陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第六章・第二節〕

 葉月を見ていると少々気の毒になって来る。

かく言う僕も午前の会議迄はとても緊張していたのだが、今はすっかり落ち着いていて食事を楽しむ余裕すらある。

もっともその食事が楽しめる味では無い事が少々残念なのだが。

 

 葉月にとっては単なる迷惑でしか無いのだろうが、僕はここにやって来ると外の世界への興味を抑え切れない彼女達の関心の的になってしまう。

特に高雄さんは、明らかに単なる関心を通り越した強烈なアピールをして来るのだ!

普通あそこ迄露骨に異性を見詰めていたら誤解されても仕様が無い処だが、彼女はそんな事には全く無頓着で、視線で顔がヒリヒリする程見詰めて来た上に、これ迄の人生で只の一度も遭遇した事の無い蕩けてしまいそうな笑顔も見せてくれた。

過去にそんな経験をした事の無い僕は、軽く目眩がして危うく失禁しそうになった程だ。

只一応言い訳しておきたいのだが、幾ら僕が愚か者でもさすがに自分の男性としての魅力が彼女達を惹き付けているなどと勘違いしてはいない。

高雄さんだけでなく、今競い合う様に僕をチヤホヤしてくれる彼女達も、要は軍人以外で素の一般人の若い男を見るのはおそらく初めてなのだろう。

しかも感情と言う物を持ってこの世に出現してまだ数日と言う時に見たのだから、その刷り込み効果は相当なものに違いないのだ。

そう――その位はちゃんと分かっている積もりなのだが、分かっているだけにこの状況は実は僕にとって生涯で一度切りの、しかも千載一遇のチャンスではないだろうかという思いを禁じ得ない。

 

(物珍しさだろうが刷り込みだろうが軍艦だろうが、付き合えるんだったら同じだろ!)

 

心の中の積極的な僕が頻りにけしかけ、それに対する冷静な僕はまともに反論出来ない。

何故かと言えば、とても正直に白状すると彼女が凄く(いやいやもの凄く)タイプだからだ。

こんなに可愛くて濡れた様な黒髪に真っ白な肌のコントラストが眩しくて、見ているだけで体の芯がウズウズしてくる程の豊満な体つきで、何処かしらおっとりとしたピュアで優しげな女性なんて絶対この世に存在する筈が無いと思っていたのに!

そう感じてしまったが最期、積極的でお調子者な僕は俄然主導権を握り始め、冷静で小心者の僕がどれ程、

(おい分かってるか⁉ やり過ぎたらそれこそ本当に葉月に刺されるぞ⁉ もっと冷静になれよ!)

と説得しても聞く耳を持たない。

 

――もしこのテンションのまま僕が暴走していたら、そう遠からぬ内に彼女達は血の惨劇を目撃する羽目になったかも知れないが、幸いな事にそうはならなかった。

確かに高雄さんの引力は凄まじく、僕は地球の重力などそもそも存在しなかったかの様にすっかり浮足立っていたのだが、それをあっさり超える力によってほぼ一瞬で地上に引き戻されたからだ。

 

 午前の会議が後半に差し掛かった頃のあの初春ちゃんの突っ込みは思わず嫉妬する程絶妙で、僕も彼女達共々笑わせて貰ったが、その楽しい瞬間にむっちゃんと目が合ったのは僥倖以外の何物でも無い。

彼女の瞳に一瞬戸惑いの色が浮かんだのは分かったが、僕には如何しても伝えなければならない事があり、そしてチャンスなどと言うものは何時も都合よく巡って来てくれるものでは無い事もこの数日身に染みて分かっていた。

 

(話があるんだ、むっちゃん!)

 

と、僕は必死に気持ちを伝え様とするが、実際にはそんな必死の努力など全く用無しも良い所だった。

彼女は1秒も要する事無く僕の意図を汲み取ってくれ、とても自然にアイコンタクトを返してくれると、これまたとても自然に視線を外してくれたのだ。

もうくどくどと説明する必要も無いだろう。

彼女の眼差しが巻き起こしたその何とも言えず優しい潮風は、脳裏からあの蜜のように甘い笑顔をいとも容易く吹き飛ばし、全身を感じた事の無い充実感と幸福感で満たしてしまった。

そんな訳で、僕の隣には今確かに高雄さんが座っているのだが、まるで従妹と他愛のない雑談でもしているかの様に落ち着いていられるのだ。

 

