女性の気持ちが分からない。
俗に言う、鈍い男である提督は加賀を見て、なぜそうなるのかを考える。
客観的に指摘されれば己の愚行は理解できる。加賀の性格も知っている。
伊達に四年も共に戦ってきた戦友はない。
……この時点で、彼にはまだ加賀に対する感情は、戦友。部下から進み、友になり。
そこで止まっていた。何せ、指輪の譲渡に情緒こそ必死になって理解しようとするが。
本人にその気がないのである。つまり、戸惑って挙動不審の加賀と違い発展しない。
そこがまた、微妙に面倒臭い所であり。
この男の限界でもあった。良き友、良き部下。
恋心が全くない彼には、理屈で語っても、恐らくは理解すまい。
こればかりは、個人の問題になっていく。
よく考えてみれば、この野郎は隣の相棒すら女性として意識しなかった唐変木。
長年相棒に苦行を無意識で強いる鈍感。
尚、今まで生きてきて女性との付き合いは皆無。そもそも興味もなかった。
飛鷹と言う性格も見た目も文句なしの最高の美人ですら、相棒に落ち着くのだ。
元よりの低い自己評価に加えて悲劇を知る手前、恐れを抱くのも仕方無い。
然し、最もの原因は……こいつは、恋愛にやはり意識を向ける理由がないのもあった。
どうやら、彼女の場合は……結ばれるの意味が、少々異なる感情になりそうだ……。
で。
加賀さんは今日も死にかけていた。
あの日以来、瑞鶴がもっと怒るようになった。
「だから、加賀さんは何なの!?」
「……空母です」
「そう、私達は空母!! なのに殴る理由は何で!?」
「…………」
「はいそこ、目を逸らさない!!」
今日も演習で叱られた。ちゃんとやったのに。お腹が痛い。
新しいコンパウンドに慣れながら、彼に向き合う感情に整理をしながら日々を過ごす。
目下の恐怖は、瑞鶴が厳しい。空母の戦闘を心掛けろと怒るのだ。
決して、強制じゃない。あくまでお願い。
重鎮が新人に説教されるという前代未聞の光景に、鎮守府の皆は唖然とする。
瑞鶴は言う。
「今の加賀さんは足並みが揃わないんだよ!? 分かってると思うけどね、艦隊は皆で戦うの! 加賀さんに助けられた私が言うと烏滸がましいけど、加賀さんは極端すぎて浮いてるんだよ!? 自覚ある!?」
「……いえ……」
ことあるごとに、瑞鶴は説教をしては空母だと、艦載機を使えとぷりぷり怒る。
比例して、加賀の豆腐メンタルが削れて意味がわからず、胃痛が増える。
浮いている。そう、瑞鶴は言っていた。
あとで飛鷹にも訊ねる。加賀は浮いているのかと。
彼のいない執務室で、ソファーに腰かける彼女に代理をする飛鷹はストレートに言った。
「ん? 浮いてるよ。後ろで見てるとよく分かる。今の加賀には多分、慣れてないと合わせにくいんじゃない。あんた、動きが先ず周囲に伝わらないから、周りもどう動けばいいのか分かりにくいのよ」
加賀は確かに戦えるが、そのあまりにも周りと連携できない動きが混乱させる。
挙げ句には、本人のコミュニケーション能力の低さもあって、ぶっちゃけ怖い。
駆逐艦たちがビビって一緒に行きたくないと愚図っていると言われて真っ青になる。
「あの人が宥めて、頑張ったけれど、もう嫌だって。あの夕立ですら、あんたが怖いって言うのよ? スプラッタ過ぎて」
あの狂犬すら裸足で逃げる始末の、戦争じゃなくて狩猟の領域。
阿修羅みたいと見ていた提督も呆気に取られていた、と聞いて加賀さんお腹を抱える。
胃痛が悪化していった。胃薬を受け取り、ため息をつく飛鷹が降参とぼやく。
「私が考える以上に悪化してるじゃない。なまじ戦えるせいで、悪目立ちしてると言えばいいかな。正直に言えば、もう加賀についていけるのは限定解除の私達指輪持ちだけ。しかも、戦いの流儀が自由だからねえ……。さーてどうしたもんかなぁ……」
白兵戦も出来る。普通に射殺も出来る。艦載機? 使う前に殴れば死ぬ。
