時は、街にまだ二人がいる頃に戻る。
お店を出て、腕を組む二人に、迫る人物がいた。
「すみません、道を教えてほしいのですが」
流暢な言葉で、そう二人に問いかける人物。
小柄で、頭までフードを深く被った人物だった。
上機嫌な鈴谷が、何事かと思って不思議そうに見る。
「はい、何でしょうか?」
提督が丁寧に対応する。人物は性別も分からない、不審な格好だったが、声は女性的だった。
恐らくは彼女だが、その彼女は海に通じる道を教えて欲しいと頼み込む。
提督は海は危険だから近寄らない方がいい、と言うのだが。
「すみません、母の墓参りに行きたいので……」
と、女性は申し訳ないように頭を下げた。
提督も理解できる。母を失った故に、墓参りをしたいという気持ちは。
何度もお願いするその女性に、軈ては提督も折れて、鈴谷に聞いた。
時間を取られるぐらいなら、別にいい。親切とは流石提督と、内心感心する。
女性は正確な場所は分からないらしい。いわく、初めてきた土地で地名すら曖昧だとか。
で、場所を聞くと、確かに海沿いの墓地だった。
なので、そこに徒歩で案内することにした。
少し街から離れるが、仕方ない。これも軍人の務め。
そう、割りきって彼は女性を案内する。鈴谷も腕を離してついていく。
……二人は気づかない。背後で、邪悪にほくそ笑みを浮かべる、女性の表情を……。
海に向かって歩く。
女性は黙ってしまい、気まずいような沈黙の中を進む。
崖っぷちにあるような、なぜ此のような場所にあるかは分からない墓地だったが、そこに案内する。
一時間もかからないうちに街を抜けて郊外へ。さらに歩いて目指した。
帰りはタクシーでも呼ぼうと相談していた二人は、兎に角その場所に向かう。
暫くして、到着した。終始無言で、女性はついてきていた。
墓地の入り口は人気がない。寂しい雰囲気の場所で、ここで合っているかと改めて問いかける。
「ありがとうございます」
合っていると、女性は答えた。
……そして。
「――合ってます。そう、お前らの墓場って意味じゃなぁ!!」
突然叫んで、提督に向かって飛びかかってきた。
まさかの不意討ち。咄嗟に鈴谷が庇って間に入り、彼女を思い切り殴り飛ばした。
「何するのさ!?」
怒鳴り付ける鈴谷。激しい怒りを見せ、呆然とする提督を庇う。
吹っ飛ぶ女性は空中で身を翻し、華麗に着地。
そして、舌打ちした。
「……チッ。やっぱり艦娘が一緒じゃ、無理があったか。まぁ、仕方ねえ。お前らはどのみち死ぬんだ。覚悟しな、提督さんよ」
フードをとって、顔を見せた。
……その顔は。短い髪型で、幼い顔立ち。
なぜか猫耳カチューシャをしている、子供だった。
「子供!?」
「違う! 提督、こいつ人間じゃない!!」
鈴谷が子供にはあり得ないパワーだと言って、彼を庇う。
驚く提督に、彼女は愉快そうに笑った。
「まあ、驚くだろうな。普通はこんな場所に俺達はいねえ。そう、普通ならな。お前が初めてだぜ、俺の顔を見たのは。その前に大抵、死ぬからよ。だが、生憎だったな。何時までもでかい顔出来ると思うなよ、人間。俺達は既に、この文明を理解している」
子供は肩を竦めて、バカにしていた。
猫耳カチューシャを見て、提督は思い出す。
あの形……いつかの飛鷹がしていたものに酷似している。
まさか、と思い思わず叫んだ。
「頭のそれは、まさか艤装か!? エラーオブキャット!?」
「えっ……!? あのジャマー!? なんで民間に流出してるの!?」
そう、あれは鎮守府恐怖の猫こと、エラーオブキャット。
艦娘の力を全て封印し、一体化する欺瞞装置。
それを、彼女は着けていた。
「あ? 本来はそんな名前なのかこれ? へえ、ってことはやっぱ人間の発明品か。便利だよな、おかげで俺はこんなに利口になれたしな?」
意外そうに反応する子供。いや、フードの少女。
赤い目で、愉快そうに彼らを見る。
