本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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セイレーンとの邂逅

 

 

 

 

 

 仮称、セイレーン。

 具体的な分類は不明。

 深海棲艦なのかすら分類が難しい。

 既存の存在とはかけ離れた容姿。禍々しいその姿は、艦娘を威圧する。

 固有の能力として、まず深海棲艦に忌避されるようだ。

 決まってセイレーンが現れる場合、周囲に深海棲艦は確認できない。

 どうやら、深海棲艦もセイレーンを避けているのではないかと推察される。

 更に、名前になった声の固有の能力。艦娘の回線に割り込んで、直接語りかけるような仕草を受けていた。

 まるで、こちらの回線の周波数を知っているかのように。

 語りかける声はノイズが酷く、肉声らしき声は確認できるが、録音では肉声が消失する特性のようだ。

 聞き取ろうとしても、セイレーンの肉声は艦娘の思考能力を乱して、錯乱させる。

 理由は未だに不明。バイタル、メンタルに多大なダメージを与えるため戦闘は細心の注意を払う必要がある。

 但し、その前に大抵は錯乱して襲いかかる。提督の指示を聞けなくなるのだそうだ。

 更にレーダーでは、人間、艦娘、深海棲艦の反応を同時に出しており、これも原因不明。

 究明には、撃破してからのサルベージ、あるいは捕獲を求められる。

 行動原理も不明。戦闘能力も破格で、骨に似た艤装を用いて様々な方法で反撃してくる。

 恐らくは航空巡洋艦や軽空母に近いと思われるが、突出して異様な回避能力が備わっている。 

 潜水艦や戦艦の一方的な攻撃も直ぐに察知して逃走し、追走しても凄まじい速力で離脱するため、見失う。

 その頃には、特有の声によるバイタルダメージが蓄積しており、航行不能寸前まで追い込まれるので、深追いも出来ない。

 何よりも、攻撃を自分から仕掛けないのが一番の不明な点で、どこかにいつも移動しているように見えると聞く。

 ……など、様々な不明点の多いセイレーンが、近海の……彼女たちの管理する海域に現れた。

 セイレーンを撃破、または捕獲せよ。

 それが、彼女の……飛鷹に命じられた、大本営の与える任務であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 執務室で、飛鷹は椅子に座って、窓から差し込む夕日をバックにあるものを持って見上げていた。

 今は亡き、鈴谷の形見。ケースに入った、指輪だった。

 生前、出掛ける前に、新しいものを貰うといって置いていった任務の指輪。

 それが、帰らぬ人となった鈴谷の形見として、机に仕舞われていた。

 漸く、飛鷹にも鈴谷を考える余裕が出てきた。それまでは提督の事で一杯だった。

 仕事を終えて、鈴谷を思い出しながら、ぼぅっとしていた。

 自分の後ろをついてきた後輩。恋にも、艦娘としても前に出ていた飛鷹。

 けれど、それももう意味がない。きっと、今頃鈴谷は水の底だろう。後を追った可能性が高いんだから。

(根っこは同じってことか……。鈴谷、あんたが生きていれば、きっと私があんたを殺していたわ。提督を護れなかった裏切り者って。感情に身を任せ、真実を知っても尚、許せないから。でも、あんたもきっと……護りたかったんだよね? 心に余裕ができて、あんたの苦しみが今になってよくわかるわ。……死を選んだ、鈴谷の気持ちも)

 飛鷹は怒ると話を聞かずに暴走する。

 普段から怒りを自制している分、爆発すると自分でも我慢できない。

 自分でも分かっている。冷静になろうと、努めている。

 けれど、彼のことになるとそれすら吹っ飛ぶ。

 彼をそれだけ、愛していたと言うこと。

(……負けたわ。鈴谷、あんたの勝ちよ。あんたみたいに、素直に死ねれば私も満たされた。あんたの選択肢は、彼の嫌がる悲劇でしょう。けど、私はそれが羨ましい。結局、言い訳を作って私は生きているしね)

 ケースを手のひらで弄ぶ。夕日を受けてオレンジに染まるケース。

 机に頬杖をして、詰まらなそうに見上げている飛鷹は、そう考えていた。

 結局、飛鷹は相棒としての選択を選んだ。彼に恋をする女になれなかった。

 最後まで相棒のまま、終わってしまった。鈴谷は、最期まで恋をする女になれた。

 そして、死ぬ間際に……辛いだろうけど、想いを受け取り、そして見えた。人魚のように。

(心残りはあるんじゃない? 無力さを噛み締めて死んだとしても、悲恋には変わりない。私は……悲恋にすらならない、痛みしかない世界になったけど……)

 憎しみで生きるのは疲れる。瞬間的な熱さが断続すると、心が疲れる。

 継続する憎しみに溺れれば良かったのに、飛鷹は半端に理性があった。

 壊れる前に、賢い方向に壊れてしまった。結果、余計に苦しい。逃げられない。

(鈴谷みたいに素直に生きたかったわ。心の思うままに、好きと言えれば。愛していると言えれば。……叶う夢だってあったのに)

