陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第二章・第七節〕

 陸奥と葉月が賑やかに出掛けた後で一人になった仁は、かなり真面目にネットと格闘した。

最初の内は思い付く限りの雑多なキーワードで手当たり次第に検索して見たが、じきにそのやり方では効率が悪い事に気が付き、情報を一つ一つ丹念に洗いながらキーワードの組み合わせを工夫するなど徐々に的を絞る方針に転換する。

集中力を維持するのは並大抵ではなかったが、時には寄り道しながらも格闘している内に、何となくではあるが何を探せば良いのか少しずつ分かって来た。

もしも陸奥の様な女性達があちこちの海中から姿を現して『私は帝国海軍の軍艦○○です』等と手当たり次第に近くにいる人を捉まえて話し掛けたりしていたら、それこそ大騒ぎになっている筈で、こんな風に調べる必要なぞ無いだろう。

が、世間もネットも特に普段と変わった様子も無く、関連のありそうなキーワードで引っ掛かって来るのは趣味性の濃いサイトやスレの書き込みばかりで、目ぼしいリアルタイムな話題は転がっていなさそうである。

 

(何の切っ掛けも無く、現れる訳じゃ無いって事だよな)

 

だからと言って、そう都合良く彼女達が沈んでいる所で自分の様に海に落ちる者がいるだろうか?

そう言ってしまえば確かにその通りだが、何よりそれで終わってしまえば彼はまた陸奥のあの深い哀しみを湛えた寂し気な瞳を目の当たりにしなければならない。

 

(それを何とかする筈だったろ!)

 

とにかく海に落ちなくても良いので、彼女達が助けたくなる様な事が沈没地点の近くで起きなければ出現しないのだろう。

しかも状況から推測するに、それが起きていたとしてもごく最近の事で情報は全く拡散していないと考えるしかない。

 

(当事者そのものを探すしか無いのか……)

 

午後もだんだん遅くなって来た頃、彼は専らこの当事者探しに没頭していた。

日本近海での沈没は大戦後期から末期に集中していたが、近海過ぎると戦後に引き揚げられている場合が多く、大型艦程その傾向が強い。

陸奥と同じ戦艦クラスでまだ日本近海に沈没しているのは九州南西の大和位だが、その方面なり大和なりに関わる情報は皆無で、どうやら彼女はまだ海底に眠っていると見たほうが良さそうだ。

そんな訳で彼は次第に艦種や大きさを限定せず戦史に沿って調査の範囲を広げて行き、ついに手掛かりを発見したのは夕暮れが迫る頃合いだった。

 

「只今~あ~疲れたー」

「只今仁! スゴい物食べたのよ⁉ とっても幸せ♪」

 

出掛ける時には気が付かなかったが陸奥は鮮やかな水色の上衣に砂色のパンツ姿で、弾ける様な笑顔と相まったその可愛さに思わず目を細めたくなる。

 

「そんなに、感動する様なご飯だった?」

「ご飯もだけどその後で食べたのがね⁉ もう信じられない位美味しくて――」

 

そう言って、彼女はうっとりした表情で余韻に耽ってしまう。

 

「?」

「プリンパフェよ!」

「あぁ、あの店の――」

 

それは彼も何度となく連れて行かれた事のある葉月ご贔屓の店で、しかもそのメニューは彼女のイチオシの筈だ。

彼女が陸奥に対してとても好意的に接してくれているのは素直に嬉しい。

嬉しいのだが、少々寂しい様な残念な様な気持ちが無い訳ではない。

 

(正直、一緒に食べたかったな)

 

甘味やスイーツを特に好きなのではないが、陸奥が蕩ける様な表情で舌鼓を打つ姿を見られ無かったはやはり残念としか言い様が無いだけだ。

僅か二日しか経っていないにも関わらず、何時の間にか彼女が喜んだり悲しんだりする度に一緒になって一喜一憂するのが当たり前になってしまっているのだが、それをまだ彼は全く自覚していない。

