本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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セイレーンの謳

 

 

 

 

 

 

 鈴谷は向かう。

 提督は往く。

 二人が居られる、二人だけの居場所を目指して。

 そんなものは幻想だろう。分かっているとも。

 然し、だからと言ってあそこに留まる事は出来ない。

 あの場所は生きるものたちの世界。二人には、相応しくない。

(これが、鈴谷の今の能力……。使える。使いこなせる、セイレーンの力)

 鈴谷は言葉を発せずに自分の中身が変化する事に気付く。

 指輪と言う解除装置のおかげだろうか。今までの自分は不完全だったのだと自覚した。

 本来の艤装は制限され、彼の力を借りて移動していた。

 それは、確かに鈴谷の一部だったのだろう。だが、所詮は外部から受けた変動。

 自分自身の艤装が解放され、そして彼の遺骨と混ざりあい、身体に浸透していく。

 そんな感覚を感じていた。

 本当の意味で、鈴谷は彼とひとつになれた。そんな気がした。

 指輪。それは、愛情の証。絆の証。結ばれた証。

 二つの、二人を。生前と死後。双方を結ぶ縁。

 セイレーンの限界は超えた。今の鈴谷なら、世界が敵でも戦える。

 仲違いを起こした声も。化け物と称される姿も。

 全部、鈴谷の意思で、扱える。

「……提督?」

「ん?」

 愛しい人。死後の旅路に付き合う伴侶。

 鈴谷の永遠の、恋人。

「好きだよ」

「……俺も」

 愛を謳おう。何度でも。飽きるほどに、永久にずっと。

 水底だろうと、鈴谷は謳う。彼への愛を。尽きぬ無限の恋心を。

 この呪われた声で。全てを惑わす魔性の声で。 

 そして、終わらない時間の中を、さ迷い続ける。

 それが二人の選んだ道。誰にも阻まれない二人の世界。

 狂っている。歪んでいる。果たしてこれは、正しき終わりか?

 そうは言うが、死人が愛し合うなどと言うナンセンスを、ならばどうやって続けると言うのか。

 生きているのか、死んでいるのか、それすら曖昧なこの混ざる命で何を正解とする?

 ならば問おう。この物語の終末を見ている者よ。

 

 ――正しき恋の結末とは? 正しき愛の結末とは?

 

 ――二人が満たされる世界が、不正解と貴方は言うか?

 

 ――多くを諦め、多くを裏切り、そして得た、たった二つの大切なもの。

 

 ――それを間違いと言うのならば、ここまで来た貴方の望む世界は、終わりは、どこにある?

 

 二人は全てを選べない。死した二人には、これが限界だった。

 選んで捨てるを繰り返す人生の中で、愛を得て仲間を捨てるのは愚行だと思うだろうか?

 勝手だと言うのならば、二人の結末には納得をしてもらえない。そう、言い切れる。

 何故なら、既に二人の決意は変わらない。

 絶望しかない。救いはない。何時か、そう言ったのを覚えているだろうか?

 この意味が、ここにある。二人以外は、絶望しかないし、救いはない。

 二人に皆は救えない。死者に皆は癒せない。

 少しはマシな選択肢と鈴谷は言う。それは違う。

 マシ、などという現実は最早何処にもないのだ。

 痛みと苦しみしか、この世界には存在しない。

 飛鷹は壊れた。艦娘たちは苦しんだ。彼の父は更に復讐に狂った。

 嗚呼、どこに救いがあるのだろうか? 

