陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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第三章
〔第三章・第一節〕


 朝食を食べ終えると三人は俄かに緊張し始め、急に口数が少なくなってしまう。

仁と葉月は、防衛隊に連絡したからと言って彼らがそう易々と事実を認めるとは考え難いと推測していた。

そもそも簡単に認める様な話であれば龍田を保護した時点で公表していてもおかしくないという理屈であり、それは陸奥にも理解出来る。

昔の海軍にしても、事実をそのまま公表したりはしていなかったではないか。

 

「でも、何て切り出したら良いのかしらねぇ」

 

居間に場所を移すなり、沈黙に堪え切れなくなった様に葉月が口を開く。

 

「ストレートに話しちゃダメかなぁ? ネットの書き込みを見て電話したって」

「それでどうするのよ?」

「もちろん、艦隊の仲間に会いたがっている女性がいます! って言うんだよ、これもストレートにね」

「あんたな~んにも考えて無いのねぇ――、それで上手くいくと思ってる?」

「だからって、まことしやかな嘘吐いたって上手くいく保証なんて何も無いだろ? だったら辻褄合わせしたりとかしなくて済む分リスクは少ない様な気がするけどなぁ」

「ふ~ん、まぁ仁にしては一応筋が通ってるわね。むっちゃんはどう思う?」

「筋が通ってるとかどうとかはまだ良く判らないわ……でも、もしもあたしが上手にウソを吐けって言われたらきちんと出来る自信は無いわね」

「まぁそれはそうよね~、むっちゃんに上手く口裏合わせしろって言うのは些か酷な気がするわねぇ」

「葉月だってそう思うだろ?」

「そう思わないでも無い程度の話よ! 偶に良い事言ったからって調子に乗るとまた痛い目に遭うわよ⁉」

 

「……」

 

「ねぇ、仁はひょっとして葉月に虐められてるの?」

「むっちゃんにもそう見えるよね?」

「何言ってるのよ! 傍目にそう見えてもちゃんと愛があるのは虐めとは言わないのよ⁉」

「そっか――、愛してるからなのね……」

 

何気なく陸奥がそう口にした途端、彼女は完熟トマトにでもなったかの様に真っ赤になる。

 

「む、む、むっちゃん! トンでもない誤解よ⁉ わ、わたしは仁の、ほ、保護者なんだから!」

「あらあら、ゴメンね葉月、あたしの誤解だったのね」

「そ、そうよ! 本当よ⁉ ま、まぁむっちゃんが誤解するのも、し、仕方ないけどね!」

 

陸奥は慌てふためく彼女を見ながらちらと仁の顔を見たが、彼は少し苦笑して見せると何かを取りに行く様子で立ち上がった。

 

「何を持ってくるの?」

「固定電話だよ」

「電話が何種類もあるのねぇ」

「そんなには無いよ♪ 線が繋がってるのと繋がって無いのの二種類位だね。厳密には違うんだろうけどさ」

 

そう言いながら彼は居間の隅からFAX付き電話(なのだが陸奥にはまだ理解出来ない)を取って来るとテーブルの上にのせる。

葉月がホッと溜め息を吐くのを横目で見ながら陸奥は、

(やっぱり、仁は優しいのね♪)

と改めて思う。

 

「どうする? 取り敢えず9時位迄待つ?」

「そうねぇ~」

 

仁と葉月が居間の壁に掛かった時計を同時に見上げたので、陸奥も一緒にそれを見上げる。

 

「あと30分近くあるわねぇ」

「そう思ったら何だか胸が苦しくなって来たわ」

「まぁ営業時間9時からとか書いてある訳じゃないし、電話して見ようか」

「そうしましょ! むっちゃんが緊張で倒れちゃってからじゃ遅いものね♪」

「二人とも有難う♪」

「じゃあ架けるよ?」

「ハンズフリーにしなさいよ!」

「いや分かってるからさ」

 

