やはり、夜間移動は有効な方法なようだ。
思っていた以上に遭遇率が下がっていた。
出くわす前に夜を待ってから、出発する。
「冬で良かったよ。夏なら虫とかがヤバかったから」
「けど、真冬だぞ? 寒くないか鈴谷?」
「大丈夫。寒さ、あんまり感じないんだ。……死んだからかもしれない」
「……」
適当な小島で隠れて休憩をとって、夜間に動く。
夜目がきくからか、先んじて見つける事も可能になった。
真冬の真夜中は氷点下を下回る。薄着一枚では寒いとも思ったが、鈴谷は苦笑いしていた。
いわく、寒さも暑さも鈍くなった感覚は感じ取らないんだそうだ。
余程の猛暑、極寒でもない限りは、対して変わらない適温らしい。
「お風呂はそうでもなかったよ。水に関しては冷たいって感じるし。変なの。寒さとか暑さは分かんないのに」
「熱さと冷たさはまだ、生きてるんだな……。良かった」
鈴谷の異変は悪化しているのかも分からない。
何せ彼も変容している身だし、元の感覚を既に忘れている。
「心配しなくても、皆で治していけばいいじゃん? 鎮守府にはみんないるよ。……きっと」
鈴谷はそういって、闇夜を真っ直ぐと見つめる。
彼女の感覚は、深海棲艦しかいない海域に残された鎮守府という物だ。
深海棲艦が艦娘の装備を使う違和感すら理解できず、見覚えのある装備を何度見ても、深海棲艦だと言っていた。
鈴谷の懸念は、自分にある。心配せずとも、鎮守府は無事だ。但し。
(無事じゃないのは俺達だ。……鎮守府の皆が気付いてくれない。それも間違いない。どうやって、俺達だと彼女たちに説明する。飛鷹なら大丈夫と思っていたけど、その根拠はなんだ。俺は艤装、鈴谷は半分深海棲艦。どうやって気付く。どうやって、教える?)
……鈴谷には言っていない。
失っていた記憶は死に際以外はかなり思い出してきた。
既に出会っているだろうに、敵対している皆にコミュニケーションを取れるのか?
海の上では攻撃された。陸の上ならどう出てくる?
自分はもう化け物として動いている。冷静になればなるほど、行動の無意味さを知る。
行ってどうする。戻ってどうなる。二人をまさか、受け入れてくれるとでも?
(……ああ、分かってるよ。俺達にはもう、希望なんてない。どうせ戻れば、殺しあう。……それでも、俺達は戻りたい)
自覚しているとも。既に我が身に救いはなく、既に鈴谷に希望もない。
待っているのは、見えない鈴谷と、襲ってくる嘗ての仲間との殺しあう未来だけ。
……それでも。
(ここまで来たんだ。ただ、鎮守府に戻る。それだけのために。今さら退けるか。退いてどこにいくって言うんだ。俺達の居場所なんて無いんだったら、せめて……せめて、俺達の事を、みんなに知らせたい。俺達はここにいる。鈴谷も、俺も、鎮守府に戻って、ここにいる証を……残したい)
二人はここにいる。動いている。化け物でも、意思の疎通が出来なくても。
せめて。通信がダメなら、直接。あるいは、筆跡もでもいい。
生きた証を。戻った記録を。どうか、気づいてほしかった。
鈴谷には言わない。言えない。死んだものには、世界には居場所なんてないんだと。
二人は、生きている世界から拒絶されている。
(戻りたい。受け入れてもらえるとは思わない。最後は戦うんだ。覚悟は決めた。俺は鈴谷の恋人だ。死んだ俺達は、死んだ者として、互いを護ろう。……皆を敵にしてでも)
死んだ人間には、もう提督としての矜持もない。義務もない。責任もない。
それは生前に終えたもの。だから今度は、個人の気持ちで皆と戦う。
天秤は、傾いた。覚悟を決めた。艦娘の皆と、今そばにいる鈴谷。
どちらを優先するなら、答えは決まっている。
今、一番大切なものを、彼は守る。それが、皆への裏切りだとしても。
命すら失った彼には、鈴谷しか残っていないから。
なにもなくていい。いる世界が違うのだから、交わらずとも。
別れの言葉を、届けに行こう。
鈴谷には、知らなくていい事。仲間で殺しあう記憶なんて、辛いだけ。
(……帰ろう。鎮守府に、俺達の最期の言葉を、残しに)
今は、鈴谷と共に、近海へと侵入していく……。
夜間に移動して、夜明けにまたその辺の小島に潜伏して休憩する。
そうやって、隠れて、進んでを繰り返す。
その頃。鎮守府では。
「方法を変えるわ。みんな、探す重点は無人島よ! 偵察機で空から探して!!」
飛鷹が本格的にセイレーン炙り出しを開始していた。
この数日、セイレーンは目撃されていない。
また何処かに潜伏していると見る飛鷹。
離脱したならそれでいい。同時に襲撃に備えて皆で神経を尖らせているのだ。
本命は襲いくるであろう深海棲艦。セイレーンはいないならついでだ。
どのみち、無駄になる事もない。見張って越したこともないのだ。
広域を、軽巡や重巡から戦艦まで、片っ端から空から探していく。
潜水艦と駆逐艦で水中を捜索して、徹底的に洗い出す。数日続けて居ないなら、それで終了。
集中的に探すこと、丸二日。……とうとう、年貢の納め時は、来てしまった。
目立たない場所で陽射しを浴びて眠っていた鈴谷。
提督も、午後の暖かな日光を浴びて休んでいると。
不意に、嫌な音を拾った。聞きなれた音だった。
(……!?)
