周囲がすっかり夜の帳に満たされ、街灯もなく月明かりだけが周囲を照らす夜半時。響、翼、クリス、緑羅は沿岸沿いの打ち捨てられた廃病院の敷地内にいた。
『良いか! 今夜中に終わらせるつもりで行くぞ!』
『皆さんには明日も学校があるのに、夜半の出動を強いてしまいすみません』
「俺一人でいい、って言ったんだけどなぁ……」
「そう言うわけにはいかないでしょう。これが私達の務めなのよ」
緑羅がぼやくと、翼がそう返し、そうかい、と彼は肩をすくめる。緑羅達がここに集まったのは、あの反社会組織から得た情報からこの周辺で謎の物資の搬入があることを掴み、ここがマリアたちのアジトの可能性が高いと踏み、突入することになったからだ。
「五条。何か気配するかしら?」
翼の問いに緑羅は唸りながら建物を睨みつけ、
「………何とも言えん。入るしかないだろう」
「それじゃあ、行きましょう」
その言葉に緑羅は頷き、動こうとするが、妙な気配に目を向ける。そこでは響とクリスが驚いたように翼を見つめていた。
「?どうしたのかしら、二人とも」
「あ、いえ、その……翼さん、緑羅君の呼び方……」
「流石にいつまでもフルネームじゃ呼びにくいでしょ。おかしい事じゃないでしょ?」
「そ、それは……まあ……」
二人は困惑しながらも小さく頷き、翼は苦笑と共に肩をすくめ、緑羅は首を傾げていた。そんな事がありながらも4人は気を取り直して廃病院に突入する。
内部に入った4人は先頭緑羅、続けて響、翼、殿にクリスと言う並びで進んでいく。中は長期間放置されていたようで、寂れ、照明の類は機能しておらず、壁の塗装も至る所が剥がれてしまっており、いかにもと言った雰囲気を醸し出す。
だが、意外にもこれと言った妨害などのアクションはなく、彼らは警戒しながらも拍子抜けなほど順調に病院内を進んでいく。
それから少し、それなりに奥まで進んだ時、緑羅が不意に眉を顰めながら鼻を鳴らすと、その歩みを止める。それに気づいた響たちも歩みを止め、響が前に出て緑羅の顔を覗き込む。
「どうしたの?緑羅君」
その問いに答えず、緑羅は小さく唸りながら何度も鼻を引くつかせ、目の前の通路を睨みつけ、ちらりと後ろにも視線を向け、忌々しげに顔を歪める。
「………どうやら当たりのようだ。全員気をつけろ。何かを撒かれてる」
その言葉に響たちは一斉に息を呑む。
「撒かれてるって……それってまさか、毒の類!?」
「何なのかまでは分からないけど、確実に何かを撒かれている。みんな、体に異常は?」
「え、えっと……今のところ、何にも問題ないけど……」
「私も大丈夫よ」
「アタシもだ」
3人の返答に緑羅は首を傾げながらすぐに彼女たちの顔に視線を向ける。確かに表面上3人の顔色に変化はない。無理をしているという感じもしない。本当に問題はないようだ。
だが、ここが敵地で、そこで巻かれる得体のしれないガスか何かが無害なはずがない。自分はG細胞のおかげで問題ないだろうが、彼女たちには必ず悪影響があるはずだ。ならば……
「……3人とも、病院から出て。ここからは俺一人で行く」
だが、そんな事を彼女たちが許すわけがない。
「な、何を言ってるの緑羅君!そんなことできないよ!」
「そうよ。ここまできてそれはないでしょう」
「でも、この撒かれてるのが無害なんてのはありえないだろう。遅効性の毒かもしれないし、進んだ先で効果が出たら目も当てられないだろう?その点、俺だったら並の毒なんて効かないし、この中を平気で進める。なら俺が一人で進むのが安全じゃない?」
「それは………だけど、あいつらが来たらどうするんだよ」
「その時は壁をぶち抜いて外に脱出して、ついでにおびき出すさ。そうすれば3人も戦えるだろう?」
「それは……だけどよぉ……」
それでも緑羅を置いていくのが嫌なのか、それとも足手まといのような扱いが不満なのかクリスはしかめっ面で緑羅を睨む。
だが、緑羅としてもみすみす罠だと分かっていながら踏み込むと言う馬鹿をしたくない。何とか納得してもらおうと口を開こうとした瞬間、ピクリと眉が動き、唸りながら視線を前に向ける。
