さて、困ったことになった。
和弓とは弓道に使う弓であり、艦娘のなかでは広く普及している物である。
国産の高級な素材をふんだんに使っており、高い技術力もあって、耐久性はピカイチなのだそうで。
新品を提督に入手してもらったのはいいが……。
「……壊れました」
受け取った新品の和弓が、試射をした加賀のパワーに耐えきれずに弦が切れた。速攻だった。
見事に切れた。軽く射っただけなのに、盛大に切れた。
練習などに使う工厰の一角。片隅にある練習場で。
唖然とする加賀は、周囲に報告する。瑞鳳は目が点になった。祥鳳は絶句した。
翔鶴は白目を向いていた。葛城は苦笑いしていた。鈴谷は気絶した。飛鷹は呆れていた。
「やっぱりね……。加賀、あんたの艤装が壊れたのは老朽化じゃないわ。多分、あんたの力が強くなりすぎているのよ。ちょっとこれは、不味いことになってると思う」
「……不味いこと?」
飛鷹の不安をあおる言葉に、加賀は思わず拳を握る。
また壊れる。弓が木っ端微塵になっている。
「あんた、元々は戦艦レベルの力あるじゃない。加賀って言う艦娘は総じて結構ハイパワーらしいんだけど、たまにいるのよ。練度以上にパワーが上がりすぎて、もて余すパターンが。提督もあんまり知らないから、普通の弓を頼んじゃったのね。参ったわねえ、どうするか……」
いわく、加賀と言う艦娘は、元々戦艦に匹敵するパワーが潜在的に存在する。
が、あくまで空母。そんなハイパワーは出てこないのが常らしい。
然し、たまに出てくる元来のパワーを発露してしまうパターン。
そうなると、身体……要は練度を宿した彼女本人の意思を超えて、暴発に近い状態に陥る。
最近の不調はその兆し。兆しは収まり、次はもて余す力が制御できない。
そのまま暴発を連発して、周囲のものを無意味に壊してしまうとか。
治る方法は、限界突破や慣れて上手く制御すること。
そうすれば、従来の艤装でも戦える。ただ、著しく制限されてしまうが。
本気を出せない状態に陥るのだ。やはり、我慢に近い状況は精神的に辛いと言う。
「あんた、最近色々壊していたから気になって調べておいたの。案の定だったか……」
「飛鷹、対処法はそれしかないの……?」
飛鷹は頭を悩ませる。これでも、加賀は数少ない正規空母。
能力の低下は何としてでも避けたい。
葛城のように、他の方法を試すにしても、加賀は手先が不器用。
葛城は器用さが特徴なので、真逆である。弓しか使えない。
一応試してみた。
先ず機銃。
「……まだるっこい」
連射しているのはいいが、加賀はこういう手数の多さは合わないようだ。
苛立って、まだ弾数の残っている機銃を投げつけて的を破壊した。
やはり性格的に不向き。ダメだった。
次、お札。
「破けるんですが」
お札使う前に破きやがった。
なぜできないのか理解していない。丁寧に扱えと飛鷹は言ったのに。
破かれたお札を捨てて、次にいく。
次、クロスボウ。
「当たりません。使いにくいです」
淡々と射出するのはいいが、的に当たらない。動かない的だと言うのに。
弓に慣れているせいか、扱いが分からずに手間取っていた。
最後には、腹が立ったのかクロスボウを床に叩きつけて派手に壊した。
マジでこの人大人げない。
「それ鈴谷の予備なのに!!」
鈴谷が泣き叫んだ。予備を壊されて、加賀はのちに弁償したと言う。割愛。
「……全部手持ちの艤装は試したわね。見事に全滅したけど」
飛鷹は途方に暮れる。瑞鳳と祥鳳の弓も犠牲になった。
やはり加減できないハイパワーは危険すぎる。
いっそ、重巡の主砲でも使うかと言い出す。
それは最早空母ですらない。空母は艦載機ありきで戦うのが一般的。
装備は出来るが、加賀はプライドが許さないと、瑞鳳たちは思っていた。
……が。
「分かったわ。この際四の五の言わない。使える手だては全部試すようにしてみる」
加賀はあっさりとオッケーした。借りられる武器を本当に片っ端から試しては壊していく。
唖然とする皆を代表して、翔鶴は聞いた。
「加賀さん。一航戦の誇りは何処に……?」
「戦えない艦娘に誇りがどうとか言えるわけないでしょう。空母として死んだなら別の方法で戦います。拘りを持ちすぎて戦場に出られず、無駄な犠牲を出すぐらいなら私は空母の誇りなど捨てます。空母以外でも、艦娘として戦うだけです。それの何がおかしいのでしょうか?」
