西田司令との話は特に衝撃的と言う程予想外な訳では無かったが、むっちゃん達の存在がとても複雑な問題を引き起こすだろうという冷静な第三者目線の話しであり、僕は改めて考え込まされた。
鬱蒼とした丘の横を通り過ぎながら、話の中身をおさらいしつつ再度咀嚼する。
彼女達の正体に付いては、やはり防衛隊も確証やそれに繋がる手掛かりを掴んではいなかった。
ただ、例の海難事故との関わりについては僕らより一歩踏み込んだ考えを持っていて、それは確かに合理的だったがあっさり肯定出来る程軽い話ではない。
一言で言ってしまえば、むっちゃんは僕が日本人だから助けたと言うのだ。
彼女達は日本の軍艦なので日本の船や日本人には良くしてくれるが、その反対に太平洋戦争当時の敵国――特に自分を沈めた相手に対しては強い敵意を持って接する筈だと。
例えばあの印象的な眉の妙高さんとグラドルも真っ青の爆乳高雄さん(申し訳ないが副長から名前と容姿の特徴を聞いた瞬間に一致してしまった)はマラッカ海峡で日本のタンカーが海賊の襲撃を受けている処に現れ、海賊達を撃退してくれたとの事だが、それがもし日本ではなく彼女達を沈めた英国の船であれば見殺しにするばかりか襲い掛かって沈めてしまうだろうと言うのだ。
今の二人を見てしまってからそんな状況を想像しろと言われても僕にはちょっと無理があるのだが、反面で彼女達は海賊に対して容赦無く攻撃を加えていたそうで、彼等の逃げ足が速く無かったら間違いなく粉々に吹き飛ばしてしまったらしい。
(やっぱり軍艦なんだな)
どう否定しようが彼女達は戦う為に造られ、そして実際に戦って来たのだ。
むっちゃんの瞳の奥に宿る深い哀しみは、戦う為に造られたその宿命ゆえに、戦えなくなった彼女が只の使い古しの道具として海底に放置されていたその孤独な歳月に対するものなのだろうか。
そんな僕の感情が顔に出ていたのか、副長は彼女や僕を気遣う様にこう言ってくれた。
「陸奥さんは少し違うのではないかと私は思っています」
「どう言う事ですか?」
「陸奥さんは事故で沈んだのであって敵に沈められた訳ではありません。もちろん敵国と言う認識はあるかも知れませんが、強い憎しみを抱いておられるとは思えないのです」
それは全くその通りだと思うし、尚且つ日本列島の内懐とでも言うべき内海に沈んでいたのも幸いしたかも知れない。
だが、おそらく今はそうでは無い筈だ。
彼女が最も大切に思っているお姉さん――長門さんを連れ去り、実験台にして沈めた米国をむっちゃんは決して許さないだろう。
それでもその事を知ったのが一昨日の事で良かったと心の底から思う。
あの海面に立つ青白い女の目撃譚について、防衛隊ではそれこそが激しい怨讐と憎悪にかられた時の彼女達の姿なのではないかと推測しているらしいが、そんなまるで悪鬼のような姿形で罪も無い民間船を襲うむっちゃんなど想像したくもない。
幸いにもこの訓練隊に保護されている女性達の沈没(つまり出現)地点は、少なくとも現在判明している原因不明の海難事故発生地点とは一致しておらず、彼女達全員がそれらの事故とは無関係の様だ。
でも今後はどうなるか分からないとしか言えない。
もしも彼女達の仲間の誰かが他国の船を沈めた場合、その責任はどうなるのだろう?
そして更に言うなら、その様な凶行を犯した女性(軍艦?)が故郷である日本に保護を求めた時、国はそれを暖かく受け入れる事が出来るのだろうか?
