本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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均衡崩壊

 

 

 久々に、彼宛に家族から一報が届いた。内容を見て、彼は渋い表情で手紙をそっと封筒に戻した。

 ……それが始まり。また、あれこれと彼は思案する。

 そもそもが、この胃痛の日々になった理由は、彼が彼女たちの活躍を願って複数の指輪を導入したから。

 切っ掛けは間違いなくそれだった。

 だがその行為は彼女たちの純情を踏みにじる行為で、自覚なしに行ったことを彼は猛省し、理解が足りなかったから互いにもっと知るべく、今に至る。

 彼自身は活躍をただ願い、彼女たちが彼女たちらしく戦っていければそれでいい。

 ただ、感情と言うものを考慮し忘れて、すれ違いを起こした結果が現状で。

 彼女たちも歴とした女であり、心もあれば感情もある。

 彼が仕事でしか接していなかったとはいえ、仕事上で皆が働けるように常に気を配り、出来るだけ揉め事を起こさないように采配してきた。

 ……もともと、彼は部下として接していたせいで、皆を女性として意識していなかった。

 だって、そうしないと鎮守府は大変だから。

 男一人に対して女性多数。しかも魅力的。理性が溶けたら一発でアウト。

 意識しない方がどちらかというと精神的にはよろしくて、してしまえばどうなるか。

 ……黒一点と言うのも中々に辛い状況にある。性欲に負けて手を出せば直ぐ様憲兵のお友達。

 中には堂々と部下に手を出して悪びれない鬼畜もいるらしいが、そんな芸当出来たら死んでる。

 少なくとも、彼には無理だ。彼のなかでここ連日変化したもの。

 異性として意識しなければ、単なる部下。戦友、あるいは相棒。

 だが……意識してしまえば、この状況でこみあがる感情は一つだけ。

 

 ……罪悪感、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケッコンカッコカリなど、導入したことが間違いだったのではと、思うようになってきた。

 怪我も順調に治る時期。迷うように、彼は日々過ごしている。

 システムがそもそもややこしいとか、何でこんな形にしたとか文句はあるが言っても意味がない。

 問題は、女性の想いを軽んじて導入した彼自身の愚行というか。結局、自分が悪いのではないかと。

 先のことを考えた。選ばないと言うことはもはやできまい。

 指輪を返上しようとしたら申請したぶんは全て使えと命じられた。当然だろう。

 自分から言い出した事だ。今さら出来ることじゃない。

 手元にある指輪は……残り、14。最大練度の艦娘数はもっと多い。

 まだ、選ばないといけない。いや、純粋にただ渡すだけなら苦労はない。

 だが相手は機械ではない。性能だけの問題ではないのだ。

 正直言えば、彼は恋愛には興味も薄いし、何より艦娘と仲良くなりすぎたらダメなのだ。

 伊良湖や間宮に言った通り。間違いなく、いざという時に過ちを犯す。

 どうにかすればいいと二人はいう。では、そのどうにかとは? 

 具体的解決策はあるのか? 何をどうすればそうならない?

 今まで通りにすればいい? それではまた、彼女たちを裏切ってしまう。

 でも。ふと、考え付いた。既に彼は不誠実を書いたような愚行をしている。

 それも、今更か。少なくとも、これ以上は傷つかずに済むのでは?