 

「さぁ、晩御飯の支度よ! 下僕は働く準備は出来てるんでしょうね?」

「まぁ、覚悟はしてたけどね」

 

葉月の居丈高な言い草は全く普段通りなので殊更に騒ぐ気もないが、ちゃんと陸奥が気にしてくれる。

 

「あたしが手伝ったら何とかならない?」

「葉月は人使い荒いから、やめといた方が良いよ?」

「人聞きの悪い事言わないでくれる⁉ 下働きは下僕にやらせるから、むっちゃんにはわたしが直接手解きしてあげるわ」

「葉月に教わったらあたしも料理出来る様になるの?」

「当たり前じゃない! むっちゃんきっと上手になるわよ」

 

仲の良さそうな二人を見ていると仁は自然にウキウキし始め、命じられもしないのに軽い鼻歌交じりで鍋に水を張って火に掛ける。

そんな風に嬉々として働く下僕の様子を不審に感じた葉月も、陸奥が『怪しげな下心を持った胡散臭い女』では無いと確信が持てる位に打ち解けて少々気が緩んでいるのか、

「そんなに楽しみなんだったら、別に毎週作ってあげても良いのよ?」

と、相当勘違いしたデレ発言をする始末だった。

 

「たまに食べるから、良いんじゃないか~」

 

一応これは嘘ではない。

 

「あらそう言うものなの? 美味しい料理なら何時でも食べたいものじゃないの?」

「むっちゃんもその内だんだん分かってくるよ」

「そうよ、仁は毎日ご飯作って欲しいんだけど、そう素直に言うのがちょっと照れ臭いだけなのよ♪」

 

「……そ、そうだったのね? あ、あたし、気が付かなかったわ!」

 

彼女も少しずつスルーが上手くなって来たなと下らない事に感慨を覚えつつ、彼は心の中で半ば諦めの溜め息を吐く。

残念なことに葉月は不屈の闘志とスタミナを備えた屈強の戦士であり、凡庸な青年である仁の戦意は日一日と削られていく。

詰まるところこの闘いは、何時の日か葉月の勝利に終わるのだろうか?

その暗い予感を、暫くの間は目の前の馬鈴薯にぶつけるしかなかった。

 

 そして大変悔しい事だが、やはり葉月のオムカレーは絶品そのものだった。

だが、陸奥が連発する「美味しい!」「凄い!」と言う心からの賛辞に葉月も上機嫌で応じるなど夕食の食卓はとても和やかで、味覚だけでなく様々な幸福感に満ち溢れており、僅かに感じた悔しさなど微塵に消し飛んでしまう。

彼はもう少しだけこの幸福に浸ってから、頃合いを見計らって徐に口を開いた。

 

「あのさ、調べて見たんだけど――」

「何? ひょっとして何か見つけたの?」

「うん、多分見つかったと思う」

「なあに、何が見つかったの?」

「PC見ながらの方が良いのかしら?」

「ウン、その方が良いね」

「じゃあささっと片付けちゃいましょ!」

 

そう言うと葉月は陸奥を伴ってテキパキと食膳を片付け始め、仁も一緒に立ち働く。

手を洗ってから居間に行くと、既に二人はPCを両側から挟んで待ち兼ねた様に膝を乗り出していた。

 

「ソースはどこ? ウィスパー?」

「うん、それがNチャンに引かれてたんだ、こんなスレあるの知らなかったけど」

「??」

「ネットの中にある独り言を囁く場所や掲示板でね、皆が思い思いに色々な情報や単なる雑談を書き込んだりする場所だよ」

「ふうん……でもそこに書いてある事って、本当なのかどうかどうやって判るの?」

「むっちゃん鋭いわね~、それに気を付けなきゃネットに溢れる情報の活用なんて出来ないのよ」

「誰も保証してくれないからね、自己責任でどうぞって事かな~」

「何だか便利なのか不便なのか判らないものねぇ、ネットって」

「で、何を見つけたのよ?」

「これだよ――」

 

