どれだけ我慢しようとしても、後から後から涙が溢れて来る。
何故こんなに悲しいのだろうと自分自身を見詰めて、その不思議さを感じる事が出来る位には落ち着いている積もりなのに、胸が張り裂けそうな程のその辛さをどうにも出来なかった。
(良い加減にしなさい! 二度と会えなくなる訳じゃ無いのよ⁉)
そんな風に己れを詰って見てもやはり涙は止まってくれない。
自分は只逃げ出したかっただけなのに……。
仁と葉月――結婚を約束し合った二人――の間に、唐突に挟まり込んだ場違いで目障りな邪魔者。
自分の事をそう思った瞬間、もう二度とそこには戻りたく無かった。
昨日仁の家に帰る事すらしたく無かったのに、心優しく恐らく今この世で唯一人自身の事を差し置いても陸奥の身を案じてくれる彼は、そんな自分ですら理由も聞くこと無く深く思い遣ってくれる。
『あそこは、何時でもむっちゃんの家だよ』
彼の言葉が蘇る度に、どうし様も無く嗚咽が込み上げる。
(戻りたい! 戻りたい!)
頭の中に陸奥自身の叫び声が何度も何度も木霊するものの、その叫びは優しい眼差しを注いでくれる彼に届く事は無い――いや、届かせてはならないと思うとその虚しさに益々胸が締め付けられる。
「陸奥さん、大丈夫ですか?」
余りに泣き続けるのを見かねて斑駒が心配そうに声を掛けて来るが、陸奥は返事をする事が出来ない。
(ちゃんと返事しなきゃ、心配させちゃうわ!)
一生懸命に自分に言い聞かせるが、それでもどうにもならない。
(どうすれば良いの? 今ここで引き返して仁の所に戻れたならこの悲しみが止まるの? あたしは満足出来るの?)
そう思った瞬間、脳裏に葉月の顔が浮かんで来る。
彼女に邪険にされて追い出された訳でも何でも無いが、それでもその笑顔を間近で見られるかと問われれば、それはどうし様も無く耐え難いものとしか感じられない。
(やっぱり無理だわ――、今のあたしには出来ない……)
そうこうする内に暫く逡巡していた斑駒が意を決した様に横を向くと、運転している男性防衛官に声を掛ける。
「済みません、どこか安全な所に停車して下さい」
(駄目っ、今戻る訳には行かない!)
必死の思いで口を動かす。
「いえっ、行って下さい!」
「えっ!」
彼女が驚いた様に陸奥を振り返る。
これまたとても不思議だったが、一度声を出してしまうとどういう訳か少し落ち着きが戻ってくる。
「済みません、ご心配をお掛けしました。もう大丈夫ですから行って下さい」
涙はまだ止まらないが、少なくとも嗚咽は治まって来た。
「陸奥さん、ご無理をなさっておられませんか?」
斑駒は如何にも心配そうに声を掛けるが、俄かに落ち着きを取り戻しつつある陸奥は己の感情を整理し始めていた。
(例え無理をして戻った処で何も解決しないわ……。それに、毎日二人の顔を見ながら暮らす事なんて出来るの?)
その自問に対する答えなど深く考える迄も無かった。
それどころかもしもまた仁に優しくされたりしたら、その時こそ自分の心が引き裂かれてしまいそうな気がする。
(少しだけで良いわ、時間を掛けて頭を切り替えるのよ――あたしには仲間がいるでしょ⁉)
「強がりを言う積もりはありませんが、本当に大丈夫ですのでどうか宜しくお願いします」
そう、大丈夫でなければならない、自分は仲間達の旗艦なのだ。
彼女達の先頭に立ってまだ見ぬ仲間達を探し出すと決心しただけではなく、姉と刃を交える覚悟すらしたのではないか。
そう思った陸奥は大きく深呼吸すると、改めて自分に言い聞かせる様に口を開く。
「すぐに落ち着くと思います。只ちょっと慣れていないだけですから――」
今は自分を迎え入れてくれる仲間の許に行くのが最善なのだ。
そしてもう少しだけ仁と葉月の事を冷静に見られる様になってから、改めて自分の気持ちを整理すれば良い、只それだけの事だ。
そんな風に何とか自分を宥めすかしたのだが、それでも自分を見詰める斑駒の瞳にどこか痛まし気な色が浮かんでいるのが見えてしまい、心の奥底を見透かされた様に感じて少し気に障った。