陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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第六章
〔第六章・第一節〕


 先程から平静を装うのに全力を振り絞っている自分が滑稽だった。

今朝は今朝で起床ラッパが鳴る随分前に目が覚めてしまったが、ごそごそ起き出して同室の初春や子の日を起こす訳にもいかず、ベッドの中で悶々と過ごしていた。

会議が始まる迄に、皆と一緒に朝食を摂ったり居室デッキの掃除をしたり洗濯をしたりと色々な事をした筈なのだが、ほとんど何も覚えていない。

記憶に残っていることと言えば、行く先々で何時も時計ばかり見ていた事位だろうか。

 

(あ~もうっ! 本当に嫌になるわっ)

 

いざ会議が始まると、気が付く度に仁の顔ばかり見ている自分が酷くみっともなく感じられて仕方がない。

 

(心を切っちゃうスイッチがあったら良かったのに)

 

無論そんな便利なものは幾ら現代でも有りはしなかったので、やはり力尽くで自分の感情を押さえ込むしか無いのだった。

気を静め様と視線を逸らして見ても、葉月と目が合いそうな気がして彼女の方は見られない。

もし目が合ったりすれば自分は石になってしまうのではないか、いや自分達は元々鉄の塊なのだから、元の鉄に戻ってしまうのではないか――そんな恐怖にも似た思いを何時しか自分は抱いている。

そんな訳で改めて仲間達の方へ目を向けて見るが、それはそれで今度は高雄が気になってしまう。

払暁から浮き足立っていた自分が言う事では無いが、彼女は朝からずっとそわそわしており、自分同様会議が待ち遠しくて仕方が無かった様だ。

 

(もう高雄ちゃんたら――本気なのかしら?)

 

さすがに数日前の様に睨んだりはしないものの、つい恨めしくなってしまう。

実際、陸奥の様に仁や葉月に対して含む処が無い彼女は、誰に気兼ねする事も無くひたすら彼を見詰めている。

会議が始まってからずっとそうなので、気にした仁がやや当惑しながら視線を合わせた時はそれこそ蕩ける様な甘い笑顔を浮かべたのだ。

 

(一体どうやったらあんな風に笑えるのかしら?)

 

思わず感心してしまったが、同時に不安が湧き上がって来る。

何せ高雄は葉月が言うところの男性の願望を地で行っているのだから、彼女に甘い笑顔を向けられれば普通の男は嬉しい筈なのだ。

実のところ隊に移って来てからの数日間、食堂や厚生棟など諸々の場所で隊内の男性達の近くを通る時に見ていると、彼らの視線はほとんど高雄に向けられていた様な気がする(ただ彼らは高雄の顔よりも、もう少し下の方をやけにちらちら見ていた様な気もするが)。

なので、仁が(陸奥にとっては特別であっても)ごく普通の男性と言うのであれば、彼女にあんな笑顔を向けられたら嬉しくなるのかも知れない。

 

(でも嬉しくならないで仁!)

 

さっきから陸奥はずっとそう念じている。

こうして離れて暮らす様になっても想いが通じて欲しい――ついそんな風に思ってしまう自分に応えてくれているのか否か、今のところ彼は嬉しそうな様子を見せてはいなかった。

 

 少し気が楽になったので、会議の内容に頭を戻す。

在日米軍への用心に始まって、諸外国に自分達の存在を漏らさない様にする事が何故重要なのかという話題が続いている。

隊に来てからの数日間、陸奥は仲間達と一緒に様々な座学を受けた。

自分達が知っていた七十年前の世界の様子は、専ら帝国海軍の軍人達やその関係者らの会話や時折交わされる電文の内容、彼らが見ている書面や新聞程度から得る断片的な知識だけだったので、それらを体系的に聞く事はとても興味深い。

今や米国は敵から同盟国に変わっており、朝鮮も台湾も南洋諸島も全て外国になり、樺太や千島はソ連にとられ、そのソ連は今はロシアだと言う。

日本は随分小さくなったのだなと感じると同時に、日本の軍隊も同じく小規模になっている事に驚かされる。

 

