本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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真っ黒な病みの中で

 

 

 

 

 

 

 

 上手く逃げ切ったようだ。

 夕刻を切り抜けて、夜の帳が支配する近海の中。

 二人は、ホッとして胸を撫で下ろす。

「あんなに人型の深海棲艦が近海に彷徨いているなんて……。鎮守府は壊滅してないよね?」

「していれば、海沿いの町は今頃戦火で燃えている。近寄れば嫌でも分かるよ」

「そこはハッキリ否定してほしいな……。心配だし、皆が」

 警備艦隊も見かけない。一気に近づくチャンスだ。

 鈴谷は無事を早く確認したいと言い出した。

(……焦ってるな。自分が見ている光景が、全部深海棲艦に見えている証拠だ。俺はレーダーで皆が艦娘だって分かるけど、誰までかは一見しても分からない。鈴谷は俺に聞くしかないから、尚更) 

 彼女の懸念は心配ない。寧ろ心配しないといけないのは自分達。

 仲間の心配をしていると同時に、鎮守府が残ってないと困ると言うニュアンスに聞こえる。

 鎮守府に帰る以降の計画がない鈴谷は、戻って何をするかも決めてない。

 ただ、戻る。ただ、帰る。その思考で固定されていた。

(鈴谷も、だいぶおかしくなってきてるな……。もう戻れないだろうけど、今は目の前に集中しよう)

 暗に自分自身も壊れていく自覚がある提督は、それでも鈴谷を愛している。

 なんだっていい。既にこの身は滅んでおり、しがらみも何もない。

 鈴谷が無事なら何だって。だから、皆と戦いここまで来たのだ。

 今更引く場所はない。行くだけ。進むだけ。

 二人は、兎に角鎮守府のある本島を目指して、進んでいく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……夕日の戦いのあと。

 執務室に集まった、霞と夕立の証言を確認。

 皆の意見を纏めて、更に朝潮の主張も纏める。

 要約すると。

 

 ――セイレーンは、鈴谷と提督である。

 

 と、言うことらしい。

「そんなわけないでしょ!?」

 ドンッ!! と両手で机を叩いて飛鷹は叫んだ。

 衝撃で報告書がはねあがる勢いであった。

 怒りをあらわにして、待機していた加賀や長門、那智に怒鳴る。

 夜、皆が休憩や夕飯にありつくなか、纏める彼女たちは困惑していた。

 セイレーンの正体は、皆の知る提督だった。そして、いないはずの鈴谷であった。

 その姿は深海棲艦宛らで、こちらを認識していないように躊躇いなく攻撃してきた。

 ただ、向こうから海上で仕掛けることはなかった。海の上では霧を纏った化け物だ。

 何故そんな状態に、鈴谷と彼が陥っている。混乱する飛鷹はヒステリーを起こしていた。

「あり得ないわ……有り得ない!! 提督は死んだのよ!? 鈴谷は確かに行方不明で終わってるけど、どのみち状況証拠で死んでいる確率が高い!! そんな状況で、二人がセイレーンだった!? 声を聞いた!? 姿を見た!? 冗談じゃないわッ!! 錯乱した!? それとも集団パニックでも起こしてるんじゃないの!? どうかしてるわ!!」

 頭を抱えて叫び、周囲に当たり散らす。

 ……無理もない。彼女は、飛鷹は最近、あまりのストレスで様変わりしていた。 

 精神の支えを失っている彼女は、何度も頭ごなしに否定している。

 有り得ない。死んでいる人間が動いているなど。

 死んだと決まったのに。生きているわけがないのに。

 先の暴走も含めて、飛鷹はもう……限界だった。

「落ち着け。可能性の話だ」

 長門が腕を組んで宥めるが、

「バカを言わないでッ!! 幽霊なんか居るわけないでしょうが!! 実体化して私達を襲ってきた? 誰が信じるのよそんな与太話!! 頭おかしくなったのは皆よ!! セイレーンの声で壊れちゃったに違いないわ!! 全員纏めて医者に送ってやるッ!! もういい!! 一回全員休みなさいッ!! 壊れた艦娘は病院送りよッ!」