 提督は悪意に命を奪われ、鈴谷は自らを殺し、そして果てた。

 王道ではない物語。正道を行けぬ物語。

 二人が歩んだ軌跡には、一筋の光すらなかった。

 それでも、そこには愛は確かにある。

 二人は死して尚、愛し続けた。化け物と言われて艦娘に襲われても。

 深海棲艦に拒絶され、孤立しても。人間には実験の道具にされる未来しかなくても。

 鈴谷は幸せだった。提督は満たされていた。

 だから、この結末になった。

 他者はもう、要らない。必要ない。

 互いにすれ違うばかりだから。傷つけあうばかりだから。

 いっそ、離れて消えてしまおう。そう、選んだのだ。

 鈴谷に後悔はない。寂しさはあっても。

 提督に後悔はない。罪悪感はあっても。

 二人の出した答えは、水底で愛を謳うセイレーン。

 二人だけの世界を目指して、さ迷うエンディング。

 二人だけが満たされる、そんなお仕舞いなのだから。

 さあ、終幕を始めよう。

 世界の敵が見せる、逃避行の、始まりだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああ!?」

 沖の海戦は、熾烈を極める。

 戦況は、艦娘たちの極めて劣勢。

 また一つ、悲鳴と共に命が消える。

 海に飲み込まれて、泡となっていく。

 規模が想定外と言えど、凄まじい強さだった。

 広範囲に渡る敵の艦隊と、連合艦隊。至近距離での、殴りあいに発展していた。

 空には艦載機が飛び回り、そこかしこで黒煙が上がり、海中を魚雷が走る。

 悪夢だ。戦争と言う悪夢が、ここにはあった。

 恐ろしく強いのには、理由があると、負傷する飛鷹は思う。

(なんで……!? なんで相手はこんなに統率が取れているの!?)

 理由は明白。相手の動きが全く違う。

 まるで、演習の時のような感覚であった。

 深海棲艦は普通、自分で判断して行動する。

 艦隊では旗艦の指示に従い、個人では個人で動く。

 だが、今回は違う。全体が、各自のフォローをしたり援護をしたりする。

 深海棲艦には、見られない動き方。この数を、的確に動かしている誰かがいる。

 そう。例えば、艦娘で言う提督。深海棲艦にいるはずのない司令塔。

 通常、能力の劣る艦娘が勝てるのは、指示を出す提督の存在が大きい。

 彼らの指示のおかげで、迅速に倒せるのだ。ならば、状況が同じなら?

 答えは、能力で大幅に勝つ深海棲艦の圧勝。艦娘は数でも質でも負けている。

 連合艦隊には、それぞれ提督がいるが、彼らも困惑していた。

 なぜこのような動きをする? 誰かが裏切ったのか?

 などと、戦闘中なのに互いを疑りあっている。お話にならない。

 こうしている間にも、艦娘たちの命は散っていくのに。

 退いていく艦隊もいた。だが、脱する前に全滅する。

 逃がさないように相手も、理解して動いている。

 演習の感覚。要は、相手にも提督がいる。そんな錯覚だった。

 いや、果たしてそれは本当に……錯覚なのだろうか?

 とにもかくにも、劣勢を強いられる艦隊は現在半滅していた。

 増援が来ている。彼の父の艦隊であった。

 頼もしいことに、大和型や長門型、伊勢型から赤城、大鳳、潜水艦や海外の艦娘もいた。

 聞けば、予想を超える被害に急遽味方が合流してくれたらしい。

 確かに有り難いが、だが相手もやはり想定しているような動きをする。

 あっという間に、逆転は均衡にまで押し戻された。

(不味い……。このまま、うちの艦娘も死んじゃう……!! ダメコンは使えないし、負傷も酷い。どうしよう!?)

 飛鷹は焦った。指輪持ちがここまでいるのに、深海棲艦の統率だけでひっくり返った。

 それだけ、基礎の差が歴然だったと言うことだ。深海棲艦に司令塔がつくだけで、人類はここまで負ける。 

 飛鷹自身は足の怪我をして、速力が死んでいる。自分の艦隊を見る。

 大半が大破している。武器が壊れる、燃料が切れる、機関が自壊する。

 被害は深刻であり、相手は数を減らしていない。

 流石に姫や鬼が当たり前にいる現状では、全滅も時間の問題。

(深海棲艦も、知性を手に入れた。だから、提督は死んだ。……次は、私達が死ぬ番って事なの?)

 分からない。どうして、こんなことになった。弱っていた飛鷹の心は、限界であった。

 深海棲艦は進化している。艦娘よりも、人類よりも早く。

 結果的に、こんな風に追い詰められる。質でも負けたら、艦娘に何ができると言うのだ。

(ここで負ければ、待ってる二人が危ない!! でも、このまま行けば全員死ぬ!! どのみち退けば、全滅も有り得る! ……どうすればいいのよ、ねえ!? 誰か教えてよ!! これ以上私に何をどうすればいいわけ!?)

 飛鷹は泣きたくなった。死にそう。皆が死にそう。 

 けど、無事に退けるかも分からない。撤退すれば追撃される。

 そもそも戻れば鎮守府に近寄られる。そうすれば、拠点ごと滅んでお仕舞い。

 つまりは、どう足掻いても詰みだった。王手を指されて、飛鷹は嘆く。

(もういや……嫌よ!! なんで私ばかりこんな目に遭うのよ!! 提督が居なくなって、私はたくさん失ったのに、まだ深海棲艦に奪われて!! 復讐だって満足に出来ずに、皆の命を背負ったまま! 何で私ばかりッ!!)