「バカだなお前ら。街中で迂闊に提督なんて呼ぶから察知されるんだぜ? 冥土の土産に教えてやるよ。俺はお前らが言う、戦艦レ級って呼ぶ深海棲艦って奴だ。驚いたか?」
……戦艦レ級。恐ろしく強い深海棲艦の一種。
鈴谷でも勝ち目がない。それぐらいの強大な深海棲艦。
それが、陸である目の前にいる。
「バカな……なんでそれを!?」
「お前らを襲った場所に残ってた。気になってつけたら、戦えなくなったが陸上で活動できるようになったんだよ。ついでに、お前らからも見つからなくなった。で、勉強ついでに陸上で活動しながら海の奴等のお手伝いって訳だ。他に気になることあるなら聞いときな。冥土の土産って言ったろ。死ぬ前に教えてやるから、あとできっちり死ねよな」
ベラベラと自慢気に語るレ級。
提督は考える。戦えない代わりに、陸上での代わりの活動。
多分、艤装も使えないんだろうと推測する。ジャマー効果は向こうにも意味がある。
つまり、純粋な殴りあいになるということか。
鈴谷は身構えている。艤装は……同じく展開できない。
街中で暴れないように、外に出るときは艤装にはロックがかかる。
ロックされるのは、鎮守府から出ていったときだけだ。
彼女もほぼ丸腰。抵抗は……難しい。
だが、相手は余裕面をしている。ならば、好機はある。
……チャンスはある。但し、それが意味することは……。
(……いいさ。鈴谷が無事なら、俺は)
提督は迷わなかった。部下のためなら命を張る。そういう奇特な男には、いつものこと。
優先するのは艦娘の命。自分の代わりはたくさんいる。
優秀じゃない自分にできることは、鈴谷を守りながら、情報を残すことだった。
本当は死にたくない。好きだと言っている鈴谷となら、尚更だ。
その悲劇を知るだろうに、然し……それでも今は。優先するのは、他にあった。
貴重な情報を、失うわけにはいかない。
たとえ、鈴谷が相手でも。軍人としての矜持はあるから。
彼は後ろ手で、携帯を弄る。録音機能があったはず。あるいは、通話でもいい。
鈴谷が前に出て、視線を遮っている。その間に、指の感触だけで何とか弄った。
いつも弄るからか、何となくでもギリギリ出来たのが幸いだった。
ただ、通話ではなく焦って間違えたのか録音機能になっていたが。
一瞥した画面は録音開始になってしまった。
それでもいい。素早くボタンを押して、しまいこむ。
「提督は殺らせない……。お前を殺してでも止める!!」
「おいおい、艦娘ってのは陸上じゃ戦えないだろ? 俺は強いぜ、殴りあいでも」
挑発するレ級に、提督は聞きたいことがあると聞いた。
なんでもいいというので、片っ端から聞いていく。
鈴谷が困惑しているが、無視した。
それによると、このレ級をはじめ、情報を拡散した深海棲艦が鎮守府を襲ってエラーオブキャットを回収。
装備して、陸上に潜伏し、何も知らずに出てきた、軍服着用の提督を襲撃して抹殺。
司令塔のいない鎮守府を襲撃して、潰そうと言う考えらしい。
二人の場合は、先ほど言った提督の呼び名で気づいて尾行して、襲撃したと。
提督は一人の外出時は軍服を着用する義務がある。それを逆手に取った方法だった。
(だから一人で出歩くなって命令が来たんだ。俺は鈴谷がいたから私服だけど、呼び名で気付かれた……)
成る程、向こうはそういう観点で動いていたらしい。
エラーオブキャットは、深海棲艦が装備すると通常通りの効果の他に陸上での活動を可能にして、更には知性の向上まであるようだ。
語尾がおかしくならない代わりの副作用か。分からないが。
バカにしていた深海棲艦の陸上行動。だが、実際には……既に装備が流出して、相手に渡って悪用されていた。
切っ掛けは偶然だろうが、これは益々、情報を誰かに渡さないといけない。
「……そろそろいいか? もう、土産はよ」
もっと情報は欲しかったが、レ級は飽きてしまったようだ。
指の骨を鳴らして、身構える。鈴谷が更に怒るが。
