陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十四章・第二節〕

 それから幾日と経たずに、僕らは中嶋さんから呼ばれ、サルベージ業者が作業に着手したことを聞かされた。

僕は(何を勘違いしたものか)もっと平静に受け止められる様な気になっていたのだが、いざそれを聞かされると、まるで空中から酸素が消え失せてしまったかのように呼吸困難になってしまう。もしも、むっちゃんが横に居てくれなかったら、本当に窒息して倒れてしまったかも知れない。

そんなわけで、毎度の如く、彼女のおかげでなんとかその場を乗り切ることができたのだが、さすがに今回ばかりは少し様子が違ったのもまた事実だ。僕の息が止まってそのまま死にそうになったその時、むっちゃんが手をとってギュッと握ってくれたので息を吹き返したのだが、はっと気が付くと、彼女の手は僕の手を痛いほど握りしめていた。

(むっちゃん……)

自分のことで一杯いっぱいになっていたために、異変に気付くのがすっかり遅れてしまったが、彼女もまた、歯を食いしばって体が震え出しそうなのを耐えていた。それを見た瞬間、僕の腕に力が戻ってくるのをはっきり感じ、その力を込めて強く握り返すと、彼女の口元からスッと力が抜けるのがわかる。こちらをそっと振り返ってくれたむっちゃんと視線が絡み合い、見詰め合った僕らは、改めて互いの瞳の奥の光を確認し合うと、まだこうして支えあっていられることを知ってほっとする。

(傍にいてくれて、ほんとにありがとう)

(あたしもよ、仁がいてくれることがこんなに大切だなんて……)

何も口にしなくても、眼だけで語り合うことが出来るのだとはじめて実感した僕は、どうにか落ち着きを取り戻し、改めて副長に向き直るが、その姿はまるで、後悔や自責の様な感情が重たく沈澱し続けた末に出来上がった石像のようで、強く胸をつかれる。

「あ、あの――、すみません本当に」

「あたし達のために、心労をお掛けしてしまって」

思わず発した言葉の後を、まるで示し合わせたかのように彼女が続けてくれる。だが、そんな僕らの振る舞いは、ますます中嶋さんの心に重石を載せてしまっただけの様で、いかにも暗く沈んだ様子で口を開く。

「お二人が詫びることなど、何もありません。ですが、もし防衛官としてではなく私個人としての希望を聞いて頂けるのであれば、あなた達に伝えたいことはあります」

「どんなことでしょう?」

「もう一度だけ、あなた達にとって一番大切なことは何かと言うことを考えてみてください。私の希望があるとすれば、今はただそれだけです」

そう(とてもサラリと)言い残すと、副長はさっと席を立ち、短く一礼して退室してしまった。残された僕らも、いつまでもそうしているわけにも行かず、少し間をおいて退室する。

そのまま戸外に出た僕らは、ここが隊の敷地内であることも忘れて手を繋ぐ。もっとも、ちゃんと分かっていても同じだったかも知れない。僕とむっちゃんは、とにかく互いに触れ合わずには居られなかったのだ。

「仁?」

「なに?」

「あたし達が決めたこと、間違ってるのかしら……」

憂いの籠った眼差しで見つめるのはやっぱり海だ。海を見詰める時の彼女はいつも憂いを湛えているし、瞳の奥に秘めている哀しみの色が顔を出す。

(それでも僕は、君をその哀しみから解き放ちたいんだ――。何度考えても、それが僕の一番の望みなんだ)

「間違ってるかどうか僕にはわからないし、きっと誰にも本当の事なんて分からないと思うよ――。でも、一つだけはっきり言えるのは、むっちゃんが救われることを僕は願ってるし、そのために船体を引き揚げるより他には方法が無いんだったら、君が嫌だと言わない限り、僕は誰に反対されてもそうするつもりだってことかな」

何故こんなにも素直になれるんだろうという位、むっちゃんには(普段なら小恥ずかしくて絶対に言えないようなことも)ありのままを口にすることが出来る。言わずと知れた小心者の僕が、どうしたらこんなにも思い切ったことが言えるのか、不思議に感じるほどにだ。

その証拠に、実は言ってしまった直後から、僕はどんなリアクションが返ってくるのかと俄かに緊張しはじめていた。しばらくの間、全く無反応のまま海を見詰め続けている彼女を横目に見ながら、一生懸命に平静を装い続けていたが、やがて繋いだ手にぐっと力が籠められ、彼女がすっと肩を寄せてくる。