 撤退を指示しながら、飛鷹は心の中で叫んでいた。

 苦しい。悲しい。辛い。自棄になりたい。でもなれない。

 板挟みの飛鷹は、ずっと頑張ってきた。夢も大切な人も失った。

 それでも、壊れながらも逃げずに抗った。懸命に頑張った。

 

 

 

 ……けど。それも、此処までのようだった。

 

 

 

 

「飛鷹さんッ!! 後ろッ!!」

 艦隊の仲間が叫ぶ。切羽詰まった声だった。

 疎かにしていた注意が、敵の接近を許していた。

 慌てて振り返る。そこには、戦艦がいた。

「ハハハッ、動きの鈍い旗艦様か。落としてくれと言っているようなもんだぜ!!」

 理解できる言葉で嘲り、尾っぽの主砲を向けていた。

 その声は。……飛鷹の知る、声だった。

 幼い少女の声。男のような口調。……録音の声。

「ッ!!」

 一瞬で、弱った精神が息を吹き返す。それは、危険な自滅の兆し。

 聞いた。覚えている。この声。こいつは。

 彼が命懸けで持って帰ってきた、あの事件の……。

 

 ――彼を殺した奴の声だった。

 

「――お前かああああああああああああああっ!!」

 

 刹那、飛鷹が咆哮する。

 血走った目で睨み付けて、凄まじい反射で放たれた砲撃を回避。

 無論、低速空母である飛鷹の艤装は駆逐艦のような急な回避は対応しない。

 無理矢理行った代償に、傷ついていた足が、見当違いの方向に折れ曲がった。

 酷い音をさせていた。激痛が走るが、気にしない。

 折れた足を更にへし折り、彼女は激昂して突貫。

 驚く戦艦……喋るレ級に、組み付いた。

「お前が……お前があの人を殺した!! 殺したんでしょうッ!?」

「な、なんだお前!? 知らねえよ、誰だそりゃあ!? 殺しすぎてわかんねえってば! せめて特徴を言えよ!」

 憎悪で暴走する飛鷹が、両手を掴んで、顔が近づく程の至近距離で怒鳴った。

 話が見えないレ級は思わず素直に白状していた。それほどの気迫があった。

 鬼気迫る空母に怯むレ級は何やら分からぬ声を上げている。

 すると、周囲が動きを変えて、離れていく。

 怒りと憎しみで狂う飛鷹は気付かない。このレ級こそが、司令官の役目をしている旗艦。

 陸に上がって知性を身につけて、実践している大本の存在であると。

「殺す……殺してやるッ!!」

「まあまあ。落ち着けって空母さんよ。俺が殺ってねえかもしれねえだろ?」

 苦笑いしている場違いなレ級は、宥めるように突き飛ばして距離を開ける。

 飛鷹は怒り狂うが、自分が孤立している事も当然気付かずに吠える。

 同じ事を。殺した、殺した。そう何度も叫ぶ。

 襲いかかろうにも、足が片方完全に骨折しており、片足で浮いているような状況である。

 艦載機も既になかった。丸腰なのに、飛び込んでしまった。

 他の皆は混戦故に見失い、身を引く予定で退いていた。

 応援は、期待できない。

「だからよぉ、俺が誰を殺したって? お前の愛しの提督さんか? 悪いな、殺しすぎて覚えてねえかもよ。取り敢えずなんか特徴あれば教えてくれよ。冥土の土産に教えてやんぜ?」

 知っている。似たようなやり取りをしている。やはりこいつだ。

 更に暴走する飛鷹は、憎しみのまま答えていた。

「お前が……お前が墓地で殺したあの人よ!! よくも、よくもあの人を殺したわね!? 絶対許さないわ!! 殺してやるッ!!」

「墓地……? 墓場? もしかしてあのカップルみたいな連中の片割れか? ああ、俺が殺してたわ」

 思い出すような仕草ののち、レ級は笑って答えた。

「はいはい、あいつのことな。思い出したわ。ミンチにして崖の下に捨てておいたんだが、見つけたか? 傑作だったろ? 俺の自信作でさ。演出には苦労したんだぜ? 渾身の一作だしな」

 ……まるで、彼をオモチャのように語っていた。

 バカ笑いをして、愉快そうに喋るのだ。

 飛鷹は完全に痛みも苦しみも忘れた。

 生きていて初めて思った。憎しみを抱きやすい飛鷹ですら。

 

 ――こいつだけは、刺し違えてでも殺そうと。

 