「五条?今度は何?」
「………どうやら完全にはめられたな」
緑羅が睨む通路の先から無数のノイズが続々と闇の中から姿を現してくる。
「ノイズ!」
「これは……撤退も厳しいな。後ろからも来てるぞ」
クリスの言葉に響が振り返れば、4人が通ってきた通路からもノイズの群れがゆっくりと進行してきている。
「これはもうやるしかないわね。文句はないでしょうね?五条」
「……はぁ、仕方ないか。でも、もしも異変を感じたら絶対に無理はしないでよ?」
「うん、分かってる!」
「そんじゃあやるかぁ!」
響たちは聖詠を歌い上げ、それぞれシンフォギアを纏い、緑羅もその肉体を変異させ、唸り声をあげる。
「先手はもらうぜ!」
その言葉通り、最初に動いたのはクリスだ。前に出ると両腕に巨大なガトリング砲を展開してノイズの一軍に向け、
ーBILLION MAIDENー
弾幕を解き放ち、眼前のノイズ全てを瞬く間に撃ち抜き、煤に変えてしまう。だが、まるでその分を補充するかのように新たなノイズが次々と奥から出現する。
「翼さん、このノイズ……!」
「ええ、間違いなく制御されてる。ソロモンの杖があるって事ね」
「だったらこのまま突き進むか。後ろは俺がやる。前は任せる」
そう言うと緑羅は響たちの後方に回り込むと、そのまま背後から迫るノイズたちとの距離を詰め、ガントレットを振り下ろし、ノイズを引き裂く。本当は熱線でも炎でも使いたいところだが、流石にここまでの閉鎖空間では使い勝手が悪すぎる。最悪響たちが蒸し焼きになりかねない。だから緑羅は接近戦を挑むが何の問題はない。
即座に体を反転させて尾を繰り出し、ノイズを吹き飛ばす。その隙を狙って別のノイズが襲い掛かるが、左手でつかみ上げてぐしゃりと握りつぶす。更に止まらず緑羅はノイズの一軍に飛び込み、着地と同時に一匹を踏み潰し、ぐるりと体を回転させてガントレットを薙ぎ払う。4本のブレードで瞬く間にノイズがバラバラに引き裂かれる。
歯ごたえがないなぁ、とため息交じりに考えた瞬間、
「えぇ!?」
突如として背後から響の声が上がり、緑羅は即座に振り返る。
その先では翼が蒼ノ一閃を放ち、ノイズたちをまとめて消し飛ばしていた。だが、次の瞬間、そのノイズたちの残骸が見る見るうちに再生していき、復活してしまう。
「何?」
その光景に緑羅は訝し気に顔をしかめるが、次の瞬間、勢いよく走り、再生しているノイズとの距離を詰めながら跳び蹴りを叩きこむ。
吹っ飛ばされたノイズは巻き込むように激突したノイズごと煤に変わる。再生するか、と緑羅は身構えるが、いつまで経ってもノイズは再生しない。
「再生しない……ノイズの特性じゃない?」
「じゃあ、どうなってんだよ!なんでこんなに手間取って!?」
クリスもまたノイズの駆逐に手間取っているのか息を荒げながら言う。その言葉に答えるように翼が口を開く。
「ギアの出力が落ちている……!?」
「それって………」
響がどういうことか問おうとした瞬間、緑羅は周囲を睨みながら唸り声を漏らすと、腕を振るい、
ー赫絶ー
炎の壁を自分たちを挟むように展開してノイズの進行を防ぎ、気づいた事を口にする。
「そうか………さっきまき散らされた奴だ。恐らくそれが原因だ」
「ほ、本当?」
「それ以外に何か原因が考えられるか?それが最も怪しいだろう」
「……確かにあなたの言うとおりね。完全にはめられたって事か……!」
翼は苛立たし気に唇を噛み、緑羅は唸りながら3人の様子に目を向ける。
クリスと翼は明らかに消耗が激しい。戦意は衰えていないようだが、体がついていけていない。対し響は彼女も辛そうだが、他の二人よりはまだマシそうだ。
そう判断した緑羅は素早く決断する。ガントレットを顎に帰ると通路の壁に向け、熱線を放つ。熱線は壁を軽々とぶち破り、そのまま外まで貫通。熱線を収めれば、そこには外への直通の通路が出来上がっていた。
「響!二人を連れて脱出しろ!ここからは俺一人で行く!」
