中嶋や葉月と共に建屋内に入ると、正に食事が運ばれている最中だった。
中嶋の言う『現代日本女性との違い』が見られるだろうかという興味もあって暫くの間黙って彼女達を見ていたが、間もなく見ているのが気恥ずかしくなってしまう。
彼女達には先輩風を吹かす者もいなければ世話して貰うのが当たり前と言わんばかりの増長した子供もおらず、皆それぞれが身の丈にあった働きをし、和やかなのだがだらけた処の無い実に気持ちの良い動きをしていた。
(違いどころじゃないよ、差があり過ぎる)
とは言いながら彼が殊の外嬉しくなることもあった。
その気持ちの良い動きの中心には陸奥がいて、皆に声を掛けて回り全体に目配りするリーダーの役割を見事に果たしていたからだ。
思わず彼女に近づいて配膳を手伝いたくなるが、どうも虫の居所が悪いらしく頻りに彼を睨み付ける(が、目は合わせてくれない)葉月が憚られて躊躇していた。
そうこうしている内に陸奥が彼等に気付き、足早に近付いて来る。
「もうお話は終わったの渡来さん?」
如何にも唐突な他人行儀な呼び方に仁は面喰らい、一体何が起こったのかと聞き返そうとしたが、彼女が困った様な何かを訴えたい様な曰く言い難い表情をしているのに気付く。
咄嗟に然り気無く視線を泳がせると、ほぼ陸奥の真後ろと言うか視線の延長線上に(多分意図的に)立っている加賀が彼に意味有り気な視線を送っていた。
余り長く間が空いてしまうと不自然なので、思い切って返事をする。
「うん、陸奥さんはたっぷり話せたかな?」
途端に彼女はパッと表情を輝かせて嬉しそうに、
「ええとっても!」
と弾んだ声で返事をかえす。
どういう事情なのかは良く分からないが、どうやら皆の前では彼と余り親し気な様子を見せたくないらしい。
先程の子の日の様に彼に敵意を抱く仲間が出るのを心配しているのか、それとももっと単純に仲間達から色々聞かれたりしたので恥ずかしいのかも知れない。
あの去り際の様子からすればそのどちらでもあり得るだろう。
それに今更ながら気付いたのだが彼女達の中で陸奥だけが私服姿で、その他の女性達は全員が防衛隊から支給されたらしい揃いの制服の様な衣類を身に付けている。
(そう言えば隊の外には一歩も出て無いんだったよな)
彼女達がもし見掛け通りの若い女性なのであれば、程度の問題はあるとは言え自由に行動している陸奥が羨ましくなるだろう。
「ひょっとして皆さんから羨まれましたか?」
と中嶋が仁の思っていた事を笑顔で問い掛けると、陸奥も
「皆にはちょっと申し訳無いです」
と苦笑して見せる。
そんな会話を交わしている処へごく自然な様子で赤城が近付いて来た。
間近で見る彼女はやはり美人としか表現仕様の無い端整な顔立ちをしており、背の高さ(仁よりも高そうに見える)も相まってギリシャ彫刻か何かを連想させる。
そうぼんやりと思っていた彼は、何時の間にか彼女を見詰めてしまっていたらしく、気付いた赤城から挨拶をされる。
「貴方が渡来さんですね、先程はご挨拶出来ず申し訳ありませんでした。改めて初めまして赤城と申します、以後宜しくお見知りおきを」
張りのある声でそう言いつつ手を差し出されたので、仁も慌てて手を差し出す。
「こ、こちらこそ初めまして渡来です。宜しくお願いします赤城さん」
何とかそう挨拶したのだが、彼女はさし出された右手をぎゅっと握りしめるとそのまま何やら物思わし気な顔で仁を見詰め続ける。
不自然な迄の沈黙が続き、さすがに間が持たなくなって、
「あ、あの――、赤城さん?」
と問い掛けると彼女はぱっと破顔して、朗らかに口を開く。
「ああこれは失礼しました。いやこうして人の――しかも女の――身となって一番感じるのは、何故にこんな風に殿方の手を握るだけで胸の奥の何かが騒めくのだろうかと考えておりました、お許し下さい」
(えっ……)
仁は、赤城程の桁外れの美人にこんな際どく思わせ振りな台詞を、しかも可憐な少女の様な笑顔で何の衒いもなくさらりと言われて落ち着いていられる様な男ではない。
(な、何でこんなにあどけなく笑えるんだろう?)
思わずその笑顔に強く惹かれる何かを感じたその時、彼女の肩越しに陸奥と目があう。
もう少し正確に言うなら、如何にも不満気に唇を尖らせた彼女が仁を睨んでいた。
(えっ、えっ?)
動揺して視線が泳いだ彼に、
「おや、どうかしましたか渡来さん?」
と赤城が相変わらず手を握ったまま声を掛けたものの、その場を上手に言い繕うには余りにも落ち着きを欠いていた。
「いやっ、えっと、そのっ、あのっ、何て言うか――」
と意味をなさない品詞の羅列を口走りながら目は彼女達の顔を行きつ戻りつする。
何故か握ったまま放してくれない赤城の手を何とか自然に擦り抜けられないものかとコソコソ手を動かしていると、その不審な挙動に彼女も心づいたらしくやっと手を開いてくれた。
「ああ、気付くのが遅くなって申し訳ありません。私の様な者が無遠慮に手を握ってしまいさぞやご不快でしたでしょう」
と謙虚なのかマイペースなのか判断しかねる物言いをする。
「い、いえっ、全然そんな事は無いですっ! ぼ、僕はとても光栄と言うかその――」
ここ迄言い掛けてその言葉は喉の奥で凍りつく。
赤城の肩越しの陸奥がプッと膨れ面になると「フン!」とばかりにそっぽを向き、そのままスタスタと仲間達の方へと戻っていってしまったのだ。
(うわぁぁ一体何がどうなってるんだよぉぉ!)