 だったら、いっそ距離をはなして見ないふりでもしようか。

 進んでも裏切る。戻っても裏切る。どっちもどっち。 

 確かに、慕われてはいると思う。でも、ある程度で線引きしてはどうだろう。

 そう。今までは部下として以上はなかった。だったら次は友人程度で踏みとどまろう。

 恋愛に発展しなければいいのだ。過ちを犯す可能性にまでいかずに妥協すればいい。

 それでもダメなら、もういっそ提督を辞めよう。自分はこの仕事に向いていない。

 転職すればいいのだ。世の中、いくらでも方法はある。

 大体、彼は言うほど有能ではない。

 死人は出ないが戦果も普通。飛び抜けて優秀でもない。

 ……もっと有能な提督はたくさんいる。

 なのに加賀や朝潮のように忠誠を誓ってくれる娘もいる。

 多分、彼女たちはよい娘なのだろう。比較対象を知らないから、無邪気に慕ってくれる。

 彼は埋没するような凡才。決して特別なんかじゃない。

 そう。恋愛も、同じだ。鎮守府という箱庭のなかで出来上がるイビツなそれは恋愛じゃない。

 もっと、自由に。もっと、広く。もっと、楽しく。選ぶべきなのだ。彼女たちが。

 最初から与えられた、提督という一つではなく。男は沢山いるんだ。

 本当に相応しい相手が、きっといる。それは、彼じゃない。

 ……二の舞にはなるまい。提督と部下の恋愛は、人の方が堪えられない。

 その結末を知っている。ああにはならない。幸せにはなれないのだ。

 反面教師で知っているとも。飛鷹ですら知らない、彼の過去。

 彼は自分が苦しむのを嫌がる保身と、艦娘がせめて幸せになってほしいという反する思いを抱く。

 ケッコンカッコカリ。その終わりは、互いを壊す呪い。

 死が二人を分かつまで。それまで、愛は続くと誰かが言う。いいや、違う。

 死は分かてない。死んだ程度で覚める愛ならもっとよかった。

 残された方に、必ず不幸を届ける。愛が、毒に。祝福は、呪いに。

 死んだら全てが終わりだ。残る方も、死ぬ方も。

 だから避けたい。結ばれることなんて……互いを辛くするだけだと知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 いっそ、工厰で廃棄してしまおうか。

 そう思うと実行したくなるのが悪い欲望。

 指輪なんてなければみんな苦しまない。

 互いを知るのは続けていく。でも、その先に愛は要らない。

(サンキュー、親父。たいせつなもん、思い出させてくれてよ。心配すんな。俺は兄貴や親父みたいにゃならねえよ)

 大本営、少将の父が息子を案じて寄越した手紙。自分と同じになるなという警告。 

 思い出した。そうだった。艦娘と提督に、愛は必要ない。

 愛を伴わない信頼や友情だけあればいい。今の加賀や朝潮にように。

 それが、互いの為なのだと。それが、理想の姿なのだと。

「……提督? 何を、なさっているんですか? こんな夜更けに」

 フラフラと一人、工厰に向かって深夜歩いていると、夜間警備の艦娘と鉢合わせした。

 軽巡、神通。……厄介な存在に顔を合わせてしまった。

 何時もの制服に上に防寒具を羽織る彼女は、何かを引き摺っていた。

 ……姉の川内だった。口から泡を吹いて白目を向いている。大体事情は察した。

「少し眠れなくて散歩だ。お前はいつものお勤めか。ご苦労様。そこの阿呆は朝まで監禁しておいてくれ」

 また一晩中騒いでいるどこぞのくの一が迷惑をかけていたらしい。

 妹の神通はいつも後始末に追われている。気の毒にも程があった。

「不用心ですよ、提督。護衛もつけずにお一人で移動するなんて」

「悪い。一人になりたくて。お前も仕事を終えたら休めよ。それじゃ」

 神通にお叱りを受けて、彼は通りすぎようとする。その背中を、神通は呼び止めた。

「提督……何か、お悩みですか?」

「……」

 流石にバレるか。心配性の神通には尚更無視できない事態だろうに。

 あえて彼は誤魔化した。適当なことを言って切り上げる。

 神通には申し訳ないが、これは全ての解決策。悩みに悩んで至った解答。

 邪魔させるわけには行かないのだ。

 彼は立ち去っていく。その様子を、振り返った神通は無言で、何処か悲しそうに見送っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 工厰に到着。そこで提督は全部の指輪を取り出して機材を起動する。

 滅多に来ない工厰でも、この程度の事は知っている。

 艤装の廃棄で使う機材に入れれば溶鉱して、鋼材に加工できる。

 大本営にはこっぴどく言われるだろうがそれでいい。

 もう、いいのだ。全部。全部。考えたくない。思い出したくない。

 もう、嫌だ。考えるのも、悩むのも。

 皆のことを考えても納得のいく答えは出ずにただ苦しんで。

 あまつさえその苦しみを部下にも押し付ける自分も嫌だ。

 浅はかな全てが嫌だ。勝手な己も。ケッコンカッコカリなどというシステムも。

 どうか彼女たちの笑顔をと思いながら最後に出てくる汚い自分も。

(指輪さえなければ。こんなものに手を出さなければ!)