「現代の軍事力は、物量や規模より質が重要視されています」

とは中嶋の弁だが、科学技術の発達はそれ程世の中を様変わりさせたと言う事なのだろう。

それだけに自分達の存在は、その科学技術の上に成り立っている世界秩序を大きく揺るがせる可能性があるのだという。

この話を聞いた時、理屈は何となく分かるのだが感覚的には自分も仲間達も納得が出来ず、この会議の際にもう一度話をしようと言う事になった経緯がある。

 

「でも、現代の兵器なら威力や性能も桁違いなのではないですか? なぜ、私達の様な過去の遺物を恐れる必要があるのですか?」

 

加賀のこの意見は皆の疑問を代弁している。

 

「その現代の大量破壊兵器を使って戦争すれば、敵味方両方滅亡してしまうんですよ」

横から口を挟んだ葉月の言葉に、

「それが本当であれば、そんな強力な兵器など何の意味があるんでしょうか?」

と妙高が不思議そうに応じる。

「世界が二つの陣営に別れて、お互いの腹を探り合いながら軍備拡張を競い合った時代が30年以上続いたんですよ。その時代には、もし互いの優劣がはっきりしてしまえば、万に一つの完全勝利の可能性に掛けてどちらかが全面戦争を仕掛けるかも知れないという危機感があって、止めたくてもやめられない状況に陥ってた見たいですね」

 

陸奥の贔屓目なのか仁の説明は何だか判り易く聞こえるが、それを更に龍田がとことんまで卑近な内容に引き摺り下ろしてしまう。

 

「あらぁ~、何だか皆さん臆病な意地っ張りさんばっかりだったんですねぇ~♪」

彼女の感想は身も蓋も無く、中嶋が苦笑しながら補足する。

「龍田さんに掛かると一刀両断ですね。まぁそんな背景もあって、いわゆる大量破壊兵器を使った戦争と言うのはこの七十年一度も起こらず、通常戦力による地域紛争や小競合いが多発する様になったんです」

「と言う事は――」

赤城は、この様な間合いで口を開く事が多い様だ。

癖なのかそれとも意識しているのか判らないが、彼女は往々にして纏め役になりがちだった。

「そのいわゆる通常戦力同士であれば、やはり古来よりの定石通り奇襲攻撃が圧倒的に有利と言う事ですね?」

「その通りです。目視であろうがレー、いや電探であろうが監視衛星であろうが、対象物が小さい程気付かれること無く接近出来ると言う事です」

中嶋の答えは明快だが、それ以上に仲間達の表情からこの議論の成り行きが良く理解出来たという雰囲気が伝わってくる。

そして陸奥がそう感じた通り、朧が声を上げる。

「つまり、アタシ達は人間と同じ大きさなのに艦艇一隻分の力があるから――だからとっても物騒なんですね?」

「そっかぁ~ボクそんなに物騒な奴だったんだね! 何だか照れちゃうなぁ♪」

「物騒な奴と言われて照れるのは、其方位なものじゃ皐月よ♪」

初春がそう突っ込むと一斉に楽し気な笑いが起こる。

陸奥も思わず笑顔になるが、その拍子に仁と目が合った。

 

(あっ……)

 

一瞬どうし様かと戸惑うが、彼は目を逸らさず何か言いた気に真っ直ぐ陸奥を見詰めて来る。

 

(判るわ、何か大事な用があるのね仁)

 

まだ通じ合えている――そう感じただけで、急に心にゆとりが出てくる。

 

(もう少し後でね)

 

目でそう伝えると、自然に彼から視線を逸らす。

勘の良い葉月は早速気付いているかも知れないが、構うものかと言う気持ちも少なからずあった。

二人が許嫁だからと言って、一言も喋ってはいけないという決まりも無いだろう。

そう思っていると、斜め向かいから蒼龍が、

「あ~っ、陸奥さんたらやぁだぁ、もう♪」

と軽く揶揄する様な笑顔で声を掛ける。

 

(蒼龍ちゃんてば、何でこういう事に勘が鋭いのかしら?)

 

そうは思ったものの、

「ちょっと用事があるだけよ、特別な事じゃないの♪」

と軽い笑顔でいなしておく。

あまり騒いで欲しくないと思ったからではあるが、何も葉月に警戒されるのを恐れてではないのだと、何処かで無理矢理自分に言い聞かせていた。

 

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