……提督は、こう条件を出した。
「いいぞ。俺を殺せば目的は果たされるなら、俺だけを殺せ。代わりに鈴谷を逃がせ。……それが条件だ」
「!?」
彼は身構える鈴谷の前に出た。
そして、自分を殺せと……言い出したのだ。
その結果が生み出す悲劇を知りながら。
それ以上に、知らぬことで広がる悲劇を食い止めるために。
「て、提督……何いってるの!? ダメだよそんなの!!」
鈴谷が直ぐ様嫌がる。当然の反応だが、レ級は言った。
「意外と気概があるじゃねえか。いいぜ? お前のその度胸に免じて、許してやるよ。艦娘なんざ海の上で殺せるからな」
面白がるように、了承した。
ホッとする反面、鈴谷がバカを言うなと怒鳴った。
「提督、正気になってよ!! こいつに鈴谷が負けるって言いたいの!? 勝つよ、死んでも勝つから!! 自分の命を粗末にしないで!!」
泣き叫ぶ鈴谷。でも、それは出来なかった。
説明できない。彼女には、絶対に生きて貰わないといけないことを。
今はまだ、レ級が目の前にいる。
「……あ、遺品渡したいんだけど。それはダメか?」
「いひん? あんだそれ」
降参する形で、両手をあげて提督は言った。レ級は意味がわかってないようだった。
簡単に、死ぬ前に残す物品的な意味だと説明。
「ふーん。いいぜ、渡せよ」
レ級は待ってるから早くしろと言った。
途端に後ろから抱きつく鈴谷。泣いていた。
「提督、止めてよ……。自分でそれはしないんじゃないの? 鈴谷を置いてけぼりにして、死ぬなんて嫌だよ……。戦うから、今からでも良いから、止めてよ……」
説得してくる鈴谷には、本当に申し訳ない気持ちになる。
けれども、それは出来ない。
何故なら、鈴谷は生きて、これを誰かに伝えないといけない。
そうしないと、更なる悲劇は生まれるだろうから。
代わりに、生け贄となる。……その先にある絶望は知る。
だが、我が身可愛さで全滅したら、全部が無意味になる。
鈴谷に戦えと言って、万が一負けたら提督も死ぬ。
鈴谷ではレ級には勝てっこない。そんなものは分かる。
戦艦に空母が武器もなしに勝てるほど甘い世界ではない。
だから、これは最善。確実な、方法。
「ごめんな、鈴谷。……これしかないんだ」
「違うよ!! まだ、まだ方法は……!!」
「時間がない。本当に、ごめん」
振り返り、目線を鈴谷に合わせて提督は穏やかに言った。
死にたくない。死にたくないけど、鈴谷が死ぬよりは……自分が死ねばいい。
何より、好きと言った彼女を、死なせたくないから。
提督が、死ぬ。
「……これを、鈴谷。お前に託す。飛鷹に渡してくれ」
必ずと告げて、携帯を渡す。録音が済んだそれを、大本営に届けるために。
嫌だと嫌がる鈴谷。すがるように、抱き締める。
提督だって、本当は抱き締めたい。抱き締めて、命乞いでも何でもして生きたい。
然し深海棲艦は優しくはない。できる最善を、するしかないのだ。
「……鈴谷。最期に、言わせてくれ」
敢えて、突き放す。
これが、最期の言葉。彼女に言うべき言葉だった。
「……俺みたいな男を好きになってくれて、ありがとう。俺も、お前を好きだと思う。ごめんな、曖昧な気持ちで」
最期まで断言の出来ない男で。
なんとか笑顔で、彼女を突き飛ばす。
泣き叫ぶのは、あとだ。死にたくないと無様を晒すのも、あとだ。
渡すものは渡した。あとは、鈴谷に託して、逝く。
「提督ッ!!」
「レ級。墓場で死ぬのはごめんだ。せめて提督らしく、海上で死なせてくれ」
叫ぶ鈴谷に背を向けて、彼がレ級に言った。
「お前はワガママだな……。ま、いいか。応援呼ばれるのも面白くないし。あいよ、じゃあ行くぜ」
提督の腕を掴み、レ級は海に向かって走り出す。
「待て、待てってば!!」
涙を流して追いかける鈴谷。
然し、レ級は遥かに足が速い。彼を連れて、崖を飛び降りて消える。
鈴谷が追う頃には、崖の下の海には、誰もいなかった。