 彼の招いた自分の始末。これでも足りねばもう、海軍など辞めよう。

 何度脳裏を過ったことか。今更、司令官には向いていないと自覚した。

 そうだとも。身内が海軍だったからなし崩しになっただけ。明確な夢も目標もなかった。

 そんな軽い気持ちで戦場に立って、彼女たちと接して。ああ、そうだとも。

(俺は提督の面汚しだったよな。俺なんかが名乗っていいものじゃないよな。懸命にやってるあいつらに失礼だよなあ!? ああ、もうなにもかも嫌だ!! 俺が、俺自身が本当に嫌になる!! 何て卑怯な奴だ俺って男は! 兄貴たちや親父とは違うよな!? はっきり言えば最後は悲しかったさ。それでも、兄貴たちも親父も艦娘と向き合っていたよ!! 俺は結果を知っているから逃げようとしてるし、俺はまだ壊れたくない! 生きていたい!! 糞が、何で俺は提督やってるんだ!! 夢か? 使命か? 熱意か? 何もねえよ!! 俺は流れでやってるだけなんだ!! この様になるのは分かっていたのに!! 半端者にはお似合いだぜ、お笑い草だ!! なぁ、誰か俺を笑ってくれよ!! こいつは滑稽だと、道化だって笑ってくれよ!! 笑って蔑んでくれよ!! 何で俺なんだ!? 何で俺をあいつらは愛してると言うんだ!? 何で俺を好きと言えるんだ!? 俺はただの凡人だぞ!? あいつらが慕うような英雄でもない、勇者でもない、ヒーローでもない!! ただの凡才の凡人を、なぜああも好きだと無邪気に言えるんだ!? 教えてくれ、俺はどこで間違えた!? どこに答えがあるんだ!?)

 空しい問いの返答はなく、あるいはこの身は最初から間違いだったのかもしれない。

 中身のない行動をした結果がこれなのだ。相手の感情の理由が見えない。相手の気持ちに困惑する。

 戸惑いしか感じない。なぜ自分なのだ。世の中に出ているはずの彼女たちの矛先は。

 身近な異性だとしても。そんな刷り込み、条件反射の類いで生まれた恋は恋なのか?

 好きと言われて納得できない。相手の気持ちは本物だから、どうするべきか答えに迷う。

 知らないままが良かった。気づかないままが良かった。クズでいたままの方が救いがあった。

 諸悪の根元。ケッコンカッコカリ。そして、指輪。これさえ無ければ。

 

 …………否。

 

 この身さえ無ければ。

 

 もう、誰も苦しまない。

 

 自分も、彼女たちも。

 

 時間が癒してくれるだろう。

 

 何時か過去になれるだろう。

 

 問題ない。父や兄とは違う。

 

 彼らは戦争で失い、全てが狂い出した。

 

 彼は違う。これは、救い。

 

 軽はずみな行動を行ったバカな男の逃避行動。

 

 いい加減、悩むのは飽きた。もう十分だ。

 

 答えが出ないなら、そんなもの諦めてしまえばいい。

 

 手っ取り早い救済がある。いいさ、間違いの責任はとる。

 

 指輪もろとも、この身は滅びよ。何時までも抱えたくない。こんな大事。

 

(指輪ごと、間違いは……正さなきゃな)

 

 疲れた。もう、全部疲れた。どう頑張っても多分身内と同じになる。

 

 艦娘と結ばれて、戦争に奪われて、全部壊れる。何度も見てきた。

 

 今は戦争をしているのだ。色恋沙汰など、構っていられる暇はない。

 

 もういい。全部どうでもいい。やけくそでいい。クソは彼だ。

 

 艦娘は提督と結ばれるといつか必ず奪われる。悲劇しかない。

 

 艦娘の恋を受け入れるには、まだこの国では早すぎる。

 

 戦争が終わるまで。終わってからうんとすればいい。

 

 いつ終わるかなど見当もつかない。でも、半端でやってぶち壊されるよりはずーっといい。

 

(俺は誰とも結ばれないよ、親父。……大丈夫さ。もう、何か疲れちまったぜ。少し休んでもいいか。寝ちまっても、いいよな?)

