陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

24 / 120
第四章
〔第四章・第一節〕


 陸奥にとっては正に夢の様な時間だった。

懐かしい仲間達は今や言葉を交わし、手を握り、抱き合う事の出来る存在として目の前にいる。

しかもたいへん不思議なことに一人一人とても個性的な容姿や性格をしていて、軍艦であった時と今の人間そっくりな姿との間に一体どんな関係があるのかおよそ見当が付かない。

 

(まぁ、艦の大きさにはそれなりに関わりはあるのかしら?)

 

多分その位がいい処だろう。

自分や赤城、加賀に比べると駆逐艦達は皆背丈も低く容姿も幼気だが、巡洋艦達は概ねその中間位の様に見えるからだ。

が、それもあくまで『概ね』であり、仲間達の姿形は明らかにそれだけではすっきり説明出来ない。

まだ会っていないので何とも言えないものの、姉の長門は自分とそっくりな容貌なのだろうと勝手に想像していたのだが、この状況を見てしまうとそれは少々変更した方が良さそうだった。

 

「陸奥さんはさっきのあの方と暮らしておられるんですよねぇ」

何やら羨ましそうな様子で飛龍が話し掛けてくる。

「暮らしてるだなんて――まだ四日目よ?」

「えぇ~でもそんな可愛い服とか着てられるから――、あの方に買って頂いたんですよね?」

「そうねぇ、何だか甘えてしまって申し訳無いんだけど」

「そんなの関係無いんですよぉ~、きっと好きだったら気にならないんですってぇ」

と蒼龍が後を引き取ったが、彼女は端から仁が陸奥を好きなのだと決めつけているらしい。

 

(そんな事言われても――、もし本当だったら葉月がカンカンになっちゃうわ♪)

 

確かに自分は彼を好きだと思ってはいるが、異性に対する感情というものをまだ良く理解出来ない陸奥にとって、それは感謝の気持ちと切り離して考えられる事では無い。

 

(そもそも蒼龍ちゃんは何故そんな気持ちが判るのかしら?)

 

その辺を聞いて見たいと思うのだが、先程からこの件について何か口を挟める状況では無かった。

「そんなこと無いもん! 絶対違うもん!」

この話題になる度に、子の日が問答無用とばかりに全否定してくるのだった。

 

(もう、子の日ちゃんたら)

 

陸奥は彼女に大層気に入られてしまい、今も右腕をギュッと抱き締められたままだ。

戦前戦中を通して彼女と艦隊行動をした事など殆ど無い筈だが、一体どういう巡り合わせなのだろうかとも思う。

 

「子の日ちゃんは、そうだったら良いと思ってるのよね」

高雄が目を細めながら優しく話し掛ける。

彼女を見た時最初に陸奥の脳裡を過ったのは、昨日葉月がかなりの嫌悪を込めて言い放ったあの『男共の手前勝手な願望』というやつだ。

確かに高雄は真面目そうだが堅苦しい感じではなく、温和で人(艦?)当たりも柔らかく、優しく思い遣りの感じられる物言いと併せてとても好ましい印象を受ける。

あの時葉月が吐き捨てんばかりの言い方をしたのは、願望を押し付ける男が許せないのかそれともそれに迎合しようとする女が気に入らないのかどちらなのだろう?

只少なくとも目の前にいる高雄はどう見ても何かに迎合している様では無さそうだ。

そんな取り留めのない思考を反芻している間に、折角高雄が気遣ってくれたその言葉を子の日はにべも無く一蹴してしまう。

「そうじゃないもん! ほんとに好きじゃないからだもん!」

むきになって言い募る様子が何やら微笑ましくて、彼女の剣幕とは全く裏腹に陸奥も高雄も蒼龍も思わず笑みを零すが一人だけ全く違う反応をする。

「これ子の日、いい加減にせぬか!」

初春が語気鋭く叱責すると、急に子の日が肩をすぼめて首を竦める。

「でも姉様――」

「でもも何も無いわ、其方の陸奥殿や蒼龍殿高雄殿に対する口の聞き方は何じゃ! 目上の方を何と思うておる?」

「だって子の日は――」

 

彼女が項垂れ、その瞳に涙が滲むのを見て思わず陸奥は口を出してしまう。

「初春ちゃん、あたしちっとも気にして無いわ、だからもう良いのよ?」

「陸奥殿はほんにお心が広い――。やはり上に立つ者はかくあらねばと感じ入っておりまする。さりながら、そのお姿を拝見するだけでは子の日は大切な事が分かり申しませなんだ。手本を見せて分からぬのであれば直に言うて聴かせるより致し方ござりませぬ。真心の籠ったお言葉、誠有難い限りではございますが、ここは一つ心を鬼にしてお見届け下されよ」

 

(初春ちゃんは子の日ちゃんの事を思って叱っているのね)

 

