本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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断章 鎮守府 始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼ばれた飛鷹は、言葉を失った。

 

(提督……。あの人はどこ? 鈴谷もいない?)

 

 突然外出中の鈴谷より、メールが届く。

 緊急事態発生。早くしないと、手遅れになる。

 急いで、とだけ記されたメール。何処かの住所も書いてある。

 血相を変えて、仕事を放り出して憲兵と共に面倒なのでGPSを追跡して到着。

 道中、何度も私用の携帯に連絡をするが出ない。それどころか、電源すら入っていない。

 今までこんなことなかったのに。慌てる飛鷹に、憲兵は言った。

「多分、例の失踪事件かもしれん。飛鷹、落ち着け。冷静にならんと、取り返しがつかんことになるで」

 慣れているのか、憲兵は冷静沈着……ではない。

 憲兵ですら、血の気が失せていた。他の憲兵に待機を命じていた。

 タクシーに乗って、慌てて駆けつけた二人。

 だが……そこには誰もいない、寂れた墓地の入り口に、見えるように置かれた携帯があった。

 支給された携帯電話。それしかない。

「……なに? これは、なに? どういうことなの!?」

 困惑する飛鷹は、ただ携帯を拾って操作する。

 ……これは。録音機能が、何かを記録している。

 憲兵が周囲を捜索しに行くなか、飛鷹は聞いた。

 ……事件の、真相を。

 顔面蒼白になり、内容を理解した頃。

「飛鷹!! 海や、来てくれ!!」

 憲兵が何かを発見して、個人用の携帯で呼んだ。

 崖の下。そこに、何かあったらしい。

 回り道をしてすっ飛んでいく。

 すると。

 

「嘘やろ……。これ、提督の上着とちゃうか……?」

 

 憲兵が呼んだのは、崖際で漂う……今朝、彼が着ていった上着が浮いていた。

 それも、海水に染みてもなお残る、真紅の色と……何やら、気持ちの悪い何かを、へばりつけた状態で。

 震える声で、憲兵は指差してすぐに取りに行く。

 

 ――飛鷹は、悟ってしまった。

 

 記録されていた、誰かとの会話。

 殺すと言う物騒な単語と、鈴谷の泣き声。

 提督の、諦めたような、然ししがみついていたような、言葉。

 結末を語らずに途切れた録音。血のついた、浮いている上着に、失踪事件の話。

 それらを、要約すると。

 

 提督が、誰かに……殺された。

 

「――いやあああああああああああああああああっ!!!!」

 

