本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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一歩引いた所から

 

 皆と打ち解けると宣言してから暫し経つ。

 艦娘たちはどんどん自分を知ってもらおうとフレンドリーになっていく。

 然し、考えてみてほしい。彼の鎮守府は中規模とはいえ、50を越える艦娘が所属する。 

 それがいっぺんに押し寄せ打ち解けようとすると、どうなるか。

 こうなる。

(最近、部下が凄く積極的で怖い)

 提督はキャパを越えて降参した。一度に大量は勘弁してほしい。

 覚えきれない。

 只でさえデータを叩き込むため自前でリストを作って、各々の好みや嗜好を把握しようと努めているのに、数が多すぎる。

 そんなに器用な人間じゃない。それに艦娘同士の相性もある。

 どういう艦隊を組めば無理なく活動できるか。意見を取り入れつつやるのも提督の勤め。

 結果、提督は最近全く余裕がない。秘書を細かく変えて話し合い、リサーチをしている。

 だが……。

「俺の能力じゃ管理しきれない……」

 日々窶れていく提督。真面目で不器用なりに努力してもどうしても数は覆らない。

 手伝ってくれる艦娘もいる。が、その艦娘もまた理解しなければいけない相手。

 気遣いを受けているのは明白である。ある程度で妥協しても時間は足りない。

 要するに。彼は、どうあがいても絶望の袋小路に迷い混んでいた。

 そして。遂に。事件は……起こった。再びであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鷹。俺はお前に数えきれないほどの経験を貰えた。凄く感謝している。今までありがとう」

 提督はある朝に、荷物をまとめて鎮守府から立ち去ろうとしていた。

 何かまた起きたらしく、今度は行動を起こしていた。

「なにっ!? 何が起きたの一体!? 落ち着いてっ!! 多分誤解! いやきっと勘違い!! ね、少し冷静になってってば!!」

 唐突なサヨナラを言われて眠気が吹っ飛んだ飛鷹は、慌てて簡単に纏めたキャリーケースを持つ彼を引き留める。

 正門からタクシーを呼んで大本営に行くつもりだった彼を押し止めた。

「逝かせてくれ飛鷹。俺は……最早提督じゃない。単なるクズだ。相応の報いと裁きがいる」

「なに! 今度は何事!? 貴方の早とちりは此処のところ酷いけど今度は何が起きたの!! 先ずは深呼吸! そして事情を説明! あと逝くってのは絶対だめ! 認めないからね私!」

 ゾンビの顔色をした彼は、深呼吸して黙って簡潔に告げた。最悪だった。

「榛名に手を出した。俺には記憶がないが、状況的に間違いない。責任とって大本営に出頭するか死のうと思う」

「そう。じゃあ一緒に死にましょうか提督。大丈夫、私も死ぬわ」

 途端、無表情になった飛鷹が自爆するためのお札を用意。提督が止めろと言う前に、

「一人じゃ逝かせない。貴方の責任は私の責任だもの。一緒に背負って死ぬから安心して」

 飛鷹も覚悟を決めて、いざ共に……。

「待ちなさい」

 しかし真打ち登場。二人が振り返ると、そこには何故か寝巻き姿の加賀がいた。

「事情は聞いていたわ。飛鷹、私も混ぜなさい。彼が間違いを犯して死ぬのならば、私も潔く散りましょう。この命、彼以外の下で戦う気は毛頭ないもの。彼が死ぬなら、私も続くわ」

 止めるわけがなかった。こいつの場合は真面目な自滅タイプなので同じことを選ぶ。

「……別にいいけど。彼には触らないでね。今触れていいのは私だけ。それさえ守ってくれればいいよ」

 完全に飛鷹は提督と心中する気だった。加賀もついて逝くらしい。

 提督は……諦めた。

 此処のところの精神磨耗のせいで思考が可笑しくなっているようで細かいことを考える余裕もなかった。

 どうせ死ぬのだ。部下を穢した罪は己の命で償おう。……飛鷹と加賀を巻き込むのは忍びないが。

 病んだ目で提督を抱き締める飛鷹と、傍らで彼に頷く加賀。

「済まなかった……。迷惑をかけて」

「……いいえ。提督を理解できず、過ちを犯すまで気付けなかった私を許してください……」

「貴方が榛名に何で手を出したのかは知らないけど理由はどうでもいいわ。私も一緒に償うから。……みんな、不甲斐ない提督と秘書艦でゴメンね……」

 起爆五秒前。よん。さん。に。いち。

 

