陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十五章・第三節〕

 はじめて人間の姿で経験する祭りに、艦娘達はめいめいのやり方ながら、大いにはしゃぎかつ楽しんでいる。

「うふふ、赤城ちゃんったら、さっきから食べてばっかりね♪」

「ほんとだねぇ、でも、食べてる時の赤城さん、すごくいい顔してるよね」

「全く、あれほど食い意地の張った奴だとは、さすがに思いもよらんかったぞ」

「それでも、姉さんは食べなさすぎよ?」

「――いや、正直に言うとだな、苦しくて何か喰らおうと云う気が起こらんのだ」

長門は、骨格がほぼ同じ陸奥に比べるとかなり筋肉質で引き締まった体型なのだが、一体何者の気まぐれなのか、胸の大きさに限っては高雄と同じほどもあるため、かなり胸周りを締め付けたり、帯の下に何かを入れたりしているようだ。そのせいか、長門だけでなく高雄や蒼龍、加賀らはあまり食欲が無さそうで、もともと健啖家である赤城の食べっぷりが、ますます際立っている。

「それにしても、加賀殿はいつにもましてつまらなそうに見受けられますの♪」

「仕方ないわね、食べたいものもろくに食べられないし、副長も来られないんじゃ、ちょっとねぇ」

中嶋は祭りの主催側の一員でもあるため、艦娘達に付き添う事が出来ないとの事で、篠木がわざわざ来てくれたのはその所為もある様だ。とは言え、彼が渋々引き受けた様には全く見えない。先程来、その表情は緩みっ放しで、とにかく、暇さえあれば妙高の顔ばかり見ており、しばしば元気にはしゃぐ飛龍らにそれを突っ込まれている。

「篠木艦長、ほんのちょっとだけでも、妙高ちゃんと二人きりになりたいんでしょうね」

「でも、なんだか妙高さんの方は、それほど浮かれてそうな感じでもないんだねぇ」

「そうなのよ、妙高ちゃんには余裕があるのよ♪」

「え、そうなの? やっぱり妙高さんって、ちょっと物言いはキツイけど落ち着いてるって言うのかなぁ~、そういう感じだから?」

「ほほ、まぁ、そう言うことにしておきましょうぞ♪」

「へ?」

「まぁ仁よ、その位にしておけ」

「はぁ……」

不得要領な顔をする仁だが、如何に彼とは言え、何もかもべらべらと喋ってしまうわけにもいかないだろう。

(でも、そのうち仁も分かるようになるわよね……)

西田は、どうやら本気で彼を防衛隊に迎え入れたいと考えているようだし、何より艦娘達から最も信頼が篤い人間と言う意味では、仁は中嶋(及び斑駒)と甲乙つけ難い。

(あたしがいなくなっても、仁は皆と一緒に居てくれるのよね?)

そう思うと、急に寂しさが込み上げてきた陸奥は、彼にくっついてその瞳を見詰める。

(どうしたの、むっちゃん?)

陸奥の瞳の奥に訴えかける様な色合いを見てとり、仁は無言のまま目で話し掛ける。

(何でもないの、ただ、もっと仁とこうしていたいだけよ)

互いに言葉を交わさず、目だけで意思を通じあった二人は、あまり露骨になり過ぎないぎりぎりまで寄り添い、楽しそうな艦娘達を眺める。

人間そっくりな姿となって、嘗ての仲間たちと再会した陸奥と彼女達は、言葉だけでは表現し尽くせない広い世界を知り、同時に仁と人間達は、彼女達を知ることによって、自分自身とその未来とを見つめなおす強い刺激をうけた。

そして、どの様な運命の悪戯なのか、或いは篠木の言う様な奇跡と呼ぶのが相応しいのか、何と表現するのかには関わりなく二人は出会い、やがて、互いのことを何よりも大切だと思えるようになった。その互いを想う気持ちを素直に表現した結果が、船体引き揚げへの同意であり、それこそ、二人にとって最良の決断だと信じていたのだが、その気持ちは今二人の中で揺らぎつつある。