 鈴谷が消えて感じる感情は、悲しみではなかった。

 何故だろう。疎んじていた訳でもないのに、悲しみを感じない。

 ただ、羨ましい。羨望だけを、消えた海に感じているのだ。

 薄情な女だと思う。同じ仲間だろうに、涙の一つも流せない。

 いいや、違うか。飛鷹の感情は、エゴに満ちていた。

(そうね。嫉妬よ鈴谷。私は死んだあんたに嫉妬している。自分の思い通りに死ねたあんたを、柵と理性と役目に囚われた私は嫉妬しているのよ。死者になんて感情を抱いているのかしらね、私は……。でも、本音。最期まで、鈴谷。あんた……いえ、貴方は妬ましい)

 自嘲する飛鷹。死人に対して嫉妬するとは、つくづく救いがたい利己的な艦娘だ。

 選ばれなかった妬みか? そんなもんじゃない。鈴谷の生き方が妬ましい。

 素直に死ねた鈴谷が、羨ましい。

 正直に言えば、それが理由だ。この鎮守府の中で唯一、飛鷹は鈴谷を供養しない。

 ずっと、妬み続けるだろう。その生き方、その終わり方を。

(イカれているでしょ? 分かる鈴谷。貴方が目標にしていた女はね、仲間の死を満足に悲しめない非道な艦娘なの。私はそれが本性なのよ。こればかりは、死ぬまで変わらないと思うよ)

 飛鷹と言う艦娘は度しがたいエゴイスト。

 彼のためなら、何でもした。したいと思っていた。

 けど、現実は護りきれずに殺された。後を追うには理性がありすぎた。

 遺された彼女は、苦痛と共に生きるだけ。これを幸せと言えるのか?

(……もう、いいでしょ? お願いだから許してよ、提督。死んでも良いって、言ってよ。なんで私は生きてないといけないの? 鈴谷は死んだのに、私は……)

 ああ、妬ましい。鈴谷は死んだ。

 死んだのになんで飛鷹だけこの意味のない世界で生きなければいけない。

 鈴谷。妬ましい。憎たらしい。羨ましい。鈴谷……鈴谷が、憎い。

 遊んでいたケースを思い切り握る。嫌な音をさせた。

 視線を下げて、俯いた。歯軋りをしていた。

 目元に陰りが入った。夕日に隠れて見えないが……飛鷹の緋色の目から、生気が消えている。

(鈴谷……。私は、貴方を嫌いではなかった。ええ、生きているときは。今は別。大嫌いよ、鈴谷。自分の思うままに生きて、死ねた貴方を私は、生きる限り永遠に妬み続ける。私の出来なかった事を出来た貴方を、私は、ずっと羨ましいと思い続ける。最低でしょ? 最悪でしょう? 忘れないわ、鈴谷。私は、鈴谷をずっと覚えているわ。貴方が彼を好きだったことも。恋い焦がれていたことも。誰が忘れようとも、私はこの感情と共に覚えておく。私にできる弔いは無いから。恨んでくれていい。軽蔑してくれていい。こういう性格の私が鈴谷を忘れない方法は、これしかないのよ。ただ、死んだ貴方に誓うわ。……同じ男を愛した女として、貴方から彼を奪った奴は必ず殺す。何時か、必ず)

 そうさ。死ぬ理由はあるけれど、生きる理由もまだあるのだ。

 それまでは死んではならない。敵討ちだ。復讐だ。生きる理由はそれしかない。

 そして、終えたあとに飛鷹も消えよう。役目を終えた空母は、他の誰にも使役されずに沈むと決めた。

(提督。貴方は生涯、たった一人しか出会えなかった、私の上官。貴方しか私を使わせないわ。貴方だけ知って、飛鷹は……出雲丸も海に還ります。その時まで、暫く留守を預かるから。待ってて。首は、手土産にする。絶対に)

 少し、仮眠でも取ろう。流石に連日連夜の戦いは厳しい。

 ケースを机に戻して、彼女は執務室を去っていった。

 闇色の瞳を携えて。翌日、例のセイレーンの話が舞い込んでくることを、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に戻る。

 今日も快晴。よく晴れている。

「バカめ、と言ってあげるよ提督!!」

「誰がバカだ。死んだから治ってるわ!」

 愛宕制服の鈴谷は笑いながら移動中。

 一晩しっかりと休んで、一応礼儀として片付けてから出発。

 順調に鎮守府を目指して帰っていっている。

 鎮守府に戻ったら、取り敢えず飛鷹に事情を説明しよう。

 死人が舞い戻れば大層驚くだろうが飛鷹ならば大丈夫な気がする。

 提督は、そんな風に考えていた。

 少なくとも艦娘以外の襲撃はないし、そろそろ近海に入る海域だ。

 途中、艦娘の艦隊とすれ違って襲われたので、撃破した。

 大腿骨の主砲で、軽巡と駆逐艦の艦隊を潰してきた。やはり少数なら倒した方が手っ取り早い。

「軽巡ぐらいならなんとかなるね。大したことなくて良かったよ」

「……だな」

 だが、思うことがあった。 

 気のせいか、あの艦娘の艦隊……全員動きが今までと比べて良かったような。

 まるで、全員が指輪持ちのような優れた性能と、見覚えのある動きをしていた気がする。

(……うちの艦娘か?)