 受話器をとって、本気で医者に見て貰おうとする飛鷹。

 瞳は既に汚泥の色に変色して理性も余裕も溶けきっていた。混濁した瞳で周囲を睨んで、怒り狂う。

 彼女の反応は一般的。セイレーンの声でおかしくなった。確かにそう見るのが普通の人間や艦娘。

 しかも、彼女は現場を見ている。その目で、提督の遺品を確認している唯一の存在。

 飛鷹は、間違っていない。

 ダイヤルを押す手を、加賀が掴んで押し止めた。

 見上げる先で、加賀は黙って首を振った。

「離してッ!! 加賀だってここにいたのに冷静な判断が出来てないじゃないッ!! こんな馬鹿げた話、信じて……!」

 飛鷹の華奢な腕では剛力の加賀には勝てない。

 噛みつく飛鷹が怒鳴るなか、なんと加賀は。

 

「いい加減にしなさい」

 

 グーで、飛鷹の顔をぶん殴った。

 端正な顔立ちにめり込む拳。

 無表情のまま、机を飛び越え吹っ飛ぶ飛鷹。

 机を越えて、執務室の扉近くまで飛ばされた。

「加賀ッ!?」

「馬鹿者、加減しろッ!! 飛鷹の装甲は薄いんだぞ!?」

 本気でぶん殴ったのは、重巡と戦艦から見て一目で分かった。

 室内の物は被害がないが、加賀は聞いていない。

 止めに入る二名に、加賀は言った。

「我慢なりません。事情が事情でも、飛鷹のワガママには、いい加減辟易しています」

 ボキリボキリと指を鳴らして、近づく加賀。空母と言うより、戦艦に近い出で立ちだった。

 怒りすぎて、口調が変わっていた。

 殺気が威圧と変わり、よろよろと立ち上がる飛鷹が、睨み付ける。

 真っ赤になる頬を手で押さえ、言う。

「……いきなり人を殴るなんて、やってくれるわね。私の何がおかしいのよ?」

「自覚もないんですか? 本当に、あの人の艦娘を何年もやっていてこの様とは笑わせる」

 嗚呼、言った。

 加賀は意図して、最大の挑発を口にした。

 提督との一番長い相棒と自負する彼女の逆鱗を、思い切り刺激した。

「…………。加賀、あなた死にたいの?」

「死ぬのは飛鷹ですよ。文句があるなら、艤装も武器も捨てて、拳できなさい」

 指先で誘う加賀は、表情を変えない。

 逆にそれが、飛鷹の憎しみすら加熱させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 止めろと言ったのに、艤装を展開。

 しかも、殺意を最大限に増幅させて、目元に陰りを落とした飛鷹。

 完全に、完璧に、純粋たる殺意だけで、今仲間に武器を向けた。

 慌てる二名に、加賀は余裕で言った。

「……まあ、こうなりますよね? 散々フラストレーションが溜まってましたし。そうやって、提督との大事な思い出も自分で破壊する。感情のままに動いて、周りが見えなくなる。飛鷹、あなたは彼を失ってからずっとそれ。可哀想としか感想を抱けません」

「…………遺言はそれだけかしら?」

 尚も飛鷹を刺激する加賀。

 夜叉のように構える飛鷹に身構える那智と長門。

 見たことがないほど緊迫した空気なのに、腕で制する加賀。

「そんなに提督を愛してましたか? そんなに提督が大切でしたか? 鈴谷に負けたのが妬ましい、という感情ではないのは幸いですね。嫉妬で狂う飛鷹を見れば、提督もさぞ呆れるでしょう」

「黙ってよ。ねえ、私をこれ以上怒らせないで。殺すって言ったわよ。聞こえないの?」

 辛うじて残っている正気が、加賀を黙らせようとする。

 殺す一歩手前。反逆罪で解体も已む無しの事態なのに、加賀は止めない。

 本気だと言うことは見ればわかる。けれども、続ける。

「憎いですか? 腹が立ちますか? ええ、そうでしょうね。余裕のない飛鷹なら、殴ったところで意味などない。余計に苛立って、仲間だって殺す。そして自分も破滅する。破滅型の艦娘ですものね?」