どういう意味なのだろうかと陸奥がぼんやりと思っている間に、彼の指が素早く数字の書かれた鍵盤の上を走り、間もなく目の前に置かれたその電話機から何やら変わった音が鳴り始める。

 

「なあに?」

「今相手を呼び出してるのよ」

「ふぅーん」

 

その呼び出し音は結局4回しか鳴らなかったのに、それを待つ三人にとってはまるで永劫の半分程にも感じられる位長い長い時間だった。

 

だから電話機から「はい、海上防衛隊横須賀訓練隊ですが」という声が聞こえた時、それは最後の審判を告げる鐘の様に響き渡り、三人とも同時にビクッと反応してしまう。

とは言えそれも一瞬の事で、仁はちらりと陸奥と葉月の顔を一瞥すると、幾らか緊張気味だがそれでも落ち着いた声で話し始めた。

 

「突然お電話して済みません、私、渡来と申します。少々お尋ねしたい事があるのですが宜しいでしょうか?」

「はい渡来さん、どう言った事でしょうか?」

「実はネットを見て知ったんですが、今から4日程前に海上警備庁の方達に連れられて、自分を旧海軍の二等巡洋艦龍田だと名乗る女性がそちらに行かれたと思います。そちらで保護しておられるのではありませんか?」

「少々、お待ち下さい――」

 

電話は保留メロディーに切り替わってしまう。

 

「間違い無さそうね」

「うん、でもひょっとするともう他の基地に移されてるって事はあるかも知れないね」

「今ので何か判っちゃったの?」

「いや単なる予想だけどね」

「もしそんな事実が無かったり、あっても知らぬ存ぜぬで押し通せとか指示が出てたら、もっと木で鼻を括った様な応対されてもおかしくないと思うからよ」

「そうね、説明して貰うと良く判るわ。でも、こうして考えたら昔は随分無駄な事をやってたのねぇ」

「そうか、むっちゃんは何と言っても連合艦隊の旗艦だったのよね」

「本当の旗艦は姉さんよ! あたしは代理見たいなものだったし金剛さんや山城さんもしてたわ」

「ふうぅん、でも上級武官の秘密会議とかはあったんじゃないの?」

「そうねぇ、皆しかめ面して一生懸命頭捻ってたのは何となく覚えてるわ。でもどんなに伏せたり工夫しても結局薄々気付かれちゃう見たいだったわね」

 

その時メロディーがぶつりと途切れ、カチャカチャという音が響く。

 

「あっ――」

「もしもし渡来さん?」

「はい」

「ああ、お待たせして済みません。失礼ですが二、三お聞きしても宜しいですか?」

 

(人が替わったわ?)

(きっと、もう少し上の人よ!)

 

陸奥と葉月は目語しあう。

 

「ええ、結構です」

「済みませんが、貴方はどう言ったお立場の方ですか?」

「立場という程のものは無いですが、そちらと同じ県内に在住の只の大学生です」

「そうですか――、では先程貴方が質問された事についてですが、もし仮にその様な事実があったとして、貴方はそれを聞いてどうなさるお積もりですか?」

 

彼は思わず唾を飲み込み、陸奥と葉月の顔をちらりと見たが、二人がほぼ同時に頷いて見せると意を決した様に話し始める。

 

「実は私達もその様な女性を一人知っています。彼女は同じ様な境遇にある艦隊の仲間に会いたがっています。私は彼女の助けになればと思ってネットを検索していたところ、最初にお話しした書き込みを見付けたのでお電話をしました」

 

数秒間の沈黙が辺りを覆ったが、それはやけに長く感じられた。

 

「渡来さん?」

「はい?」

「その女性は今どこにいらっしゃいますか?」

「ええ、今私の目の前にいます」

「そうですか、それでその女性とお話する事は出来ますか?」

 

仁と葉月は同時に顔を上げて陸奥を見る。

彼女は二人を交互に見詰め返すと、口を真一文字に結びしっかりと頷いた。

 

「はい、大丈夫です。そのまま呼び掛けて頂いて構いません」

「それでは失礼して、もしもし? 聞こえますか?」

「はい、聞こえています」

 