(あたしは、そう信じてたの、仁と一緒に決めたんだから……)

(僕だって同じだよ……)

にもかかわらず、その想いが通じあうほど、傍に居たい、傍に居て欲しいという願いにそのまま繋がっていくのを、二人はひしひしと感じている。

仁をもっと知りたい、自分の出来ることで彼に応えたいという陸奥の願いは、無事に叶えられた。自らの腕の中で涙を流す彼を抱き締めた時、陸奥はこの上も無い幸福を感じたし、仁もまたそのことで、永遠に喪ってしまったと思っていた幸福に、再び触れることが出来たのは言うまでもない。

二人が求めていた以上のものを互いに得ることが出来た今、満ち足りた思いを抱いて、天に召される瞬間を迎えてもおかしくないはずなのに……。

 

「あっ」

 

「花火……」

 

その時頭上に大輪の花が咲き、しばし二人はそれを見上げる。

「綺麗ね……」

「ほんとだねぇ」

「……」

「……」

 

「――あ、あらっ?」

「あ――、またやっちゃった?」

いつの間にか仲間達はいなくなっており、彼らは二人切りだった――。いや、よく見ると、皆は少し離れたところで固まっており、ちょっとはぐれかけただけの様だ。急いで近づこうかとした時、ふと長門がこちらを振り返るが、どういうわけか、そのまま再び視線を上空に戻してしまう。

「えっ――、ひょっとして?」

「気を遣わせちゃったかしら……」

「でも、今のはそういうことだよね……」

「そうね……」

何となく戸惑ったのはわずかな間だけで、二人は皆の好意に甘えようという気分に染まる。

「海辺に行く?」

「ええ」

彼らは、警備に立っている防衛官に通行証を示し、訓練隊の敷地内に戻ると、海辺の護岸までそぞろ歩く。

「本当に、空に花が咲いたみたいだわ」

「人の眼で見るのはやっぱり違う?」

「ええ――、比べ物にならない位に綺麗なのね、すごいわ」

「すごいことだよね、ほんとに」

「奇跡?」

「うん、奇跡」

「奇跡なのね、あたし達が出会ったのも……」

「きっと、そうだよ……」

 

言葉を失った二人は、どちらからともなく指を絡め合わせる。

もし長門が傍にいたら、いい加減にしろと窘められたか、或いはため息を一つ吐いて、見て見ぬ振りをしてくれただろうか。

そのまま彼らは、時折響き渡る火薬の弾ける轟音と、風に乗って辺りに揺蕩う人熱れとざわめき、それに微かな波音に包み込まれながら、浮かんでは消える夜空の花園を、魅入られたかの如く眺め続ける。

やがて、互いの掌に汗が滲むのを感じるが、それはますます二人の距離を狭めただけだった。

そしてついに、ぴたりと寄せ合った部分の全てに汗の湿りを感じ取った彼らは、

その正体がただの暑気からくるものなのか、

それとも、もっと違う種類の抑えがたい感情の発露なのかを確かめずにはいられなくなり、

飛び散る火花の饗宴から視線を外し、

遠い昔からその様に運命づけられていたかのように、お互いの瞳の奥を覗きこむ。

 

「仁――」

 

「むっちゃん――」

 

同時に名を口にした二人は、口を噤んで視線を絡ませ合う。

(同じことを考えてるのね?)

(むっちゃんもそうなの?)

