……瑞鶴が着任して早くも一週間経過。
色々おかしいことに気付いた。
(空母しているのが瑞鳳と祥鳳しかいない!?)
なにが起きているんだここの空母共。
久し振りにあった葛城は指輪装備で限界を突破して、練度の序列第一位はそもそも武器が違う。
瑞鶴は知った。知りたくもなかった。
この鎮守府は……かの有名な鎮守府と似たような空母しかいない!!
(こ、ここは第二の『魔境』だっていうの!? 提督さん、生きるためならなんでも使うって方針はおかしくないけど、指導はおかしいよ!?)
……ある鎮守府は、魔境と呼ばれ混沌としているという話を、瑞鶴は知っていた。
同じ瑞鶴が所属するその魔境は、愛に狂ったゾンビ顔負けの生命力を誇る駆逐艦が日々提督と戦っているらしい。
たまに、怪談話で出てくる有名なヤバイ場所である。
空母がプロレス技するわ、刀を振り回す重巡がいるわ、核弾頭持ち出す駆逐艦がいるわ、俳句を詠めと迫る軽巡がいるわ、意味不明すぎる際もの艦娘がオンパレードだと聞く。
挙げ句に馬鹿げた練度の怪物しかいないとか。
……因みにあまりの危険度に、大本営から用事があっても準備なしに近づくなと警告される次元だ。
あと、実在する。それが一番恐ろしい。
瑞鶴は見た。ここの空母も空母してない。
ある日の近海警備の出撃時。瑞鶴はとうとう、泣きついた。
「瑞鶴さん……どうかした?」
「葛城お願い、葛城はマトモでいて!」
マトモと言われても、と葛城が困っていた。
これが、この場所の日常。当たり前のやり方なのだ。
提督の流儀と言うか、こうしないと、生き残れない。
すがるように泣き言を言う瑞鶴に、困り果てた葛城は説明する。
「提督は、何よりも生き残る選択肢を選んでいるの。瑞鶴さんはきっと、倒すための戦いをして来たんだと思う。けどここは、倒すんじゃない……生き抜くための戦いを教えられる。だから、誰も死なない。死んだ事はない」
「……確かにそうだけど。けど、こんなのおかしいわよ!? 空母のプライドはないの!?」
「瑞鶴さん。プライドじゃ、誰も守れないよ」
真剣な表情で葛城は言った。
言いたいことは分かる。
だが、この場所はどうやら、全員がそういうものに薄いらしい。
提督は変人だと思う。死ぬ前に逃げるか、その場面に行く前に足踏みして止まる。
一週間で分かったことは、悪い人ではないが、かなり臆病で慎重な人間だと言うこと。
瑞鶴の見た中で、腰抜けと罵られてもおかしくないぐらい、攻めに転じない人。
だから最大練度がたくさんいる。姉も随分と練度が上がっていた。
生きているから強くなれる。彼の方針は、生きること優先の守りの戦いであった。
「よ、よく納得できるわね……。葛城は不満ないの?」
「わたしだって、死にたくない。もっと生きたい。だから、これでいいと思うの」
成る程。瑞鶴は一つ学ぶ。生きたい艦娘が、彼の場所には集まっている。
前のように、誇りのためなら死んでもいいという艦娘は一人もいない。
故に支持されるのだろうと。
器用で一通り何でもこなせる葛城に、お札を使いこなす飛鷹。
最近仲良くなって一緒に出掛けている鈴谷は元々航巡だったのが、今は空母で、同じく教えてもらっていた。
但し彼女も指輪装備。しかも以前の鎮守府の鈴谷と違って、なんというか……大人しい。
大人しくて、愛嬌がある。甘え上手で、すぐに好きーとか提督に言い出している。
色気でからかったりしないし、恥じらいもある。瑞鶴は随分と驚いたものだ。
場所によって艦娘は性格がこうも変化するらしい。
……一番驚いたのは、彼女だったが。
「殺りました」
「そこぉ! 殺りました、じゃないでしょ!! 自慢気に獲物持ってくんな! 皆が怖がるでしょうがッ!」
無表情でイ級を持ち上げて見せつける加賀だった。
この人、艦載機捨てて殴りあいしている。血迷ったか、と思ったが姉に事情を聞いた。
理解はした。したが。
彼女の言い分も、分かる。分かるが。
この人、何で仕留めた深海棲艦を自慢するみたいに持って帰ってくるのか。
僚艦がビビって、逃げ腰になっているのに気付いていないのか。
「加賀さんは猫かッ!! 仕留めた獲物は持ち帰らないといけない習性でもあるの!?」
