陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第三章・第五節〕

 プールのある建物から少し歩いて彼らは別の建物に入り、ちょっとしたスーパーの様な売店や各種の自販機が設置されたロビーを抜け、とある部屋の前に立つ。

 

「さあこちらです陸奥さん、心の準備はよろしいですか?」

中嶋のその言葉も心なしか楽しそうに感じられる。

ただ、さすがに当の陸奥は少し緊張しているらしい。

やや堅い表情で仁と葉月を見るので葉月が、

「ウフフ、ひょっとしてむっちゃん、仲悪い娘がいたらどうしようとか心配してるのぉ?」

と笑顔で揶揄うとすぐに破顔し、彼らに軽く微笑み返してから中嶋に向き直り、

「はい、お願いします」

と朗らかに応える。

 

いよいよだと思うと仁もつい手に力が入る。

中嶋は一呼吸だけ間をおくと、勿体を付ける事はせずに片手でスッとドアを押し開く。

立ち位置の都合もあって開いたそのドアから人影は見えなかったが明らかに人の気配がしており、その見えない人影に向かって中嶋が朗々と呼び掛ける。

「お待たせしました皆さん、新しいお仲間をお連れしましたよ!」

それと同時に反対側のドアに手を掛けていた先程の女性がもう半分のドアを押し開けたので彼らの視界はサッと啓けたが、目前のその光景は予想を上回るものだった。

 

部屋は意外にも結構な広さがありテーブルとイスが並べられていたが、そこで待っていた女性達はなんと十数名も居たのだ。

彼女達は一斉に立ち上がり口々に、

「陸奥さん! 陸奥さん!」

と叫んで陸奥のもとに駆け寄って来た。

 

余りの事に言葉を失った彼が陸奥を見ると、彼女も予想外の出来事に一杯一杯になっている様で、口を開けて何か言おうとしているのだが全く声が出せていない。

葉月はと見ると、さしもの保護者も口を半開きにして目の前の光景を何とか飲み込もうと苦労していた。

そんな幸福感溢れる混沌が眼前で繰り広げられるのをを見ていた仁は、次第に嬉しさが込み上げて来てしまい、会心の笑みを浮かべている中嶋に歩み寄る。

 

「度肝を抜かれてこんなに楽しいのは本当に初めてです、どうでしょうか、そろそろ彼女に助け船を出してあげて下さいませんか?」

 

彼にそう言われると中嶋は改めて満足げな笑顔を見せ、目の前の女性達に向かって呼び掛ける。

 

「さぁ皆さん、こんな入り口では何ですから中へ戻ってゆっくりお話ししてはどうですか?」

「はーい!」

 

彼女達は練習していたかの様に綺麗に揃った返事をすると、てんでに陸奥の手をとって部屋の中へと誘う。

それがどれ程楽し気で微笑ましいものか、言葉で説明する事など到底出来そうにない。

そう感じた仁はそれ以上何かを口にし様とするのは諦め、彼の大切な願いが叶った証しであるその眩しい輝きに満ち満ちた瞬間を噛み締めていた。

 

 そして当事者である陸奥もまた、扉が開いた瞬間から頭の中が真っ白になってしまう(これもまた初めての経験だ)様な驚きと喜びに翻弄されていた。

予め車中で中嶋が然り気無く教えてくれていたので、会えるのが龍田一人(一隻?)で無い事は判っていたものの、まさかこんなに沢山の仲間が迎えてくれるとは予想もしていなかった。

その上先程も仁が言っていた通り、不思議にも初対面の彼女達がちゃんと誰だか判ることも余計に理解力の負担となっている。

真っ先に駆け寄って来てくれたのは蒼龍と飛龍だったが、二人が満面の笑顔で抱き付いて来た時点で陸奥の感情は飽和してしまい、言葉が喉の奥につかえて止まってしまった。

 

(仁が黙っちゃうのってこんな風だったのね)

 

それが判ったからと言ってどうなるものでも無く、只々彼女達にもみくちゃにされながら心の中でその名前を確認するだけで精一杯だ。

 

(霰ちゃんに朧ちゃん――、皐月ちゃんは何だか欧米人見たいだわ)

 

その時、一人の少女が元気良く飛び付いて来る。

「陸奥さん!」

「あらっ、子の日ちゃんね!」

反射的に抱き上げながら、彼女の名前が自然に口を衝いて出る。

小柄であどけない駆逐艦達の中でも、子の日の容姿は一際幼い。

その姿形に無意識に反応してしまったのだろうか、つい彼女を抱き締めてしまい、取り巻く駆逐艦達から声が上がる。

「あっ、子の日ちゃんだけ狡い!」

「ボクも、ボクも!」

どうしたものかと躊躇し掛けたが、丁度良い間合いで(今の会話ではタイミングと言うらしい)中嶋が声を掛けてくれたので、そっと子の日を下ろす。と、早速長良がその手を取り、

「こっちですよ、陸奥さん!」

と誘ってくれる。

「陸奥さんどうぞ」

そう言って椅子を出してくれたのは妙高だった。

「妙高ちゃん! 会えて嬉しいわ」

彼女にそう応じてその手を握ろうかとした刹那、

「陸奥さぁん!」

と何とも言えない切な気な声と共に龍田にしっかり両手を握り締められる。

「龍田ちゃん!」

「ほんとにぃ~本当に信じられません! あの日私達の目の前で陸奥さんが沈んでしまってから、ずっとずっと気に掛かって居ましたぁ~、まさかこんな風に再会出来るなんてぇ……」

