緊急入電。数名の艦娘が潜伏中のセイレーンに襲撃された。
鈍器のようなもので殴打され、霞と夕立が負傷。航行不能になっている。
現在、セイレーンは逃走し、海上を疾走中。
「――セイレーンッ!!」
その伝えを受けたとき、海上で捜索をしていた飛鷹は思い切り夕日に向かって叫んだ。
同じ艦隊の朝潮が絶句する。見たことのない殺気と威圧感、怒気を放つ飛鷹がいた。
「よくも……!! よくもあの人の鎮守府の艦娘を傷つけたわね……!」
嗚呼、不味い。朝潮は見ていて思った。
飛鷹の緋色の瞳が一足先に夜に染まった。
瞳孔が不自然に開いていく。歯軋りをして、艦載機を操る艤装に力を込めている。
(怒ってる……)
飛鷹が、セイレーンに対して凄まじい怒りを抱いているのがよくわかる。
何故だろう? 普段以上に彼女は狂うレベルで怒りを表す。
朝潮には分からない。
(殺してやる……!! あの人を思っている皆を奪おうとするなら、絶対この手で殺してやるッ!!)
許せない。飛鷹は許せなかった。
提督の遺した鎮守府。今はもういない彼の思い出の場所を壊そうとするもの。
あるいは、そこにいる艦娘たちを、彼を慕っている皆を奪おうとするセイレーンを許せない。
彼の思い出として、今の仲間は誰一人沈ませない。誰一人傷つける事は許さない。
(提督と一緒に戦ってきた皆を、化け物なんかに……奪わせてなるものかッ!!)
仲間意識? 責任感? そんなものじゃない。
もっと利己的。もっと排他的。自分のエゴで許さない。
飛鷹は、亡き彼の世話になった艦娘を狙うやつは、彼を冒涜すると感じていた。
彼の考えで戦ってきた皆は、彼の一部と言っても過言じゃない。
そして、彼女は彼の敵は誰だろうが殺すときは殺す。
飛鷹は、提督の味方。提督だけの味方。亡き今でもそれは変わらない。
彼を攻撃するものは飛鷹は容赦などない。彼の関係する物を攻撃するものも、然り。
許すな。セイレーンを許すな。憎め、彼の鎮守府を壊すものを憎め!
(殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!)
脳内を支配する、殺すのを文字。
見事に憎悪に呑み込まれて、飛鷹はセイレーンを追いかける。
周囲が発見した位置を飛鷹に知らせる。
「皆、行くわよ!! セイレーンを此処で必ず殺すから!!」
怒り狂う飛鷹の怒号に、怯えながら皆はついていく。
居場所は追っている。先回りするように、彼女たちは向かっていく。
旗艦として既に失格なほど、飛鷹は私情に囚われていた。
セイレーンこと、鈴谷と提督は。
「どうしよう!? 偵察機の数が多すぎるよッ!! 振り切れない!!」
「最悪夜まで逃げ回るか、いっそ突破して陸に上がろう!!」
「了解!!」
兎に角逃げ回っていた。
進む先から追いかける艦隊の追っ手。
流石は近海。かなり出払っているのか、四方八方から攻撃が飛んでくる。
それを鈴谷は彼の指示で片っ端から回避する。
雷撃、爆撃、砲撃、銃撃、全部避けてすり抜ける。
空から、前から、後ろから、下から。三次元の飽和攻撃。
数の暴力で窮地に立たされていた。
軈て、一番敵にしたくない女が、怒り狂って参戦した。
(……!)
提督は気付いた。一人の空母が、艦隊を連れて前方に立ちふさがる。
その空母が次々艦載機を発艦。襲いくる。
提督は、彼女が放った艦載機の数をざっと数えた。
知っている数なら、誰だが分かる。ここは近海、彼の鎮守府のメンバーしか多分いないだろう。
そして、その数は……。
(……飛鷹かっ!?)
