陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第三章・第六節〕

 葉月に許可を得る様な事だけは意地でもしたく無いので、先程からそれこそ必死に涙を堪えていたが、さすがにもう限界だと思った。

仲間達としっかり抱き合って暖かな涙を流すむっちゃんは、見た事も無い安堵と喜びに満ちた表情をしている。

そして彼女を中心にして女性達は集まり啜り泣いていたが、そこにあるのは悲しみなどでは無く、そっと大きな手で包み込まれる様な安らぎに満たされていた。

 

ダメだ! 幾ら何でももう無理だと観念仕掛かったが、まさにそのタイミングで葉月が声を掛けて来る。

「意地悪な奴だと思われたくないから言っといたげるわ、今回だけは特別よ! 今回だけね」

まるでこちらの心の中を読み取ったかの様な(と言うか多分読んでるんだろう)言い種だった。

で、ここぞとばかりに号泣したかと言うと――まぁ泣いて良いと言われて泣くものでは無いのは当然で、しかも葉月の言う事に忠実に従う程素直ではない僕は、結局みっともない位には泣かずに済んだのだ。

 

 そんな訳で多少心に余裕が出来た事もあって涙を拭いながら良く見ると、何だかんだ言って葉月の顔もぐしゅぐしゅになっていた

「何よ、わたしは別に泣くのに許可なんていらないのよ!」

「僕だっていらないだろ!」

「あんたはいるの! ったく……ここ2、3日本当にどうかしてるわよ⁉ これ迄泣いた事なんてあったかどうか冷静に思い出して見なさいよ! どうしてそう自分てモノが見えないのかしら⁉ 何かって言うとすぐそうやってムキになるから、肝心な時に頭に血が上って訳分かんない事しちゃうのよ! 本っ当に親心が伝わらないんだから!」

「わ、悪かったな……」

「どうやら渡来さんは塔原さんに頭が上がらない様ですね」

 

中嶋副長が軽く目頭を拭いながら話に入ってくる。

 

「あの――何て言うか本当に有難うございます」

「本当です――皆あんなに嬉しそうに……こんな感動的な場面に出会えるなんて思っても見ませんでした」

「僅か数日間しか彼女達を見ていませんが素晴らしいですよ? 純粋でひたむきで、賢くて礼儀正しくて――塔原さんには大変申し訳ありませんが、現代の一般女性と比較せずにはいられなくなりますね」

「悔しいですけど全く反論出来ません。少し恥ずかしさを感じます」

「僕は皆が彼女を温かく受け入れてくれているだけで、もう途轍もなく素晴らしい仲間達だと感じてしまったので――」

「渡来さんがそう感じるのも仕方が無さそうですね。ですがその様な感情を抜きに見ても、陸奥さんに対する彼女達の反応には特別なものがあると感じますよ」

「そうなんですか?」

 

僕は改めてむっちゃんを見たが、彼女は今し方迄固く抱き合っていた加賀と言う女性の涙を拭ってあげながら、二人を囲んでしゃくり上げている少女達の頭をもう片方の手で順繰りに撫でている。

 

「あの加賀さんとそちらの赤城さんは彼女達の言わばリーダー格なんです。史実はご存知ですよね?」

「はい一応――。ですから仰る意味は理解出来る積もりです」

「そういう背景もあるでしょうが、あの二人は何処かしら近寄り難い雰囲気を漂わせていて、目下の――と言って良いのかどうか分かりませんが他の女性達と気易く接し様とはしなかったんですよ。威厳見たいなものを意識していたのかも知れませんね」

 

確かに副長が指し示した女性――赤城さんはその背の高さと相当な美しさとで良く目立ったが、どこかしら堅苦しい第一印象で、むっちゃんに感じる様な自然体のもの柔らかさには程遠かった。

でも、つい先程迄の涙を流していた彼女は儚さや可憐さを感じさせたし、加賀さんに至ってはまるで肉親に甘えるかの様に我が身を預けて誰憚る事無く泣いていたのだ。

 

「加賀さんはとても冷静で物静かな方だったんですが……、あんなに感情を露にするところを見るのは正直驚きですね」

 

更に見ていると、確か妙高と呼ばれていたくっきりした眉が印象的な女性と黒髪色白のややおっとりした感じの女性(つい目がいってしまう位のその――爆乳だった)は良く気が付く様で、机を除けて椅子を出したり少女達の顔を拭ってあげたりしている。

ついさっきは完全に想定外のガチ百合っぷりを発揮して僕らをドン引きさせた龍田さんも、その点以外はどうやらそれなりに普通らしく、今はしゃがみ込んで金髪の(日本の軍艦の筈だよね?)少女の顔を拭いてあげていた。

 

「皆さんの動きも何か昨日迄と違う印象ですね。何と言うのか、互いに遠慮がちだったと言うか纏まりの良くない感じを受けていましたが、急に核と言うか中心が出来てあるべき所に落ち着いたかに見えます。とても興味深いですね……」

「それは――陸奥さんが艦隊の頂点でもある戦艦である事と関係はあるんでしょうか?」

「無関係では無いでしょうね。そもそも陸奥さんは連合艦隊の旗艦を務めた事もある訳ですからね」

 

