その後は、余り皆の意見が割れる様な局面はなかった。
加賀の主張した疑念に付いては仁や葉月も意見を述べ、先の事はともかく少なくとも現時点ではその他の有効な手立てが見つからないと言う認識で全員の一致を見た。
どちらかと言うと皆の関心が集まったのは、その過程で他国の(元)軍艦と接触する可能性に付いてである。
「我々はそれなりに優勢だったのもあって、それ程切迫した危険迄は感じませんでしたが――」
「今後も同じだとは限りませんよねぇ~」
実際に交戦した赤城と蒼龍が懸念を口にする。
「もちろん、事前に遭遇する可能性のある軍艦の情報は確認する訳ですが、危険な状況に陥る可能性は否定出来ませんね」
中嶋も楽観的な事は言わない。
だが、それよりももっと心配な点が陸奥にはあった。
「それに付いて覚悟しなければならないとは思いますが――、もっと嫌な事に遭遇する様な気がするんです」
「陸奥さん、ひょっとしてそれは――」
加賀が言い掛けたので、陸奥も頷いてその後を続ける。
「ええ、あたしが一番心配なのは、他国の軍艦ではなくて同じ日本の軍艦と敵対する羽目になったりはしないのかって事だわ」
この言葉に仲間達からどよめきが上がる。
「そんなの絶対に嫌です! 絶対に!」
飛龍が悲痛な声で叫ぶと蒼龍も、
「仲間に撃たれるなんて二度と経験したく無いです――、本当に……」
と悲し気に俯く。
「あんな嫌な思いは一度で十分です! 何故そんな怖ろしい事を仰るんですか⁉」
赤城が昂った様子でそう言い放っても陸奥は表情を変えずに口を開こうとするが、それより早く加賀が断固とした調子で声を上げる。
「皆何を言ってるの? さっきの話をもう忘れてしまったの? 渡来さんも言って下さったでしょ? 都合の悪い事に目を背けた者達の所為で、私達は七十年もの間辛い思いをして来たのではなくて?」
その問い掛けに答えられる者は誰もおらず、その場は静まり返ってしまう。
陸奥が皆の顔を見渡すと、仁と葉月がしっかりと見返してくる。
(二人とも有難う)
目で礼を言っている間に、中嶋が静かに口を開く。
「陸奥さんは、長門さんの事を念頭に言っておられるんですね?」
「ええ、そうです」
「長門さんは一体どうされたんですか? 内地でご健在だと伺ったのが最後なのですが」
妙高の質問に対しては中嶋が応じる。
「長門さんは、妙高さんが沈む少し前に米軍によって二等巡洋艦酒匂共々ビキニ環礁に回航されました。エニウェトクとロンゲラップの間と言えば皆さんにはよくお分かりですね。そこで、他の何隻かの軍艦と共に米軍の新型爆弾の標的とされて沈没したのです。今もそこに沈んでいます」
副長の淡々とした言葉に隠れた意味に、敏感に反応したのは高雄だった。
「なのに、長門さんは米軍だけを憎んでいる訳では無いと言う事なのですね? ひょっとして、自分を見殺しにした日本の事も恨んでいる――、と言うことですか?」
そう言って陸奥の顔を見た彼女の瞳には、微かに光るものが浮かんでいた。
高雄が沈んだ経緯に付いては仁の家でネット上の記述を読んだだけだが、それでも彼女が遣り場のない怒りと深い哀しみとを抱いているであろう事は容易に想像が付く。
「どれ程の思いを抱いているのかは、それこそ本人で無ければ判らないわ。でも、書かれたものを読んだあたしがそう感じた位だから、現実にそんな仕打ちを受けたらきっとそう思う筈だって――そう思ってるの」
その応えを聞いて彼女は更に続けて口を開こうとしたが、妙高がそっと肩に手を掛けると、思い直した様に口を閉じて陸奥を見詰めた。
代わって初春が、陸奥の意図を確かめるかの如く言を上げる。
「陸奥殿は、長門殿と刃を交える事も覚悟しておられると云われますか。それは即ち、そこ迄覚悟致さねば
「そうね、あたし達の大切な仲間を取り戻す為には、例え互いに傷付けあい血を流す結果になったとしてもそれを乗り越える覚悟が要ると思うの。皆がどんな思いを抱いているのかは、他でもないあたし達自身が一番良く知ってる筈だし、それが判るからこそ決して楽観出来る事じゃないと感じるのよ」