逆の意味でかっこよかった。
空母としての建前を優先して防人の使命を忘れるなら、そんなものは必要ない。
誇りは時として、戦いの邪魔になる。大切なものを見失うなら自ら捨ててでも、戦場に出る。
それが不格好でも、一航戦の名折れだとしても、彼女は……加賀は武器をとる。
戦い、守れること。勝利すること。必ず戻ること。
四年という歳月をかけて、加賀が持っている矜持は、これだった。
「形振り構わないガッツは認める。けど、あんたは加減を覚えて欲しいわ。だから艤装を壊すなってば」
カッコいい事を真顔で言うが、足元には残骸が山積みにされている。
全部今加賀が破壊したものたちだった。
飛鷹がツッコミを入れていた。
で、結局彼女は武器を扱えない。武器が耐えきれずに損壊する。
これでどうしろと。加賀は覚悟を決めた。元から、最後の武器は持っているのだ。
そう。死線を乗り越えてきた加賀だけが持つ、最後の切り札。
「パワーが余っているなら、近寄って殴ればいいのでは?」
「それ既に艦娘ですらないよ!? 加賀さん思い出して! 鈴谷達は空母だから!!」
結論。皆に援護してもらって、直接殴る。
要は、導き出した答えは、まさかの白兵戦であった……。
近海防衛に訓練をかねて出てみる。
イ級発見。突撃する。
真正面から小細工なし。主砲を撃たれるが……。
「チェストッ!!」
気合いを入れた拳で弾く。痛くも痒くもない。
当然だ。何せ提督が、被害総額に絶叫して、皆にしばしお暇を与えた程だ。
鉄が足りないと嘆かれ、相棒が動く。
飛鷹が壊れた艤装を再利用して加賀に失ったぶんを稼がせると言い出した。
溶解して、再度形成。手甲を作り出したのだ。廃材で作ったので元手は無し。
波形のカッコいい手甲に、加賀は珍しく目を輝かせて見惚れていた。
凄い。この武骨な造形。鈍く輝く銀色の光沢。手に丁度いい重さに、空を切る音。
完璧な仕上がりだった。
飛鷹は因みに、全国にいる白兵戦を行う艦娘のデータを洗って、その手の変人が使う武器の設計図を入手。
資材節約時の主戦力として、教えてほしいと先方に連絡していた。勝手に。
世の中広い。天龍や木曾といった、刀を振り回す輩は既にたくさんいる。
中には飛行甲板を打撃武器にする、刃物に見立てて振り回す、それでプロレス技をするなど、キテレツな艦娘が沢山いたようだ。
正直、知りたくもなかった。加賀は前から殴りあいをしていたが、それ以上の阿呆がいるとは思わなかった。
そんなおかげもあり、加賀は現在空母じゃない。インファイターである。
敵を見つけたら、取り敢えず突撃。
機関を凄まじく強化した結果機動性は抜群に上がり、運動性能も向上。
駆逐や軽巡と艦隊を組んで、艦隊での殴りあいを物理で行っている。
めちゃめちゃだ。駆逐相手ならどこ殴っても死ぬ。撲殺である。
重巡ぐらいなら、強気で殴る。相手は弾ける。顔面が。言うまでもない、死ぬ。
戦艦相手でも、砲撃を掻い潜り、艤装を蹴り飛ばして故障させる。
相手がそれに戸惑っている間に顔を本気で殴る。潰れて抉れて死ぬ。
足にも具足を装備しており、そのまま蹴れば骨の砕ける音が聞こえるぐらいの威力がある。
ステゴロ最強。加賀は無敗だった。砲撃も腕を交差させて凌ぎきり、接近して殺る。
「殺りました」
マジでそういって、無表情ながら自慢するように相手の死体を首掴んで持って帰ってくる様はまさに修羅。
空母加賀は、修羅の加賀といつの間にか様子を聞いていた近隣の鎮守府から呼ばれるようになっていた。
この時点で世紀末だが、まだ戦いは……始まったばかりであった。
「いやー!! 死んじゃう!! 鈴谷今度こそ殺されちゃう!! 行かないもん! 絶対に行かないもんッ!!」
加賀は、深海棲艦に飽きたらず、演習をしたいと腕試しを所望していた。
無論、皆怖がって逃げた。拒否しまくるなか、物足りない加賀はいつも通りしごきに鈴谷を指名した。
当然のごとく鈴谷は嫌がった。死にたくないと提督にすがりつく。
「あんな風に顔面がスプラッタなんて無理! 鈴谷は小動物なの!! 無害な小動物やってるの! ホラー映画やってないの!! 提督助けて!!」
執務室であれこれ手配している彼の座る椅子に隠れて悲鳴に近い声で抗議していた。
自称無害な小動物鈴谷は確かに顔は可愛いので、潰れるのは……勘弁してほしい。
「提督。鈴谷を一発殴らせてください。我慢なりません、その罵倒は」