彼女の淀み無い口上を聞いて、迂闊に口を挟んでしまったのを少し後悔する。

「さぁ子の日、何と言うてお詫びするのじゃ? 申してみよ」

「弁えの無い事を――致しました――申し訳ありません」

彼女は洟を啜りながらもきちんとした言葉遣いで謝り、ピョコンと頭を下げる。

その様子がまた微笑ましく陸奥と蒼龍は再び笑みを零すが、高雄だけはうっすらと目を潤ませて、

「姉様の言うことちゃんと聞けるのねぇ」

と言葉を掛ける。

それには彼女では無く初春が応えて、

「左様にござります。子の日は妾の申す事をちゃんと聞き分けてくれるほんに良い子です」

と微笑する。

そんな二人を見ていると俄かに鼻の奥がツンとしてくる。

 

(姉さん……)

 

胸の中にまだ見ぬ長門の姿が浮かんで来る。

おそらく高雄の胸中にも彼女の姉妹達の姿が浮かんでいるのだろう。

愛宕や摩耶達は皆、陸奥の知らないフィリピン近海での作戦で喪われ、今もそこに眠っている筈だった。

 

「高雄ちゃん、何時かきっと愛宕ちゃん達にも会えると思うわ」

「ええ、わたしもそう信じてます」

高雄がそう言うと傍らから妙高も、

「私も足柄や羽黒達は一体どうしているのだろうと思ってしまいます」

と遠くを見る様な目をしながら応じる。

「妾は皐月に出逢うた折もしや那智殿もと思い申したが、妾の不徳からかお逢いする事は叶いませなんだ。ほんに口惜しゅうござります」

初春が子の日の顔を拭いながら会話に加わり、それに反応した妙高が高雄に声を掛けると更にその会話に飛龍らが応じる。

「実は私も高雄ちゃんの顔を見た時にね、ひょっとして羽黒に会いに行けるんじゃないかって思ったのよ」

「わたしもちょっと思いました。でも探しに行くのはさすがに無理でしたね」

「その点わたしは運が良かったんですね♪ 探しに来て貰えましたから」

「やっぱりそうなのね、飛龍ちゃんだけ離れて沈んでた筈だと思ってたから不思議だったのよ」

「我らが移乗した警備庁の船艇に助力頂きましたので――。何より、私共も知らなかった飛龍さんの海没地点を何やらと言う装備を使ってあっという間に調べてくれました。どれ程年月が経とうがやはり我らが皇国の海員達は優秀ですね!」

「赤城ちゃん、それは多分ネットに繋がってるコンピュータだと思うわ」

「何ですかそれは?」

「一言で説明するのは難しいわねぇ、あたしが使ったのは平べったい画面の手前に英文字や平仮名のついた鍵盤が付いてて全世界のネットワークに接続出来る機械よ?」

「あ――そうでした! 私達が見たのもそんな物でした。ひょっとして陸奥さんはあれが使いこなせるのですか?」

「使いこなせるだなんて大層なものじゃないわ、ちょっと調べものが出来る様になっただけよ?」

「私達の船体の現状を良くご存知なのは、それでお調べになったからですか?」

加賀の物言いは、冷静と言うよりも意図的に感情を抑えている様にも聞こえる。

「ええそうよ、使い方は仁が教えてくれたの」

「あっ♪」

「あっ♪」

 

飛龍と蒼龍が同時に声を上げると、顔を見合わせてニヤニヤ笑い交わす。

「やっぱり~」

「ねぇ~♪」

 

(な、何? あたし不味い事言っちゃった?)

 

「二人共、陸奥さんに失礼よ」

加賀が窘めると、二人は改めて顔を見合わせ陸奥に向き直る。

「陸奥さんご免なさい、でもぉ~」

「やっぱり名前呼び捨てなんだぁ~って思っちゃってぇ」

 

(あうっ! 用心してた積もりなのについ……)

 

急に、背中に汗が出てくるのを感じる。

「そう言えば最初もそうでしたね」

妙高がニコニコしながらそう付け加えるが、笑顔で応える余裕が無い。

 

(妙高ちゃん! そこは黙って聞き流しといてくれるのが武士の情けってものじゃないの⁉)

 

だが陸奥の願いも空しく、全員がその話題に食いついてくる。

「いいなぁ~ひょっとして陸奥さん、『陸奥』って呼ばれてるんですかぁ?」

「きゃ~! やだやだそれ駄目ぇ! 絶対やばいよぉ♪」

飛龍と蒼龍の盛り上り方が怖い。

 

「二人共――女学生では無いのですよ? 色恋事でその様にはしゃぐなどはしたない」

「――って言うか赤城ちゃんももう色恋事認定な訳?」

「まぁ先程陸奥さんからお話を伺った折、命をお救いしたとの事でしたので、それ程の事情があれば特別に深い絆が出来ても何ら不思議では無かろうと思いましたし――。ましてや男と女の間ともなれば、それを(えにし)に理無い仲になる事もままあろうかと」

「きゃぁーっ!」

赤城がとんでも無い事を口走った途端、蒼龍と飛龍が顔を赤らめて黄色い声を上げる。

 

(一体何なのこれ……)

 