 とは言うものの葉月にとって昼食はやはり戦場の様で、今日も僕の鼻先で連合艦隊の精鋭達と盛んに火花を散らしている。

さすがに彼女達は全員が1対1で葉月と互角に渡り合える程の猛者では無いが、艦隊戦に持ち込んでしまえばお手の物である。

しかも、彼女達はこんなつまらない(信じられない事に、勝者の為の賞品はこんな情けないヤツと楽しくお話しする権利なのだ!)事に対してもかなり真剣勝負を掛けて来るのだから、普通の女性相手ならば向かう所敵無しの葉月であっても苦戦は必至だ。

 

先日の経験を生かした葉月が考える事は(昼食をパスしてしまうと言う反則技を除いて)兎に角彼女達より素早く有利な席を確保することだろう。

もちろん僕らの日常的にはそれでOKだろうが、それを真面目に阻止し様とするのが彼女達だ。

 僕らが例の食事部屋に行って見ると先日同様に長テーブルを並べて作った食卓が用意されていたのだが、なんと彼女達は四隅の席(無論僕をそこに座らせ無い為にだ)をさっさと先に埋めて待っていた。

で、いきなり不機嫌になった葉月は取り敢えず僕を無難な駆逐艦の子達の横に座らせ、自分がその反対側を確保することで妥協し様としたのだが、幾ら何でも席が決まってから席替えする様な露骨な事はしないだろうというのは所詮現代の日本人である僕らだけにしか通用しない価値観だった。

無難だった筈の周囲の席はあっさり高雄さんが葉月の反対隣、長良ちゃんが正面という配置に入れ替えられてしまい、僕は彼女の瞼がピクピクするのを見てしまう。

 

そのうえ更にダメ押しの一手があった。

葉月の反対隣になんと龍田さんが座って、彼女を上から下まで舐め回す様に観察した挙句、

「塔原さんってぇ、とっても明るくて可愛くてお尻もキュッと締まっててぇ、結構私好みですねぇ~♪」

とにこやかに(葉月曰く目は笑ってなかったらしい)宣言して震え上がらせたのだ。

そんな訳で葉月の旗色は芳しくなく、戦場の主導権はしばしば彼女達に握られがちで、全体としては艦隊側の勝利と言えそうな状況である。

 

(さすがにちょっと可哀想だな)

 

そうは思ったものの、うっかり口に出したりすればそれこそ『あんたに心配して貰う程落ちぶれちゃいないわよ!』と啖呵を切られてしまうだろう事は目に見えていたので、心中で秘かに同情するだけにしておく。

それに、彼女達は陰惨な遣り口で葉月を袋叩きにしようなどとは欠片も思っていないらしく、この鍔迫り合いも終始安心して見ていられた。

 

 そうこうしている内に中嶋さんの終了宣言が出て彼女達が後片付けに動き始めた途端、葉月が勢い良く席を立つと小走りに部屋を出ていってしまう。

おやっと思ったものの珍しく余裕のあった僕は、自分がやるべき事の優先順位をちゃんと思い描ける。

鞄から紙袋を出しながら立ち上がると、既にむっちゃんが僕を見ていた。

躊躇う事無く歩み寄ると、彼女もすっと皆から離れる様に移動してくれる。

 

「むっちゃんに、これを渡したかったんだ」

「なあに、これ?」

「中に手紙を入れておいたから読んでくれる? 本当はもっと色々使えるやつを買ってあげたかったけど、傍で使い方を教えてあげられないから――」

 

むっちゃんは、口許に笑みを浮かべながら

「判ったわ、後のお楽しみにしておくわね♪」

と肯う。

 

「ここの生活はどう?」

「皆と一緒なのはとっても楽しいわ、でも、ご飯とお風呂は仁のお家の方がやっぱり良いわね♪」

 

(戻って来れば良いんだよ⁉)

 

そう口に出した積もりだったのに、肝心な処で僕の声帯は動作不良を起こしてしまう。

 

「……」

 

にも関わらずむっちゃんには通じた様で、彼女はもの言いた気な切ない瞳で僕を見詰める。

 

(むっちゃん、僕は――)

 

自分自身の中で名状しがたい感情の雲が湧き上がって来るのを確かに感じるのだが、咄嗟にはその正体が掴めずもどかしい気持ちだけが募る。

 

そんな不自然な間が焦れったく思われたのだろうか、突然斑駒さんが話し掛けて来る。

 

「陸奥さん、午後の会議が始まる迄に時間もありますし、自室に荷物を置いてこられてはどうですか? 邪魔になるでしょうし」

 