キレるように近寄って、イ級を捨てるように怒る。
ポカンとしている加賀。何を言われているか、分かってなかった。
「……?」
「なんで首を傾げるかな!? 首を傾げたいのは私だよ! はい、捨てるッ! 今すぐ!」
良いから捨てろと言うと、なぜか残念そうにぽいッと豪快に投げ捨てる。
死骸は彼方まですっ飛んでいった。
「……加賀さん。一応重鎮だよね? なんでこんな真似して……」
「素手で倒した相手は、生きているかしっかりと皆さんで確認しないと……」
「するかっ!! しなくていいのそんなこと! 加賀さんが殴れば大抵死ぬでしょ!!」
いわく、万が一仕留め損なわないように、自分以外にも確かめて貰いたい、とのこと。
理由は分からなくもないが、周囲はまず駆逐と軽巡、良くて重巡だと言うことを理解しろと怒る。
なんで新人の瑞鶴が重鎮の加賀を世話しないといけないのか。
提督に聞けば、
「前から殴りあいはしてたんだけど……。ここのところ、艤装を壊して遠距離やってないから、感覚がおかしくなってるみたい。ごめん瑞鶴、加賀の感覚元に戻せる? ……皆、慣れちゃったか怖がってて誰も出来ないししないから。お前ぐらいしか頼めないんだけど……」
と、頼まれた。要は慣れていない感覚と、加賀の微妙な感性のせいでおっかないお姉さんとなった、と。
飛鷹は戦えればなんでもいいし、鈴谷は悲鳴あげて隠れるし、葛城は慣れているし、翔鶴が言っても勢いがない。
瑞鳳祥鳳では、まず恐怖のあまり失神してしまうレベル。瑞鶴しか居なかった。
弓が届くまでもう少しかかると聞いた。
加賀用の専用で、お偉いさんから試製装備を譲ってもらったとか言っていた。
少し、胃痛を覚える。ダメだここの加賀は。感性がちょっとずれてる。
瑞鶴の想像と違いすぎる。なにこのポンコツ空母。威圧感も無ければかっこよさもない。
あるのはこう、残念な美人的な……。あと不器用すぎて、周りにめちゃくちゃ誤解されてた。
これも何だか放っておけないので、瑞鶴が矯正するしかあるまい。
瑞鶴は決めた。この色々とダメな加賀を、元通りの自分の想像する加賀に戻す。
加賀は戸惑う。後輩の瑞鶴が妙に厳しい。おかしいことはしていないはず。
なのに怒鳴られる。なぜ? と聞いても加賀が変なことしているからだともっと怒る。
結果。
(……お腹が痛い)
精神が豆腐よりも脆い加賀も胃痛を覚えていた。
要するに、互いに胃痛を感じる空母のコンビが出来上がっていた……。
加賀は強くなりたい。
それは、原因が解明された今でも、同じだった。
艤装が届くまでもう少し時間が必要。その間に出来ることをしておきたい。
艦載機のチェックとかしてみた。皆で一緒に手入れをして、万全の準備を……。
めきゃ!!
加減間違えて、瑞鳳の宝物を粉砕してしまった。
慌てて直そうとして。
ばきゃ!!
今度は葛城の天山を破壊。
……皆、目が死んでいる。
加賀は整備させないようにしたほうがいい、と満場一致で言外に納得。
加賀は、見学になってしまった。加減が未だにうまくできない。
それどころか、前よりも更にパワーアップしている。悪化の一途らしい。
予防法はなし。対処法しかない。
「……お、お腹が痛いのですが」
「はい胃薬」
凄い目付きで前屈みになっているので、誰も文句は言えない。
罪悪感で死にそうになっていた。
目力ありすぎて怖かった。青くなっている加賀に、慣れている飛鷹が錠剤を渡した。
何とかそれを飲みこんで休む。飛鷹はお茶を飲みながら一服していた。
工厰の隅で、空母たちがせっせと艦載機の補充をしている。
砕かれた艦載機に放心の瑞鳳は、姉がなんとか助けているし、葛城は翔鶴の天山を借りていた。
ひょっこり、提督も顔を出して様子を見に来た。
壁際のベンチに腰かけ、壁に寄りかかる病人の加賀。
呆れたように見ている飛鷹。瑞鶴も終わってこっちに来た。
加賀の隣に、提督は挨拶して腰かけた。
「加賀……お前、大丈夫か?」
「全然、大丈夫ではないです……。胃痛が、酷くて……」
加賀は窶れていた。窶れて尚更怖い微妙に苦しそうな表情。
彼はドン引きしていた。思った以上に悪化している。
「提督。もうさ、指輪を加賀にあげた方がいいわ。暴発が増えてるし」