 飛鷹の絶叫が、海に響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……提督は、死んだ。

 憲兵が慌てて応援を呼んで、周囲をくまなく捜索した。

 同時に、例の携帯を大本営の諜報部が解析してくれている。

 だが、現時点で言えることは。

 恐らく、提督は……鈴谷を庇って殺された。

 理由は、想像する範囲だが、この事件の物証を得るべく、犯人と思われる誰かとの会話を、外部に届けるため。

 自分が死んでも、鈴谷がいないと無駄になると踏んでの行動ではないか、と憲兵は推測する。

 付近の海底を探して分かったのは、殺されたばかりの誰かの遺体の一部が沈んでいたこと。

 その断片を回収して検査した結果、提督のDNAと一致した。

 見つかった部分は内臓の一部や粉砕された顎の欠片や舌、更には魚などに食われているだろうが後頭部の一部や、脳の欠片など。

 バラバラ死体も真っ青なレベルで破壊されており、既に死亡は確定。

 鈴谷も行方不明だが、彼女の手荷物が漂っているのを遠い場所で他の艦隊が発見してくれた。

 真っ赤に染まっており、そこには鈴谷本人の血液と提督の血液が付着していたそうだ。

 下手すると、鈴谷も……多分、死んだ可能性がある。彼女の携帯なども全部入れっぱなしだった。

 提督が行方不明と言うことで、皆には知らせてある。死亡したことは言ってない。

 鎮守府が混乱するのは目に見えている。

 更にそんなことを言えば、現在鎮守府を統括する彼女の二の舞になりかねない。

「邪魔しないで、加賀ッ!!」

「落ち着きなさい、飛鷹」

 人が変わったように暴走を繰り返す飛鷹だった。

 犯人を見つけて誰であろうが殺すと、血眼で大本営に情報を寄越せと脅しにかかっていた。

 あまりにも進展しないので、とうとう殴り込みにいこうとしていた。

 それを、事情を知る加賀が止めていた。

「なんでよ!? なんで邪魔するのよ!? ねぇ、なんで!?」

 泣き叫ぶように、連日執務室で飛鷹はヒステリックに騒いでいた。

 倒してでも進もうとするのを、加賀は宥めるように、抱き締めていた。

「分かるわ。苦しいのも、悲しいのも。私も、飛鷹程ではないけれど、提督と共にいたもの。だけれど、大本営を脅しても意味はないわ。彼らも愚かではないし、自分達の立場が危ういときは全力で取りかかる。落ち着いて、今は待ちなさい。私も、待つわ」

 飛鷹はヒステリックにまだ喚く。錯乱しているとみていい。

 他の艦娘は飛鷹の様変わりが、提督の行方不明のせいだと思っているが、違った。

 彼が、死んだ事実を受け入れられないから、せめて復讐してやると誓ったからだった。

 加賀は感情が逆に昂りすぎて、どう発現していいか分からなかった。

 ただ、飛鷹を抱き止めて、表情を凍らせて、涙を流し続けるしか出来なかった。

 二人しか知らない、彼の死。拡散しないように、飛鷹に根気よく説得していく。

 行方不明の鈴谷の一件は、二の次だ。今の飛鷹には、提督しか映っていない。

「加賀、提督が……提督がぁ……!!」

 幼子のように泣き出す飛鷹。加賀は分かった。

 飛鷹は、こんなにも提督を愛していたのだ。

 何日も何日も、ただ暴れて泣いてを繰り返す。

 慣れない加賀が、何とか指示を出して運営している状況だった。

 一番彼の恐れた事態が、現実となった。

 愛する者が、失われた未来。

(提督……。あなたは何を考えて、こんな選択を選んだのですか? 知っているのに。遺される者が、悲しみに明け暮れると言うことを。たとえ、それが最善の方法だったとしても。鈴谷を、なぜあなたを好きと言った鈴谷を、信じなかったのですか?)

 鈴谷はいない。どこかに消えたか、あるいは後を追ったか。

 分析が終わるまでなんとも言えないが、少なくとも鈴谷がいればどうにかなった。

 加賀は考えた。実際は、鈴谷が絶対に生きていないと、それすら分からないままだった。

 それを知るのは、もう少しあとだった。けれど、加賀も自覚した。

(私も、あなたを敬愛していたのです。悲しいです。悲しすぎて、飛鷹のように泣けません。提督、私は……こう言うとき、どうすればいいんでしょうか?)

 黙って、能面のようになった表情には、感情は表せない。

 その黒い瞳に、強い悲しみを湛えて、彼女も言葉なく泣き続ける。

 鈴谷も、この悲しみを味わったのだろうか。あの手荷物からして、多分後追い自殺をしたとおもう。

 悲劇が悲劇を生んで、これが彼の望んだ未来だったのか?