慌てて鈴谷を起こした。時刻はそろそろ夕刻になる。
夕暮れの空に、嫌なものを見た。水上偵察機だった。
結構な数が、近辺の空を飛び交っていた。
「うわ、なにあの数!? そこらじゅう艦載機だらけじゃん!?」
鈴谷は物陰に隠れて空を見上げる。低空飛行で様子を探る偵察機。
主に無人島を探しているのか、旋回運動をしている。
(やってくれるな。流石はうちの艦娘だ。指示を出したのは飛鷹か)
提督は場違いに感心した。わざわざ読まれないようにしていたのを、もう対応してきた。
昼間は無人島に潜んでいるのを分かったらしい。
移動できる時間のうちに、洗える場所は全部探すのか。夜になれば偵察機は専用機を必要とする。
その装備は高級品の高性能。彼の鎮守府にはたぶんないんだろう。
数の暴力で徹底的に探し出しておく訳か。
「鈴谷、隠れていろよ。今出ていくと見つかる」
「うん……」
なんで深海棲艦が頭脳プレーを、と首を傾げる。
艦娘と理解できない鈴谷は置いておくとして。
彼は夜に出れば問題ないと思っていた。
真っ暗の中を進めばまた進めるはずだと。
それが、間違っていた。
「……なに? 人影?」
運悪く、ある艦娘が操る偵察機に、不審な人影が映った。
物陰に潜んでいる、黒い影のようなシルエット。
逆光で見えないが、人間のように見えた。
この時間帯、無人島に人が居るわけがない。況してや何もないただの小島だ。
「……まさか」
より近くに行くように近づける。
一方、鈴谷は。
「ヤバい!! こっちに来るよ!?」
「隠れよう!!」
直ぐ様接近に気がついて、どこか隠れる場所を探して慌てる。
が、縮こまっても見えてしまうような頼りない小陰しかない。
仕方無く、近くにあった巨木のうろの中に身を投げた。
走る姿は、バッチリと偵察機に映っていた。
完全に人影。しかも逃げる素振りを見せた。
「……怪しい」
一度偵察機を撤収させて、その島の座標を遠くにいる飛鷹に送った。
返信が、念のため上陸して確認してこい、との事。
誰か重巡以上は連れていけと言うので、近場にいた那智に応援を頼む。
頼もしい返事で、その他駆逐艦や軽巡数名で上陸して、艤装を全部しまいこんでその場所を徒歩で向かう。
「人の足音がする。鈴谷、走って逃げるぞ。艤装用意しておけ」
「えぇ!? 陸上で艤装使えないよ! 走れなくなるよ!?」
うろの中で小声で話し合う二人。
聞けば、艤装は通常全部を使って初めて機能が万全になる。
部分展開も出来なくもないが、大幅に低下してしまうと。
普通なら全部使うのが当たり前だし、陸上で使うことも滅多にない。
陸上で使うにも、海上で使用する前提の物を陸上では満足に振り回せない。
そんな訓練も受けてないのだ。寧ろあるだけ邪魔になる。
故にあまり知られていないらしい。
「骨で殴打して逃げりゃいい!」
「あの大腿骨振り回すの? うん、やってみるよ」
今の彼女は骨格を纏う艤装だ。殴打するぐらいなら、低下してもできる。
主砲の大腿骨は伊達じゃない。それだけ取り出して、更に左肩の骨の左腕も展開しておく。
大きな骨を構えて息を殺す二人。レーダーが生きている提督の合図で襲いかかる。
現在、展開する艤装は主砲と左腕。あとはなにもまとってない。
全身を覆う骨の装甲は、多分陸で撃てないならいらないと思う。
そもそも海上を進む為の装置が組み込まれる足では、陸上では満足に走れやしない。
周囲を捜索する数名を、盗み見る鈴谷。……気味悪い光景であった。
見たことのない半端な姿の深海棲艦が、彷徨いていた。
頭はイ級などの体躯を帽子のようにかぶっていて、小柄な身体に対して異様に目立つ頭部。
そんな化け物や、人らしきシルエットなのに、軽巡のままの怪物や、艤装の持たない重巡までいる。
(……勝てるかなこれ?)