「待って待ってやめてーー!!」

 

 ……ぜろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、榛名は大丈夫と思って……」

「提督が大丈夫じゃないのよ!! なんて羨ま……じゃない、バカなことをしたと思っているの!!」

 一時間後。榛名は無事に生きていた飛鷹に怒鳴られていた。

 かなりお冠の飛鷹は正座した榛名に結構な剣幕で叱る。多分私怨もはいっている。

 提督は安堵するよりも、艦娘に対する警戒心が急上昇し、左右前後逃げ場所を探していた。

 現在、食堂。朝の騒ぎに気がついて皆さん眠そうに目を擦りながら様子を見る。

 此度の事件は、犯人は榛名本人であった。顛末はこうだ。

 先ずは、榛名と一緒に夜中まで仕事をしていた。明日は休日と言うことで無理をしていた。

 で、仕事を終えて、あまりの連日の精神的疲労が祟って、彼は執務室の大きめのソファーベッドで寝入っていた。

 部屋に戻らなかったことも原因の一つ。で、あれこれ片付け終えた榛名が無防備な獲物を発見。

 ……ここで、榛名は少しぐらいなら一緒に寝てもバレないよね、と素直に甘えたくてごそごそと侵入。

 そのまま彼と共に寝落ち。

 生憎、榛名は結構な露出の多い服装で寝ていた。で、寝相も悪い。

 ベッドから蹴り落とされた提督が起きた早朝五時ごろ。

 ……二人して、絶妙に衣服が乱れた状態で提督は目覚めた。

 昨晩、仕事を終わった頃の記憶がない。

 目の前にはギリギリの眩しい榛名の太ももや余裕で出来る胸の谷間。乱れた着衣。

 ……つまり、やらかしてしまった。榛名に手を出して一緒に寝ていた。

 よし、憲兵に自首しようと決意した提督は榛名の着衣をゆっくりと丁寧に整え、布団をかけ置き手紙の遺書を残して、身支度して早起きしてきた飛鷹に最後の挨拶をして出頭する気だった。

 最悪、死ぬ気でいた。

「金剛。どういう貞操の教育を妹にしているの。あなたが大体、破廉恥だと言うことを自覚しなさい」

「はい……。榛名がどうも、すみませんデシタ……」

 加賀が無表情で金剛にも苦言を呈している。

 今回、榛名に悪気はない。単に甘えてみたかっただけ。

 然し、提督はそうは思わない。油断と受け取った。

(……やはりあの手の艦娘はダメだ。近づいてはいけない。見かけに騙されるなよ俺。古きよき大和撫子の榛名だって結局は金剛の妹。根っこはやっぱりこういう事じゃないか! 騙されるな、金剛の妹は多分全員がこんなイケイケな性分なんだ。二度と失敗しないぞ。榛名と既成事実を作るところだったんだ。お、俺はまだパパになる気はない!! それ以前に部下に手を出してたまるか! 次怪しい事があったら即この仕事やめよう。退役して田舎に住もう。百姓でもしながら、のんびりと生きよう。野良仕事して、日々細々と生きていこう。一生童貞でいいや。過ちは繰り返さない!)

 めっちゃ警戒している。金剛が代わりに謝罪しようと近づくと、大袈裟に反応して後ろに下がる。

 虐待を受けた艦娘みたいな反応に今回のダメージは相当大きいと見える。

「き、気にするな金剛……。な、何事もなくてもよかったじゃないか。ただ、今回ので分かったろ? 迂闊に野郎に近づくと言うのはウサギが狼の餌になるのと同じだぞ。翌々考えて行動してくれ」

 ひきつった顔で言われて榛名もへこんだ。彼を怖がらせたようだった。

 ビクビクしている提督は、翌日から誰が相手だろうと警戒の色を見せるようになった。

 仲良くなる前に、ある種の恐怖感を与えてしまったらしい。

 確実に関係が悪化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が食われる餌とでも感じたのか、いろんな意味で距離を離すようになった提督。