(最後の最後に、どうしてご自分を優先しなかったんですか……。私たちは他人が何人死のうとも、あなたに生きてほしかった)

 それは、素直な気持ちだった。他人よりも提督に生きてほしかった。

 彼は軍人として当然のことをした。理屈はあっても、感情は納得できない。

 飛鷹を抱きしめ、加賀も涙する。二人の悲しみなど、死した人間には分かるまい。

 いくら泣いても、きっと何も変わらない。死んだ人間は戻らない。

 けれど。今だけは、泣き続けよう。

 それしか、二人は、したくないから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通なら、ここで鈴谷の物語はおしまいだ。

 在り来たりなバッドエンド。死による悲劇。戦時には溢れる結末。

 だが。もっと残酷に、物語は続いていく。

 愛故に、死が二人を別つまで、とは行かない。

 愛情が強すぎて、死すら超越してでもなお、彼女は嫌がった。拒絶した。

 彼は死んでいない。彼は生きている。嘘だ、絶対に嘘だ。

 見ろ、この身が纏う骨たちを。愛しい男の骨だ。愛した女が纏った骨だ。

 彼は死んでなどいない。彼の魂は、この身と共にある。

 我が身は彼の為に。我が心は彼の為に。我が愛は彼の為に。

 暗く、静かな深淵へと沈む艦娘と、白い骨。

 人骨は彼女と共に繋がって、奥へ奥へと沈んでいく。

 

 

 

 ……提督。大好きだよ。鈴谷、大好きだよ。

 

 

 

 

 それは、謳うように深淵に響く。

 愛を、恋を、ただ、繰り返し謳うように深淵に捧げる。

 

 

 

 

 

 ……提督。鈴谷はここにいるよ。提督を大好きな鈴谷は、ここにいるよ。

 

 

 

 

 

 

 ……鈴谷? 

 

 

 

 

 

 深淵の中で。人骨は、まるで繋がれるように、身体に染み込んでいった。

 理由など分からない。ただ、まるで水底で愛を謳うセイレーンのように、鈴谷が紡ぐ言葉に呼応したのか。

 人の身体などとうに流れた。ならば、繋がるにはなにが足りない?

 思い出せ。艦娘の根源は金属だ。海に浮かんだ大きな金属だ。

 そうか。だったら、お願いだ。

 血も肉も筋も失った彼に、彼女の根源を少し、分けて貰えないだろうか?

 それでも、構わない?

 

 

 

 

 

 

 ……いいよ。全部あげる。大好きな提督だから、鈴谷の全部をあげる。

 

 

 

 

 

 

 白い骨は継がれる。黒い鉄に。形を作る。

 頭蓋は穴だらけで、後ろ半分を欠損したまま、魂の入れ物に。

 空洞の目玉も構わない。空の身体に目玉など要らぬ。

 肋や鎖骨は服の上から、彼女を守る鎧となろう。

 足の骨は、彼女が走れる為に、腕の骨は彼女を抱きしめるために。

 そして、左手の薬指には。しっかりと、絆を嵌めよう。

 愛の証を。恋の証を。思いの証を。

 大丈夫。彼は死なない。死んでなどいない。

 肉体が消えただけ。代わりの器はここにある。

 艦娘としてでは、二人の魂が入りきらないのなら。

 ならば、穢れすらすらも取り込もう。海の底で蠢く穢れも飲み干そう。

 憎しみ、怒り、嘆き。様々な負の感情が雪崩れ込む。

 

 

 

 

 

 

 …………うるさいなあ!! 鈴谷はそんな気持ちは欲しくない!!

 

 

 

 

 

 …………黙れよ深海棲艦。お前らの感情など知ったことか。俺たちに入ってくるなッ!

 

 

 

 

 

 

 いくら深海の憎悪とて、愛と言う真逆の感情で繋がった物を侵略するには、感情が薄すぎた。

 愛しさえすればいい。応えさえすればいい。憎悪など不要。怒りなど不要。

 永遠にこの深淵で、共に愛を謳い眠っていく。そう、鈴谷と提督は決めたのに。  

 深き澱はそれを許さない。憎悪の住み処、怒りの領域に愛が入り込むなど言語道断。

 出ていけ、と海底のものたちは一斉に叫んだ。関わるな、愛を抱いた化け物は我らに関わるな!