 

彼女は涙を浮かべて切々と訴えかけると堪えきれなくなった様に抱き付いて来る。

陸奥も感動して、

「あたしも嬉しいわ、龍田ちゃんとこうしてまた会えるなんて!」

と言いながら抱き締め返す。

 

彼女は葉月より少し低いぐらいの背丈で、陸奥の胸元にぎゅっと顔を埋めながら心なしか微かに震えているようだ。

その何ともいじらしい様子に、彼女の髪を撫でてやりながら改めてしっかりと抱き締める。

そのまま少しの間力を入れていた後、もういいだろうかと力を抜き掛けたものの、どういう訳か龍田はひしと抱き付いたまま力を緩めない。

 

(そんなに心細かったのね)

 

陸奥自身、ほんの数日前に仁が言ってくれた力強い言葉に感激して彼に抱き付いた事を思い出し、もう一度腕に力を入れ掛けるものの、何となく腑に落ちない。

 

(龍田ちゃんは三、四日前には皆と再会してた筈よね? どうしてこんなに不安がってるのかしら?)

 

そんな風に思い直して顔を上げたところ、どういう訳か仲間達はやや遠巻きに周りを囲んでおり、何やら微妙な雰囲気を漂わせている。

 

(あらっ? なにその不自然な感じ……)

 

その時龍田がモゾモゾと動いたので良く見ると、何と彼女は陸奥の胸に顔をぐいぐいと擦り付けている。

 

(えっ?)

 

更には背中に回った彼女の両手が妙に動き回る事にも気付く。

 

(!)

 

思わず振り返ると、仁と葉月が何やら目配せしながら小さく首を左右に振っていた。

 

(まさか龍田ちゃん……)

 

その昔、軍艦である陸奥に乗り組んでいたのは当然ながら男だけであり、一度出港してしまえば艦内は完全に男一色の世界であった。

その様な環境の中で――余り思い出したくない経験だが――目撃した、少々口にするのが憚られる光景を思い出してしまう。

とは言うものの、再会した龍田がまさかその反対の女色の持ち主だとは……。

 

僅かに峻巡した後で、意を決して声を掛ける。

「龍田ちゃん、龍田ちゃん⁉ どうしたの! ねぇ起きて⁉」

そう言いながらその肩を掴んで軽く揺すぶると彼女は「へっ?」と間の抜けた返事をして顔を上げた。

しかしその眼はまるで寝起きの様にどんよりとしていて、完全に困った世界に入り込んでいるらしい。

「しっかりして龍田ちゃん! ひょっとして疲れてるんじゃないの? 無理も無いわ、毎日緊張して眠れないのね! さぁ少し座って休んだら?」

一息に捲し立てて、先程妙高が出してくれた椅子に彼女を座らせる事にどうにか成功する。

 

(ふうっ)

 

少しほっとした陸奥が背後を顧みると、加賀と高雄がすっと近づいて来る。

「陸奥さん、再びお会い出来る日が来るなど全く思いもよりませんでした。これこそ何という僥倖でしょうか」

加賀は余り感情の籠らない物静かな話し方だが、それが却って心を落ち着かせてくれる。

「あたしもよ加賀ちゃん。異国の海底に独りで横たわっているのは本当に辛かったでしょうね」

そう声を掛けてそっと手を取ったが、思わぬ事に彼女は仄かに顔を紅潮させ瞳を潤ませる。

 

(加賀ちゃん……)

 

陸奥は昨夜ネットで見た記述を改めて思い出す。

ごく最近無人の潜水艇によって撮影された加賀は、光も届かない五,〇〇〇米以上の深海にひっそりと沈んでいた。

 

体を預けて来た彼女を抱き締めると、首筋に涙が伝うのを感じる。

 

(光一つ無い暗闇で、たった一人でじっと耐えていたのね)

 

そうは思ったものの掛ける言葉が見つからず、ただ強く抱き締める事しか出来なかったが、それで十分に通じ会えるのが判った。

 

微かな嗚咽を洩らして啜り泣く加賀のその涙は悲しみの故では無く、こうして分かり会い通じ会える仲間と再会出来た喜び、そして暗闇の中の孤独から解放された安らぎなのかも知れない。

 

何時の間にか高雄が傍に来ており肩口にそっと頬を寄せて来たが、それは涙に濡れていた。

 

(皆同じなのね……、そうよあたしもだわ)

 

そう思った陸奥の心の中で何かが緩む。

 

傍らから赤城が陸奥と加賀にすっと手を回し、震える声で告げる。

 

「わたし――本当に幸せです……。皆に会えて――本当に……」

 

彼女は陸奥よりも僅かに背が高く、その頬を伝った涙が腕に滴り落ちる。

 

在りし日の海軍の男達は大和魂と言うものがあるとしばしば口にしたが、魂というものの意味も存在も良く理解出来なかった。

 

だが、今ならそれが良く理解出来る様な気がする。

 

(あたしは人間じゃない――人の姿は手に入れたけど……。本当は、海の底に横たわる朽ちかけた鉄の塊……)

 

それでも自分の胸の奥底で、暖かく震える何かがあるのを今ははっきりと感じられた。

 

「有難う――、皆有難う――、居てくれて本当に有難う……。皆、あたしの大切な掛け替えの無い幸せそのものよ……」

 

涙が止めどなく溢れては零れ落ちたが、それはとても暖かく、そして不思議な心地良さに満ちたものだった。

 

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