本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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堅物と引っ込み思案の少女 変質者を添えて

 

 

 

 

 ……胃痛を覚える。なぜに、彼はここにいるのか。

 鎮守府のある町の繁華街。寒空の休日に、駅前で待ち合わせ。

 髪型……よし。多分。服装……これでいいのか分からないが黒いダッフルコートと黒い上下で統一した。

 時間よりも早めにきた。経験はないが、多分これでいい。……多分。

 理由があるとすれば、彼の問題であり、彼が原因であること。

 飛鷹に言われて、初めて彼は己の失態に気がついた。

 

(バカか俺は……! 俺は部下の事を何一つ知らないじゃないか! なぜ今まで気がつかなかった!? それでいく司令官と名乗れたものだな!! 鎮守府の責任者として、皆の上にたつ人間として、あまりにも無責任ではないか!)

 

 そう。彼は、部下たちの事をなにも知らない。それに気がつき、恐れおののいた。

 呆れるほどの無関心、そしてその高慢さに。

 今まで寝ぼけて指揮をとってきたような衝撃とショックを感じた。

 仕事で彼女たちと触れあう機会は確かに多い。

 だが、それだけなのだ。彼は、部下という色眼鏡を使っていたせいで、個人を見ていなかった。

 現に、質問をひとつされた。彼は一人でも、部下の好きなものを言えるか?

 答えは……否。あるまじき返答であった。性格的なものは仕事で知るがあとはなにも知らない。

 個人の趣味嗜好など、全くの皆無だったのだ。知っているのは飛鷹と最近知った鈴谷ぐらい。

 後は何にも知らないのだ。知らずにここまで来てしまったのだ。

 知る機会を潰して不必要とした結果が今の鎮守府の惨事。呆れ果てる事態だった。

 無知だった。自分は、部下の預かる身として失格だったのだと悟る。

 飛鷹はこう言いたいのではないか。そう、言外に。

 

 ……思い上がりもいい加減にしろ、女性を虚仮にして貶める穢らわしいこの無知蒙昧のクソ提督、と。

 

 知ろうともせず、よく考えず我が身可愛さで忌避していた現実に気がついて、彼は一時真面目に提督引退を考えた。

 付き合いの長い飛鷹にとうとう、愛想を尽かされた。要するに、提督人生は終了。

 とっとと退役して次の仕事を探そうかと悲壮な決意を一人でしていた。

 飛鷹と鈴谷は焦った。何か提督が前よりも思い詰めていた。

 しかも突然、俺は司令官失格だから辞職するとか言い出して辞職届けまで用意して辞めようとしていた。

 更には、全員を食堂に呼び出して土下座して謝った。無能な司令で申し訳ないと。

 直ぐにでも辞職する覚悟と用意はあるから文句がある者は早めにぶちまけてくれと。

 その奇行? 愚行? の態度に部下までも混乱した。

 この人は一体何をいっているのか分からず、こっちも此方で身に覚えがないためパニックを起こした。

 提督が壮絶な表情をしていたので、きっとこれはここまで追い詰めてしまった不甲斐ない自分達の責任勝手に思い込んで、謝罪を込めて加賀などがまた自沈しようとするなどしてくる始末。