そんな事は普通に考えても無理な相談なのだが、被害を受けた側の言い分もあるだろう。
どう考えても彼女達に責任を負わせるなど不可能な話であり、ストレートに責任を取ってくれる相手がいないとなれば代わりに彼女達の母国に賠償を求めたりするかも知れない。
そうなったら何が起こるかなど容易に想像がつく。
母国の政府はあくまでもそんな責任はないと言い張り、彼女達を一切関係ないものとして黙殺してしまうだろう。
母国に見捨てられ世界中の何処にも寄る辺を失い、全ての人間達に対する恨みと憎しみとによって文字通りの怪物と化して見境無く船を襲う彼女達――そんな哀しく痛ましい光景を思い浮かべてしまった僕は思わず息苦しくなってしまう。
だが、それこそが今の僕にとっては最初の難関でもあった。
むっちゃんをそんな目に合わせずに済んだと安心してはいられない。
今も長門さんはビキニ環礁の海底に沈んだままなのだ。
言う迄もないが、まるで腹いせの様に自分を無慈悲に沈めた米国に対するどす黒い憎悪と、そしてもしかすると自分を見捨てた日本に対する恨みとを抱いたままで。
防衛隊もその懸念はしているとの事だったが、西田司令の口から出た言葉はやはりとても慎重なものだった。
「今分かっている事から考えて、我々防衛隊がなすべきは三つです。一つは可能な限り速やかに沈んでいる軍艦達が凶行に及ぶ前に保護する事です」
「そうですよね」
「幸いにも彼女達は仲間が呼び掛ければそれに応えると分かっていますから、日本近海や公海上である限りは時間との競争であるとも言えます」
中嶋副長が付け加える。
「二つ目は日本の船舶と日本国民の防衛ですが、これは我が国に対して敵意を抱きそうな軍艦の沈没地点を明らかにして全ての船舶に対して警告する事が中心になるでしょう。実際それが最も効果的だろうと思われますし」
「そうなりますと三つ目と言うのは何でしょう? あまり良い話しではなさそうですね」
葉月の問いに対して司令も如何にも気乗りしない態で口を開く。
「仰る通りです。今申し上げた事を明日から直ぐ、しかも大規模に展開出来ると言うならともかくそんな訳には行きません。ですから我々の手が間に合わず、凶行に及ぶ軍艦が出てしまうかも知れない事は覚悟しておかなければならないでしょう。そしてもしそれが起こってしまえば我々が自らけじめを付けなくてはなりません。何があろうと起こって欲しくはありませんが、これが為すべき事の三つ目でしょう」
『けじめ』という言葉の響きがズシリと重いが、その重さの中身はとても複雑だ。
凶行の責任を取る為に彼女達を保護して賠償等の責任を負うと言うのは、とてつもない額にはなるだろうがお金の問題になる可能性が高い。
だが物事はそんなに分かり易く簡単には運ばないだろう。
彼女達が大人しく保護されてくれる保証などどこにもないし、例え無事に協力してくれたとしても被害者から何を要求されるかも分からないからだ。
そうなったら彼女達を抑え込む為にかなり手荒な事をしなければならなくなるかも知れないし、場合によっては彼女達の船体をサルベージ(むっちゃんや彼女達の言葉を信じるならば、それによって彼女達は船の天国へと召される筈だ)しなければならないかも知れない。
とは言うものの、件のその艦艇が現在の技術ではサルベージ不可能な深海に沈みでもしていたら一体どうやって解決するのだろうか?
しかもそれは他人事などではない。
むっちゃんに対して誓いを立てたのは、外ならぬ僕自身なのだから。
そんなこんなを考えている内に僕らは先程の建物に戻って来た。
「彼女達を他の隊員達や候補生と一緒に食事させるのはちょっと出来かねましたので、当面はこちらに食事を運ばせる様にしています」
副長が解説してくれる。
「協力して貰いたい件に付いては何か話をしてあるんですか?」
と僕が聞くと、
「実はまだ話していませんが、貴方方と陸奥さんに来て頂いて決心が付きました。出来れば今日の午後にも話して見たいと思います」
と少し意外な返答が返って来る。
先程の副長の話しからするとむっちゃんが来た事で皆の雰囲気が変わった様なので、話をするには良い機会だと考えているのだろう。
何より、少しでも早く彼女達の仲間を保護出来るのに越したことはない。
(これを聞いてむっちゃんは何て言うんだろう?)
それも確かに気にはなるのだが、正直に白状してしまうとさっきから妙に不機嫌な葉月が気になって仕方が無かったのだ。