……気がつけば節分になっていた。
やることがない日々を送る二人は、毎日執務室の片隅で書類を手伝っている。
いたたまれない気分で、壊れていく飛鷹を見るのも忍びないので、雑務を手伝うぐらいだが。
退屈な日々であった。監禁されて何日経過した?
多分二週間ほどではないかと思う。
テレビでは日曜朝の番組が新番組に切り替わる時期だ。
本日のやることがないので、テレビを眺める。
後ろで飛鷹が闇色の瞳をこっちに向けながら書類を片付けている。
手元は動いており、視線だけがこっちを見ている。刺さる視線が怖い。
画面では、仮面ボンバー提督と言う新番組の初回が放映されている。
プロレス技で次々悪の艦娘を倒していき、その都度セクハラと言われて最終的に責任を取らされるという意味不明な番組である。
初回で瑞鶴と思われる深海棲艦……? のような艦娘にマッチョラリアットなる技で撃破していた。
「暇だね、提督……」
「暇だな鈴谷……」
ぼんやりと眺めている画面。
作中、改造艦娘だったらしい瑞鶴は、一人は寂しいと叫びながら提督を襲う。
生身で戦闘開始。数分後に倒した。
そして、提督が決め台詞をかっこよく決め、一緒にいてやると言うが。
感動したように見上げる瑞鶴。だが、突然邪悪に笑って瞳が真っ赤に燃える。
画面が暗転。挙げ句には、提督の裏返った悲鳴が聞こえて、食われるとか叫んでいた。
再び戻ると、逃げ出す提督と、分裂して一斉に襲いかかる瑞鶴たちが映った。
「何この番組?」
鈴谷が呆れて眺める。仮面をつけた提督は最終的に捕獲され、エロい鶴の餌になったと字幕が出て終了。
責任とって、次回からは味方に瑞鶴がいるらしい。次回予告だと次回は……大和? だそうだ。
「ノリはいいな、嫌いじゃない」
意味のわからない話だが、提督は気に入ったようだった。
そのまま続けてみている日曜日。次は動物艦隊カンタイジャーなる新番組であった。
……またもや艦娘らしき少女たちが出てきている。腹黒翔鶴、雄叫び熊野、気紛れ多摩に、狂犬夕立。
それが節分にちなんで、鬼らしい相手を倒していた。初回は何故か鈴谷に似ていた。
「おお鈴谷。お前出てるぞ。有名人だな。鬼のコスプレ可愛いぞ」
「いや、これ鈴谷関係ないし。っていうか、今の鈴谷たちは鬼って言われても否定できないからね?」
鬼が退治されるなら、鬼と似たような二人も退治させるだろうと、自嘲して鈴谷は言った。
提督も自覚しているので、悲しく笑いながら肯定する。
番組の鈴谷が倒される。必殺技の鶴の怨念返しが炸裂した。
「怨念返すのかよ。恩を返せよ鶴!」
見ながら突っ込みを入れる。初回から追加艦娘で飛鷹も出ていた。
……顔見知りの飛鷹と同じくヤンデレ枠らしい。
悪役の司令官が、女顔の可愛らしい野郎で翔鶴の知り合いだかなんだかとかいう話が次回。
などと、聞いているときだった。
彼らの日曜日は、日常は、唐突に終わりを告げる……。
緊急伝令。沖に、大量の深海棲艦の艦隊が出現。
その規模は想定外な程で、鬼や姫が交じっていると哨戒中の艦隊が知らせてきた。
「……とうとう来たわね。みんな、出るわよ」
飛鷹は、出られる全員で迎撃すると言い出した。
前から聞いていた、二人が死んだ原因の、襲ってくるという深海棲艦の艦隊のようだ。
彼が気づく事はないが。
規模は今まで以上に大きいが、全員こちらは指輪持ち。限界は超えている。
無論、飛鷹も前線で指示を出す。防衛戦を始めると、皆に内線で伝えた。
