陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第六章・第三節〕

 風呂の後で娯楽室に集まって皆とお喋りするのはとても楽しく、つい時間を過ごしてしまうのだが、今日はさっさと切り上げて自室に戻る。

子の日がついて来るのは仕方が無いと思っていたものの、去り際にちらと窺うと初春が目で笑って見せる。

 

(初春ちゃん有難う……)

 

子の日は仁を快く思っておらず、何を言い出すか不安に思っていたが、初春が気を利かせて彼女を引き留めてくれている。

ほっとして自室に向かうと後から加賀も出てくる。

「陸奥さん、お邪魔で無ければご一緒して構いませんか?」

「加賀ちゃん、気を遣わせちゃった見たいね。もちろん良いわよ」

彼女と共に自室に入り、自分の寝台に腰を掛けて彼が渡してくれた紙袋を手に取る。

「何が入っているんですか?」

「あたしもまだ知らないの」

もっとも、陸奥が気になっているのは中身が何かでは無く彼の手紙の方なのだが、さすがに加賀の前で中身を放ったらかして手紙を読み始める訳にもいかず、赤と白の紙箱を取り出す。

「お守りケータイ?」

加賀が怪訝そうに読み上げるが、陸奥にはそれが何なのかすぐに判った。

「これ、携帯電話だわ!」

急に動悸が激しくなって来るのを感じる。

 

(これがあれば、話したい時に何時でも仁と話せるのね!)

 

「陸奥さん、随分嬉しそうですね」

彼女に指摘されて、初めて自分がどんな顔をしているのか気が付く。

「隠しても仕方無いわね――そうよ、あたし本当に嬉しいの」

そう言いながら折り畳まれた便箋を広げる。

そこに綴られた手書きの文字を見るだけで、まるで仁の声が聞こえて来る様な気がする。

「何て書いてあるんでしょうか?」

彼女に聞かれる迄も無く、陸奥はそれこそ一心不乱に文字を追い掛けていた。

 

彼は、陸奥にもっともっと色々な物を揃えてあげたかったし色々な事を経験させてあげたかった、携帯電話も、もっと色々な事に使える物を買ってあげたかったが使い方を教えてあげられないので取り敢えず簡単なものにした――等と書き連ねていた。

この携帯電話には幾つか連絡先を登録してあるのでそれを選ぶだけで電話が掛けられるし、短い文章ならメール(電文見たいなものだと書いてある)も送れるとの事で、彼のスマホには二十四時間何時でも掛けて構わないので、話したい事があればどうかそうして欲しいとまるで頼み込む様な調子の言葉が並んでいる。

そして最後に、毎週必ず様子を見に来るので欲しい物は何時でも言って欲しい、外出出来る様になったら色々な所に連れて行ってあげたいと名残惜しげに綴っていた。

 

「そんなに良い事が書いてあるんですか?」

 

加賀がそんな聞き方をするからには余程嬉しそうな顔をしていたのだろう。

どうし様かと逡巡したものの、何かしらそうした方が良い様な気がして、

「ええ、加賀ちゃんも読んでみる?」

と手紙を渡し、自分は携帯電話の入った箱を開ける。

中に入っていたのは手の中にすっぽり収まってしまう程の大きさで、丸味を帯びた可愛い水色の機械らしからぬ物だった。

 

(仁や葉月のとは大分違うのね。でもあたしの好きな色だわ……)

 

僅か数日の間だったが、彼はちゃんと見てくれていた。

手紙に書かれていた名前の冊子を捲ると使い方が判り易く説明してあり、すぐに電源を入れることが出来る。

「陸奥さん、いきなり使えるのですか?」

「そんな難しいものじゃ無さそうよ? これを見たらとっても簡単だわ」

そう言いながら、早速登録されている電話番号を確認してみる。

『1ばん』には『じんのスマホ』が登録されていた。

 

(これを二回押すだけで、仁と話せるのね!)

 

今すぐ彼に電話して見たいと言う衝動が湧き上がって来るが、辛うじてそれを我慢して『2ばん』を見てみる。

『2ばん』は『はづきのスマホ』だった。

陸奥は思わず苦笑するが、能々考えれば自分が一方的に葉月に近付き難く思っているだけ(とは言い切れないかも知れないが)であって、そんな事を知る由もない彼の立場からすれば、本当に困った時には彼女が頼れる存在なのは間違いないだろう。

続いて『3ばん』を確認して見様と――

『3ばん』は――――

不意に涙が溢れて来て目を開けていられなくなる。

 

「陸奥さんどうしたんですか⁉ 陸奥さん!」

突然大粒の涙を零し始めた陸奥を見て、相変わらずほとんど表情には出ないものの明らかに加賀が慌てる。

「何でもないわ――大丈夫よ――加賀ちゃん――」

 

応えながら可愛らしい携帯電話を胸に抱き締める。

 

(仁、仁!)