「磯波、ありがとう。俺は大丈夫だから、ご飯いっておいで」

 秘書の駆逐艦を姉妹と食事に行かせて、自分から遠ざけて。

「弁当……。ありがとう神通。有りがたく頂くから、ちょっと席を外してもいいかな?」

 弁当を作ってきた軽巡に礼を言いながら逃げ出し。

「来るな! 来るなイク!! 俺に近寄るんじゃない!」

 イタズラ好きな潜水艦に面白がられて追い回され。

「雷、自分のことは自分で出来る! 俺のパンツをどうする気だオイ!?」

 世話付きな駆逐艦にパンツを奪われ。

「……飲みに行くのか? 済まない那智。俺は酒が苦手でな。また、今度誘ってくれ……」

 酒飲みの重巡に誘われても、頭を下げて断って。

「長門……慰めてくれるのは嬉しい。でもお前の握手、俺の手が変な音立ててるんだ。痛い」

 力の加減を知らない戦艦に骨の軋む音を聴かせて。

「鈴谷。何か癒しになってるよ、最近のお前……」

「えっ? そうかな? なら鈴谷にも出来ることあったら言ってね」

 鈴谷の笑顔に癒されて株が急上昇して。

「飛鷹。助けて」

「ごめん無理」

 飛鷹に泣き言を言うことが凄く増えた。

 そんな日々。以前にも増して、遠い感じになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 提督は自分の食事は自分で作る。そう決めた。

 先ずは自立してから、余裕を作ろうと考えた。

 部下があれこれ心配してくれる。だが気遣いを甘んじるのはよろしくない。

 なので、しっかり作ろうとこっそり食堂の隅っこで作りおきをしていた。

「……司令。何してるんですか?」

「あれ、提督さん。何かご用ですか?」

 そこに、食堂の管轄の艦娘が物音に気がついて顔を出した。

 割烹着に黒のポニーテールの少女と、黒髪に赤いリボンをつけた女性。

「間宮に、伊良湖か……。ごめん、ちょっと作りおきしている。少し、間借りしているぞ」

 間宮と伊良湖だった。食堂のリーダーで甘味を作るのが得意な裏方の艦娘。

 提督はあくまで仕事と割りきる二人は大して問題ではない。

 普段からあまり接することもないし、互いに一歩引いた位置で艦娘たちを見ているもの同士、関係は普通。

「あ、そうですか。あれ。でも、そう言えば借りるって言ってたっけ、伊良湖?」

「うん、確か言ってたよ。姉さん知らなかった? 材料持ち込むって昨日の夜言ってたのに」

「あ、仕込みで忘れてた……。そうだったそうだった」

 二人は二人で最後の仕事を片付けるので少し作業をすると言う。

 提督とは別に、始めていた。

 彼も手元に集中しながら、無言で続ける。

 暫くして、伊良湖が不意に問う。

「提督さんは、みんなの事は嫌いですか?」

 伊良湖の問いかけに、おかずを刻んでいた彼は手を止めて、顔をあげる。

 後ろを見ると、何やら炒めている伊良湖が視線はそのまま続ける。

「みんな、言ってますよ。提督さんが相手してくれないって。寂しいって」

 彼女は同じ、下がった厨房と言う場所で見ているから言える。

 彼女は仲が悪いのか気になるのだろう。間宮も口を挟む。

「司令は、ある程度皆さんと距離を開けているような気がしますが、それは何か理由でも?」

 心配してくれている、同業者。皆の司令塔と、食を支える料理人。

 戦場の艦娘とは、別の場所で接している。だから、見えるものも違う。

「……そうだな。俺はさ、あの子達の事は嫌いじゃない。でも、あくまで俺達は深い仲になっちゃいけないと思うんだ。やっぱり、俺は司令官で、あの子達は部下。……公私混同の切っ掛けになりそうでさ。あんまり、仲良くなりすぎると。俺はそこまで優秀な提督じゃないし、人間関係も不器用だし。一度でもそういう仲になった相手が死にそうになったりしたら、俺絶対間違えると思う。誰かを犠牲にしてでも、その子を救おうと、守ろうとする。それは、やっちゃいけないこと。俺はあの子達に優劣をつけちゃいけない立場。人の上に立つってことは、そういうことじゃないかって。……親父と兄貴たちが、そう教えてくれたから」