「応援を呼ぶわ。……提督のお父様になるけど」
憲兵に、訳さずにお願いと言ってから、飛鷹は彼の父に連絡を取った。
未だに攻撃されないと不審がっていた彼の父は、有事には必ず連絡をくれと伝えていた。
息子の鎮守府を滅ぼす深海棲艦を、この手で殺したいと言われていた。
直ぐに出た父。飛鷹が襲撃を知らせると、増援を直ぐに出すといってくれた。
「時が来たようだな。共に戦おう、飛鷹君。少し持ちこたえてくれ。必ず救援に向かう」
力強くそう告げた彼の鎮守府からはかなり距離がある。
が、そもそも沖で発見されている。この鎮守府の海域ではない。
飛鷹はここが恐らくは狙いだと知っている。故に、近辺の鎮守府にも応援を要請。
結果、連合艦隊が編成されて、先ずは足止めに一部の駆逐艦たちが向かっていった。
「……私も出るわ。憲兵さん、二人をお願い」
一通りやる事を終えて、飛鷹は駆けていった。
呆然としているしかない二人は、何が起きているか言葉が通じていないので分からない。
ただ、大変なことが起きていると分かった。
「鈴谷も戦うよ!!」
良からぬ空気に立ち上がった鈴谷に、すかさず憲兵が押さえつける。今回は無理矢理だった。
困惑する鈴谷に、憲兵の一人は言うのだ。
「止めるんだ鈴谷。今の君は足手まといになる」
残酷な言葉だったが、歴とした事実であった。
怒る鈴谷に、黙っていた彼もたしなめる。
「鈴谷。俺達じゃ加勢にはいけない。思い出せ、俺達は海軍にはセイレーンと呼ばれる敵対対象だ。深海棲艦諸とも始末されるぞ」
自分達は死人だ。艦娘とは違う。下手しなくても、出ていけば……もう一度殺される。
今度は、味方の筈の海軍と、艦娘に。
鈴谷は反論する。あんまりじゃないかと。
「じゃあ、黙って見ていろって言うの!? 皆が戦いにいっているのに鈴谷は此処で一人で!! なにもしないで、待っていろって言うの!? 提督、そんなの可笑しいよ!?」
暗に責められていた。飛鷹を見捨てるのか、皆を見捨てるのか。
それが、提督を勤めた男のやることかと。
……本当は、彼だって行きたい。戦って、皆の居場所を守りたい。
飛鷹が壊れてでも必死になって庇ってくれた。
加賀や長門は戻ってきてくれて良かったと笑ってくれた。
……わかってる。だからこそ、前には出られない。
それは。それだけは、出来ない方法だった。
「バカ言うな。本当におかしいのは俺達だって言っているんだ。いい加減、自覚しろ鈴谷!! お前も俺も、死人なんだ。海軍じゃない。艦娘でもない。動いている、ただの死体なんだよッ!!」
とうとう、彼も怒鳴った。
一番おかしいのは二人なのだ。深海棲艦に殺されたという提督。
恐らくは後追い自殺をした鈴谷。生きている筈のない二名が、一つの存在になって海をさ迷って帰ってきた。
それのどこかおかしくない? 一番摂理に反しているのは誰だ。提督と鈴谷なのだ。
「死人は動かない。死人は喋らない。死人は戦わない。なのに俺達は動く、喋る、戦える。これが一番おかしいんだ! 分かるか鈴谷、俺達は……俺達は、きっと世界に存在しちゃいけない。生きるものの根幹を引っくり返す俺達が、一番狂っている。そんな俺達に、何ができる!? 戦場にいけばいい!? 一緒に戦え!? ああ、そうだな! 俺だってそうしたいよ!! けど、それで俺達はどうなるんだ!? もう一度死ぬのか!? 艦娘と深海棲艦、その双方に狙われるだろうさ!! お前が危険な目に遭うんだぞ!? お前は自分と仲間を優先するなら、自分を大切にしてくれよ!! 兄貴たちみたいな想いして、飛鷹たちがあれだけ苦しんでいるのを見ただろ!! 俺は嫌だ、お前がもう一度死ぬぐらいならここで待っている! お前が艤装を展開しても俺は協力しない! お前が戦うってことは、もう一回悲劇を招くって意味だ!! 俺は二度もくたばるなんてゴメンだ。行かせない。お前を行かせる気はないぞ鈴谷」