洒落にならない事を無表情で言う加賀。彼はため息をついていた。
「まあまあ。落ち着いて加賀。鈴谷は小動物……小動物? なのかは知らないけど、お前の新しい弓も届くようにしてあるから。殴りあいも程ほどにな。忘れんなよ、お前は空母だぞ?」
「艦載機など無くても、私にはこの手甲と具足があります。飛行甲板など飾りだと、大本営はわからないのです」
「落ち着け。白兵戦じゃ思いっきり出来るからって、己のアイデンティティーを捨てるんじゃない」
殴れば倒せるという脳ミソ筋肉思考になっている加賀に、早く弓を与えないと本当に取り返しのつかないことになる。
主に涙目の鈴谷が怖がって仕事にならない。真面目に小動物よろしく小さくなって震えている。
「……いいわ。ねえ、加賀。私とやろうよ」
なんと、側で聞いていた飛鷹が面白そうに笑って加賀に申し込んでいた。
余裕の笑みを浮かべている指輪持ち第一位の空母は、加賀を誘う。
「要するに、今のあんたには練度は関係ないわけよね。その腕っぷしなら。少し興味あったんだ。……殴りあいしてみない?」
「自分の装甲の薄さを理解している、飛鷹?」
飛鷹は装甲は薄いし、足も遅い。今の加賀は機動性も運動性能も駆逐艦を超える。
艦載機さえ掻い潜れば、飛鷹は負けるだろう。
「だからこそじゃない。殴りあい限定の相手を想定した戦いを、私は知らないの。後生の為に、覚えたいわ。滅多にないから、いいでしょ?」
「……成る程。切磋琢磨してくれるというのね? いいわ、飛鷹なら私も文句はないわ。盛大にやりましょう」
何やら、互いに長い付き合いだからか、妙な関係が出来ていた。
彼に許可を得て、和気藹々と演習に向かう二名を見送る。
鈴谷は怯えながら、ようやく出てきた。
「飛鷹さん……本気でやるのかな?」
「鈴谷。お前、ドック開けてきてくれ。今すぐに」
提督は血相を変えて、鈴谷に命じた。急な命令に驚く鈴谷。
理由を問うと、
「飛鷹のやつ、多分加賀を試したいんだろうよ。戦艦に勝るとも劣らない純粋なパワーを知りたくて、それに自分が通用するかを見たいんだと思う。何せ、付き合い長いし、予想外の環境だから……。ありゃ、殺しあいになるぞ。絶対に飛鷹は本気出す。鈴谷、お前にはいつも加減している飛鷹がマジになったらどうなるか、よく見ておけ。……死屍累々だぜ」
つまりは、今の加賀はそれだけ強いのか。指輪持ちでもないのに。
暴発するパワーを文字通り腕試しをする気のようだ。
しかも、然り気無く殺しあいと彼はいった。
「……え?」
「良いこと教えてやる。飛鷹はさ、軽空母の中でも、特筆して艦載機の搭載数が多いんだ。何機か知ってるか?」
秘密を教えるように、彼は小声で鈴谷に言った。
詳しいことは知らないが、一応聞くと。
「同じ軽空母の、瑞鳳と祥鳳が、大体多く見積もって50。これ覚えておけよ?」
「う、うん……」
「で、正規空母の加賀は90超えてる。これは元々破格だ。論外とする」
「それで?」
「翔鶴も結構多いのは当たり前として。……同じ正規空母の葛城は、大体70。それとほぼ同数だ」
「……へ?」
どういう事だ。軽空母が、葛城と同数艦載機を積める?
……何が起きてる。圧倒的に、鈴谷よりも多いのは知っていたが……。
「あいつ、何でか昔から矢鱈艦載機を扱えるんだよ。これは軽空母の中でもダントツに多いんだそうだ。……それが、拳一つの加賀に一斉に爆撃なんぞしてみろ。どうなると思う?」
大惨事であろう。血の気が失せる鈴谷に、彼は続ける。
「お前は加減してもらっていたんだ。まだ未熟扱いでな。が、飛鷹は加賀を一人前と見ている。つまりは?」
「……殺しあい?」
「ビンゴ」
互いに本気を出せば、それはもう戦争の類いだ。
彼はため息をついて、書類を再開する。
「こうなれば、親父にでも頼もうかな……。前に試製のコンパウンドアーチェリー余ってるって言ってたし……」
よくわからない単語を言いながら、鈴谷は兎に角早くと言われて、慌てて準備をしに向かった。
結論からいうと、互いに大破して瀕死の状態で発見された。
特に飛鷹は、しばらく彼の前に出られないぐらいの大ケガを負って、静養していたという。
加賀は思い出す。空母としての自分を。危うく意味不明な覇道を歩むところだった。
……だが。時は遅い。
……空母加賀の、世紀末伝説のロードは此のときには、歩み始めていたのだから。