一瞬キョトンとしたむっちゃんも(そして僕も)すぐに斑駒さんの意図を理解した。

彼女が紙袋をぶら下げていたら僕が何かを渡したのは一目瞭然だし、何と言ってもむっちゃん達はともかく僕ら現代の日本人にとっては、白地に赤い文字の書かれたその紙袋を見れば中身が何か考える迄も無い。

「ええそうします。それじゃあ仁、また会議でね」

にっこり笑って部屋を出て行く彼女を見送りながら、

 

(やっぱりここは葉月にとってアウェイなんだな)

 

などと思っていると、不意にチョンチョンと背中を突つかれる。

振り返ると、先程華麗な突っ込みを披露して全員を沸かせた初春ちゃんが立っていた。

 

「ご挨拶がまだでしたのう渡来殿。帝国海軍第二十一駆逐隊所属に御座りました初春と申しまする、宜しくお見知りおかれよ」

 

気品を漂わせている彼女は随所で機知に富んだ発言をしていた印象が強く、小柄な大人の女性の様に感じていたが、こうして間近で見ると大人びた空気を纏っていながら如何にも少女然とした容姿にも見え、正に年齢不詳と言う表現が相応しい。

 

「こちらこそ、渡来です、よろしくお願いします」

僕がそう応えると、彼女は特徴的な眉を上げてニコリと笑う。

「先日来、妾と子の日は陸奥殿と同室にて起居しておりましての」

そう言うことだったかと納得する。

「陸奥さんの毎日の様子はどんな感じですか?」

「本日に限りますれば、早朝より心ここにあらずと言う態で御座りましたの♪」

 

手にした扇で口元を隠しながら少々悪戯っぽく上目遣いに僕を見たその眼差しの妖艶さに、思わず背筋がゾクゾクしてしまう。

変わった言葉遣いや気の利いた物言いに気を取られていたが、初春ちゃんがとんでもない美少女だと言う事に今更ながら気が付く。

 

「楽しみにしてくれてたのならとても嬉しいんですけどねぇ」

「ほほ、渡来殿、少々の事では動ぜられませぬな」

「胆が座ってるからじゃないですよ、念のため」

「ほほほ、愉しい方じゃ。因みに、こちらにお越しになった日は一体何があったものやらと心騒ぐ程に御座りましたが――花顔に紅涙の跡も見受けられましたしのう」

「僕にも理由は分からないんですよ、突然の事だったので余計に」

「渡来殿にも心付く由は無いと仰せか、はてさて如何なる神に引かれ給うたやら」

「彼女はずっと様子がおかしいんですか?」

「さすがにその様な事は御座りませぬぞ、すぐにこちらの様子にも慣れて普通に振舞っておられました故。尤も、やはり膏肓に何やら秘めておられるとお見受けしておりますがの」

「お願いします、出来るだけ彼女の相談相手になってあげて下さい」

「渡来殿は卒直なお方じゃの。妾もそうありたいと願うておりますものの、薄徳の身ゆえ一朝一夕にはお役にたてずにおりまする。何とも口惜しい限りですのぅ」

 

むっちゃんは仲間にも本音は話していないのだろう。

だとしたら、それを聞き出すのは並大抵の事では無さそうだ。

それに一生懸命になる位ならば、彼女が仲間達とも僕らとも蟠りなく付き合っていける様に、そしてもしも家に戻りたいと思った時には気兼ね無く戻って来れる様にしておいてあげることが、今一番必要な事かも知れない。

 

「ほほほ♪」

 

何の前触れも無く初春ちゃんが愉し気に笑ったのでビクッとしてしまう。

「どうかしました?」

「いえ――渡来殿、急に良いお顔になられましたの。何ぞ得心のいく事など御座りましたか」

 

(凄いな――今会ったばっかりなのに)

 

やっぱり彼女は只の少女ではない(まぁ、その妖艶な迄の美しさの時点で既に只者で無い事は確定なんだが)。

そしてもちろん初春ちゃんのみならず、彼女達は皆只可愛いだけではなく何処かしら人間離れした力を秘めている存在だった。

むっちゃんは今、そんな頼もしくかつ分かり合える仲間達に囲まれて、安心して日々を過ごせる状態にいるのは間違いなさそうだ。

そう思うと、胸の奥に重く沈殿していたもやもやとしたものが少し軽くなる。

 

「ええ、少しだけですが♪」

 

それでもゼロと少しでは天と地程の差があるのだ。

 

 

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