「提督……」
……悲痛な叫びだった。絶望しかない未来に、存在がおかしい二人。
ここにいる間見てきた心労でおかしくなった飛鷹に、戻ってきたのを見て安堵していた憲兵や、他の艦娘。
もう一度戦いにいく意味を、理解していないのは鈴谷だった。
自分の存在をもう一度考えた。死人なのにさ迷うセイレーン。
コミュニケーションも満足に出来ない違いすぎる存在。必死に護ろうとする飛鷹の態度。
……自分が、皆を不幸にしている。そんな気がしてきた。そして、彼にも。
彼は鈴谷を愛してくれる。鈴谷も彼が好きだ。愛している。
二度も失うのは、嫌だ。その気持ちは理解できる。
――けど。
「……提督。鈴谷たちに、もう未来なんてないよ。だから、せめて……死人は死人らしく、眠らなきゃいけないね」
彼女は、自覚した。いいや、自分の在り方を決めた。
それは、悲劇しか生まない選択肢。けれど、多少は救いのある選択肢だった。
「そうだよね。鈴谷たちは、死んでいる。死んでいるなら、鎮守府に居るのはおかしいよ。死人は墓場に……違うね。水底に居なくちゃ、艦娘だし。ねえ、提督。提督もこのままじゃ良くないって、言ったよね。だから、二人で出ていこうって言ったじゃん。じゃあ、出ていこう」
「鈴谷……」
「大丈夫。もう、鈴谷も死ぬ気はないよ。死なない程度に、手伝いにはいく。けど、最後まではしない。皆を信じて、途中で逃げちゃえばいいんだよ。どうせ、世界中が敵になるんだもん。せめて、奴等を殺してから逃げようよ。少なくとも、ここの皆とは戦わずに済む。誤解もとけてるしね。ここにいても、未来は絶望しかないんだから。マシな未来にしよう、提督」
話を聞いていた憲兵が懸命に説得する。が、提督に鈴谷は言ったのだ。
待ってても、どうせ皆を苦しめる。飛鷹がこれ以上壊れる前に、やっぱり逃げよう。
既にどう足掻いても全員が狂うか苦しむかしかないのだ。
残した彼女たちが、今のままよりは、多少は救われる選択肢だと鈴谷は言っている。
死ぬ気はないし、死にそうなら後を託してトンズラすると、約束した。
二人には居場所なんてない。未来なんて死人はない。だから、逆に言える。
死人だから好き勝手にさせてもらおうと。助けに行って、そして逃げる。
最後に皆と会えたし、もう未練もない。
「水底って言うと死んじゃう気がする。じゃあ……そうだね、遠くの海にいこう提督。深海棲艦すらいない、世界の果てを目指して。また、長い逃避行ってのも、悪くないと鈴谷は思うな。ほら、愛している人と一緒になるにはこれしかないし?」
「…………」
……逃避行。止まり木を離れて、あるはずもない世界の果てを目指す。
そこが水底であっても、鈴谷は一向に構わないと笑っていた。
提督は、その言葉をよく考える。自分達が間違いというなら、間違いは正しい世界にはいてはいけない。
自分で言ったこと。……ならば、それが辛い結果になっても。それ以上の結果さえ免れるには、これしかない。
正解など、死んでいる時点で選べない。死人の出来ることは限られている。
間違いが前提なら、少しでも軽減していく以外に、何ができる?