「K水産高校の生徒? 実習船××丸で実習航海に出て――操舵不能に――女が現れたですって⁉ 何よ! 思わせ振りなんか言ってこれガチじゃない!」

「凄い、本当だわ――船を牽引してくれて――三崎にって! 仁!」

「でも海上警備庁が来たってなってるわね~、連れてっちゃったって事なのかしら?」

「細かく書いて無いからよく分から無いけど、そういう事見たいだね」

「で――海上防衛隊の訓練隊? どこ?」

「うん、これが地図だよ」

「あ~半島の西側にあるのね」

「まぁ、あく迄も警備官達がそう言ってるのを耳に挟んだだけって事だからねぇ」

「えーっと――何これ、画像あるじゃない!」

「どうもこっそり撮ったヤツをアップした見たいだねぇ。絶対口外しない様にって言われた感じなのにこんなの良く上げるよねぇ」

「さすがに小さいわねぇ――あっでも、ちょっと可愛い感じに見えない?」

 

「あ……」

 

「むっちゃん、何かわかるの?」

 

「……不思議だわ――なぜ判るのかしら……」

 

「彼女が誰だか、分かるんだね?」

 

「……ええ……でも、只判るとしか言い様が無いのよ。だから何の証拠も無いけど」

「うふふ、むっちゃん見たいにって事?」

 

葉月が揶揄う様に言って笑い掛けると陸奥も破顔して、

「あら、やぁね♪ 葉月ったら――。あのね、その娘は多分龍田ちゃんだと思うわ」

「龍田って、軽巡洋艦龍田のこと?」

「それは欧米式の言い方だよね、帝国海軍では二等巡洋艦だよ」

「そうよ仁! 彼女は二等巡洋艦龍田よ! あたしの勘違いで無ければね」

「仁、何時の話なのよこれ?」

「元のウィスプが書き込まれたのは3日前だね」

「良く引っ掛かったわねぇ」

「確かにもうウィスプは削除されちゃってるし、偶然っちゃ偶然だったろうね。とにかく3、4日前の出来事見たいだよ?」

「どうしよう仁……あたしドキドキして来ちゃった」

「やったわねむっちゃん! 一人じゃ無かったのよ!」

「ああっもうっ、ええっと――、どうしたら良いの? 落ち着かなくて身体中がムズムズする見たいだわ」

「気持ちは分かるけど、とにかく明日にならないと多分何も出来ないよ? だから今日の処は一先ず落ち着こう。一度見つかったんだしそう簡単に逃げてったりはしないよ」

「何よ、下僕のクセに随分サバけた事言うじゃない?」

「僕が一緒に右往左往したらまた葉月が叱るだけだろ!」

「そんなとこだけは教育効果高いのねぇ~、もうちょっと他の事も学んでくれないかしら?」

「はい、努力します」

「うわムカつく……」

「んふふふふふっ♪ 二人とも有難う、ちょっと落ち着いたわ」

「ちゃんと明日まで待てそう?」

「ええ、海の底でずっと上を見上げてた事を考えたら一晩なんてそれこそ一瞬よね」

 

彼女は何気なく口にしたのだが、仁と葉月はちょっとシンミリしてしまう。

 

「……でもまさかこんなに早く見つかるなんて……。仁も葉月も本当に有難う、最初に出会ったのが二人で本当に良かったわ」

「何だか照れ臭いわねぇ~、でもお礼はまだ早いんじゃない?」

「そうだよむっちゃん、まだ始まったばかりだよ?」

「そうか――そうよね、まだちゃんと会えた訳でも無いのにちょっと気が早かったかしら? じゃあ今のお礼は取り消し!」

「うわ、ひっど!」

「むっちゃん、それ大概だよね♪」

「あら、そうだった? じゃあ取り消しの取り消しよ!」

三人は心の底から笑った。

 

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