 

『3ばん』に登録されていたのは『むっちゃんのいえ』だった。

 

(御免なさい――あたし、やっぱり強がってたの……本当は帰りたくて仕方無いわ)

 

ここの生活が嫌な訳でも無いのに、何故これ程帰りたいのだろうかと思う。

 

「渡来さんのお手紙にある『むっちゃん』が陸奥さんの事なんですね」

そう言いながら加賀が涙を拭ってくれる。

「――そうよ、考えてくれたのは葉――塔原さんだけど」

「陸奥さん、一つお聞きしても構いませんか?」

「なあに?」

「失礼ですが、何故こちらに移って来られたのですか?」

「……」

 

さすがに陸奥は迷う。

 

(加賀ちゃんには話すべきかしら……)

 

「答え難い事なのかも知れない――とは思ったのですが、でもこのお手紙と言い陸奥さんのご様子と言い、どう考えても誰も望んだ事では無いとしか思えないのです。もちろん私達にとっては嬉しい事なのですが」

 

「――――そうね、加賀ちゃんには正直に言うわ。あたしが二人の邪魔者になってると思ったからよ」

「何故そう思われたのですか? このお手紙を見ても、渡来さんが陸奥さんを邪魔に思っている節など微塵も感じられませんが?」

「でもね、渡来さんと塔原さんは許嫁なのよ、あたし見たいな得体の知れない女が居候してるだなんて、塔原さんにすれば気が気じゃない筈でしょ?」

「それでは、陸奥さんは私達と再会出来れば直ちに渡来さんのお宅を出様と考えておられたのですか?」

「ううん、そんな積もりじゃ無かったわ――。だって許嫁だったなんて知らなかったもの」

「何時お判りになったのですか?」

「加賀ちゃん達と初めて会えた日よ、赤城ちゃんから聞いたの」

 

何気なくそう応えると、彼女は見るからに訝しげな顔になる。

 

「済みません、疑う積もりはありませんが渡来さんや塔原さんから直接聞かれた訳では無いのですね? しかも陸奥さんがご存知無かったのに、初対面の赤城さんが何故か知っていたと言う事ですね?」

 

相変わらず彼女の物言いは手加減が無い。

確かにそう言われると、陸奥も何故納得していたのだろうと疑わしい気持ちになって来る。

 

(そうだわ……あたし、確かめもしなかったわ)

 

「――本当にそうね、加賀ちゃんの言う通りだわ――きっとあたし、目を背けたい逃げ出したいって気持ちで一杯だったから、ちゃんと確認し様とか思いもしなかったのね」

「陸奥さんがご自身を責められる必要は無いと思います。赤城さんが渡来さんや塔原さんから本当に聞かされた可能性も全く無いとは言えないでしょうし。でも、やはり赤城さんだけが知っていたというのは如何にも解せません」

 

胸中で複雑な思いが渦巻く。

 

(これがもし勘違いだったら――あたしは戻れるのかしら? でも、葉月はきっと納得しないわよね。赤城ちゃんだって嘘を吐く訳無いし……)

 

何だか真相がはっきりして欲しい様な、そうなると誰かが極まりの悪い思いをしてしまいそうな、素直に喜べない気分がする。

 

「陸奥さん、私――」

加賀が何か言い掛けた丁度その時、

「陸奥さんずるーい、なんで子の日を置いてっちゃうのぉ⁉」

とけたたましい声を上げながら子の日が扉を開け、続いて初春も入って来る。

「見て判らぬか、陸奥殿と加賀殿は大事なお話があったからに決まっておろう」

時計を見上げると消灯時間が近付いている。

「あらもうこんな時間ね、加賀ちゃん遅くまで有難う」

子の日の手前もあり取り敢えずそう言って話を締め括ったものの、陸奥の心中はすっきりした訳では無く、加賀もそれは判っている様だ。

 

(いっその事、仁に相談して見ようかしら?)

 

そう思って彼のくれた水色の携帯電話を見詰める。

とは言え、それでは解決にならないだろう事も何となく想像がつく。

 

(そうよね、あたしはどうしたいかなんて相談する迄も無いわ)

 

結局、なる様にしかならないのかも知れない。

人間の姿になってからと言うもの、自分で如何にか出来る事の方がずっと少ないのだから。

 

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