「……やれやれ、確かに俺達にはお似合いかもな。永遠の新婚旅行ってか」
軈て。彼も、納得した。ため息をついて、賛同する。
鎮守府に紛れ込んだ、隠された死体はとっとと消えた方がいい。
もう、互いに決めていたことだ。飛鷹が居ないなら、ちょうどいい。
鈴谷を優先すると決めたのだ。飛鷹と天秤にかければ、裏切って申し訳ないが……鈴谷を選ぶ。
「あはは。それも悪くないね。命懸けの新婚旅行って、素敵じゃない?」
朗らかに鈴谷は笑った。同時に、控えていた艤装を展開する。
肩を掴んでいた憲兵を、謝って吹っ飛ばした。
今までは、彼の骨だけしか展開できなかった。
だが、ここは鎮守府。内部でなら、彼女の本来の艤装も同時に併用できる。
ロックは解除されている。鎮守府から海に出れば、永劫にロックは受けずに済みそうだ。
全身に纏う遺骨の鎧。同時に腕には彼女の武器であるクロスボウと、バッグのように飛行甲板を提げていた。
「……あれ? 何か形変わってるね?」
「ん? 何で重巡の主砲まで展開されているんだ?」
予想外なことに、空いている腕には彼女の重巡時代の主砲まで展開されている。
どうやら、鈴谷は成長過程で何度も己の種類を変えているせいか、全部の艤装を一度に自由に出し入れできるようだった。
感覚で分かる、全部載せの状態。きっちり魚雷まで撃てそう。
しかも、提督艤装と連結しており、体力方式に変わっている。
慌てる憲兵が、応援を無線で呼ぶ。逃げる気満々の二人を何度も説得している。
艤装を纏っても、人間には普通に見えているようだった。
「ごめん。俺達は、ここにいちゃいけないんだ。だから、邪魔するならぶっ飛ばしてでも押し通る」
「死人はさ、ハロウィーンでもない限りは動いちゃいけないよ。大体、今は節分だしね。鬼は外、福は内って言うでしょ? 鬼は外に出ていく事にしただけ」
軽く伸びをして、監禁から脱するべく、取り押さえに来る憲兵の腕をつかんで、施錠された扉に向かって放り投げる。
軽く振るった程度だったのに、重厚な木製の扉は派手に音をさせて粉砕された。
砕いたドアを貫通して見張りは廊下まで消えていく。
「あ、新婚旅行で思い出した。指輪持ってこうよ」
鈴谷は、生前買って貰ったオモチャの指輪をしているが、任務の指輪も歴とした贈り物。
彼が許すので、スタスタ近づいて机を物色。ケースごと回収して、取り出して指にはめる。
二つも入れると流石に窮屈だが、気にしない。同時に指輪をしたので、練度も再び上限が解除される。
……セイレーンが、とうとう本来の姿になった。
「やっぱこれは持っていきたいよな。鈴谷の為の指輪だし」
「最初はプロポーズ無しとか言ったくせに」
「はは。あの時は悪かった。今はいいだろ、俺の嫁さん?」
「……なんか、照れ臭いね。けど、いいよ。一緒だし。鈴谷は愛しているから特別に許してあげる」
指輪を回収して、出ていこうとすると。
知り合いの憲兵が血相を変えて駆けつけた。
真っ青になって、叫ぶ。
「提督、鈴谷!! お前ら、やっぱり逃げなあかんのか!? ここにいられんって思うのか!? それだけ教えてくれ!!」
聞きたいらしいので、ドアを塞がれて窓から逃げようとする二人は振り返って言った。
「憲兵さん。俺達は死んでるんだ。死んでいるやつは、節度を弁えるのは当然だろ?」
「鈴谷たちは世界の果てに行くことにしたんだ。誰にも迷惑かけない場所。たとえ、それが水底だろうとも」
本当に結ばれるただ一つの方法だと、二人は思う。
死を乗り越えて互いに強く深く愛している。
その愛のためには、死人らしく居場所を弁える。
二人が幸せになるのは、ここじゃない。
皆の生きている明るい世界じゃない。
光すら届かない、水底のような場所。そこでセイレーンは、愛を謳う。
「……お前ら」
呆然とする憲兵。
鈴谷は寂しそうに微笑み、提督は悲しそうに言うのだ。
「もう、夢はお仕舞いさ。セイレーンの声は、人を惑わせるんだって聞いたことある。皆おかしくなっていた。俺達、セイレーンの声で」
「覚めた夢は早く忘れて。……現実には、死者は生き返らない。摂理の逆転は二度とない。だから……」
――じゃあな。
――さようなら。
窓を破壊して、身を投げる鈴谷。
慌ててそのあとを追った彼らは見た。
数秒で遠い海の上を疾走する、黒い霧のかかった、半魚人の化け物を。
ただ、見送ることしか、出来なかった……。