すっかり、染み付いていると飛鷹は指摘する。インファイトの手癖が。
弓は使えるが、使う前に殴る蹴る。そっちが確実。一理あって否定しにくい。
言うなれば、手遅れ。加賀さんは世紀末空母、加賀にクラスチェンジ。
しかも、怪力の悪影響は増大する一方で、肉体的な負担も出てきそうと彼女は教える。
「んー……もう、情緒もへったくれもない次元に来ちゃったのかな。瑞鶴は提督に言われて、あんたが完全な空母離れを起こさないように足止めしてるけど、時間の問題かも。下手すると加賀、無意識でやってるかもしれないよ。そのインファイト。こうなると、本気で指輪の件も視野に入れないといけないわ」
「つまり、私はどうなると言うの飛鷹? まさか……死ぬの?」
不安になることばかり言う彼女にキリキリと胃痛を堪える加賀は聞く。
調べた限り、飛鷹が言うには根本的な解決は指輪の件で収まる。
そもそも抑制がどうも加賀の場合はできてないと言うか、変な感じに適応して寧ろ尚更悪化したと言うか。
瑞鶴が頑張って空母に留めているが、飛鷹いわく。
「死にはしないわよ。まあ、身体に負荷がかかって、発散も込めて楽するために殴る蹴るをしてるのも否定できないし、足並みが揃わないっていう明確な負担が出てるわけだし。要するに空母と名乗れなくなるってこと。艦載機すら、その内必要なくなるんじゃないかしら?」
「!?」
パワーをもて余す結果、弓などなくても物理で全てを破壊できる。
艤装? 浮ければ余計なものなど要らぬ。
弓? そんなものは邪道、手甲と具足が武器であり防具である。
飛行甲板? 乾パン? なにそれ美味しいの?
そういう極端を通り過ぎて、自分がショックを受けそうな超人になると言われて白目になる加賀さん。
えっ? どういう意味か? 端的に言うと。
「……あなたは既に、死んでいるわ」
って、掠れた声で相手に指先を突き付けて、背後で雷鳴轟く荒野を歩くあの番組。
世紀末ヒャッハーが出てくる漫画の一人になる。
やったね加賀さん、これで念願のアーチャー(物理)だ!!
「待って!! そこまでは求めてないわ!! 確かに形振り構わず戦おうとしたけど、したけど!! それは番組が違うんじゃないの飛鷹!? 私は艦娘よ!! 空母じゃないと言われても、仕方無いけれど、艦娘までは止めたくない!!」
流石に嫌がる。加賀は艦娘であってヒャッハーじゃない。
ヒャッハーになったら、結ばれないじゃないか!
と、少しだけ思ったりして焦った。
加賀さん、問題はソコじゃねえです。
あんたが空母辞めそうになっているのが問題なんです気付いてマジで。
なんと言えばいいのだろうか。
いくら自由に戦えると言えど、あまりに加賀は型破り過ぎる。
例えばここが、某魔境で周囲が物理で戦える、そんな場所なら救われた。
普通の艦娘が傍から見れば悪夢のような場所なら寧ろ埋没するぐらいだと噂では聞くし。
まだそこまでの高みには至らないここの加賀は、苦悩する。
プロレス技で身内を沈める……じゃない、鎮める連中は伊達じゃない。
だが、ここはあくまで普通の範疇なのだ。物理で殴れるのは加賀しかいない。
あとは、他の場所の狂犬と言われるサイコパスなどもついていけるだろうが、それもいない。
加賀は、結局浮くのである。武器を手にしても、それ以上の武器があるならそっちを使ってしまう。
味を知った加賀の身体は、殴りあいを求めてしまっている……のかもしれない。
弓はある。使えるが、率先して使うほど今は必要ない。
殴る。己の鉄拳。それこそが、加賀の持ち味になってしまったのだから。
「艦娘までって……。まあ、そういうとは思った。でも、元通りになるのあんたは?」
「…………」
「こら、俯くな。諦めるの速すぎ」
いや、無理です。白兵戦、凄く楽です。
と、元通りになるのかと言われても白状する。
「弓が非常用の武装になるとか、あんたらしいわね」
戦えてしまう不器用な加賀に、飛鷹は苦笑する。