 双方、意味不明な恐慌に陥って一時期鎮守府の機能が停止した。

 飛鷹と鈴谷とその他が必死に駆け回り事なきを得たが。

 どうやら、彼の自覚は良かったがそこから必要以上に自分を追い込んで自滅し、思い込みで辞職する覚悟だったと見る。

 色々な意味でバカ真面目なのが幸いして、先ずはゆっくりやっていこうと皆で話し合った。

 下手に彼になにかいうと全部自分の責任と考えて行動するようであった。卑下しすぎである。

 あのまま行っていたら多分自刃もあり得た。精神的にかなり参っていたのは見ていて皆よくわかった。

 大規模作戦の時より凄まじい陰りのある顔をして、独り言を言いながら自己暗示のように己を罵倒し続けていた。

 あまりの剣幕に気の弱い艦娘は慰める前に逃げ出した。飛鷹ですら声をかけるのを躊躇った。

 怪我の治りきらない真冬の休日。彼の中では氷河期にでもなっていたのだろう。

(……俺でいいのか。本当に。知る必要はある。知らなければいけない。だが、知って俺に活かせるのか? 彼女たちを俺は導けるのか? 大体身近な異性でしかない俺がデートの相手に相応しいのか? ……やはり帰ろうか。俺のような下男が彼女たちを楽しんでもらおうなどと考えていたのが烏滸がましい間違いだったんだ。うん、今からでも遅くない。さっさと戻って辞職届けを大本営に発送しなければ)

「提督、すみません遅くなっ……て……?」

(そうと決まれば彼女に連絡を。……しまった、彼女は携帯を持っているのかすら知らん! 番号以前の問題だったか! やはり早急に俺は辞職せねば彼女たちに示しがつかないか……。後ろ髪を引かれるが、これも無能のしたで仕えるよりも真に優秀な司令官に巡り会えるように祈るしかない。俺は相応しくない、去り際くらいは褒められるようなものでありたい)