(そうよ、仁と同じよ――、同じ気持ちなの)

 

 

「むっちゃん、僕は――」

 

「仁、あたしもね――」

 

「君とこのまま――」

 

「ずっと仁と――」

 

その時、ひときわ大きな轟音が響き渡り、夜空一面に光の花が咲き乱れる。

明滅する閃光に照らし出された、二人の姿だけが世界の全てになり、

それ以外は曖昧な光と闇とに飲み込まれ、生きとし生けるものは遍く滅び去る。

今や、最後の命あるものとなった彼らは、

広大無辺の宇宙に遺された唯一の存在であることを知り、しっかりと互いの手を握り締める。

それでも、この死に絶えた世界の中で二人を繋ぎ止めるものが、

かたく握り合わされた手と手だけであることに心許なさを覚えた彼らは、

更に繋がりを求めて身を寄せ合う。

やがて、触れ合った胸から互いの鼓動を感じ取れるようになると、

その響きが一層二人を繋がりたいという欲望に駆りたて、

微かに開かれた柔らかな唇に触れたいという衝動を抑えられなくなる。

そのまま陸奥と仁は、世界を支配する四つの力とはまた異なる力によって引き付けあい、

しっかりと重なり合う筈であったが、

唐突に閃光と轟音が消え去り、

互いの顔が闇の中に沈む。

 

 

「あっ……」

 

 

「あっ……」

 

 

再び同時に小さな嘆声を発した彼らは、

気が付くと生命の躍動する惑星の上に舞い戻っており、

薄暗がりの中から、少しずつお互いの姿が浮かび上がってくるのを茫然と眺めていた。

 

「仁――あたし、その……」

 

「う、うん……」

 

興奮の残り香と、其処から来る照れ臭さや名残惜しさの入り混じった感情を持て余した二人は、暫くの間言葉も無く立ち尽くし続ける。

 

「あ、あの――、は、花火終わったのかな……」

 

「そう――、そうみたいね……」

 

「むっちゃん――その……」

 

「――姉さんに、また叱られちゃうわね」

「そうだね……」

 

だが、その光景を離れて見詰めていたのは、長門の穏やかな眼差しだけではなかった。

焼けつくような憎悪に満ち満ちた二つの瞳が、蛇神の如く忌まわしい光を湛えて煌いていた。

 

「すっかり遅くなっちゃったねぇ」

「でも、楽しかったぁ!」

「お祭りって良いものね、何だか、すごくいつもと違う感じがするわよね」

「まこと左様にござりますのぉ、あれこそ正にハレの場というものにございますな」

興奮冷めやらぬ態で最寄りの駅を降りた一行は、蒸し暑さの残る中を家路につく。

「でもやっぱり暑ぅい~」

「そうだねぇ、今日はちょっと蒸すね」

「あのねぇ仁、子の日、ちょっとアイスクリーム食べたいの」

珍しく、彼女が小さなわがままを言うが、もちろんそれがなぜなのかは想像がついた。楽しい時間が終わってしまった後で、最後の別れまでもう幾許もないという現実が戻ってきてしまったがために、何となく甘えたくなったのだろう。それが分かっているのか、こんな時には必ず叱声を発する初春も、何も言わずに黙っている。

「仕方ないなぁ~、じゃあ、ちょっとそこのコンビニに寄って行こうかぁ」

「えへへぇ、ありがとうね仁♪」

「仁殿、まことに相済みませぬ」

そんな何気ない瞬間に葉月が声をあげたことに、仁も陸奥も、全く何の疑問や不自然を感じなかった。

「じゃあ、先に帰ってお風呂沸かしとくわね! むっちゃん行きましょ⁉」

「そうね、じゃあ仁、二人をお願いね」

「うん、それじゃあ、すぐに帰るからね」

そう言って手を振り、コンビニに向かう仁らを軽く見送った陸奥と葉月は、踵を返して坂を上り始めた。

そして仁もまた、何の衒いも無く二人に背を向けると、子の日の手を引いて足早に歩きはじめる。

初春だけがいささかもの思わしげに振り返ったが、束の間逡巡した後、小さくかぶりを振ると仁の後を追う。

後に残されたのは、遠い鉄路の響きと微かな街の雑踏の余韻、それに残暑の気配を濃厚に帯びた、纏わりつく様な淀んだ空気だけだった。

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