飛鷹が相談すると呼び出したと加賀に言った。
瑞鶴も気になって近くによる。彼は、苦い表情をしていた。
「まあ、解決法何だろうけど……。加賀の気持ちも無視したくないし」
「そうだよ提督さん。女の子を蔑ろにしちゃダメだぞ!」
瑞鶴の言葉に頷く彼。しっかりと学習はしている。
肝心の加賀は、半分意識が飛んでいる。何故か? 胃痛が我慢できないから。
胃痛にも慣れていない加賀には更にダメージ追加で、聞いてない。
「加賀、指輪……お前にとっては、必要か?」
一応、隣の加賀に聞くと。
「もっと強い胃薬を……」
全く違う答えだった。瑞鶴が白湯を準備して、加賀に黙って渡した。
死体のような顔色は、彼女の無表情と合わさると余計に恐怖をあおる。
余裕はなさそうである。一刻も争いそう。
「加賀。重要な話だ。胃痛から解放されたいか? 暴発するのを防ぎたいか?」
改めて聞く。白湯を飲む加賀は、頷いた。
指輪を求めるなら、期待を込めて渡したいと彼は真剣に言った。
余計な感情はない。だが、加賀の活躍を信じている彼からの想いが込められた指輪。
弱った加賀は、苦しみながら考える。
(……指輪って、あの指輪よね。鈴谷や、飛鷹や朝潮がしている。私にも確かに渡してくれるといってくれた。今がその時なのかしら。自分でも制御できないパワーを、提督が補ってくれる。提督の期待に応えたいのは事実だけど……何故かしら。凄く、気分が高揚する。この気持ちはなに? 嬉しい? 私、喜んでいる? ……なぜ?)
余計な感情はないと分かっているのに。胸踊る自分がいた。
ああ、託してもらえると喜んでいる自分がいる。
光栄なこと。それ以上に、凄く嬉しいと思う。
なんで? そう思っても、まだ加賀は……自覚していない。
何分感情の起伏が薄く、鈍感な部分もある加賀。
この手の、俗に言うときめきなど、理解している訳もない。
今は、まだ。猛禽類すら気付かない感情を、鈍い彼女が分かるわけがない。
「頂けるなら……是非」
「そうか」
端的に返事をして、書類は後回しにして今すぐに、やろうとして。
「提督さん。TPO、TPO」
「貴方、相変わらず鈍いわね……」
二名に指摘されてハッとする。
こんな味気ない場所で、病人の加賀に渡して良いものか。
「……しまった。俺は空気の読めない男になるところだった」
「既に読めてないから」
我に帰る彼に辛辣な相棒の言葉が刺さる。
実は工厰の中に保管される予備の指輪を先んじて持参していた彼。
これはいけない、と鍵のついた頑丈な金庫に仕舞う。
残念そうに見つめる視線を、漸く猛禽類が気付いて、苦笑していた。
「後日……にしては、遅いな。加賀。体調良くなったら、直ぐに教えてくれ」
ぐったりする加賀の手を握り、彼は真剣に告げた。
ある意味、今の加賀に止めをさした。自覚なしに。
「お前の体調がよくなり次第、共に出掛けよう。その時に渡したい。率直に言うと、デートのお誘いだ!」
「!?」
瑞鶴、絶句。
飛鷹、唖然。
加賀。一気に頬を通り越して顔を真っ赤にして。
「……ぐはっ!!」
何かを吐き出して失神。
白目を向いて気を失った。
「あれぇ!?」
驚く提督。
とうとうやらかした、この唐変木。
今のシチュエーションを整頓しよう。
指輪を渡したい。けど、今はTPOと加賀の具合が悪い。
だから彼は考えた。全部満たす条件、その答えは?
(そうか! 折角なんだ。俺も学んできた。もう間違えないぞ。加賀と二人でデートして、その最後に手渡せば完璧だな! 名案じゃないか!)
大間違いだ馬鹿野郎。誰から学んできたんだ、この男。
このど阿呆、この意味すら理解してないのである。
この手順が間違いなんじゃない。相手に対してのシチュエーションがおかしい。
諸々考慮しすぎて、結婚ガチに突っ走っていた。
「提督。少し頭冷やそうね?」
飛鷹が仕方なく、説明しておく。
フォローするのも大変であった。唐変木は何も理解していない。
今度は振り切りすぎた。
「提督さん……いや、マジで?」
「?」
加賀を気遣う彼に、なんだか凄いものを見た瑞鶴。
少し頬が赤くなった。彼は分かってない。
つまり、だ。
この男、加賀にいきなり自覚なくプロポーズしたのであった……。