取り敢えず奇襲して逃げるしかない。
不安になる鈴谷だが、彼は言った。
「落ち着け鈴谷。お前の見ているものが、真実とは限らない」
暗に、鈴谷の不安がより一層奴等を強く見せているのだと言っている。
勝てると思えば、勝てる。気持ちの問題なのだと。
「……うん。鈴谷、頑張る!」
不安に負けるな。そう、応援してくれる。
ぎゅっと持っている骨を力を込める。提督の一部を使う鈴谷が、負けるはずがない。
そんな根拠のない謎の自信により、鈴谷は闘争本能を刺激する。
倒す。絶対倒すと決めて、その時を、隠れて待っていた……。
散開して探す艦娘たち。
近くに来ていた駆逐艦と思われる少女が一人で、警戒しながら巨木に近づいてくる。
もう少し。もう少し引き寄せて。
背中を向けた、その刹那に!
「……鈴谷! 今だッ!!」
「おりゃあ!!」
突然、巨木の中から躍り出る人影。
その声は、確かに聞こえた。
長いこと、留守にしている二名の声だ。
瞬間、振り返る少女。
見つけたのは……。
「う、嘘っ!? あんた、まさかすずッ……!?」
ゴスッ!!
振り上げた棍棒よりも重たく重い一撃が、艦娘を襲う。
少女……駆逐艦、霞が見たのは。
変わり果てた、真っ白なロングヘアーに、深紅眼を爛々と輝かせ。
鬼のような表情をして、見慣れぬ制服を着ている、頭にドクロを飾った、いるはずのない知り合い。
薄汚れた姿の、深海棲艦に似た彼女だった。
脳天に降り注ぐ一撃に、一発で失神する霞。
ばったり倒れて、動かなくなった。
一名、脱落。次。
騒がれる前に、離脱しつつ適度に倒す。
すぐに移動する鈴谷と提督。
海に向かう途中、また駆逐艦を見かける。
「もっかい殴る?」
「そうだな」
次も、背後から奇襲をかけた。
物音をさせて注意を引く。そして、本命の背後から襲って殴る。
振り返る彼女は、咄嗟に腕で防御して難を逃れた。
が、今度は鳩尾に鋭い突きを放たれる。
「がはっ!?」
頭を守ったせいで腹がノーガード。
めり込んだ太い骨が、肺の空気を無理矢理押し出して、倒れこんだ。
混濁する意識。霞む視界に見上げた相手を見て、駆逐艦夕立は……驚いた。
「鈴谷、さ……!?」
倒れる前に止めの一撃が頭を直撃。そのまま気を失った。
倒れた彼女を放置して再び疾走。
海沿いに近づくなか、またもや邪魔者が入り込んだ。
今度は重巡か。流石にキツいと判断して、陽動して引き付けた。
そちらをさがしにいく間に、逃走する。
已む無く崖に脱出し、艤装を展開。そこから飛びおりて、海上に出た。
「どうにかしてして逃げよう」
「そうだね。急ごう!!」
既に発見はされている。頭上を飛び交う偵察機。
信号を発して、連絡を取り合っている。
夕暮れの海のなかを、脱兎の如く、二人は逃げ出した。
その先には、最強の猛禽類が待ち構えるとは、知らないまま。