話がどこまで転がって行くのかまるで見当も付かず、思わず目眩を覚える。

更に追い撃ちを掛ける様に、頬を紅潮させて口元に手を当てた高雄が、

「陸奥さん――、その――、ど、どんな感じなんですか?」

と真顔で聞いてくる。

 

「あ、あのね高雄ちゃん誤解しないでね、あたしそんな事してないから」

「……あの……そんな事ってどんな事なんですか……?」

それ迄大人しくしていた霰が突然会話に割って入って来る。

 

(えぇ~! な、何なのよぉ)

 

「馬鹿だなぁ、霰はそんな事も知らないの?」

「……じゃあ皐月ちゃんは知ってるの……?」

「え、だ、だからさぁ――、そのぉ――」

「んふっ、こーゆー事をするのよぉ~♪」

「ぅひゃぁあっ! 先輩何するんですか⁉ 止めて下さい!」

龍田にあらぬ処を弄られて長良が悲鳴を上げる。

「ほ、本当にそんな事しちゃうんですか陸奥さん⁉」

今度は朧が身を乗り出して来る。

「だからあたしはして無いって――」

「朧ちゃん、男女の間の秘め事はそんな風に大っぴらに話す様な事じゃないのよ」

「いや、妙高ちゃんも注意するとこそこじゃないから!」

「もうっ、皆勝手な事ばっかり言ってる! 陸奥さんは何にもして無いって言ってるのにだぁれも聞いてない!」

 

この話柄の展開を(恐らくこの場では只一人)気に入らない子の日が大声を張り上げたので、一瞬全員が沈黙し互いの視線が絡み合う。

 

半呼吸おいて加賀が冷静な声で、

「子の日さんの言う通りよ、皆ちょっとはしゃぎすぎだわ。赤城さんも思った事をそのまま口にするのはもう少し気を付けてくれないと」

と全員の顔を見渡しながらピシャリと言い放ち、その場はすっかり静まり返ってしまう。

 

とは言えその気不味い空気はそれ程続かず、赤城の良く響く声が静寂を破る。

「陸奥さん申し訳ありません、少々早とちりが過ぎた様です。お陰で加賀さんには一本取られてしまいました」

カラリと言い放った彼女が照れ臭そうに笑うと、皆の雰囲気はまた和やかになった。

陸奥は蒼龍と飛龍を顧みると、

「せっかく大和撫子になれたんだから、恋だってして見たいわよね♪」

と笑い掛ける。

「はい!」

「とーってもして見たいですぅ」

間髪をいれず二人が応じ、

「私もとっても興味あります♪」

と高雄も加わる。

 

「何でなんですかねぇ~男なんかより女の子の方がず~っと良いのにぃ」

「だから先輩止めて下さいよー、同じ趣味の方を探して下さいって!」

「ほほほ、女色と言えど恋には相違ありませんからの、長良殿は恋われておいでじゃほほほ♪」

「こら初春! 子の日に言ってる事とやってる事が違うんじゃない⁉ 尊敬の気持ちが足りないよ!」

「ほほ、誤解に御座ります。妾は今も昔も変わらず長良殿を敬い申し上げておりますれば」

「子の日もだよ!」

「そ、そう? だったらその――別に良いんだけど」

 

(長良ちゃんも素直なのね♪)

 

「でも陸奥さんの方がもっと好き!」

「あら、そんな事言ってくれるのね♪ 有難う子の日ちゃん」

「ちぇっ、何よ~子の日はぁ」

「長良殿、相手が陸奥殿では分が悪う御座りますぞ」

「判ってますぅ!」

「拗ねないで長良ちゃん、貴方にこんな風に会えてあたしとっても嬉しいわ」

「陸奥さん――長良も感激してます! それに陸の上にこんな世界が広がってたなんて知りませんでした」

「本当にそうね! 海の上に比べたら陸はとっても賑やかよね」

「ええ! でも、まだここに来てから一度も隊の外に出た事無いんですよ~」

「あらそうなの?」

「そうなんですよぉ~、だから陸奥さん凄く羨ましくってぇ」

横から飛龍が会話に入ってくる。

彼女は外に出て見たくて仕様が無いらしい。

「外に出ても私達には使えるお金も無いでしょう。まして右も左も判らない陸の上で何をする積もりなの?」

加賀の素っ気ない言葉に彼女達は一様にシュンとしてしまう。

「でもそうよね。何をするにもお金は掛かるし自分達だけではまだ足元も覚束ないし――、この先どうしていけば良いのかしら?」

そう言いながら、陸奥は改めて自分の境遇が恵まれたものである事を思う。

優しい仁はそれこそ何時迄であろうが自分を家に置いてくれるだろうし、時には彼自身の事を差し置いてでも良くしてくれようとするだろう。

 

(でも、本当はそれに何時迄も甘えてる訳には行かない筈よね)

 

事と次第によっては彼の家を出るという決断もしなければならないのだろうか?

だが今の彼女にとっては、そんな事はまだ想像も付かない話だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。