そして、言う。
「まあ、一発で解決する方法もあるし……今回は、加賀。はっきり言うわ。……切羽詰まってるから、早くした方がいい。あれこれ、言ってた割には即物で悪いとは思うわ。でも、実害出ている以上は、こっちも看過できない。加賀、長い付き合いの加賀だから断言する」
飛鷹は早急に解決しないと、空母として貴重な戦力である加賀は空母として死ぬ。
今でさえ半分死んでいるのに、正規空母の彼女に死なれるのは規模的には損失が大きすぎる。
気持ちの整理もあるだろうが、時間はないと教えておく。
「……」
加賀も真剣な顔になった。理解は出来ている。
白兵戦をするなら、少なくとも空母として役割を果たせてからだ。
今の加賀は空母としては無能の烙印を押される半端者。
戦い方を我流に変更し暴走して、皆を危険に晒しているに等しい。
それが、艦隊における足並みが揃わないという意味だった。
フォローの負担を押し付ける時点で、重鎮失格だ。
「…………やはり、受け取るべき?」
「気持ちを無視すれば、ね。理屈で言えばそうよ。でも、あんたも整理出来てないのに酷な話なのよね。わかっちゃいたけど、あの人もあの人だし」
情緒もへったくれもないとは思う。
然し、もう努力や工夫では補えない次元で悪影響も出ているのであるし。
それを考えるに、難しいと飛鷹は腕組みして彼女に言った。
「因みに加賀」
「何かしら?」
「あの人のこと、好きでしょ?」
「…………黙秘で」
いきなり真顔で恐ろしいことを聞く。
確認のように軽く聞くが、それは整頓できない加賀の答えであって。
突然言われると、動揺はする。真っ赤になり両手で顔を隠す。湯気が出ていた。
好きと言われても自分もよくわからない。どんな感じなのかも。
(好き……って、何なのかしら。よく、分からない)
一緒にいたいとか、どこか安心するとか、そう言うのはあるのに。
ちゃんと言える、好意とは何なのだろう?
飛鷹のように、明言出来れば楽なのに。
好きだろうとなんとなく加賀も分かる彼女のように。
加賀は飛鷹を羨ましいと、思った。
「……」
飛鷹も思う。提督も正直、恋愛には至ってないと。
自分と同じような信頼はあっても、恋愛はない。
鈍感同士、加賀は自覚できず、提督はそこに至らず。
……要するに片思いみたいなものか。改善するにも、当人がこれじゃあどうしようもない。
言葉で語って、彼も学習はしたが、学んだだけ。
それと、気持ちの問題は別のことなのだ。
(……うーん。結ばれるの、難しいかもねえ……)
恋愛素人同士の、微笑ましい光景にも見えなくもない。
何やら暴走でプロポーズしている手前、事実があれば敗戦ムードの皆も諦めがつくか。
飛鷹は二人が進展しそうにないので、長い付き合いの間柄なので暗躍することにした。
穏便に、そして二人に必要なのは時間と、経験だと分かった。
それを確保するべく、提督の絶対的相棒、猛禽類は苦い笑顔で羽ばたき出す。
兎も角。
「弓を使う、弓を使う……」
「そこぉ!! 弓で殴るな、使うの意味が違う!!」
修正しようとして無理した状態で、弓を使う。
打撃武器で。瑞鶴にまたも怒られる。
違う日。
「艦載機を使う、艦載機……」
「艦載機を質量爆弾にして弾幕に使うなァッ!! 資材が死ぬでしょうが!!」
艦載機を質量爆弾にしてぶつけた。圧倒したのに怒られる。
また違う日。
「飛行甲板も使う……そう、空母なら使う……」
「止めて加賀さん、飛行甲板は投げ槍じゃない!! それ私たちの生命線!!」
飛行甲板を素早く投擲、投げ槍の要領で放つ。
瑞鶴にとうとう拳骨を貰った。
……空母って何だっけ?
「お、お腹が痛いのですが……」
「ゴメン、こっちは頭痛がする……」
双方、胃痛と頭痛でダブルノックアウト。
頑張るのは認めるけど勘弁して、とここの瑞鶴も苦しむはめに。
青くなる二名は、医務室へと共に向かっていった……。