周囲を見ても、誰もいない。
「――提督ーーーーーーーーーー!!」
鈴谷の悲しい叫びは、海に向かって木霊しただけであった……。
探しても見つからない。だから、やることをやった。
託された鈴谷は、その意味を知る。
携帯の録音の中に、彼らの会話を聞いた。
聞き取りづらいが、真相が入っていた。
この為に、彼は……。
「……ねぇ、提督。言われた通りにしたから、もういいよね?」
大丈夫。メールで、飛鷹に緊急事態発生と連絡入れておいたから。
すぐに来るだろう。ちゃんと、その携帯も墓地の入り口に置いてきた。
他者に拾われても大丈夫だろう。あれは軍のものだ。いざとなれば諜報部が必ず突き止める。
もう、そんなことどうでもいい。
だって。
だって。もう。
鈴谷には、関係ないもの。
「……ダメだよ。提督。一人で逝ったら、寂しいよ」
崖の下。見えない場所に。
いた。提督は、いた。漸く、見つけた。
少しだけ切り立った足場の悪い岩の上に。
降りてくるまでに大ケガしてしまった。大きな傷がいくつも出来て、血塗れであった。
見せつけるように、置いてあった。
「提督……痛かったでしょ? ねぇ、苦しかったでしょ? 提督が、いけないんだよ。鈴谷に戦えって言わないから。だから、こんな風に、なっちゃった」
それ以上に、彼は真っ赤な絨毯だった。
ぐちゃぐちゃだ。内臓はぶちまけて、肉も筋も混じったミンチになってる。
頭は顎が砕かれ、四肢は千切られ、これは最早死骸の部類だろうか。
それぐらい、見るに堪えない惨状の姿だった。
鈴谷は見下ろしている。膝をおって、その死骸を、生気のない瞳で、涙を流して。
「でも、鈴谷は好きだよ。どんな姿でも、提督は提督だから。ぐちゃぐちゃでも、鈴谷は提督が好きだよ」
提督は、死んだ。
鈴谷の代わりに、死んだ。
「バラバラだね。代わりに、鈴谷で埋めてあげる。提督の足りない部分は、鈴谷が補ってあげる。だって好きだもん。大好きだもん。だから、鈴谷の身体を、使って」
死骸から、骨だけでも取り除く。
両手が真っ赤になっても。愛した、恋した、好きになった人の一部。
無事な部分だけでも、鈴谷が……鈴谷が、補う。夢中でやった。
血生臭い? 提督の血だ。猟奇的? 提督の一部だ。
なんの問題がある。なんで問題になる。
「……アハハハハ。提督、見て。提督の顔は、鈴谷の顔だよ。提督の骨は、鈴谷の骨だよ。ねえ、ねえ? 提督、これで動くよね? 鈴谷を使って、動くよね……?」
服の上から重ねた骨。
己を結ぶ提督の肉。
胸に重ねた肋骨や鎖骨。
頭から流れる、提督の血。
……これで動く。提督は死んでない。
これで、動く。
――動いてよォッ!!!!
「……うわああああああああああああ!! 提督、提督うううううう!! なんで、なんでええええええええ!!」
……現実逃避も、ここまでだ。
分かっているのに。彼は死んだ。殺された。
死人は動かない。死体は死体。死骸は死骸。
鈴谷は叫んだ。折角貰えた初めての贈り物。
こっそりと左手の薬指にした指輪。彼も、左手に……薬指にしてくれたのに。
重ねた骨と生身の手には、血に濡れる指輪があるのに。
どうして。どうして、死んでしまったの。どうして、彼が死んで鈴谷は生きている。
「いやああああああああああ!!」
叫ぶしかない。狂うしかない。
どうして。どうして好きな人が死ぬ。
天に向かって血塗れの艦娘は叫ぶ。
涙と悲しみと血を流して、ずっと叫ぶ。
軈て。
「もう、いいや。提督、今、逝くね」
鈴谷も海に身を投げた。
艤装のない艦娘は、水には浮けない。沈んで、死ぬ。
彼の一部と共に、彼女も。
だから、鈴谷も死ぬ。
ドボンと。呆気なかった。
波に飲まれて、鈴谷も消えた。海に消えた。
岩も波に流されて、きれいになって。鈴谷は沈んだ。
結論から言うと。
皆、死んだ。
死んで、居なくなった。
それだけだった。