陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第五章・第二節〕

 それから幾らも経たずに、何もかもがそう旨くいく訳では無いのだと言う事を僕は改めて思い知る。

折角むっちゃんと少し蟠りが解けて、三人で過ごす最後の夜を多少なりとも楽しく過ごせると思い掛けていたのに、事はそう簡単では無かった。

買い物から帰って来た葉月は無言のままキッチンに立つと料理に没頭し始めたのだが、彼女が帰って来ると共にむっちゃんの口数はぐっと少なくなり、俯き加減に戻ってしまったのだ。

 

(やっぱり何かあったのかな)

 

そうは思ったもののやはり心当たりの無い状況に変わりは無く、首を傾げたままでむっちゃんの荷造りを手伝っている内に、夕食が出来たと呼ぶ声がする。

 

(もうこんな時間だったんだ)

 

改めて残された時間の少なさを覚えながら、むっちゃんと共にキッチンに出て来ると、ひどく食欲をそそる匂いがした。

 

「良い匂い……」

思わずむっちゃんも呟いたそれは、どうやら一からの手作りらしい煮込みハンバーグの様だ。

にも関わらず、手間暇を掛けた料理を披露する時に何時もなら必ず聞かされる苦労話とウンチクが何も出て来ないだけでなく、葉月は如何にも浮かぬ様子でテーブルを前に突っ立っている。

僕がかなりの労力を費やして、

「凄く美味しそうだね、葉月?」

と声を掛けると彼女は一瞬パッと明りが灯った様な表情を見せるが、すぐにまた元の表情に戻ってしまう。

それでもさすがに僕らが『頂きます』と言うと、小さな声で『召し上がれ』と応じたのだった。

 

実際のところ料理は素晴らしい出来映えで、僕は思わず、

「うわ、旨っ」

と声が漏れてしまい、むっちゃんも

「本当、凄く美味しいわ……」

と感嘆した程だ。

僕らが期せずして同時に葉月の顔を見ると、顔を上げこそしないもののチラリと上目遣いにこちらを一瞥してボソボソと口を開く。

 

「あそこのご飯、半端じゃ無く不味かったから、美味しいもの食べさせてあげとこうって思って……」

 

何だか世の中って本当に不自由な事ばかりだなと思ってしまう。

彼女はむっちゃんに対する思い遣りを無くしてしまった訳では無いのだが、二人の間にある溝なのか行き違いなのか、僕には良くわからない何かを乗り越えてむっちゃんに翻意を促す事は出来ないらしい。

 

「有難う葉月――とっても嬉しいわ」

 

むっちゃんは傍目にもはっきり分かる程の努力をして葉月の顔を見詰めると、静かに礼を言う。

それに反応した彼女は、まるで数年振りに起動された機械か何かの様にぎこちなく顔を上げてむっちゃんと視線を合わせる。

 

「あ、あのね……」

「なあに、葉月?」

「私ね……その……えっと……」

 

その場の空気が俄かに張り詰め、呼吸するのを忘れてしまう。

葉月が口に出そうともがいているのがどんな事なのかまだ分からないものの、それは明らかに事態をひっくり返す可能性のある事の筈だ。

だが固唾を飲んで見守っていた僕の目の前で、明らかに彼女の中で何かが折れた気配がして突然ふっと緊張が途切れてしまう。

 

「…………また、パフェ食べに行こうね――、週末とかに……」

 

(ダメだったかぁ)

 

がっかりすると共に、少しだけ葉月が可哀想になった。

見ている僕がどっと疲れを覚える程ぎりぎりの葛藤をする彼女など、恐らく遠いあの日以来の事だろうし、何よりその最後の一山を越えることが出来なかったのだから、今はさぞかし挫折感と自己嫌悪に苛まれているだろう。

そして、それはいつも僕自身が通る道でもあった。

 

 結局その後食卓で交わされた会話と言えば『ご馳走様』『洗い物とか全部私やっとくから』『うん頼むよ』だけだった。

 

僕は自分の部屋に上がって、スーツケースを出して来てむっちゃんに渡すと風呂を洗いに行く。

お湯を張り始めてから客間に戻ると食事の後片付けを終えた葉月が先に来ていた――のだが、室内には堪え難い程の緊張感と沈黙の嵐とが吹き荒れている。

今度こそ真剣にその場を逃げ出したいと思ったが、ありったけの勇気を振り絞って室内に体を捩じ込む。

なのに様にならない事この上無く、余りの緊張で僕は脇腹がつってしまい、二人を手伝う以前にストレッチをする羽目になる。

 

「ちょっと、あんた一体何しに来たの?」

 

葉月が露骨にイラついた口調で嫌味を言うが、顔は寧ろホッとしている様だ。

僕が苦笑しながら、

「役立たずだけど、居ないよりましだろ!」

と言い返してむっちゃんの顔を見ると、彼女はチラリと視線をあわせてニコッと微笑む。

そう、良く分かっているよ、僕はこの為に――只のクッションになれればという積もりで――此処にいるんだから。

 

こうして二人の間には一言も直接の会話は無いまま夜は更けて行き、昨夜迄は一緒に入浴していた彼女達も今夜は2人バラバラに入った。

途中で気が付いた事だが、葉月は荷造りの手伝いだけをしているのでは無く自分の荷造りもしているのだった。

むっちゃんに対して、貴方だけを追い出したりしないと言いたいのだろうか。

ひょっとすると彼女が今出来る最大限の誠意の示し方なのかも知れない。

そして現金な僕は、そんな振る舞いを何だかいじらしいと感じてしまう。

もしそう思わせるのが彼女の策だとしたら、見事に引っ掛かっているとしか言い様が無いのだが。

 

荷造りも終わったその夜更け、僕らは一人ずつ床に就いた。

 

このまま夜が明けなければ良いのにと思っていたのは、僕だけだったのだろうか。

 

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