葉月によれば昼食はかなり不味かったらしい。
どれ位不味いかと言えば学食のC定食より不味かったとの事なので大体想像がつく。
この点に関しては中嶋副長も否定せず、
「正直に言って我が隊の最大の弱点が食事だと思いますねぇ」
と半ば諦め気味の様子だった。
ところが幸い(なのかどうかは自信が無い)にも僕は全く味が分からず――と言うかちゃんと食べたのかどうかすら怪しい位に気も漫ろだったのでその感想を共有出来ずにいた。
昼食の席に着く直前の葉月はすっかり何時ものペースに戻っており、僕は否応も無しに一番端の席に誘導され掛けていた(もちろんむっちゃんの仲間達からブロックするためにだ)のだが彼女達にはその思惑は通じなかった。
僕らが席に近づくなり蒼龍ちゃんと飛龍ちゃん(幸いにも彼女達の名前はそれなりに語呂が良くちゃん付けで呼び易い)が駆け寄って来て、
「渡来さんですよね! こっちですよぉこっち♪」
と言いながらツインテールが可愛らしい蒼龍ちゃんがぐっと僕の腕を抱え込む(その時の感触がどれ程ふわふわだったかは口が裂けても言えない)と、驚く程の強引さで引き摺って行ったのだ。
虚を突かれた葉月は一瞬反応が遅れたものの、そこは意地を見せてさっと僕の隣の席を確保したので、二人で僕を挟んで座る積もりだったらしい飛龍ちゃんは大人しく僕の正面に回った。
この一瞬の攻防によってその場の空気が悪くなるのではないかと心配してしまったが、彼女達は全く気にも留めていない様だ。
それはさておき僕の周囲の席はあっという間に埋まってしまい、不機嫌そうだったむっちゃんの傍に座って何とかフォローをしたいなどという甘い希望は吹き飛ばされてしまう。
彼女は蒼龍ちゃん、中嶋副長、加賀さんの向こうで可愛らしい駆逐艦の子達に囲まれて座っており、只でさえ話し掛けられる距離感ではない上に明から様に拒絶のオーラを発散していた。
(一体今日はどうなってるんだよ~)
せっかくむっちゃんが仲間達と再会出来たと言うのに、彼女も葉月も代わる代わる不機嫌になるばかりか揃って僕に剥き出しの感情をぶつけて来るなんて!
そうやって我が身の不幸を慨嘆している間にも、元気が有り余っているらしい彼女達は矢継ぎ早に話し掛けて来る。
「渡来さんは学生さんなんですか?」
「好き合った方は居られるんですか?」
「街を歩いて見たいんですよぉ~」
「ちょっと筋肉付き過ぎてますか?」
「やっぱり陸奥さん見たいな方が好みなんですか?」
「可愛い服とか着て見たいんですけどぉ」
「ご家族やご家庭ってどんなものですか?」
「私も大和撫子って言えるんでしょうか?」
「胸が大きい女は頭が弱そうに見えるって本当ですか?」
「一杯美味しいものがあるんですよね?」
「連れてって欲しいなぁ」
――それらに対してどんな返答をしたんだろうか。
正直に言ってほとんど覚えていないのだが、僕の保護者が一度も騒がなかった辺りを見る限り、概ね当たり障りの無い対応は出来ていた様だ。
それでもさすがに僕の斜め前に座った高雄さんが、
「渡来さんは本当に女性のお好みは無いんでしょうか? 私などはどう見えますか?」
と言うかなり踏み込んだ質問を投げ掛けた時だけは、何気なく返事をしようとしたら机の下でグイッと足を絡めて来た。
葉月がこういう事をするのは今に始まった話では無い(それに足を蹴られるのに比べればましだ)ので何も驚かないが、それ迄散々蒼龍ちゃんや飛龍ちゃんが似た様な質問をしたりやたらにスキンシップをして来ても禄に反応しなかったのに、何故この時だけは警告したんだろうか。
一体何が違うのかサッパリ分からないが、葉月が彼女を警戒していると言う事はつまり彼女が僕に関心を持っているという事なのだ!
とは言ってもそれに応えるなど許可される筈もないので、逆により一層気を付けて返事をしなければと注意深くなった僕は、
「好みはともかく、ほとんどの男にとって高雄さんはとても魅力的な女性だと思いますよ」
とそれこそ模範回答で応じた。
にも関わらず何と彼女は、
「と言う事は渡来さんにとっても魅力的だと言う事ですか?」
と食い下がって来た。
ひょっとすると僕は今一生分のツキを無駄使いしているのだろうか?
どう考えてもミスコンの水着審査でブッチ切りで優勝しそうな女性(まぁ軍艦なのかも知れないがこの際そんな事はどうでもいい)からタイプだと言えと詰め寄られているなんて!
もしこの場に彼女と僕の二人切りだったら、それこそ二つ返事で陥落する自信がある位だ。
それなのに、悲しいかな僕の体には染み付いてしまった習い性が深く根を下ろしており、無意識に保護者の様子を窺ってしまう。
そしてこんな時の葉月は絶対に僕の予想を裏切らない。
それに一種の安堵感すら覚えてしまう僕とは一体何なのだろうか?