一番の、長年の相棒にして、親友。空母飛鷹だった。
彼女が放った数は彼の知るものであり、放った艦載機も彼女の愛用するもの。
間違いない。飛鷹が今、襲ってきていた。
「止めろッ!! おい、聞こえているのか!? 俺達に戦う意思はないッ!!」
名前は呼べない。鈴谷に聞こえてしまう。そうすれば、彼女は真実に気づいて、迷ってしまう。
相手も気付かない今の状況、足を止めれば再び死ぬ。
鈴谷は深海棲艦に言うだけ無駄だと言うが、
「話の通じる奴もいただろ? 言ってみるだけ価値はあるさ」
それっぽい事を言い訳にして、向こうの回線に割り込んで叫ぶ。
反撃は一切しない。している余裕はない。
逃げの一手で対応するしかない。
「止めてくれ!! せめて話を聞いてくれよ、なぁ!?」
必死に問いかける彼の声。
だが……。
「声に惑わされないで!! 奴は人間でも艦娘でもない! 深海棲艦と同じ、化け物よ!!」
夕日の海に、悲しいすれ違いを起こしていただけだった。
激昂する飛鷹には、全くもって効果なし。頭痛も起きない、恐怖も支配しない。
キレているせいで、艦娘の本能以上に感情が暴走しており、効果がないのだ。
同時に、声の本質も、気付かない。あれだけ一緒にいた声を、冷静な飛鷹なら聞こえないわけがないのに。
その証拠に、迎撃すると言った朝潮には届いた。
(……司令官? 司令官、声がする……?)
ここに重要な糸口があったのに。
指輪持ちのなかで、彼から手渡しを受けたのは、五人。
葛城、朝潮、イムヤ、鈴谷、そして飛鷹。
特に強い絆を結んでいる彼女たちのうち、ここにいるのは朝潮と飛鷹のみ。
残り二名は別の場所に任務で向かっていたため、そもそも近海に居ない。
激昂した飛鷹には聞こえない。朝潮にしか、真実の声は、セイレーンの声は届かない。
「飛鷹さん、あの……!!」
「朝潮、戦いに集中ッ!! これ以上誰かを犠牲にしたいの!?」
飛鷹に言おうとしても、聞いてもらえない。
戦いに集中しろと叱られる始末。彼女も真面目なので、相手の言い分が正しいと優先してしまう。
雑念故の幻聴だと、振り切ってしまった。
悲しい事に、制御できない在り方としての能力が、繋がっている筈の言葉を遮り、戦いを続行させる。
セイレーン。艦を惑わし、沈める化け物。……鈴谷とて、深海棲艦だろうが艦娘だろうが、艦の一つ。
その声からは、惑わしの声からは、逃げられない。たとえ、自分の一部でも。
だから、鈴谷は艦娘を知覚できなくなった。理解出来なくなった。
深海棲艦から、忌避される。艦の敵と、深海棲艦も知っている。
半端にその澱を取り込んだせいで、見分けはつくし言葉も通じる。
だが、結局は避けられてしまう。
鈴谷は人間ではない。飛鷹は人間ではない。艦娘である限り、セイレーンの餌食になる。
絆があっても。敵だと決めつける戦争と言う環境。異なりすぎる外見。わかり合えないと言う思い込み。
いくら彼が問いかけても、無意味と言うもの。
セイレーンは艦の天敵。古から伝わる通り、相互理解などできるはずがない。
沈める者と、惑わされる物。
鈴谷は全世界の海にいるモノの、敵だ。
「……鈴谷、逃げるぞ!! 遠回りして迂回しよう!!」
結局、数には勝てない。
何とか猛攻を掻い潜り、突破していく。
鈴谷も損傷したが、動けそうだった。
「ここまで着たのに!?」
「このままじゃ死んでしまう! 思い出せ、相手は俺たちの知る深海棲艦じゃないんだ」
今まで見てきた鈴谷視点の深海棲艦。言われて納得して、退散する。
折角だが沈んだら元も子もない。
全力で離脱をはかる鈴谷。追ってくるなと願う提督。
夕日の海に、速力最大で離れていく。
「セイレーンが逃げる……!? 追うわよ!!」
怒りで暴走する飛鷹が逃がすわけがない。
全員呼んで、一斉に追撃にはいる。
包囲して沈めてやると。
……気付かないだろう。飛鷹は。
朝潮はダメージの少ない方だった。だが、他の艦娘は?