 纏めると、自分が間違いを犯すことを前提に、それを未然に防ぐために距離をおいている、と。

 それを保身として受けとるか、それとも妥当な判断と受けとるかで彼の印象は大きく変化する。

 伊良湖は妥当と、間宮は少し臆病になっていると受け取った。

「じゃあ、ケッコンカッコカリも導入は見送るんですか?」

 間宮の質問に、彼は停止する。

 確かに今の文脈では避けることも視野に入れていると思われる。

 然し。

「姉さん……こう言うのは気付こうよ。もう居るよ。それも複数」

「……司令、なにしてんですか」

 伊良湖が言った。何で知っているのだろう。裏方なのに。

 驚く彼に、伊良湖は言う。

「こっちも仕事柄、皆さんの動きは見ていれば分かります。食堂の井戸端会議を甘く見ていると怖いですよ提督さん。予想ですが、葛城さんとイムヤさんと、後は飛鷹さんと鈴谷さんですか。ここ最近、妙にため息が多くて悩ましい顔をしているのは。あと、加賀さんも少し悩んでいるようです。提督さん絡みですよね?」

 恐るべし、食堂の裏方。見事に言い当てた。全員正解。彼は素直に白状した。

 皆の活躍を期待して複数導入したら、何だか鎮守府の様子がおかしくなっていることを。

 二人はあきれ果てた表情で聞いてくれた。今までの流れも全部伝える。

「……失礼を承知で聞きますが、司令って、ヘタレですか? それとも違う方向の性癖ですか?」

「やめて、ヘタレは自分でも思うから。でもホモじゃない。断じて、ホモじゃないの」

 間宮の問いに項垂れる。ヘタレ、か。確かにヘタレだ。

 提督次第でどうにもなるのを進まないのは彼の問題。

 いっそ、ホモだったらどれだけ楽かとも思う。それでいい気がしてきた。

 ホモに走ろうかなと本気で思う。あの子達の為にもそれが一番な気が……。

「伊良湖、よく見てるね。わたしは磯波ちゃんが上機嫌で、吹雪ちゃんと白雪ちゃんが悄気てるのしか気付かなかった」

「姉さんは駆逐艦が大半でしょ、スイーツ担当なんだし。だから、こう言うのは伊良湖に任せればいいの」

 二人は調理に戻りつつ、伊良湖は再び口を開く。

「提督さんは、もう少し自信を持つべきかと思います」

「どう言うこと?」

 伊良湖は炒めているおかずを仕上げて、皿に乗せる。

 そして、顔をあげて彼をまっすぐと見て言う。

「提督さん。提督さんは、頑張ってると思います。自分を犠牲にしてダメコン使ったり、みんなと打ち解ける為に必死になって努力したり。伊良湖はそういう話、みんなから聞きます。みんな、嬉しそうに、誇らしそうに語るんです。自分を無闇に卑下しないでください。この間みたいに土下座されたら、提督さんを信じるみんなが困るんです。良いですか、提督さんはみんなの憧れの的。決して、蔑ろに思う艦娘は少ないんじゃないですか。ねえ、姉さん」

 間宮に振ると、間宮も作業しながら頷いた。

「そうですね。わたしは仕事上、駆逐の子達とよく話すんですが……駆逐の子は幼いのでわりと容赦なく評価します。でも、悪い話は聞いたことありませんよ。褒められたーとか、ご褒美貰ったから次も頑張るとか。前向きなことが殆どです」

 彼の知らない、みんなの思い。

 知ろうとして、足掻いて苦しむ彼に第三者を通して、漸く届いた。

 唖然とする彼に、間宮は締めくくった。

「……苦手な艦娘がいることは分かりますよ。でも、それでイチイチ逃げていたら大変じゃないですか。少しずつでも、前向きに考えましょうよ。みんなを応援したいなら、もっと仲良くしていいんです。公私混同が怖くとも、方法はいくらでもあります。取り敢えず逃げるのだけはいけません。みんなが落ち込んじゃいます」

 可能性は否定しない。でも、目の前もしっかり見ないといけない。

 そう、間宮は告げる。伊良湖も同感。

「……そっか。ありがとう、二人とも。少しずつでもやってみるよ」

 何だか、励まされた気がする。同じような立場の二人の言葉は、彼の心を持ち直させた。

 応援していると伊良湖と間宮に言われて、彼は何とか復活。

 翌日から、よそよそしい態度はいつも通りの言動に戻った。

 飛鷹が後で二人にお礼をいいに行ったことは知らない提督。

 取り敢えず、みんなとの仲良くなる作戦は、続行されるのであった……。


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