この不可解かつ答え様の無い自問自答に対しては、後日その解答を見出すと共にその情け無い体たらくに心底失望するのだが、この瞬間の僕はそんな未来をつゆ知らぬまま漠然とその考えを頭の片隅に追い遣ってしまう。
だって次の瞬間にはちゃんと想定通りの予定調和が待ち受けている筈なのだから。
スッと息を吸い込む音を片耳に聞きつつ、葉月がどんな風に華麗に高雄さんをあしらうのかと身構えていた僕は、やはり彼女達を見誤っていたのだろう。
一瞬早く全く違う方向から声がしたのでついビクッとしてしまう。
「高雄ちゃん、そんな風に余り問い詰めたりするものじゃないわ、渡来さんも困ってらっしゃるわよ?」
妙高さんが落ち着いた声でそう諭すと高雄さんはハッとした様な顔になり、次の瞬間頬を赤らめて俯いてしまう。
「あ、あ、あの、わ、渡来さん、そのっ――は、はしたない真似をしてしまいました……」
(うわ可愛いぃ……)
先程の中嶋副長の言い草ではないが、こんなにピュアなリアクションをしてくれる同世代の女性など絶対に居ないと断言出来る。
これ迄経験した事の無い様な欲求が体の奥から湧き上がって来るのを感じ、思わず葉月が隣に居るのも忘れてこの場の勢いだけで彼女を好きになりそうだ。
(いや待て、これは不味い!)
しかし時既に遅く、その内心の動揺は保護者にきっちり感づかれていた。
「あら、全然はしたなくなんか無いですよ?」
葉月は余裕たっぷりにそう言いながら、狙い澄まして僕のアキレス腱に力一杯蹴りを入れて来る。
(痛っ!)
「そ、そうなんですか?」
「ええ、現代では女が男に求愛したりするのも普通ですし、女より頼り無い男も山程居ますからね!」
はいはい、それに付いてとやかく言う気は毛頭ございません、全くもって葉月様の仰る通りですよ!
これ迄の経験からすれば、僕が葉月以外の女性と接触する場合概ねこの辺かもう二言三言位でそれは終了してしまうのが普通だ。
ほとんどの女性はそれ以上深入りするのを止めて引いて行ってしまう。
誰しも葉月の様な如何にも厄介な相手をわざわざ敵に回して迄、こんな頼り無い奴に興味を持ってはくれないものだ。
なのに彼女達はそんな常識とは無縁なのか、それとも戦う事に気後れする謂れなぞ無いとでも思っているのだろうか、一向に引く気配も見せない。
相変わらず端整で人当たりの良い笑顔を浮かべた妙高さんが、
「まぁ、渡来さんはそんなに頼り無い方なんですか? 私にはそうは見えませんでしたので♪」
と遠慮なく直球を投げ込んで来る。
さすがの葉月もこんなにストレートな返しをされた事は無いらしく一瞬言葉に詰まってしまうが、その一瞬を突いて今度はまた別の方向から声が上がる。
「大丈夫ですよ渡来さん! わたしと一緒に毎日鍛えましょ? 努力すればきっと結果に繋がりますよ!」
長良ちゃんのテンションで今時の女性が喋っていたら、ちょっとイタい人扱いされてしまうかも知れない。
でも、彼女のとても純粋な明るさや素直さはイタいだのテンションおかしいだのと言う印象を全く湧かせない。
そもそも鍛え方次第で頼れる男になれるとか、言ってる事のテンションが異次元過ぎると言うのに!
でも一緒にトレーニングしたら本当にそうなれる気がしてしまう位彼女には濁りを感じないのだ。
しかも、その容姿が超絶可愛い! と迄はいかないレベルなのが凄く良い。
如何にも中学や高校の同級生に居そうな感じがしてとても親近感が湧いて来る。
そんな浮ついた事を考えていると、普通であれば何もかも保護者には筒抜けだと言うことを思い知らされる処だが、彼女達のリアクションの速さは悉く葉月を上回っているらしい。
「ダメですよ渡来さん⁉ 長良ちゃんと鍛錬する前に私達を街へ連れて行ってくれないと!」
飛龍ちゃんが弾ける様な笑顔と共に溌溂とそう言うと、
「そぉですよぉ~♪」
と蒼龍ちゃんがふわふわとスキンシップして来る。
幼い頃は別として、思春期以降でこんな体験をするのは僕にとって全く初めての事だ。
まして葉月が例え一瞬とは言え続けて遅れを取るところなぞ只の一度も見た事がない。
この稀に見る強敵達と彼女はどう戦うのだろう?
そんな風にすっかり他人事そのものの気分で傍観していると、ふとむっちゃんと眼が合う。
僕は余程すがる様な目付きでもしていたのだろうか、彼女はにっこりと笑ってくれ、その笑顔は心地よい潮風さながらに心の中を一気に吹き抜けて行く。
ところが次の瞬間、彼女は思い切りアカンベーをしてまた食事に戻ってしまった。
さすがにがっくりとはしたものの、脳内が急にすっきりとクリアになったので、彼女が不機嫌な原因も何となく理解できた。
感情がまだ未熟だとは言え、むっちゃんはれっきとした女子なのだ。
幾ら仲間達と再会出来て嬉しくても、それ迄彼女だけの知己であった僕が自分の事を放ったらかして他の女性達に鼻の下を伸ばしていたら面白く無いのは当たり前だろう。
(うん、後で謝っとこう)
そうでもしておかなければ実の処彼女よりも僕自身が秘かにダメージを感じていたからなのだが、それに気付いたのはこの時よりもずっと後になってからの事だ。
この時の僕は、精々そんな事をしたらまた葉月が不機嫌になるだろうなと思って少し憂鬱を感じていた程度だったのだ。