気負いこそ無いものの、毅然とした彼女の言葉に俯きがちだった全員の顔が上がる。
そしてその中から加賀が真っ先に口火を切ろうとするが、それを赤城が目で遮り、姿勢を正すと陸奥の瞳を真っ直ぐに見詰めて口を開く。
「陸奥さん、つい浅慮な事を口走ってしまい申し訳ありませんでした、己の不明を深く恥じ入っております。ですが、たった今陸奥さんのご覚悟を伺って蒙を払った心地です。どうか我等をお導びき下さい。どれ程過酷な
その厳粛な言葉に室内は一瞬静まり返るが、一呼吸もおかぬ内に仲間達から口々に声が上がる。
「私もです!」
「陸奥さん!」
「ボクも!」
それらの声が一巡りした頃合で加賀が静かに口を開く。
「皆にも改めて言っておくけど、私達は盲目的に陸奥さんの命令に従って責任を全て陸奥さんに押し付ける訳では無いわ。あくまでも陸奥さんは私達の纏め役よ。私達全員は自らの知恵と行動で陸奥さんを支えていくの、断じて過去の悪夢と同じ轍を踏んでは駄目よ。陸奥さん、甚だ身勝手なお願いで申し訳ありませんが、私達の纏め役に――旗艦になって頂けますか?」
(あたしが皆の旗艦に……)
不思議な程迷いは無かった。
深く考えるより先に笑顔と共に言葉が口を衝いて出る。
「判ったわ、皆協力して一人でも多くの仲間を海底から救い出しましょ! 中嶋副長お聞きの通りです。あたし達全員が仲間の捜索に協力します。但し、その過程で例えほんの小さな事柄であれ納得の行かない事があれば、一つ一つ話し合って解決する迄はそれを中断します。それで宜しいですね?」
「もちろんです、正直に言ってとても喜んでいます。皆さんは最も好ましい結論を出されましたね! 渡来さん塔原さん、もし可能であれば週に1回または隔週に1回位でお二人に足を運んで頂いて、皆さんと一緒に話し合う機会を持ちたいと考えていますが、協力をお願い出来ますか?」
発言したくてウズウズしていたらしい仁が、間髪を入れずに返事をする。
「是非お願いします! 皆さんのお手伝いをさせて下さい!」
(もう、仁ったら♪)
彼の鼻息の荒さに思わず陸奥も苦笑するが、案の定と言うべきか葉月が皮肉たっぷりにその後を続ける。
「私もお手伝いさせて頂きます。放っておくと、感情に任せて暴走したり空回りしたりする民間人がいるかも知れませんので!」
仁は何時もの諦めの混じった表情で、これまた口癖となってしまった返事をする。
「はいはい、毎度ご迷惑お掛けして済みませんね――」
「まぁ渡来さん! 二つ返事とはお行儀が悪いですよ?」
葉月が指摘するよりも素早く妙高が突っ込んでしまい仲間達から笑いが漏れるが、当の葉月は少々憮然としてしまう。
「それでは一旦休憩にしましょう。皆さん、飲み物はいかがですか?」
あの防衛官の女性は仲間達の世話係と言う事なのだろうか、彼女が運んで来てくれたペットボトルを受け取って陸奥は喉を潤す。
「陸奥さん、これからも宜しくお願い致します」
赤城が隣に腰を下ろしながら笑顔で話し掛けて来る。
「もうっ、赤城ちゃんには敵わないわ! あたし、今日皆と会ったばかりなのに」
「申し訳ありません、ですが既にお分かりの通り、ここにいる全員が陸奥さんこそ我らの旗艦に相応しいと感じております。私や加賀さんでは務まらないのも明らかですし」
赤城はやや性急な処はあるが陰湿さが無く、過ちをすぐに認める事が出来る謙虚さなど、十分優れた人格の持ち主だと思うのだが――。
「それはそうと、陸奥さんは今後どうなさるのですか? こちらに移って来られるのでしょうか?」
「そうねぇ、やっぱりそうすべきなのかしら」
そう言いながらも、その決断をするにはかなり躊躇いがある。
彼と一緒に暮らす楽しさからどうにも離れ難い自分がいるのだ。
それに仲間探しと言う大きな難題を一つ乗り越えた今、心中に密かな期待が湧いて来ている。
まだどうすれば実現出来るのか判らないが、彼と二人で街に出掛け、買い物をしたり食事をしたり出来たらどれ程楽しいだろう!