「提督……顔が、般若になってます……。じゃなくて、提督っ!!」

 女の子が呼んでいる。彼は死んだ目で見下ろす。私服の少女が心配そうに見上げていた。

 普段はセミショートをみつあみにしているが、今日は真っ直ぐ降ろして可愛らしく髪飾りをつけていた。

 もこもこに着こんだ彼女は……。

「うん? 磯波、早いな。もう来たのか」

「い、いえ……。遅刻していますが……」

 我に返り見下ろしたのは駆逐艦、磯波だった。

 恐縮して謝罪する彼女が記念すべき最初のデートのお相手。

 地味、影が薄い、そっくりさんなどなど言われたい放題言われる自己主張の少ない少女で、艦娘の中では埋没しがちな一人。

 事実、しょっちゅう他の姉妹と間違えられ、時にはその場にいるのに忘れられ、酷いときはいないもの扱いされる。

 そんな不憫とも言える彼女だが、意外と駆逐艦の苦手な彼とは仲良しだった。

 大人しい、静か、利口で提督との相性は抜群に良く、割りと見かけると話す稀有な一人。

「……磯波。俺でいいのか?」

「……提督こそ、私などで良いのですか? 他にもお相手はたくさんいるのに」

 今回、最初だけあって艦娘たちは我先にといきり立っていたが、提督は彼女を選んだ。 

 理由として比較的話のあう少女であり、自己主張の弱い引っ込み思案が彼とは凄く助かるのだ。

 ただまあ、磯波ですらプライベートは全く知らないし、彼女も提督のことを知らなかった。

 まさかの一番乗りの大抜擢に一瞬気絶したぐらいだ。なぜ自分が、とも思うが。

「あ、そのなんだ。……恥ずかしい話だけどさ、俺ってあんまこの手のこと知らないんだよ。いや、デートてのは経験なくて。……悲しいけどね」

「…………」

 意外だった。実直で堅実なこの人が女性経験がないなんて。モテモテかと思っていた。

「磯波は緊張してる?」

「……はい」

 緊張しまくりだ。髪型とか服装とか姉たちと決めていたら見事に遅れた。

 磯波にとっても異性との外出は初めてだし、普段は姉妹で出掛けるだけ。

 緊張しない方がおかしい。提督も勿論している。

「磯波、本当に情けない提督で申し訳ない。一応、下調べはしてみたが……そもそも、デートって何すればいいんだ?」

「さぁ……?」

 互いに経験なし。デートって何ぞや、というレベルである。

 しかも結局事前の情報はない。

 姉妹の吹雪たちは磯波のコーディネートで忙しく、提督に好みを教えている暇がなかった。

 行き当たりばったりで始まったデートである。良い年齢の大人が経験ないとは情けない。

 頭をボリボリかく提督。バッチリ控えめな色合いながらお洒落してきた磯波に悪いと思う。

「どこかいきたい場所はあるか?」

 こう言うとき、普段の磯波なら相手に任せてしまう。

 自己主張の苦手な彼女はそれがデフォルト。成り行きに任せてしまう。

 だが、姉の吹雪はこう言った。

「そんなんじゃダメだよ磯波ちゃん! 司令官の事を知りたいなら、先ずは自分を知ってもらわなきゃ!」

 つまり、攻めろと。ちょっと勇気を振りだしてワガママを言ってみろと。

 清水の舞台から飛び降りるつもりで、ワガママを言った。顔は真っ赤、それでも怯みはしない。

 提督との事を知りたいから、ゆっくりとおしゃべりしたいと言う、慎ましいワガママを。

 提督は、笑いながら頷いて、喫茶店で軽く話そうと言い出す。

 ……これでいいのかもしれない。

 磯波には一緒に遊ぶとか買い物するとか、そんな大胆なことはできない。

 恥ずかしくて死んでしまう。これでも十分頑張った。

「そうか。では……行こうか磯波」

 先導してくれる提督が、手を差し出した。

 キョトンとする磯波。意図が分からなかった。

「はぐれないように手を繋ごう」

「!!」

 まさかの申し出。吹雪はいっていた。

 手を繋ぎながら歩く姿はデートの特権であると!

 磯波は緊張してガチガチなまま、その手をゆっくりと握る。

 大きくて、武骨な手だった。意外とあったかい。

「よ、宜しくお願いします……」

 小声でエスコートという前代未聞の経験を味わうべく、磯波は出発した。

 共に出掛けると、こんな良い目にあえるらしい。知らなかった。

 以前顔は真っ赤なまま。俯いた磯波を連れて、提督は出発する。

 目指すは……落ち着いて話せる場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……心配です。磯波ちゃんは大丈夫でしょうか……?)

(ね、ねえ……やっぱり帰ろうよぉ……。司令官にバレたら不味いって……)

(大丈夫です。変装はバッチリ。バレません!)

(そ、その自信はどこから来るのかなぁ……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督は飛鷹と良くいく喫茶店に移動していた。

 個人経営の静かで目立たない場所にある隠れた名店で、落ち着けるシックな色合いの店内に案内される。

 目立たない席に移動して、向き合って座る。

 珍しく客が続き、グラサンとマスク、マフラーに帽子を被る二人組の客も続いていた。

 磯波がそれを見て驚いて硬直していた。提督はその色を、危険と判断した。

 素早く動いた。机に身を乗り出し、真剣な顔で。

「!!」

 磯波はそれにもビックリした。

 振り返ったら突然提督の整った精悍な顔が近くに来ていた。

 しかも表情は至って真剣。もしや……いきなり口説かれてキスの一つでも……!?

(て、提督それはダメです!! そんな、私は何の取り柄もないただの駆逐艦です! いきなり迫られたら、私……私は……!!)

 緊張はマックスに。突然のビーストになった提督にドキドキして、思わず目を閉じた。

 ああ、磯波の最初のデートで憧れの提督に……最初のキスを美味しく食べられてしまうのだ。

 吝かではない自分もいるので、無抵抗。身を強ばらせるのを、提督は更に恐怖と受け取った。

 ガタッ! と二人組が怪しく立ち上がった。こっちを見ているの一瞬横目で確認する。

 可哀想に、ガチガチに固まった磯波を守るべく、彼は小声で磯波に言う。

「磯波。落ち着いて聞いてくれ。……俺達は、尾行されているようだ」

「……えっ?」

 目を開けて恐る恐る見れば、周囲を警戒している提督が鋭い眼差しでこっちを見ている。

 甘い展開では……無さそう。というか、何か勘違いしている。

「あの、見るからに不審者の二人、見えるか? あいつら、駅前にもいた。気のせいだと思って敢えて無視していたが、俺たちを見張っているように、ずっと一定間隔でついてきている。……不味いな。鎮守府のスケジュールが外部に漏れてる。何処からかは分かんないけど、多分狙いは磯波。お前だ」

