! 皆に連絡すれば!!」
「出来るのか? 通信が故障しているのに」
「うっ……。わ、分かった。今は逃げよう!!」
「ああ。出来るだけ遠くに、遠回りしてくれ」
「うん!! 速力最大で振り切るよ!!」
(それでいい。……それでいいんだ。追ってこないでくれ……頼むから)
「……セイレーンが逃げていく!? 待ちなさいッ!! みんな、追撃するわよ!!」
「はいっ!!」
これは、ある季節の夕日の中で起きた悲劇。
オレンジに染まった海で起きた、物語の、断章である。
時を少々戻そう。
「提督、デートしよ!! ご褒美ちょうだい!」
それは、あくる日の鈴谷。上機嫌で提督にお願いしていた。
前の日に、次の戦闘でMVPを取った艦娘に、提督から特別にお願いを聞いてくれると言うご褒美があった。
飛鷹は仕事で欠席。指輪持ちとして参加した鈴谷が見事にかっさらい、提督にデートを申し込んでいた。
「お前とデート……だと!?」
仕事をしている提督は何故か硬直して、鈴谷を見ていた。
「……なんか用事あるの?」
ちょっと不安になる鈴谷が毛先を弄りながら恐々聞いた。
提督は深呼吸して、仕事に戻る。デートは却下だと言われた。
「なんで!?」
ダメと言われるとは思ってなかった鈴谷が机に身を乗り出した。
楽しみにしていたのに断られて、ムカッとした。
すると。
「いや、最近さ……大本営が、提督はなるべく外出を控えろってお達しが来たんだ。何でも、ここ最近提督の失踪事件が相次いでな。行方不明になるんだと」
意外にマトモな理由だった。
話を聞けば、何でもここ一ヶ月程で、全国の提督が外出している間に次々と謎の失踪を遂げているらしい。
既に数は二桁を超えている。流石にキナ臭いので、大本営は余程の用事がない限りは極力控えろと命じていた。
消えた提督の行方は知れず。分かっているのは、所持品が海から発見されるぐらい。
一人で行けば、当然危険な海にいくはずがない。なのに見つかる所有物。
「まさか、深海棲艦が誘拐していたりして」
鈴谷がバカらしいと笑いながら言った。冗談のつもりだった。
だって、そんなことはあり得ない。それはつまり、深海棲艦が上陸して陸に潜伏していると言う意味だ。
鎮守府がある街に、監視網を掻い潜り、上がるなど前例がない。
大体、深海棲艦は海にいるものだ。陸地に、況してや街中に居るわけがない。
そういう固定観念があった。
「そりゃねえだろ。深海棲艦にそこまで知性があれば人類滅亡待ったなしだぜ?」
提督も鈴谷の冗談に苦笑する。鎮守府がある限り、陸には決して近づけない。
与太話だと彼も笑った。一応命令なので従うだけ。
「って、鈴谷のご褒美は余程の用事だよ!? 鈴谷いれば大丈夫だから!! 一応指輪持ちの艦娘なんだし!!」
失踪が起きたのは個人で移動しているときだけと聞いている。
ならば、同席するなら問題ないだろうと鈴谷は説得する。
「えっ、やだよ。朝まで帰れそうにないし。お前とのデートとか何それ怖い」
提督は素直に本音をもらしていた。
「どういう意味かなぁ? 場合によっちゃしばくよ提督」
キレる鈴谷。笑顔のままこめかみに怒りマークをくっつけて凄む。
提督は、微妙に嫌そうな顔をしていた。
「……いや、ね? 鈴谷っていう艦娘はさ……。他の場所だと、デートはイコール朝帰りが常識だって、この間同期の奴が言ってたから……」
「朝帰り!? 鈴谷になにする気なの!?」
一瞬で意味を悟る鈴谷。顔を真っ赤にして、慌てて机から離れて逃げる。
分かった。エロい意味だ。ラブホとかそういう意味の卑猥な意味だ。
今度は鈴谷がパニックになる。提督は勿論好きだが、そういうのはまだ早いと小声で呟いていた。
「あ、その反応はマジものか。ならお前は大丈夫そうだな。よし、デートするか」
「えっ!? 変わり身早くない!?」
提督は鈴谷の反応を見て、許してくれた。
いわく、大体この場合は肉食になるのは鈴谷の方らしく。
提督はディナーとなって美味しく頂かれるらしい。
「他の鎮守府の鈴谷って……」
「ストレートに提督の心身を狙うんだってよ?」
ドン引きである。他の鎮守府の鈴谷は、肉食か何かか。
自分の知らない自分は、小動物ではないようで。ここの鈴谷は小動物だが。
鈴谷とのデートは、確かに余程の用事だと提督は思う。
ここ最近では一緒に出掛けてもいないし、ちょうどいい。
「言っとくが、ラブホはダメだぞ?」
「行かないからね!? 鈴谷まだ処女ですが何か!?」
「落ち着いて。聞いてないからそんなん」
そんなことしたら飛鷹に殺される。
清楚な小動物の鈴谷に失礼すぎる発言に、拗ねる鈴谷。
「怒ったからね!! 鈴谷怒ったからね!!」
ぷんぷん怒る鈴谷は、お詫びにしっかりエスコートするように要求。