 可能性はあるだろう。

 鎮守府の哨戒任務の艦隊だろうか。

 まだそこそこ距離のある海域なのだが、もう警備艦隊がいるようだった。

 ならば、不味いことになる。近海に入る前に、接触していたかもしれない。

 同時に、自分の鎮守府の艦隊でもやはり襲ってくる証明にもなった。

 視認は完全に深海棲艦なので、誰だか分からないが、少なくとも軽巡の指輪持ちはいなかったはず。

「鈴谷。さっきの艦隊、もしかしたら……」

 最早鎮守府近海にも深海棲艦しかいないと思っている鈴谷。

 思考が矛盾していることの自覚もしていない、支離滅裂な状態になっても分からない。

 鎮守府が残っているのに強大な深海棲艦が近海に要るわけはない、という当たり前の思考すら今の鈴谷は出来ない。

 なので、自分達の知る鎮守府の環境とは違うと、鈴谷に吹き込んでおく。

 こうすれば、戦いに迷うことはない。言葉がダメなら武力で倒して押しとおる。

 そう決めたのだから。

「オッケー。気合い入れていくよ」

 神妙に頷いて、鈴谷は進んでいく。

 ……鎮守府まで、あともう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府では。

「神通!? 聞いていないの、神通!? 川内! 満潮! 夕立! 霞! 応答なさい!!」

 執務室で、加賀が血相を変えて無線に向かって叫んでいた。

 現在、緊急事態発生。セイレーンだ。セイレーンが、なんと近海近くの海域に現れた。

 移動するコースを大本営が計算していたが、戦術的に意味のある場所を無視して、真っ直ぐにこっちに向かってきている。

 狙いは……まさか、この鎮守府なのだろうか。

 司令官のいない事を知っていて、襲撃してきたか。

 先ほど、飛鷹が大本営と揉めて、自分も出ると言い切っていた。

 それから一時間後。神通率いる哨戒任務の艦隊が、現れたセイレーンの迎撃に突入。

 飛鷹にも知らせたが、ここ最近の疲労が蓄積してとてもじゃないが出せない。

 彼女は冷静に、自分は休むから加賀に任せると言って、戻っていった。

 代わりに朝潮が混じって、長門たちが現在向かっている。それまで時間を稼いでいた神通の艦隊は全滅した。

「……こ、こちら神通。なんとか、全員が無事です……」

 通信が復活した。痛そうに呻く神通が、苦しそうに応答する。

 被害状況は大きい。皆、大破しており、戦闘は困難となった。

「強いです……。アウトレンジで、蹂躙されました……」

 神通は、率直な感想を述べて、撤退を開始した。

 いわく、こちらの偵察機よりも早く気がついて、コースを変更しようとしたが追撃。

 襲われてから迎撃した筈なのに、主砲のレンジが向こうの方が長かった。火力も凄まじい。

 しかも、やっぱり回線に割り込んで何か囁いてきた。

 ただ、と神通は言った。

「みんな言ってます。……聞いていた程のノイズじゃないって。何か言っているのは、聞き取れませんでしたが」

 なんと、彼女たちはセイレーンの声をそれほどダメージは入っていなかった。

 単純に戦いで負けたのだそうだ。

「聞いたことがある気がします、セイレーンの声……。なんだか、悲しくなる懐かしい声だった……」

 神通は、そう加賀に伝える。悲しくなる懐かしい声。報告されていた頭痛などもない。

 ただ、無性に凄く悲しくなって、うまく全員が戦えなかった。

 根刮ぎ戦意が奪われていく気がした、と告げる。

 それぞれ、感想を全員に加賀は聞く。参考になるかもしれないと思って。

「なんかホモっぽい声だったよ? 筋トレしてそうな」

 川内は意味不明な事を言った。

「遊んでくれそうな人の声だったっぽい……」

 悄気た声で夕立は言った。

「シャウトが似合いそうな感じがしたわ。でも、何でだろう……?」

 自分でも分かってない満潮は言った。

「ロリコンと勘違いされそうな雰囲気に聞こえた。あいつみたいな」

 霞は諦めに近い声で言った。

 それがヒントだった。加賀はまさかと思う。

 皆が言っている抽象的な言葉。それを総合すると。

 

(まさか。まさか皆は、セイレーンに……提督を感じているの?)

 

 未確認の化け物が、死んだはずの提督に聞こえる。

 そう、言っているように思えるのは加賀の勘違いか?

 思い過ごしかもしれない。一応、今はなにも言わずに黙っておく。

 皆の帰還を待つ間。加賀は、嫌な予感がしていた……。

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