ではどうぞ!
ざぁぁぁ、ざぁぁぁぁと波の音が聞こえてきて、響は小さく瞼を震わせる。
「ん……うん……?」
「起きたか」
ぼんやりとしながら目をしぱしぱさせてうなった瞬間、聞こえてきた声に顔を向ければ、そこにはどこか遠くを眺めている変異した状態の緑羅がいた。その姿はある意味見慣れた異形の姿に戻っている。だが、ガントレットは装備していない。
「緑羅君……?」
「おう、緑羅だ」
「ここは………?確か私………」
そこまで言って、突然響は目を見開いてガバリと体を起こす。
「そうだ!緑羅君!あれからどうなったの!?月の欠片は!?翼さんとクリスちゃんは!?」
大慌てで緑羅に噛み付かんばかりに問いただしてくる響に対し、緑羅は小さく息を吐きながら落ち着いた様子で口を開く。
「落ち着きなって響。月の欠片は破壊に成功した。破片が飛び散ったが大気圏……だっけ?そこで大半が燃え尽きるだろうし、地上は大丈夫だよ。風鳴翼とクリス……そっち」
緑羅が指さした方向に顔を向ければ、少し先の木陰で横になっている翼とクリスがいた。
「二人とも……よかった………って、あれ?そう言えば……ここどこ?」
ほっとした様子の響はここでようやく自分がいる場所を確認するために首を巡らして首を傾げる。
響たちがいるのはどこかの砂浜だ。美しい白い砂浜。その近辺に生えている木によってできた木陰の下に自分はいた。翼とクリスも同様だ。砂浜の向こうには青い海が、反対側には無数の木が生えている。人が住んでいる気配はまるでない。更に言えば、自分たちの姿は制服姿とドレス姿に戻っている。
「ここは……?」
「日本にほど近いどこかの無人島かな。月を破壊した後、気絶した3人を回収して、ここに来たんだよ。エネルギーを分けたから体は大丈夫だと思うけど。二課の連中もすでにここを見つけて向かってきていると思う」
そう言うと、緑羅はよいせと立ち上がる。
「二人も起こさないとな。何度も説明するのなんざ面倒で仕方がない」
「説明って……」
響がその事を問う前に緑羅は翼とクリスの元に歩いていく。その背を響はじっと見つめる。
二人の元にたどり着いた緑羅はそのままブルりと体を震わせて体から赤い光を放ち、それは翼とクリスの体を包み込む。
少しすると、二人が意識を取り戻し、起き上がるのが見える。二人は周囲を見渡し、緑羅を見つけた瞬間、大慌てで捲し立てるようにしている。自分のように事の顛末を聞いているのだろう。そして、緑羅からの説明を受け、ようやく二人ともほっとしたように肩の力を抜く。そして緑羅から何事か聞かされると、彼と一緒に響の元に戻ってくる。
「翼さん、クリスちゃん……大丈夫?」
「ええ……立花も無事のようね……」
「いくら限定解除されてたとはいえ絶唱を歌ったのに倦怠感だけって……どんな手品を使ったんだよ……」
クリスが思わずと言うように緑羅に視線を向けると、彼は軽く肩をすくめる。
「内包してたエネルギーもかなりの物だったしね……もっとも、エネルギーもないし、もうそこまでの効果は見込めないけどね」
そう言い、緑羅は静かに砂浜を歩きだし、海を背後に3人の方に振り返る。
「さて………それじゃあ色々と時間がかかっちゃったけど………いい加減約束を果たさないといけないね」
その言葉にクリスは約束?と首を傾げるが、響と翼は何かに気づいたように目を見開く。
「それじゃあ………ようやく………」
「ああ、話すよ。俺の秘密と2年前の真実をね」
その言葉に響は顔を綻ばせ、翼はやれやれと言うようにため息を吐く。そんな中、クリスはいまいち話が見えてこず、目を白黒させている。
「な、なあ……何の話だ?緑羅の秘密は……まあ、分かるけどよ、2年前の真実って……?」
「それは……」
翼が2年前に起こったことをクリスに説明すると、彼女はなるほど、と納得したように頷く。
「そんな事があったのか……仲が悪くなるのも仕方ないかもな……と、ところでさ……それ……本当にアタシが聞いてもいい物なのか?」
クリスの質問も当然かもしれない。それなりに仲はいいし、緑羅から直々に教えてやると言われているが、ここまで大ごととなると、聞いていいのか不安になってくる。
「ああ、構わないよ。もう隠し続けることもできないしね………」
そう言うと緑羅はまず初めにと指を立てる。
「さて……それじゃあ話す前に………一つ質問。俺がまっとうな人間だと思ってる奴はこの中にいる?」
その問いに響達はえ、と戸惑ったように声を上げ、そのまま困惑の表情で全員が互いに顔を見合わせる。そのまま言葉に迷うように視線を彷徨わせる。その様子を見て、緑羅は小さく苦笑を浮かべる。