彼女の声は凛としてよく通った。

 

「まだ名乗って居ませんでしたね――改めて初めまして、小官は中嶋と申します、当訓練隊の副長を拝命しています。貴方を何とお呼びすれば宜しいですか?」

 

三人は俄然緊張する。

事前に調べた限りでは副長の階級は二等海佐の筈である。

いきなりトップに近い上官が応対に出たと言う事は何を意味しているのか。

 

「陸奥と申します。宜しくお願い致します、中嶋副長」

「陸奥さん――ですね。つまり貴方は帝国海軍の戦艦陸奥である――と言う事で宜しいですか?」

「はい、皇紀二千六百三年に――あっ、今は1943年と言うのでしょうか? 柱島泊地で海没しました」

「確かにその通りですが――それではお聞きしますが、貴方が戦艦陸奥であると証明出来る事実が有りますか? 或いは証拠となる物か何かが有りますか?」

 

もちろんそんな物が有ろう筈も無い。

 

「……いえ――、その様な物は有りません……」

 

「そうですか、では貴方がご自分で用意するのは難しいものの、これが証拠になると言う様な何かは有りますか?」

 

「…………いいえ、有りません」

「それでも貴方はご自分が戦艦陸奥であると仰る――、そう言う事ですね?」

 

仁は思わず歯を食い縛っていた。

中嶋の言葉は冷たく懐疑的で、全くと言っていい程好意が感じられない。

陸奥の表情は険しく、眉をひそめて電話機を見詰めていたが、それでもなお――いや、だからこそ一層美しく見える。

 

「……はい、そうです」

「そうですか。では、それが誰かに迷惑を掛ける事になるとは思いませんでしたか?」

「えっ――」

 

「貴方が自分を陸奥であるとか大和であるとか言うのは自由ですが、その事で誰かに迷惑を掛けても構わないとそう思っていらっしゃるんですか?」

「そ、そんな積もりはありません!」

「でも現にこうして電話しておられますね? 私達は国と国民を守る事を責務としています。確かにここは実戦部隊ではなく訓練隊ですが、それでも迷惑を掛けて良いと言う事にはなりませんよ?」

「迷惑を掛けたい訳ではありません!」

「ではどういうお積もりですか? まさか悪戯では無いでしょうね? 立派な犯罪行為ですよ? 分かっていますか?」

 

「そんな――酷い……」

 

「酷いと言われるのでしたら――」

「黙れ――」

 

「何ですって? 何か言われましたか?」

「ちょっと仁――」

「聞こえなかったんなら何度でも言ってやる! 黙れと言ったんだ!!

「やめなさい仁!」

「ふざけるな! 彼女がどれだけ辛い思いをして来たか分かってるのかお前!!」

「やめなさいって言ってるでしょ!」

「僕ら人間がどれだけ身勝手な事をして来たか分かってるのか⁉ お前は七十年も薄暗い海底でたった一人で上を見上げていられるのか⁉ どうなんだ⁉」

「いい加減にしなさいよ!!」

「お前は彼女を犯罪者呼ばわりしたんだぞ⁉ 今すぐ謝れ! 彼女に謝れ! 副長だか何だか知らないが絶対に許さないからな!!」

「仁やめて、もういいの」

 

陸奥が彼の腕を強く掴み、瞳を真っ直ぐに見詰めてそう言った。

 

「むっちゃん――」

 

全身に滾っていた血液がすっと冷めるのを感じたが、同時に再び陸奥の瞳の奥にある深い哀しみを目の当たりにして更に気持ちが沈み込んでしまい、何も言えなくなってしまう。

 

それでも彼の胸中では、抑え様も無く湧き上がって来る失態を犯してしまったという悔恨と、何人であろうと陸奥を傷つける権利など無いと言う強い思いとがせめぎ合い激しく渦巻き続けている。

 

時が止まってしまった様な室内には、互いの息遣いだけが不思議なリズムを刻んでいた。

 

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