 憎悪を利用するだけの愛の怪物。愛を謳う艦の敵は、ここから出ていけと。

 ああ、浮上する。身体が浮いていく。海上に、空に向かって。

 拒絶されたのは二人の方だった。相容れない化け物として、追い出されて迫害される。

 一部とはいえ、飲み干した仲間だろうに、だが二人はそこに至るに相応しくない。

 

 

 

 

 

 

 

 ……追い出されちゃった。どうする? 提督?

 

 

 

 

 

 

 ……どうするか? 深海棲艦に拒否られるって想定外なんだが。

 

 

 

 

 

 

 ……ねえ。鎮守府に帰ろうよ。鈴谷たちの居場所は、彼処だったよね?

 

 

 

 

 

 

 ……帰ろうか。俺達の居場所に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 決めた。深淵がダメなら、鎮守府に帰ろう。

 二人の出会った場所に。過ごした場所に。

 皆も待っていてくれるだろうか? 浮上する身体に、淡い期待を抱きながら。

 二人は、再び海上に戻っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴谷、お前身体!!」

「うんっ?」 

 疑問符を浮かべる鈴谷。

 浮上後。運悪く、浮上中に記憶を欠損していたらしい二人は、海のど真ん中で突っ立っていた。

 提督が鈴谷に聞く。

「なんだこれ!? 俺の身体は!?」

「何言ってるの? 提督はここにいるよ」

 パニックになる彼に、鈴谷は首を傾げて言ったのだ。

 当たり前のことのように。二人は一つの存在。それは当然だと。

 愕然とする彼は、深淵での記憶はない。鈴谷もその記憶もない。

 然し、言えるだろう。本能が囁いている。

 提督は鈴谷。鈴谷は提督。

 混ざりあって、継いでいる身体は、二人の愛の証。

 白い骨は彼で、肉の器は鈴谷。二人で、ひとつになった。

 それが、鈴谷と提督が、深淵で出した結論だった。

 無論、覚えていない彼は言葉を失ったが。

 人間だと言う感覚は既に、鈴谷の肉体に侵食しており、鈴谷は擽ったいように笑った。

「もーっ……。変な場所を触ったらダメだよ。そういうのはまだ早いってば」

「そう言われても……。なんか柔らかいものを触った気がする……!!」

「だーめー!! む、胸は提督でもダメったらだめ!」

「うぇ!? そんなとこ触ってたのか俺は!?」

 いまいち身体の仕様が分からない。

 鈴谷は頬を赤くするが、死人のような肌は土気色。

 至るところに覆う骨に、彼の感覚は通っている。

 左手の薬指には二重の指輪が、骨と肉に嵌まっていた。

 混乱する提督。だがどこか納得する自分もいた。

(俺は違う。兄貴や親父とは。鈴谷を置いてけぼりにしたんだ。そのぶん、もう絶対離さない)

 何を考えているのか自分でも理解できない。この変わり果てた姿はなんだ。

(そんなものはどうだっていい。重要なことは、鈴谷と俺は、互いに好きだと言うこと)

 ……鈴谷の事は、好きだと思う。

 いや、違うか。今は明確に言えるとも。

「鈴谷」

「ん?」

「俺、お前が好きだ」

「鈴谷も大好きだよ」

 ほら。提督は鈴谷が好き。

 鈴谷も提督が好き。相思相愛。

 なんの問題もない。身体が化け物みたいになったけど、それがなんだ。

 互いに愛し合う存在が、化け物で何が悪い? 

 死すら超えて愛を謳うなんて、きっと誰もできない真似だ。

 鈴谷と提督は死を超え、今ここにいる。

 記憶が曖昧でもいい。その内思い出せるだろう。

 二人はあれこれ喋って、店から後の記憶はないと分かった。

「とりあえず進路確保して、鎮守府に帰ろう」

「そうだね。帰ろうか、提督」

 二人は真っ直ぐ進み始める。

 目指すは、自分達の居場所へ。だが、二人は知らない。

 

 …………そんなものは、何処にもないと言うことを。

 

 

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