 彼を笑った。何よりも許せない、彼の命も、行動も、全部笑った。

 殺さなきゃ。もう自分も死んでいい。こいつだけは、殺さなきゃ。

 そう、思った。本能的に勝てないと知っても、戦うと決めた。

 殺す。喋らせるな。こいつは不愉快だ。殺す。黙らせる。

「でも、あいつ以降はうまくいかなかったんだよな。べらべら喋りすぎたから、そこは反省しているぜ。ま、こんなもんでいいか?」

 レ級は再び主砲を構える。

 フラフラと近寄る飛鷹の目は、憎悪しかなかった。

 殺そう。もういい、聞きあきた。

 死んでしまえばいい。全部が嫌になった。

 だから、殺す。自分も殺す。こいつも殺す。

(提督。貴方を殺したやつを見つけたわ。今、飛鷹も逝きます。お土産、期待してて)

 飛鷹は生きることを諦めた。精神が完璧に壊れてしまった。

 蜂の巣になってもいい。レ級だけは仕留める。実際は、出来なくても。

 出来たと思って死ねればいい。飛鷹は、進む。

 自分を殺すであろう、憎き仇に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ、時を遡る。

 見えてきた。黒煙のあがる場所。

 遠くに見える、戦いの狼煙。

「提督。今の鈴谷なら、自分の力を全部使えそうだよ」

「……どういう意味だ?」

「声だよ。自分の声。コントロールできる気がするの」

 高速で進む鈴谷は、ちらほら見えてきた艦娘らしき深海棲艦を全部無視する。

 酷い怪我をしている。間違いなく艦娘だろう。

 迎撃されそうになるが、無視。自分の艦隊だけを探す。

 全員は救えない。救える人だけ、救いたい人だけ救う。

 区別して、鈴谷は真っ直ぐ突っ込む。

「……声?」

「提督が艦娘に向かって喋ると、ダメージが出たでしょ。原理は同じじゃないかな。理屈は分かんないけど。でもね、提督の言葉は繋げる言葉だから、セイレーンの声とは言えないんだよ。あれは、ただ声で話しかけて、無意識に傷つけていただけ。ちゃんとして使えば、鈴谷たちは、誰にも負けない。だって、セイレーンだから。艦の敵である、セイレーンの所以は、たぶんこれ」

 鈴谷自分でも何故かそんな気がするから、言うだけだ。

 真実かどうかはそもそも分からない。だが、出来る。その確信があった。

 強気の表情で手負いが放つ攻撃を避けながら言った。

「……声であの数を倒せるのか?」

 彼の感覚では、本物の深海棲艦は凄い数がいるようだ。

 それを、武器もなしに、倒すと豪語する鈴谷。

「今度は鈴谷が自分で、敵意を持って放つ。これが、セイレーンの本当の声みたいなんだ。提督は艤装だから、全力は出せないのかも」

 砲撃が飛ぶ。避ける。魚雷が迫る。避ける。

 器用に安全に突っ切る鈴谷は、理由は知れないと言いながら、続ける。

「大丈夫。今の鈴谷なら、絶対にうまくいく。完全に自分を扱えるんだもん。艦に負ける気はしないよ!」

 天敵として、笑顔で告げる鈴谷。

 頼もしい微笑みに、彼も信じてみたくなった。 

 そこまで言うなら、やってもらおう。

 彼は任せると言って、鈴谷に託した。

 この戦い、艦娘に勝てるようにしてみせようと。

「オッケー。任された!!」

 急停止して、立ち止まる。

 敵陣の真ん前。気づい深海棲艦が、何やら逃げるような素振りを既に見せているが。

 今回は、容赦しない。全員、沈める気でやってみせる。

 大きく深呼吸。降り注ぐ火の粉は提督が防いでくれた。

 大きく息を吸い込んで、何を言えばいいか直感で判断して、声にして吐き出せばいい。

 やり方は合っている、と思う。

 同じ場所にいた皆を助けたい。その思いも乗せて、鈴谷は声を張り上げる。

 敵は死ね。皆を護る。その為に、セイレーンの声を上げる。

 セイレーンが、謳う。それは、鈴谷にとってはただの絶叫。

 だが、艦娘にも。深海棲艦にも。その美しくも蠱惑な声は、歌声に聞こえていた。

 

「深海棲艦は、全員死ねええええええええええええっ!!」

 

 甲高いソプラノが海に響く。

 音程を越えた音波が、その場にいる艦全てに、襲いかかったのだった……。

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