すっかり浮き足立った仁は苦し紛れに葉月の顔をちらりと見てしまうが、彼女にしてみれば全く思う壺であった。
これ見よがしに睨み返したその瞳で『まだ怒ってるのよ!』と威嚇すると、目にした彼が一瞬怯むのを確認しておいてから目を伏せてハァっと溜め息を吐いて見せる。
そして改めて意味深に視線を上げ『本当に世話が焼けるわね~』と言わんばかりに軽くもう一睨みすると、まんまと術中に嵌まった彼がホッとしたような表情をするのを見届けてから何喰わぬ顔で口を開く。
「それよりも赤城さん? ひょっとして副長か私達に何かご用があったんじゃありませんか?」
「ああそうです! 危うく忘れる処でした有難うございます、ええっと――」
「塔原と申します、宜しくお願い致します」
「塔原さんですね、こちらこそ宜しくお願い致します。渡来さんのご友人でいらっしゃいますか?」
これに対する葉月のリアクションは、まことに胡散臭いものだった。
「友人――と言って良いんでしょうか? そのぉ――、何と言えば……」
とはにかむ様に口籠もるのだ。
(おいおい、まさか恋人だとか言うんじゃ無いだろうな)
もしそう言ったらはっきり否定しなければ――と彼が身構えていると、
「これは気が付きませず失礼しました。お二人は恋仲でいらっしゃるのですね?」
と赤城が古風な言い方で気を利かせる。
ところが彼女は意外にも、
「そう言う事では無いのですが――、もっとその――、えっと――、あのっ、お、幼馴染みです!」
と恥ずかしそうに赤面迄して言うのだ。
何をしようとしているのか見当も付かずただぽかんとしていた仁だったが、赤城の反応は更に輪を掛けて不可解だった。
「幼馴染み、でいらっしゃいますか――と言う事は――、まぁ! 何とそういう事でしたか! いやこれは何とも――塔原さん、大変不粋なことを申し上げてしまいました、どうかお許し下さい。いやこれで得心が行きました、そう言う事でしたか」
「まさか吹聴して回る訳にもいきませんので……」
全く理解が追い付かないままに、二人の間では明らかに何かの合意に至った風情である。
(一体何の話だ?)
やはり彼には何の事か分からず彼女達の遣り取りを訝しむだけだったが、やがてはたと気が付き背筋が冷たくなる。
(まさか葉月の奴……)
何度考えても赤城のやけに芝居掛かった反応を説明するにはこれしか無いとますます思えてくる。
恐る恐る葉月の顔を見るが、彼女は素知らぬ顔で本来の用事に戻って中嶋に話し掛ける赤城に相槌を打っている。
(はぁ……またやられた)
結局仁の才覚程度では、葉月の老獪な抜け目の無さに対抗する術なぞ無いのだろうか?
陸奥の様子がおかしいのは、おそらく仲間達から仁との間柄を男女関係でも有るかの様に話題にされたのだろう。
ただ普通の女性達がする恋バナの類いと最も違うのは、元は船である彼女達が人間の生活や文化について表面的には良く知っているものの、その内面というか感情の部分に付いては理解出来ていないと言う点だ。
それを見透かした葉月は、自分が特別な――現代ではほぼ廃れてしまったが戦前の日本ではそれなりに見られた筈の――存在であると勘違いさせる様に小芝居をうって見せたのだ。
感情と言うものを知ってからまだ日が浅い赤城は、葉月の年季の入った演技をそのままストレートに受け取ってしまったらしい。
一瞬勘違いだと言って見ようと思ったものの、葉月は明から様に嘘を吐いた訳ではないし、赤城も一人合点して自己完結しているだけなので、万一見当外れの事を言ってしまうとさすがに気不味い。
何より、そこ迄してわざわざ角を立てに行ったとしても、葉月のことだけに彼が迂闊な事を言えばそれを逆手に取るべく待ち構えているかも知れなかった。
(何だかなぁ、もうちょっと建設的なことに頭使えばいいだろうにさぁ……)
そんな事を言おうものならそれこそ10倍にして返されてしまうのは良く分かっていたので、心の中で呟くだけにした。
こんな風に一つ一つは些細な事でも、葉月はそれを丹念に積み上げて日々着々と彼の外堀を埋め立てていく。
しかも些細な事なら尚更事を荒立てにくいのも、もちろん計算尽くでだ。
そこ迄考えた末に毎度の如く嘆きの溜め息を吐く彼を尻目に赤城と副長の話はついた様で、食事をしながらゆっくり話すと言うことらしい。
「ほらほら、せっかく皆が用意してくれたんだからお昼にするわよ!」
すっかり機嫌のなおった葉月にぎゅっと腕を掴まれて引き摺られる仁を、恨めしげな目をした陸奥がちらりと横目で睨んだ。