(今すぐじゃ無くても、もうちょっとだけ待っても良いわよね、仁♪)
そう思い直したので赤城にそれを告げ様とすると、続けて彼女が話し掛ける。
「それにしても、渡来さんと塔原さんはもう既に一家を構えておられるのですか?」
「違うわ、あたしはじ――いえ、渡来さんの家に居候させて貰ってるの。塔原さんは一緒に泊まり込んでくれてるだけよ」
まさか自分が彼を騙すかも知れないと思われていたからだとは、ちょっと言えなかった。
「いや、そうでしたか。先程来拝見していると塔原さんは本当に良く気が付いて、渡来さんの遣る事為す事にぴたりと寄り添っておられるので、さすがは許嫁でいらっしゃると思いまして――」
ガンッ!
頭に強い衝撃を感じた陸奥は、一瞬赤城が自分を殴ったのかと勘違いする処だった。
(何よ――どう言う事なの? ――何を言ってるの?)
頭の中で許嫁という言葉がぐるぐる回り続け、それと一緒にこれ迄の葉月の言葉が波の様に襲い掛かって来る。
『もう絶対に離れちゃイヤよ!』
『仁の栄養が偏らない様に、何時も気を付けてたのよ』
『まぁね、長い付き合いだし』
それらは何度も何度も気が狂いそうになる位反響を繰り返し、次第に意味を成さない雑音の塊となって陸奥のあらゆる感覚を遮断してしまう。
(もう止めて! 沢山だわ⁉)
心の中(なのだろうと思うが本当にそうなのかすら覚束ない)で思い切り叫ぶと、唐突に耐えられないその雑音が消え失せ、一転して凍える様な静寂がそれに取って替わる。
森閑とした凍てつくその世界には、もちろん陸奥自身しかいなかった。
彼女が今もっとも向き合いたくない、どこ迄も冷静な自分自身しか……。
(そうよ、最初から判ってた筈じゃないの⁉ 二人は特別な関係だって予想が付いた筈なのに、あんたが勝手に都合の悪い事から目を背けてただけでしょ!)
容赦の無いその言葉が無数の矢となって全身を刺し貫き、その痛みによって現実に引き戻される。
「――ですから、何かと気不味い事などお有りなのでは無いかと思っておりました。どうでしょう、副長にお話されて見ては?」
その時、やっと赤城が何かを喋り続けていたのに気付いたが、その声もどこか遠くから聞こえて来る様に感じる。
「そ、そうね、また後で考えて見るわ」
いい加減な返事をして初めて喉がカラカラに渇いている事に気が付き、ペットボトルの中身を一気に呷る。
「どうかされましたか、陸奥さん?」
怪訝そうに聞く赤城に、
「あ、赤城ちゃん、あたしちょっとおトイレに行って来るわ!」
と告げて逃げる様に部屋の外に出る。
廊下には誰もおらず、静かな中に自分の荒い息遣いが響いていた。
(おトイレ、どこにあるのかしら……)
何かしていなければ、座り込んで泣き出しそうな自分が酷く嫌だった。