セイレーンの声が、聞いたことのある声だと、悲しみを抱きながら朝潮程ではないが、気付いていた。
追走に走ろうとする飛鷹に、申し出る。
本当の理由を隠して。今の彼女には言っても理解されないと分かっているから。
不調で限界が近い。先に離脱したいと。
「分かったわ。離脱する子は早く帰って、休みなさい。追いかけるのは私がやる」
仲間を想う気持ちは残っているから、こう言えば話は通じる。
安全に、固まって戻れと言って、朝潮はついていくと言うので二人で進軍。
散っていた他の艦隊も、大半が戻ると決め、最終的に二人だけでいくと言う愚行極まりない選択になった。
仮にも限定解除の二名だ。何ともないだろうが……。
「ねえ、今の声……まさか……」
帰り道。夕日に背を向ける彼女たちのなかで誰かが言い出した。
「……なんか、聞いたことある声だったよね?」
と。
セイレーンの声を実際聞いて、皆は同じ感想を持っていた。
口々に言い出す印象。それぞれ、イメージこそ違うが。
共通するものがあった。
「これって……司令官と一緒にいたときの感覚じゃない?」
その人物が、思い出せる彼との思い出の一ページ。それに近い、気がする。
全員が、そのイメージを抱いているなんて偶然、あり得るのか?
「……やってくれたわ。まったく、あいつは錯乱してるっての……?」
「お腹も頭も痛いっぽい……」
「夕立、あんた見た?」
「……うん。間違いないよ」
そして、決定的な発言を、殴られた霞と夕立が助けられながら呟いた。
ズキズキ殴られて痛む頭を押さえて、霞は言った。
「セイレーンの正体は……深海棲艦みたいな姿になった、鈴谷さんだった」
「……司令官の声も聞こえたわ。陸にいるときに。見た目は化け物だけど、あいつは鈴谷。私達の鎮守府の、仲間じゃないかな……」
陸で正体を見ていた二人の、衝撃的な発言であった。
慌てる彼女たちは、直ぐ様飛鷹たちに連絡するが何故か通じない。
途切れてしまって、届かないのだ。
パニックになりながら、兎に角皆は帰港する。衝撃の事実を持ち帰りながら……。
一方。
逃げながら迂回して陸を目指して進んでいく鈴谷。
夕日もそろそろ夜に切り替わると言うのに、しつこい追っ手がまだついてくる。
当初の通り、陸路から鎮守府を目指すのはいいが……。
「飛鷹さん、もう夜になります!! 燃料もありません、退きましょう!!」
「朝潮、先に戻って! もう少し……もう少しであいつを殺せるの!!」
朝潮進言を無視して、飛鷹はまだ食いつく。
空母は夜は戦えない。装備もないのに、どうする気なのか。
徐々に開いていく距離に焦れて、朝潮は何度も言うのに、聞いてない。
「飛鷹さんッ!! いい加減にしてください!!」
仕舞いには怒鳴るのだが、やっぱりダメだった。
飛鷹は平常心を欠いている。セイレーンを殺すことに躍起になり、制止を聞かない。
朝潮が殴ってでも止めようとした。本来ならご法度だが、この場合は仕方ないと。
……が。
「―ー」
まただ。また聞こえる、提督の声のようなノイズ。
耳を押さえる朝潮。聞き取れそう、なのに聞こえない。
「――」
飛鷹には聞こえていないのか。
攻撃を止めない彼女には、届いていない?
ならば、もう少し……もう少し、耳を澄ませば。集中する。
悲しい気持ちになる、この声に。
――鈴谷、あともう少しだ!
「ッ!?」
……聞こえた。同時に硬直する身体。
急停止して、勢い余って豪快にスッ転んだ。
顔面から海面に叩きつけられて、勢いを殺せずにバウンドした。
酷い事故を起こした。素人の艦娘でもこんなのはしない。
衝撃で、艤装が破損したようで、黒煙をあげた。で、沈み出した。
「朝潮!? 大丈夫!?」
流石に飛鷹も事故った仲間を放置はしない。
セイレーンよりも、溺れる朝潮を助け起こした。
我に帰り、慌てて駆け寄り抱き上げる。
「…………」
朝潮は、愕然としていた。
信じられないものを聞いたように、言葉を失い真っ青になっていた。
目を大きく見開き、身動きもしないで。
「……朝潮?」
何かあったのかと心配そうに、自分を棚上げして聞く飛鷹。
その表情を見上げて、朝潮は……こう、言い出した。
信じられない。まさに、そんな表情で。
「飛鷹さん……。セイレーンって、鈴谷さんと、司令官です……」
そう、絶句する飛鷹に、朝潮は、言い切ったのだった……。