「そう、警告はしたのに。バカな奴。失望したわよ加賀」

 いよいよ、飛鷹が殺しに来る。 

 割って入ろうとする二人が怒鳴るが案の定聞いていない飛鷹。

 身動ぎしない加賀は、心底呆れに変わっていた。

「失望したのは此方です。本当に情けない。何時までも何時までも、提督がいない事を受け入れず、現実も見ない腑抜けだったとは。それで最後の機会まで失おうとしている事に、何故気付かないんですか?」

「……は?」

 もうこれ以上は止めろと言っているのに加賀は続ける。

 不愉快そうに聞き返す飛鷹に、加賀はいい放った。

「この際推論などどうでもいいんです。良いですか、飛鷹。今、手がかりがあるんですよ? あなたの言う通りなら、どうぞお好きに。全員を病院送りにしてくださって結構です。ですが、自由に動けるのは今しかない。外に通じれば邪魔される。現場で融通のできる時間も少なくなっているの。ヒステリーも大概にしなさい。ワガママを言うなら後にして。今は、セイレーンを捕まえる。そうすれば、嫌でも事実はわかる。違うのかしら?」

 加賀は歩を進める。ピタリと、言いたいことを理解した飛鷹は、訝しげに目元を上げる。

 落ち着いてきたのか、加賀の口調も徐々に戻った。

 飛鷹も眉を吊り上げているが、幾分冷静さを取り戻したようだった。

 外野二名は理解していないが、二人は通じていた。

「……止めろとは、言わないのね」

「ええ。全員の錯乱だって否定できません。然し、自分を疑う前に先ずは目の前の化け物を捕獲しても遅くはない。落ち着けと、言ったでしょう。死んでようが生きてようが、私達の提督なの。生死は関係ない。捕まえて、真実かどうかを確かめる。それからでしょうに」

 加賀は言った。おかしくなっているかどうかは、先ずはセイレーンを捕まえてから判断すればいい。

 自分達で情報を手に入れた。邪魔立てされる心配もまだない。

 今のうちに真実を確認しないと、全て外野に奪われる。

 飛鷹の感情に飲まれた行動を、暴力で歯止めしただけ。

 止めろとは、一言も言っていないのだから。

「お前ら……まさか!?」

「正気か!? 捕まると思っているのか!?」

 二人が驚くなか、加賀は前提を出して説明する。

 前提、自分達がおかしくなっておらず、セイレーンが提督と鈴谷だとして。

「そうすれば、不自然な行動も大体筋が通ります。彼が鈴谷と一緒ならば、深海棲艦にあるまじき知性も、レーダーの不自然な反応も、戦略的価値のある場所を無視するのも。二人は何らかの理由で、鎮守府に戻ってこようとしている。私たちが海で二人を化け物に認識しているように、向こうも恐らく、こちらを艦娘と分かっていない。あるいは、話の通じる深海棲艦程度の認識かもしれないわ。だから、通信越しに話しかける。通信の周波数も提督なら知っているし、私たちと戦う理由もない。向こうから襲ってこないのは、戦う意思がないから。陸地で自分から襲ったのは、発見されて殺されそうになったから。鈴谷の姿を認識できたのは、海の上……つまり、艤装を展開していないからか、陸にいたから。声が通じない理由や、頭痛を起こしたり不調になったり、化け物に見える理由は無視して、予測できる範囲で考えてみたけど。どう?」

 ……一通りの疑問に対しての解答であった。

 深海棲艦に似た容姿や能力に関しては不可解な部分もあるが、少なくとも行動の部分ならば説得力があった。

 陸で見たのは霞と夕立だけ。空から見つけた艦娘も容姿は似ていると言っていた。

 陸地でなら、二人の姿を見えるかもしれない。そういう事だ。

「けど……あの人の声だっていう部分はなに? 骨しか纏ってないのよ、鈴谷」

「じゃあ骨なのでしょう、提督は。飛鷹。辛くても思い出して。提督の骨格は、全部見つかっていた?」

 提督はどこにいると聞かれて、加賀は一種の残酷な可能性を語った。

 即ち、纏う骨が、彼ではないかと。

「霞は言っていたわ。頭にドクロをつけていたと。……提督の頭蓋骨は、後ろ半分と顎しか見つかっていない。前半分は消えていると聞いた。夕立も言っていたわよ。顎は、確かなかったと」