提督は苦笑いして、日程を決め、その日を心待ちにしていた。
久々の外出だ。気分転換も兼ねて、鈴谷が楽しめるデートにしようと。
それが、大きな分岐点になるとは、夢にも思ってなかった……。
当日。一緒に出掛けた二人。
飛鷹に仕事を任せて、一緒に街に出た。
買い物と、食事をメインとする予定であった。
可愛らしくおめかししてきた鈴谷に対して、無難なカジュアルで纏める提督。
私服を久々にみた鈴谷は、
「……地味だね」
「うるさいよ」
意外と酷評で、二人はデートを開始した。
鈴谷と腕を組んで一緒に歩く街中。
可愛い鈴谷は、通りすぎる男の目を引いていた。
(……ううむ。煩悩退散)
提督はそんな優越感も楽しめない。
抱き寄せる腕に、豊かな膨らみが押し付けられて、気になって仕方ない。
しかも無意識でやっている。気づいていない鈴谷。
提督とて、一介の野郎である。異性を意識するぐらいには、鈴谷を気にしている。
「……?」
首を傾げて見上げる鈴谷。無邪気というか、愛らしいというか。
兎に角、提督の心臓に悪い。
「鈴谷、お前本当に可愛いな」
照れ隠しに、バカなことを口走る。
慌てて気がつけば、鈴谷は俯いて長い髪から見える耳は真っ赤だった。
提督も微妙に視線を泳がせて誤魔化した。わざとらしい口笛を吹いて。
そんな初々しい二名だったが。ある雑貨屋で、鈴谷が欲しいとねだってきた。
「これご褒美に!!」
というのは、オモチャの指輪だった。安っぽい材質で、見た目もチープというか。
提督はこんな安物でいいのか、と聞くと。
「……に、任務以外で……提督に買って欲しいかな、って……。ダメ?」
鈴谷は小声で、顔は真っ赤で目はぐるぐる回っていたが、何とか顔を見て言えた。
素直な気持ちだった。任務以外で、彼に贈り物が欲しいという小さなワガママ。
提督は、考えるまもなく答えた。
「分かった」
こんな風に真っ直ぐに、好意を表す可愛い鈴谷。
……正直いうと、提督も何か贈りたいと思っていた。
鈴谷は気になる。好きと言ってくる彼女が。
こうして、一緒にデートをするぐらいに、気になる。
指輪という特別なものを贈っても良いと思ったのは、鈴谷が初めてだった。
受け取った指輪をちゃんと二つ、購入しておく。
「……!!」
鈴谷も気がついた。二人ぶんの指輪を買っている。
二人で一緒に買った指輪を、鈴谷に一個渡す。
「……お揃いか。悪くないな」
「…………ありがと」
照れ臭いように笑った提督と、お礼を言って腕を再び組む鈴谷。
互いに顔は真っ赤だったが、それでも。
――この時はまだ、幸せで、平穏だった……。
「…………?」
ここは、どこだ?
……海のど真ん中? なんで?
「あれ……提督? 提督、どこ?」
なんで街中にいたのに、いきなり海にいる?
気がつけば、鈴谷は海にいた。
何もない広大な大海原に、青空のしたで突っ立っていた。
記憶を辿る。指輪を買って、それでお店を出て……。
「……?」
そこから先は、思い出せない。
記憶が飛んでいる。いきなりここで、途切れていた。
「鈴谷、気がついたか?」
不意に、提督の声がした。
上の方。見上げるがそこには青空しかない。
振り返る。海と空。どこにもいない。
「提督? 提督どこ?」
「ここだよ、ここ」
声は、自分の頭からした。
右の頭部。こめかみの近くだった。
手を伸ばす。何やら、冷たい感触。
「鈴谷、お前無事か?」
声は、ここから響いている。
提督の声だった。
「……提督、なにしてるの?」
「俺にも分からん。街中にいたのに、何でここにいる?」
彼も困惑していた。
原因不明。記憶が互いに飛んでいる。
姿がないのに、提督の声が頭からする。
「あれ? 提督、もしかして鈴谷に興奮して抱きついてるの? ダメだよ、そんなことしちゃ」
……違和感に、鈴谷は気づかない。
そこには、変わり果てた姿の鈴谷しかいないのに。
「…………」
提督も、異変に気がついた。
自分の身体がない。あるのは、この不気味な……感触だけ。
なんだこれは。なんだこれは!?
(何が起きてる!?)
自分の身体は? 自分の感覚は!?
なんで鈴谷と一体化している!?
腕は? 足は? 胴体は!?
(……待て)
いや、待て。感覚はある。
ただ、これは……。感覚と言えるのか?
視線は動かない。だが、神経は生きている。
……海面に、鈴谷が一瞬だけ写った。途端に、絶句する。
……そこには。
綺麗な翠が色素が抜けて、真っ白になり。
ボロボロの着飾った服装の。
至るところに、錆びた色の鉄と繋がった白骨を服の上から全身に纏って。
深紅の瞳で無邪気に笑い。
傷だらけで、頭に顎の欠けたドクロをつけた。
変わり果てた、鈴谷が立っていたのだから……。