もちろんそれだけでは無い事を僕は既に知っていた。

彼女には自然に相手を包み込んでしまう様な形容し難い懐の深さや暖かさが備わっている事を。

 

「戦艦は彼女だけですよね?」

「ええ、こちらで今保護しているのは航空母艦4名、一等巡洋艦2名、二等巡洋艦2名、駆逐艦5名です。全員この1週間程で受け入れましたね」

「彼女達は一体どういう存在なんでしょう? 何か見当をつけておられるんですか?」

 

葉月が聞くと、副長はちょっと思案顔になる。

 

「それはさすがに今この場でお話しする事は出来ませんね。もしそれを望まれるのであれば場所を移す必要があります」

副長の言わんとする事は何となく想像がついたので、葉月が何か言うのを待たずにこう言って見る。

「出来れば彼女に告げてから行きたいんです。先に教えて頂ければですが」

「分かりました、お二人共同意と考えて良さそうですね。ではこれから貴方方を当訓練隊司令のところへお連れし様と思います。その後彼女達と一緒に昼食が摂れる様に手配しましょう」

「有難うございます」

「ご配慮、感謝致します」

 

葉月共々お礼(と諾意)を口にすると、事情を告げるべく彼女のもとに歩み寄る。

が、勘の良いむっちゃんは声を掛ける迄も無く気配だけでこちらを振り返ってくれた。

「なあに仁?」

「司令とお会いして来るよ、昼食迄には戻って来るからね」

「判ったわ、じゃあまた後でね」

 

たったこれだけの僅かな遣り取りだったのだが、背中に厭な汗が滲む程の緊張を強いられる。

一応断っておくと僕は別に女性が苦手な訳でも無いし人と話すのが苦痛な性質でも無いが、彼女達十数名(しかも全員これでもかと言う位に粒揃いに可愛いかったり美人だったりする!)が一斉に口を噤んでこちらを見ている中で自然にしろと言う方が無理な話だろう。

何よりも困ったのは、先程むっちゃんが子の日ちゃんと呼んでいた明らかに小学校低学年位にしか見えない赤っぽい変わった髪をした女の子だ。

彼女はむっちゃんと僕が親しげに言葉を交わすのを見た途端、むっちゃんの腕をキュッと抱き締めると強い敵意の籠った眼差しでこちらを睨み付けて来る。

こんな時はどうすれば良いんだろう?

『君から陸奥さんを取り上げたりしないから大丈夫だよ』とか言ってあげるべきなんだろうか。

 

などと悩んで見た処で、やはり僕にはゆっくり迷っている時間など貰えはしない。

つかつかと歩み寄って来た葉月がサッと僕の手をひっ掴むと、

「ほら仁、邪魔しちゃダメでしょ⁉ さっさと行くの!」

と有無を言わせぬ調子で言い放つ。

そうしておいてからむっちゃんに手を振って見せると、クルリと背を向けて僕を引き摺りながら歩き始める。

 

背後では一斉に低い騒めきが起こり、

「あの方は――」

とか

「ひょっとして陸奥さんの――」

とか言う言葉が切れ切れに聞こえて来る。

僕は馳せ戻って自らの立場を説明したい衝動に駆られたが、葉月は全くお構い無しに手を力一杯掴んだまま、

「お待たせしました副長、宜しくお願いします!」

と中嶋さんに呼び掛けてそんな未練を一刀の下に断ち切ってしまう。

さすがに苦笑した彼は、

「分かりました、それではこちらへ」

と僕に少々同情的な視線を投げ掛けながら応じてくれ、傍らの女性防衛官に頷いて見せてから先に立って部屋を出る。

 

「全く――、ちょっと考えたら分かりそうなもんでしょ!」

部屋を出るやいなやまた葉月に叱られる。

「何がだよ」

「女の子があんな顔してる時に何言ったって聞きやしないわよ! それに女が集まったら何をするかなんて決まってるでしょ! ノコノコお喋りの肴になりに行ったんだから何言われても知らん顔してサッと切り上げて来なさいよ、グズなんだから!」

何と言うのかまたしても溜め息を吐く事しか出来ない。

葉月がテレパシーを使えるのは良く分かったので、出来れば僕の心を読むのは止めてくれないだろうか。

とは言うものの、残念ながら大いに納得させられたのも事実だ。

 

 振り返れば高二の秋のあの日、校舎の屋上に僕を呼び出した後輩は向かい合うなりいきなり、

「二股掛けられて嬉しい女なんているとでも思ってるの⁉」

と詰り始めたのだ。

一体何の事だかさっぱり分からないし、僕が付き合ってるのは君だけだと真剣に言っても彼女の耳に入っている様子は全く無く、何やら一方的に捲し立てられたあげくに、

「二度と近寄らないで!」

と絶縁を申し渡されたのだ。

あの時の彼女の瞳には、確かに今見たばかりの子の日ちゃんの瞳に燃えていたのと同じ激しい炎が躍っていた。

 

(何一つ賢くなってんだよ……)

 

それはさておいても、おそらくその悲劇を引き起こした張本人(無論容疑者の自供はなく状況証拠だけなのだが)にして後輩が言う処の『二股』のお相手がいい加減に手を離してくれないだろうかと思いながら、僕はまた何度目かの溜め息を吐いた。

 

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