「別に気に病む必要はないよ。事実だしね……お察しの通り、俺は純粋な人間じゃない。俺の中には人間の物とは違う細胞がある」
「人間とは……違う細胞………それがあなたの秘密なのね」
「違う細胞って………それってもしかして、G細胞ってやつか?」
クリスの問いかけに緑羅は小さく頷く。それを見て、翼ははやりそれか、と言うように目を細める。
「そのG細胞とは一体何なの?」
「そうだね………本質的には生物の細胞と変わりない。ただこの細胞は生物の細胞としては破格の強靭さと再生能力を持っている。俺のタフネスや膂力、治癒能力の高さもそれが原因だ。だが、それ以上に厄介なのが……細胞の高い適応能力だ。ありとあらゆる環境に適応し、そして様々なエネルギーを取り込み、それに適応し、自分のエネルギーにすることができる」
「え、えっと……よく分からないけど……適応するって……?」
「そうだね……分かりやすい例えを上げると、前の俺の主なエネルギー源は核廃棄物などから出る放射能だったんだよ」
その説明に翼とクリスは驚愕の表情を浮かべる。細胞の生命力はまだいい。緑羅の頑強さの裏付けになる。だが、なんだそれは。放射能と言ったら凶悪な有害物質。それをエネルギーにしていた?いったいどういう細胞なのだ。更に他のエネルギーすら自分の物にする?異常極まりない細胞だ。
「え、えっと……と、とにかく、なんだかすごい細胞って事でいいのかな?」
「バカかお前は!すごいなんて話じゃねぇ!」
「その通りよ、立花……放射能を喰らう……つまり無力化できるなんて……下手したら世界を一変しかねない細胞よ」
響は大きく息をのむ。世界を一変する。そんな凄まじい細胞が彼の中にあるのか……なるほど。確かにこれは簡単に教えることはできない。
「そ、それがもう出回ってるの……?」
「フィーネの言葉を信じるならそうだろうね………さて、ここからは2年前の真実に移ろう。大丈夫かい?」
緑羅が問うと、翼と響は小さく声を詰まらせる。恐らく、まだ与えられた情報の大きさに頭が追い付いていないのだろう。クリスもまた軽く顔を強張らせている。だが、少しすると、3人とも先を促すように小さく頷く。それを見て、緑羅が口を開く。
「俺がこうして変異できるのは2年前にフォニックゲイン……だっけ?それを取り込んで、それにG細胞が適応したのが原因だ」
「2年前って………それってやっぱり、あのライブの事……?」
響の呟きに緑羅は小さく頷く。
「ああ、そうだ。あのライブで俺はフォニックゲインを取り込んだんだ」
だが、そこで翼が待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待って。その時に取り込んだ?でもあの時あなたは………」
「焦るなよ……ちゃんと説明する………俺は戦える状態であそこにいたわけじゃない。最初の時……響を崩壊から助けて、天羽奏が絶唱を歌う前まで俺はフォニックゲインに適応していなかった」
その言葉に響たちは困惑したように首を傾げる。それでは一体どのタイミングで彼はフォニックゲインに適応したのか……
「俺が適応したのは……いや、出来たのは天羽奏が絶唱を歌ったおかげなんだよ」
「それって……ど、どう言う事よ」
「絶唱は周囲に膨大なエネルギーを放出する。当然、天羽奏が絶唱を歌った瞬間、周囲には大量のエネルギーとフォニックゲインが放出された。俺の細胞はそれを取り込んでようやく俺はノイズと戦えるようになったんだ」
その言葉に響と翼は目を見開く。では、それでは………あの時、緑羅は奏を見捨てたのではなく、助ける事ができなかったと言う事か?戦う力も持たず、何もできなかった。だが、皮肉にも奏が絶唱を歌い、命を燃やし尽くしたから、彼は戦えるようになった。つまり……
「あなたも……奏の意思を………?」
「…………そんな大層なものじゃない……響は天羽奏の思いを受け継いだが……俺は彼女の死を喰らった。そう言ったほうがいいだろう。間違っても、受け継いだなんて言うものじゃない」
翼の言葉を遮る様に緑羅はそう言い、鼻を鳴らす。
彼はそう言うが、翼はそうは思わなかった。虫のいい話だとは思う。だが、それでも翼はこれまでの戦いで、奏が緑羅の中で共に自分と戦ってくれていたような気がした。ああ、本当に……虫のいい話だ。そんな風にあっさりと手の平を返す自分に呆れてしまう。だが、これではっきりとした。緑羅は奏を見捨ててなどいなかった。そのことが分かっただけで十分だ。