「えっ? えっ……?」

 提督は完全に臨戦態勢に入っている。磯波を本気で守る気だった。

 不審者は慌ててわざとらしく座り込み、新聞を読み始めた。時おりこっちを観察している。

 磯波は誰かすぐに気がついたが、言い出す前に。

「顔が利くここで良かったぜ。大丈夫だ磯波。俺が死んでもお前は鎮守府に連れて帰るから。安心していい」

 彼は店主らしき人物に何か指でジェスチャーで示した。

 店主はそれを見て、軽く神妙な顔で頷いた。

「……よし。これで大丈夫だ。ここのマスターが注文を取りに行っている間に逃げろっていってくれた。時間を稼いでくれるって。すまない磯波。……優雅にお茶の時間とは、いかないらしい。明日、秘書をお前に頼むよ。その時、一緒に沢山話そう。埋め合わせはするよ。だから今は……安全な場所まで逃げるんだ。落ち着いて、ついてこい。出来るな?」

 初めて見る、非常時の提督の一面。こんなときも部下を優先してくれる。

 本当に部下思いなんだな、と半分ぽーっと熱に浮かされるように頷いたのが不味かった。

 マスターが注文を取りにいく。怪しい二人組は何かを言っている間に彼女の手を引き立ち上がる。

 裏口からいけとアイコンタクトを受けて、軽く会釈して、二人は急ぐ。

 案の定、立ち上がろうとする二人を押し売りのように止めるマスター。

 その隙に、二人は裏口を通って逃げ出した。

 恰も、愛の逃避行の様。映画のワンシーンを経験したとのちに磯波は恍惚として語った。

 気がつけば熱っぽい視線で彼を見上げる磯波をお姫様だっこして、提督は人気のない道を疾走。

 そのまま、すごい早さで駅前にまで戻ると、駅員に一度磯波を預ける。

「……飛鷹か! 俺だ。緊急事態発生。こっちの日程が外部に漏れてる。磯波を追跡する変質者を確認した。大至急、磯波の保護を頼みたい! 一人憲兵をこっちに寄越してくれ! 場所は駅前だ。……ああ、そこでいい。あと、非番の子達に絶対に外に出るなと通達を! 犯人を確保するまで、絶対だ! 任せたぞ!」

 夢心地だった磯波がハッとした時には、物の見事に大事になっていた。

 留守を任せている飛鷹にまさかの連絡。

 直ぐ様駆けつける憲兵。その間、磯波を不安にさせないように庇いつつ、周囲を警戒している提督。 

 ヤバい。物事が大きくなりすぎている。磯波がフォローしようと口を開く前に鳴り響く電話。

 出た提督の顔が青ざめる。外出届けを出して、吹雪と白雪が出掛けていたらしい。

 しかもこの近くに。

「何てこったい……! 分かった、すぐにあの子達に連絡して連れて帰る! 磯波は憲兵に任せるから、頼むぞ!」

 提督は憲兵に敬礼して磯波を託して、そのまま電話をして走り出す。良く見れば脂汗を流している。

 怪我が治りきる前に激しく運動するから、苦痛に苛まれているのだろう。

(提督、違うんです!! あの二人がその二人なんです!! ま、待ってー!!)

 ああ、真相を言う前に彼は突撃していった。憲兵はその姿にこう漏らす。

「男や……。あの人は間違いなく男や」

 憲兵に付き添いを受けて帰るはめになった磯波。収穫はあったがデートが台無しだ。

 尚、決死の捜索で二人は見つかり、しかし不審者は見つからず事件は迷宮入り。

 情報管理は徹底されて、真相を知る磯波の非常に珍しい激怒が発動したと言う。

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