陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第四章・第四節〕

 仲間達と一緒に摂る初めての食事をとても楽しみにしていたのだが、どういう訳か先程から何を食べてもさっぱり味が分からない。

 

(一体どうしちゃったのかしら?)

 

もっとも判らないのは味だけでは無く、皆が話し掛けて来るのも禄に頭に入って来ない。

にも関わらず、少し離れた席で仁が蒼龍や飛龍達と何やら楽しそうに喋っているのはとても良く聞こえる。

 

(何よ! 仁ったらデレデレしちゃって)

 

今しも彼は二人から街を案内して欲しいとせがまれており、陸奥としてはそこは毅然と今はまだ時期尚早だとか不公平があってはいけないとか言ってくれるのが当然だと思っている。

ところが仁と来たら、君達見たいな可愛い娘が街へ出たら男達が群がって来るなどと、鼻の下を長くしているとしか思えない不埒千万なお世辞を宣っていた。

 

(大体蒼龍ちゃんも飛龍ちゃんも、もうちょっと遠慮するのが礼儀ってものじゃないの⁉ あたしだってまだそんな事して貰って無いのに!)

 

考えれば考える程ムカムカして来て、今すぐ彼の横に行って頬っぺたをギュッと抓って遣りたくなるが、コップの水を呷ってどうにか衝動を抑え込む。

 

(そもそも赤城ちゃんが余計な事するからいけないのよ!)

 

食事が始まる前彼は陸奥の意図をしっかり汲み取ってくれ、何の説明もしないのに『陸奥さん』と呼び掛けてくれた。

この時彼女の脳裏には朝起き抜けの葉月が発した言葉――例の通じ合ってると言うやつ――が甦っていたのだ。

 

(これって、あたし達も通じ合っているのよね!)

 

そうはしゃぎたくなる位に嬉しかったのに、何を思ったのか赤城がのこのこやって来た為に彼は陸奥の事を放ったらかし、いそいそと彼女に握手して貰うとニヤニヤしながら光栄だの何だのと言い出してしまった。

 

(赤城ちゃん、さっきははした無いとか何とか言ってた癖に! あんなにギュッと手を握るのははしたなくないのかしら⁉)

 

しかも彼女がやって来た用と言うのが、仲間達を外出させてやって欲しいと言う中嶋へのお願いだったのだから余計に気に入らない。

 

(それってそんなに急ぐ様な話かしら⁉ それに急ぐんだったら何で仁と握手とかしてるの⁉)

 

だんだん自分が何に腹を立てているのか良く判らなくなって来るが、それでもどうしたことか怒りが一向に治まらない。

さっきは仁を抓ってやりたかったのに、今はしがみ付いて大声で泣き喚いて彼を困らせてやりたい気分だった。

 

(もういや! 何でこんな訳の判らない気持ちに振り回されなきゃいけないの⁉)

 

怒りがだんだん悲しみに変わって来て、本当に涙が出そうになって来る。

 

「陸奥さん大丈夫ですか?」

「――えっ、あっ、ええ――、だ、大丈夫よ」

 

加賀が声を掛けてくれたので我に返る。

 

「陸奥さんどうしたの? さっきから怖い顔して全然返事もしてくれないよぉ?」

「これ子の日、陸奥殿にはお一人で考えねばならぬ事があるのじゃ。何時も其方の話し相手をして頂ける訳では無いのじゃぞ」

「はぁ~い」

 

そんな初春と子の日の遣り取りを見て少し心が和んだので、改めて回りを見回す。

彼女の回りにいるのは初春と子の日を始めとする駆逐艦達、男性には興味が無いらしい龍田、それに浮わ付いた話が好きでは無さそうな加賀位で、年嵩(艦齢ではなく人としての見た目だが)の仲間達は皆仁の周囲に集まっていた。

飛龍は彼の向かいの席を占め、蒼龍は隣に座ってしな垂れ掛かりそうな勢いだが、よく見ると反対隣に座った葉月が巧みにそれを防いでいる。

 

(さすがは葉月ね♪)

 

その奮闘振りを頼もしく感じた陸奥だったが、彼女達二人よりもっと不味い相手がいるのに気付く。

どちらかというと大人しそうで余り積極的には見えない高雄が、彼の斜め前に座って一生懸命に話し掛けていた。

彼女は蒼龍らと違って街の案内をせがんでいる訳では無く、仁の日常生活の様子や自分達をどう思うかと言った事などをかなり熱心に質問している。

 

(何故なのかしら――凄く良くない感じがするわ……)

 

どうやら葉月も同じ様に感じているのか、蒼龍や飛龍よりも寧ろ高雄を警戒している様に振る舞っている。

冷静に考えれば随分身勝手な話なのだが、先程から高雄に好感を抱いていた陸奥は少々裏切られた様な気になってしまう。

 

(高雄ちゃんたら! まさか、仁の気を引こうと思ってるのかしら?)