 

 機械は動いている。薄い闇に、駆動の音は静かに続く。

 大口を開けて、溶鉱炉の灯りを見下ろす。黒を柔く照らすオレンジの光。

 暖かい。これは、地獄の入り口にしては優しすぎる。でも、綺麗だ。

 振り上げた腕には指輪を持ち、降り下ろすのは己自身。

(ただ、悪いな親父。兄貴と違ってさ、俺は居なくなったり殺されたりは出来ねえんだ。そんなこと、あの子達に味わわせる訳にはいかない。責任は取るよ。自分の手で)

 フッ、と力なく笑う。思考は止まった。逃げ出した。

 心は何度も自滅を繰り返し、最終ラインを、一戦を越えた。

 やっぱりこの仕事向いてない。

 辞職しても制止されるのは目に見えているし、だからって非道を働き憲兵いきともできないし。

 最良の方法がこれしか思い付かない。ヤっちゃえ、俺と自分に言い聞かせる。

 

 これで全部とサヨナラだ。今度は止める飛鷹もいない。謝ることも出来ないけど。

 

(ごめん。やっぱ俺最低だわ。飛鷹、後はよろしく……)

 

 勝手な願いだが、後追いはしてくれるなと思う。

 特に加賀とか鈴谷とか飛鷹とか。

 女ってのはサッパリだ。理解できるところが全くない。

 共感も出来ないし理屈がまずダメ。もうお手上げ。降参して、全部終了。

 重婚なんて真似するからこうなるのだ。ゲスにはお似合いだろう。

 ゆっくりと、その身を落とす。生きながら熔ける、拷問のような終焉。

 安直な選択をした無責任な自分への罰になればいいが。

 消えてしまえば皆同じ。

 目を閉じて、最期に思う。

 

 自分の全部に、サヨウナラ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメですッ!! 止めて下さい、提督!!」

「本当に落ちちゃう!! 那珂、早く手伝って!!」

「何してるの、提督!! そのネタは那珂ちゃんの特権だよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

「神通。川内。那珂。何で助けた」

 

 またか。また、阻まれた。

 

 まだ彼に苦しめというのか。

 

 まだ彼には足りないというのか。

 

 まだ彼には甘いというのか。

 

 まだ、恋愛など理解しろと言うのかっ!!

 

「川内、お前酸素魚雷常備してるな。それで俺を撃て。那珂、主砲使って俺を殺せ。神通、こいつらが余計な邪魔したら止めろ。それだけでいい。やれ」

 

 気づけば殺してくれと懇願していた。

 情けないけれど、もう……嫌なのに。どうして助けた。

 どうして邪魔をする。どうして……ほっといてくれない。

 やめて。もう、好きと言うのはやめて。愛していると言うのはやめて。

 頭によぎるんだ。あの光景が。あの姿が。あの脳髄にこびりつく映像が。

 自分に置き換わって何度も再生されるんだ。やめて。やめて。やめて。

 熱の視線を向けないで。やめて。ときめく言葉を言わないで。やめて。

 兄のようになりたくない。父のように狂いたくない。やめて。心を壊さないで。

「提督……? ねえ、提督!? 止めてよ、そんなことしたら今度こそ死んじゃうよ!?」

「何をしているんですか!? 止めて下さい、提督!! 聞こえないんですか!?」

「な、那珂ちゃんだから笑いにできるけど提督はダメだよ!! 頭が砕けちゃうってば!!」

 お願いだから。俺を、愛さないで。そのままでいて。

 入ってこないで。好きと言わないで。謝るから。許して。

 好きじゃない。艦娘なんて好きじゃない。家族を狂わせたくせに。

 そんな奴等が愛してるなんて言うな。違う、彼女たちは悪くない。

 誰も悪くない。そうさ、人間が悪いのだ。違う、俺が悪い。

 愛してる、好き、ずっと一緒、理解したい、もっと教えて、あなたのことを。

 

 止めて。ご免なさい。ご免なさい。もうしないから。絶対に気持ちを弄ばないから。

 

 許して。死ぬことを許さないなら殺して。他の奴等みたいに憎んで殺して。

 

 誰でもいいから、殺して。こんなろくでなしの人でなしを好きにならないで。

 

 俺以外が。選ぶなら、俺以外。

 

 そっちの方が、幸せだから。俺じゃ不幸になるだけだから。

 

 きっと同じ結末になる。死なないで。死ぬなら俺が死ぬ。

 

 ご免なさい。許して。ご免なさい。好きって言わないで。

 

 愛してるなんて、言わないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺に、恋をしないで。

 

 

 

 

 

 

 

「止めてくれぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 


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