「五条緑羅……」
翼が彼に謝罪をしようとした瞬間、緑羅は片手を上げてそれを制する。
「もしも俺を許すなんて言おうとしてるなら……必要ない。そんなものいらん。馴れあう必要なんてない。いつも通りで十分だろうよ」
「ちょ、ちょっと緑羅君……」
その言葉に響が慌てる。彼女にも今、翼が緑羅を許そうとしていたのは分かっていた。なのに緑羅の方からそれを拒否するなんて……
響がオロオロと翼と緑羅の顔を見比べ、クリスも居心地が悪そうに頭を掻いている。
翼は一瞬むっとした表情をするが、次の瞬間には苦笑を浮かべる。
「全く……可愛げのないやつね。そんなんじゃ友達もできないと思うわよ」
「余計なお世話だ」
ふん、と緑羅は小さく鼻を鳴らし、翼はやれやれと言うように息を吐く。なんだか分からないが、一応険悪という訳ではないようだ……
「さて、話を戻そう。ライブの後、情報収集をした俺はノイズを倒すためには専用の武器、もしくはあのフォニックゲインがさらに必要だと判断し、世界各地を旅して聖遺物を探した。そしてようやく見つけた聖遺物を俺の体内に埋め込んだ。細胞を更に適応させるために……細胞は貪欲に聖遺物からエネルギーを取り込み、適応していった……その結果、俺の体は聖遺物なしで変異できるようになった。その頃には聖遺物は完全に抜け殻になってたけどね」
「それが……フィーネが聖遺物を奪っても貴方が戦えた理由ね」
緑羅は小さく頷きながら小さく息をつく。一旦話が途切れたことで響たちは落ち着いて情報を整理する。
まず、緑羅の中にはG細胞と言うすさまじい力を持った細胞がある。それは世界を一変させかねないほどの力を持っている。その細胞のおかげで緑羅は今ノイズと戦えるようになっている。
「………なんていうか、本当にすごいな……」
「ええ……これは……いくら出回っていると言っても、簡単に報告していいのか悩むわね……」
「そ、そんなにですか………?」
「ええ。ただでさえ放射能を喰らう……つまり、核兵器を無力化できる可能性を秘めているのに、更に今はフォニックゲインを取り込んで適応している……つまり、彼の細胞を使えば装者を一気に増やすことが可能と言う事よ……何の比喩でもなく、世界の覇権を取れる……」
「そいつは無理だよ」
翼の予想を緑羅はすぐさま否定する。翼は訝しげに首を傾げながら緑羅に視線を向ける。
「どうして?それに見合う力を持ってると思うけど……」
「単純さ。G細胞は俺以外の存在を敵とみなす。つまり、俺以外の生物が取り込んだ場合、その生物を中から攻撃するんだよ」
「な……っ!?」
「それって……お前の細胞を取り込んだら死ぬって事か!?」
クリスの言葉に緑羅は小さく口元を歪めながら肩をすくめる。
「それだったらまだマシさ……G細胞は容赦なく攻撃……いいや、対象の肉体を侵食し、そのまま作り替えていく。つまり、対象を異形の怪物に作り替えるって事だ。俺の細胞の能力そのままの……化け物をな」
その言葉に3人は大きく目を見開き、顔を引きつらせる。そうなるとG細胞が出回っていると言うのは一気に意味合いが変わってくる。世界の覇権争いではない。怪物が世界中に出現すると言う事だ。
「そ、そんな……」
「マジかよ………そんな事が………」
「だからあなたは頑なに血を焼いたりしてたのね……少しでもその可能性を潰すために」
「ああ……あいにく、世界のために死ぬなんてのはごめんだからさ……それに、血や死体は残るからな。それを喰われたらアウト。生きるしかないのよ」
だが、そこで不意にクリスが疑問の声を上げる。
「あれ?でも、細胞を取り込んだらダメなら………唾液とか……ほかにもいろいろなものもダメなんじゃ……?」
「ああ、それは俺も思ったから、ここまでの時間で色々と実験した。その結果……唾液や涙、鼻水、糞尿、あと髪の毛もまあ……最近試したら大丈夫だった。アウトなのは俺の肉片と血。この二つの内どちらかを取り込まない限り大丈夫。と言うか、もしもそうだったら今頃世界はノイズ所じゃないよ」
割と最近まで自分たちの世界は化け物の危険にさらされていたという事実に響たちはそろって顔を引きつらせる。
「だからこそ、一刻も早く見つけ出し、焼き払う必要がある。最悪の事態になる前に何とかする必要がある」
緑羅はそう言い小さく唸り声を上げる。だが、響は少し心配そうにだがそれと同時に何かを期待するように口を開く。