 

「陸奥さん、高雄さんがどうかしましたか?」

「えっ! ――あらっ! ――な、何⁉」

突然加賀に話し掛けられてあたふたしてしまう。

「高雄さんのこと睨んでましたよぉ~、どぉしたんですかぁ~?」

 

龍田が甘ったるくのんびりした調子で後を続ける。

全く意識していなかったが何時の間にか高雄を睨み付けてしまっていたらしい。

しかも傍目にはっきり判る程の様だ。

 

(情けないわ、あたしったら何考えてるのよ……。折角会えた仲間の事こんな風に思っちゃうなんて)

 

すっかり意気消沈してしまった陸奥は顔が上げられなくなってしまう。

 

「陸奥さんどうしたの? お腹痛いの?」

子の日が心配そうに顔を見上げる。

「ううん大丈夫よ、何でもないわ。心配してくれて有難う子の日ちゃん」

「陸奥殿、妾如きが口幅ったい事を申し上げる様ですが、我ら皆同じやに思いまする。誰しも誉められた者なぞおりますまい」

 

初春の穏やかな言葉には寄り添う様な響きがあった。

 

「皆――、そうなのかしら?」

「少なくとも妾は左様にござります。意馬心猿などと字面だけは存じておりましたが、ものを感じる心と言うのがこれ程御し難いとは思いもよりませなんだ。まこと意は奔馬なり心は荒猿なりを痛感致して居りまする。とは申せども、妾も馬はよう存じておりますものの猿を見た事はまだござりませぬがの♪」

彼女の話にはちゃんと落ち迄付いている。

 

「初春さんの言う事、私も身に染みて良く判ります」

加賀が視線を合わせる様にしながら口を挟む。

 

「私はこうして心を持つ身となりましたが、だからと言って感情のままに振る舞う事は到底出来そうにないのです。この身が軍艦であった時、人間達の醜い姿を嫌と言う程見てしまったからかも知れません。でも先程陸奥さんが掛けて下さった言葉の暖かさとその時に感じた気持ちとは、この身がある限り忘れないと思います。心を持つ事の良い面も悪い面も併せて受け容れていくと言うのは言葉では簡単ですが、実際には目を塞いで雀を捕える様なものではないでしょうか」

 

彼女の顔にはほとんど表情は無かったが、目元に微かな笑みが浮かんでいる。

 

「これからもっともっと楽しい事も嫌な事も一杯あるんでしょ? 陸の上で暮らすのってそういう事なんでしょ?」

子の日が下から見上げる様に陸奥の瞳を見つめる。

「そうね、子の日ちゃんの言う通りね。あたしは陸に上がってまだ四日目なのに色んな事を一通り判った積もりでいたわ」

「子の日だってここに来てからまだ三日目だよ!」

「アタシ達と一緒に帰って来たんです」

朧が自分と霰を指差して言う。

「……とても寒かったから、日本に帰れてほっとしました……」

そういう霰の顔が本当に寒そうだったのでつい笑ってしまう。

「霰ちゃんは早速良い事があったのね♪」

「……どんなに嫌な事があっても、あの暗くて冷たくて寂しい海の底よりずっと良いかもです……。だってここには皆がいるから……」

そう言って陸奥を見詰めた彼女の瞳は、形容し難い柔らかな光を湛えていた。

 

(何だかとっても暖かいわ)

 

「有難う――、皆と一緒にいるだけでそれだけでとっても幸せな事よね。何だかそんな事も言われないと判らなくなってたわ」

「うふふふ~そぉですよぉー♪ 女の子は女の子同士仲良くするのが一番幸せなんですよぉ~♪」

「龍田さん、それはかなり論理の飛躍があるんじゃないかしら?」

「あら~そぉでしたかぁ~?」

 

加賀に突っ込まれてものんびりと受け流してしまう彼女は大らかで細かな事には頓着しない性格なのか、それともひょっとすると意識してその様に振る舞っているのだろうか。

そんな事を考えていると、何時の間にか怒りが治まっているのに気が付く。

 

(良かった♪)

 

ふと目を上げるとこちらを見ていた仁と目が合う。

少し意地悪して見たくなった陸奥は、一旦は何事も無かった様にニッコリ微笑んで見せたが、彼がぱっと明るい表情になった途端しかめっ面をして舌を出す。

そうしておいて情けない顔をする彼を横目に見ながら残った食事を口に運ぶと、初めてちゃんと味を感じる事が出来た。

だがこれ迄の数日間、毎回食事の度に驚きや喜びを味わって来た彼女は初めて期待を裏切られる。

 

(知らなかったわ、美味しくない食事ってあったのね……)

 

そう思ってがっかりしていると朧が、

「美味しいご飯をお腹一杯食べられるし、ここは本当に良い処ですね!」

と笑顔で言うのでつい、

「そ、そうね」

と愛想笑いをして合わせてしまう。

 

(だ、駄目だわ、咄嗟に本音が言えなかった)

 

心と付き合っていくのは本当に難しいと改めて思わざるを得なかった。

 

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