「え……えぇ!?」
「ちょ、ちょっとまて緑羅!何勝手に足手まといにしてやがる!」
「そうよ!確かに出力は落ちてるけど、まだ戦えるわ!」
「アホか!連中の罠がこれだけとは限らないんだぞ!もしも聖遺物を強制的に無力化されるものが撒かれたらどうするんだ!今この中でまともに戦えるのは撒かれてるのが効いていない俺だけだ!だったらこれが最善だろうが!」
その言葉に響たちはうぐっ、と言葉に詰まる。確かに、緑羅の言う事は正論だ。だが、だからと言って納得できるものではない。
響がそれでも、と口を開こうした瞬間、緑羅が目を大きく目を見開き、振り返りながら裏拳を繰り出す。瞬間、炎の壁を突き破って何かが飛び出してくるが、緑羅の裏拳がかすり、何かを弾き飛ばす。だが、それは即座に体制を整えて天井に着地すると、再び緑羅に襲い掛かってくる。
だが、今度は響がとっさに殴りつけ、何かを炎の向こうに弾き飛ばす。
「なんだ!?」
緑羅は即座に赫絶を解除し、何かの姿を確認する。
それは黒い四足歩行の生物だった。大きさはせいぜい中型犬と小型犬の間ぐらいで、獣、と言うよりもゴリラのような態勢で、黒い皮膚はどこか金属的な光沢をもつ。トカゲのような頭部に赤い目のような物がある。
「なんだあれ!?」
クリスが立ち上がりながら構えると、緑羅は唸り声を発しながらその正体を口にする。
「この感覚………完全聖遺物か!」
その言葉に全員が目を見開いた瞬間、通路の奥からぱちぱちと拍手の音が聞こえてくる。
4人が意識を向けると、奥から白衣を着た男が現れる。その姿を見た瞬間、響が驚きの声を上げる。
「ウェル博士!?」
ウェル博士?と緑羅が翼に視線を向けると、翼はすぐに口を開く。
「この前のライブの時、立花と雪音がソロモンの杖の護送をしていたでしょ。そこに随伴していた研究員よ。米国基地襲撃の際に死亡したと……」
「どうやら、お前ら全員、あいつに騙されたみたいだな……」
緑羅が唸りながら視線を戻せば、完全聖遺物はウェルの足元にあるケージの中に入っていく。
「さすがはビーストと言ったところですか。大したカンですね。種を明かしてしまえば簡単です。あの時既にアタッシュケースにソロモンの杖は無く、コートの内側にて隠し持っていたんですよ」
「ソロモンの杖を奪うため、自分で制御し、自分に襲わせる芝居を打ったというの?」
「バビロニアの宝物庫よりノイズを呼び出し制御することを可能にするなど、この杖を置いて他にありません」
そしてウェルはソロモンの杖を取り出すとそれを使い、再び無数のノイズを生み出す。
「そしてこの杖の所有者は、今や自分こそが相応しい。そう思いませんか?」
「ッ! 思うかよッ!!」
その言葉にクリスは激昂したように吠えると、腰のアーマーを起動させ、無数のミサイルを展開する。
「ちょ、バカ!」
緑羅が慌ててクリスを抑えようとするが、ノイズはすでに彼らにとびかかってきていた。クリスは一瞬痛みをこらえるように顔をしかめるが、すぐさまミサイルを一斉掃射する。
ーMEGA DETH PARTYー
が、その瞬間、クリスの体を激痛が襲い、彼女は絶叫を上げる。しかし、放たれたミサイルはそのままノイズの群れに殺到し、吹き飛ばしていく。
だが、制御されていないミサイルはそのまま廃病院内を蹂躙し、凄まじい爆発を起こし、そのまま崩れていく。
周囲を膨大な土煙が覆うが、それを突き破る様にしてノイズの塊が飛び出してくる。それが煤となって崩れると中から杖を手にしたウェルが現れる。
その前で煙の一部が吹き飛ばされ、そこには緑羅達が立っていた。彼らも無事に脱出できたようだ。
「全く……苛立つのは分かるがもうちっと落ち着け」
ガントレットを振るい、煙を吹き飛ばした緑羅が呆れたように言うと、クリスは小さくうめき声を上げる。
「すまねぇ……クソッ……! 何でこっちがズタボロなんだよ……」
(マズイわね……今の状態で出力の大きな技を使えば、最悪の場合、そのバックファイアでシンフォギアに殺されかねない……!)