「で、でもさ……そんなにすごい細胞ならさ……使い方によっては、誰かを助ける事もできるんじゃない……?それにもしかしたらその細胞をどうにかできる方法も見つかるかも……」
響は戸惑いながらもそう言うが、向けられた緑羅の目を見て、言葉を詰まらせる。
緑羅は寂しそうで、悲しそうで、だがそうだよなぁ、と言うような目をしている。
その目に響たちが息をのんでいると、
「…………響。人が最も道を踏み外す理由は何だと思う?」
「え?」
「正解はね………正義のためや、誰かのため……だよ」
その言葉に響はぽかんと口を半開きにする。対し、翼は小さく目を伏せ、クリスも小さく顔をしかめる。知っているから。翼はそれを実行するであろう人物を。クリスは自分がそうだったから。
「正義、大儀、大勢が救われる。そう言った行動原理は免罪符となる。免罪符があると……人間の欲は一切の加減が効かない。ただひたすらに己の欲のままに暴走し続ける。ブレーキの壊れた車のようにね……」
ある人間は娘を助けると言う思いでG細胞に手を出し、結果怪獣を生み出した。他にもG細胞を何かに利用しようとして、結果道を踏み外し、怪獣を生み出した者は数知れない。そう言った者たちを緑羅は排除してきた。
緑羅は響の頭を軽くなで、
「だから響。そうならないでくれよ………常に自分のやることが本当に必要な事か、それで誰かが本当に喜ぶか考え続けろ………いいな?」
その言葉に響はあ、う、と声を詰まらせ、だが少しして、コクン、と頷く。
それを見て、緑羅は満足そうに頷くと、そのまま海に向かって踵を返して歩いていき、一度振り返ると、
「それじゃあ、皆様方、これにてひとまずのお別れだ。今度会うときは……味方であれることを……願っているよ」
芝居じみた動作で恭しく頭を下げながら告げられたその言葉に3人は目を見開く。その言葉が意味することはただ一つ。もしも自分たちが間違えれば……緑羅は容赦なく敵に回ると言う事だ。
顔を上げた緑羅は小さく笑みを浮かべると、そのまま空の彼方に視線を向ける。3人がそれにつられて顔を向ければ、そこにこちらに向かってくる小さな影が見える。
緑羅はそのまま今度こそ海に向かって歩いていくと、そのまま身を沈め、
「待ちなさい!」
その背に翼が声をかけ、緑羅はん?と首を傾げる。
「……その細胞は……いったいどこで貴方の体に入ったの?そんなものが普通に現れるわけがないわ。まさか……どこかの国の機関が作ったの?それとも、それも聖遺物のように旧文明の遺産?それに適合しているあなたは何者なの」
その問いに響たちは目を見開く。確かにそうだ。そんな細胞を持つ者が普通に生まれるわけがない。考えられる可能性はその細胞が聖遺物のようなもので、偶然それを彼が手にしたか、もしくは何者かが作り出したか……
その問いに対し、緑羅は小さく考え込むと、僅かに口角を持ち上げ、
「この世にとっての異物……そんなところかな」
それだけを言うと緑羅は今度こそ海の中に向かって進んでいく。翼達がもっと詳しく話を聞こうとするが、それを無視して緑羅は海の中に身を沈め、ゆっくりと泳ぎ去って行く。
その様子を響たちはただじっと見つめていた。
「りょ、緑羅君………」
「………なんだよ……それ……」
響とクリスは茫然とした様子で悲しそうにそう呟く。翼は小さく顔をしかめ、ため息を吐く。
その後、装者たちは無事に保護されるが、別名、ルナアタック事件の一件の後処理などが終わるまで行方不明にしておいたほうがいいと言う判断の下、彼女たちはしばらく身を隠す。そしてそれは緑羅も何となく察したのか、それともダメージを回復させるためか彼も身を隠していた。
そしてその甲斐あってか、未来に多大な心配をかけたという以外、穏便にルナアタック事件は収束し、響たちは元の生活に戻っていた。
だが、それ以降。五条緑羅の情報は途絶えてしまう………
人よ。心せよ。希望はそれを抱くものに喜びを、苦難をはねのける力を与える。絶望を照らし、人々を導く光となる。
だが、それと同時に、人を闇へと引きずり込む囁きにもなる。絶望以上に人の心を壊す時があると言う事を………
感想、評価、どんどんお願いします。
注意事項。
次章以降、人によってはかなり胸糞な展開があるかもしれません。別の路線もあったんですが、書いている内にこっちになりました。別に皆嫌いなわけじゃない。だがこうなってしまったんだ。路線変更の予定も今のところありません。なので、そう言った展開が嫌な人は今後見ないほうがいいかも……これからを読む際はこの事を十分に留意してお付き合いください。