 つまりは。骨になって彼は喋っているのか。

 益々オカルト染みて信じられないが、現状の情報を纏めると、こういう結論になった。

「……鈴谷は、彼の頭蓋骨を、被っているの?」

「そういう事になるわね。理由は知らないけど」

 飛鷹は血の気が失せていた。

 猟奇的すぎる。思い人の頭蓋を纏って移動しているのか、鈴谷は。

 そして何より、その状態で彼は喋ることが出来るかもしれない。

「バカな……」

「だが、現状考える限りはそうなるな」

 那智は驚愕し、長門は納得する。

 この情報から出てくる結論は、こうなる。

「提督なら、もう海からは来ないと思う。追い回されれば、無理だと判断して、きっと入り口から侵入してくる。陸から、裏をかいて」

 加賀はそう言って、飛鷹を一瞥する。

 ここからは、彼女が考えると言いたいらしい。

 冷静さを取り戻した飛鷹。バカらしい考えだが、行動の部分で頷くところが多い。

 故に否定できないと理解した。

「……あの人なら、鈴谷を安全な場所から連れてくる。なら、陸か……。多分、あの進路からして迂回して近づくはずよ。鎮守府内部で、私たちが総出で襲えば確保できるかしら」 

 艦娘を傷つける真似を避ける提督なら、安全策を講じる筈だ。

 ならば逆手にとって、待ち構えていればいい。

 陸地なら、深海棲艦に似た鈴谷を捕獲して、それでいい。

 少なくとも海以外なら彼の声も聞こえると思われる。霞がいい例だ。

 まだ深海棲艦に備え、警戒は続ける。それ以外にも、誘い込んで二人を捕まえる作戦にした。

「……そうか。まだ、出来ることはあったわね」

「ええ。冷静になれば、策は思い付く。聞く前に否定する暇があったら、提督の為に手段を尽くして欲しいわ」

 呆れる加賀に、渋い表情で飛鷹は睨んだ。

「刺々しいわね……。でもごめんなさい。少し、余裕がなかった。殴られて久々に本気でキレたから、スッキリしたわ」

 感情を溜め込んでいた飛鷹を怒らせて爆発させないと、彼女は冷静にならない。

 只でさえ彼が居なくて心細いのだ。こうしないと次は血を見るだろう。

 謝罪する彼女に、加賀はため息をついた。

「私も、飛鷹とは四年近く付き合いあるから。あなたがこうして本気でキレたのは、いつぶりかしら……。ああ、いつぞやのクリスマスだったわ。彼と不格好なダンスをして、確か転んだ拍子に提督があなたのドレスのスカートをみんなの前で捲り」

「止めなさいそれは!! 許したって言ったでしょ!? それ以来あの人一緒に踊ってくれなくなったのに!!」

 真っ赤になって加賀の口を塞ぐ飛鷹。知られたくない昔の話らしい。

 長門は驚いた。あの飛鷹が、その程度で本気で、しかも提督にキレたと言うのだ。

「兎に角!! 他のみんなは予定通り監視を続ける。私と加賀と長門は忍び込んだ鈴谷を軽く血祭り……じゃない。捕獲して真相究明。これでいいわね?」

「待て。私怨が入っているぞ!? 鈴谷をなぜ然り気無く血祭りにしようとしているのだ!?」

 やっぱり根っこは嫉妬しているのか、鈴谷に対して風当たりが厳しかった。

「……ごめん。こればっかりはマジで我慢できないのよ。あの人の遺骨でしょ? 鈴谷に負けは認めても、相棒として、供養はしたいの。遺骨渡す気がないなら、ブッ飛ばしてでも奪い取るわ。バラバラなままお墓に入れるのは残酷だと思うし……」

 ダメだ。飛鷹はあくまで彼を死んだ人間として扱い、遺骨を纏った彼女を許す気はない。

 本気で血祭りにあげる気だった。

 青ざめる二名だが、加賀はため息をついた。

「こればかりは無駄だと思うわ。飛鷹の性格だもの。鈴谷にも目を覚まして貰わないと」

 飛鷹の別の意味の狂気を見た彼女たちは襲撃に備え、罠を張った。

 ノコノコとセイレーンが現れるまで、時間の問題だった……。

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