「あ、あれ!」
翼が唇を噛んでいると、響が海の方角を指さして声を上げる。全員が顔を向ければ、空に気球型のノイズが浮かんでおり、ここから離れていく。
「あいつ、あのケージをもってやがる!」
その言葉通り、ノイズには先ほどのケージがぶら下がっている。そうしている間にも、ノイズはどんどん離れていき、最終的には沖の向こう側に行ってしまうだろう。
「響!あの男を!」
「!う、うん!」
緑羅の言葉に響は慌てて頷くと、ノイズの行方を見送っていたウェルを即座に取り押さえる。勿論ソロモンの杖は取り上げてだ。
その隙に緑羅はガントレットを変形、巨大なライフルを生み出すとそれを構える。
「五条!私があれを回収する!撃ち落とすのはお願い!」
「っ………!
緑羅はおもわずすっときょんな声を上げそうになったが、ぐっとこらえる。本当ならノイズもろとも吹き飛ばしてやりたいが、正体が分からない以上、それが逆効果になることもある。ぐっと我慢しながらスコープを覗き込み、
「そうは言うが……大丈夫なのか?風鳴」
「走る分には問題ないわ」
「………分かった。ここは大丈夫みたいだし、任せる」
そう言うと緑羅は狙いを定め、翼はノイズ目掛けて付近の建設途中の橋目掛けて駆け出す。そのスピードはかなりの物で、見る見るうちにノイズとの距離が縮まっていく。
緑羅はスコープを除きながら唸る。すでに照準はノイズを捉え、チャージも終えている。
そして、翼が橋の先端からノイズ目掛けて勢いよく跳躍した瞬間、
「そこ」
ライフルから熱線が放たれる。それは狙いたがわずノイズを撃ち抜き、一瞬で焼き尽くす。ノイズがいなくなったことで、ケージはそのまま海に向かって真っ逆さまに落ちていく。それを確認した緑羅はソロモンの杖を持ったクリスとウェルを担ぎ、響と共に橋に向かって走り出す。
翼は脚部のから炎を噴き出し、それで加速して一気にケージとの距離を詰め、ケージに手を伸ばす。
その手がケージに触れようと言う瞬間、その真上から何かが凄まじいスピードで落下してくる。翼はそれに気づき、とっさに体を捻って直撃を回避するが、避け切れず、掠めた事でその身体は弾き飛ばされ、海面に叩きつけられる。
落下物はそのまま海面すれすれのところで浮遊し、その先端に何者かが着地し、ケージを確保する。
橋の先端からその姿を見て、緑羅は唸る。
「マリア・カデンツァヴナ・イヴ……!」
「時間通りですよ、フィーネ」
「「「ッ!?」」」
だが、担がれたウェルの言葉に3人は目を見開いて彼に視線を向ける。
「フィーネだと?」
「終わりを意味する名は我々組織の象徴であり、彼女の二つ名でもある」
「そんな……じゃあ、マリアさんが……ッ!?」
「新たに目覚めし、再誕したフィーネです」
その言葉に緑羅はゆっくりと朝焼けの中に立つマリアを睨み、マリアもまたその視線を真っ向から睨み返す。