「あ――」

顔が軽く僕の肩に寄せられるとともに、彼女が自然に体を預けてくる。

「仁がそう願ってくれる限り、あたしはそれに応えたいわ――、仁の願いを叶えられるならそうしたい――。こうしていつまでも一緒に居たい――、その気持ちを我慢するだけの、値打ちがあることだと思ってるの」

彼女の言葉は、胸の奥深くにまで沁み込んできて、そこに染み付いていた怯えを流し去っていく。幾ら偉そうに言ってみたところで、結局僕は、心のどこかで間違いを犯してしまったのではないかという不安を抱えていたことに、今更気づかされる。まるで、そっと包み込む様に僕を支えてくれている彼女の存在を思うだけで、思わず涙が溢れてきそうになるが、なんとかギリギリのところで踏みとどまった。

「あらあら、ちゃんと我慢できたのね、あたしの可愛い泣き虫さんは♪」

むっちゃんに僕の心の動きも何もかも筒抜けになってしまうことは、最早事実として受け入れるしかなくなっていた。

「だ、だって、ここは泣くとこじゃないからだよ」

「そうよ、ここは優しく抱き締めてくれてもいいところじゃないかしら?」

そう言ってくれる彼女のその声に、喜びや微かな甘いときめきすら覚えて向き直ったのだが、こちらを見詰めたその顔に見出したのは、たった今僕が抱いていた様な、心細さを滲ませた瞳だった。

(むっちゃん!)

激しい息苦しさを覚えた僕は、後先も考えることなくむっちゃんの肩に手を伸ばすと、彼女の手がそれを迎え入れる様に差し上げられる。実のところ、自ら女性を抱き締める事などこれが初めてだったはずなのだが、既にそんなことを落ち着いて考えられる様な状態では全くなかった。

夢中で彼女を抱き寄せ、そのまま固く抱きしめると、むっちゃんの腕が背中に巻き付けられ、その口から深い吐息が洩れる。こんな僕を――どうにも頼りなく情けない僕を、彼女は必要としてくれている。彼女に支えられているのと同時に、こんな自分ですらも、彼女の支えになっているというその震える様な自覚が、全身を支配したその瞬間だった。

「あ~、そのだな――」

「どわぁっ!」

「きゃあぁっ!」

もう絶対に心臓が破裂したものと思ったのだが、胸の真ん中あたりで、肋骨を突き破りそうな勢いで何かが激しく躍っているので、どうやら破裂まではしなかった様だ。

「お前達、ここがどこなのか判っておらん様だな?」

「ね、姉さん……」

「全く――、余り野暮はしたくないのだが、さすがにこんなところで堂々と抱擁を交わすなどとは、いささか度を越しているのではないか?」

「す、すみません――、仰るとおりです……」

実際、本当にここが何処なのかすっかり忘れていたので、反論の仕様が無い。

「注意してくれるのは良いけど、何も驚かさなくてもいいんじゃない⁉」

「何を言うか、こんなに傍まで近寄っても、全く気付く気配もなかったからではないか」

こんな何気ない会話を聞いていると、やっぱり二人は姉妹なんだなぁと感じてしまう。

「それよりも、お前達――、その様子では、気持ちは変わらんようだな」

「えっ――、長門さんがなぜ――」

「そうだわ、副長が言われたことなのに……」

「ああそうだ、副長殿がどのように言われたのかまでは具体的に知らぬが、お前達の存念を再度確認することは出来まいかと申し上げたのは私だからな」

「そうだったのね……」

「しかし何だな、結局、お前達を翻意させることは出来ぬか――。致し方ないことなのか否か……」

「お気遣いいただいて、有難うございます」

「心配させちゃってごめんね姉さん。でも――、やっぱりあたし達、気持ちは変わらないわ」

「――そうか、ならばこれ以上とやかくは言うまい。が、改めて頼んでおくぞ、もし気が変わったときには、例えどれ程切羽詰っていようが迷わず教えてくれ、忘れてくれるなよ」

「はい」

「では、戻るぞ」

それだけ言って、長門さんはくるりと背を向けて歩き始め、僕らも顔を見合わせると、その後を追いかける。でも、すぐに落ち着かない思いがしてしまい、むっちゃんの顔を見ると、彼女も全く同じように僕を見返してくる。

(むっちゃんも、同じなんだね)

(そうなの……)

再び目だけで語り合った僕達は、さすがにもう一度手を繋ぐわけにもいかなかったので、寄り添って手と手を触れ合わせることで我慢する。何故と聞かれても答えようがないのだが、いつの間にか、そうしていなければ不安になるほど僕らは離れ難くなっていた。

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