陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第六章・第七節〕

 「いや! そんなの絶対にイヤッ!」

この反応を予想していなかった訳では無いが、いざ面と向かって言われるとどうしたらいいのか途方に暮れてしまう。

「どうしてあんな奴の所に行きたいの⁉ 子の日達と居るのがそんなに嫌なの⁉」

子の日が『あんな奴』と口にした瞬間、その瞳に憎しみの焔が燃えるのを見て思わず陸奥は目を背けてしまう。

 

(仁の事、そんな風に言うなんて!)

 

彼女に対してそんな苛立ちを覚えてしまう自分にうんざりするが、ほんの二週間余り前の事を思い反して心を鎮める。

 

(そうよ、仁は怒り出したりしなかったわ)

 

それどころか、彼は自身の無関心さを詫びてくれさえしたではないか。

そう思い直すと改めて彼女に向き直り、努めて冷静に応えを返す。

 

「あたし、嫌だから出て行く訳じゃ無いわ」

「じゃあここに居れば良いんでしょ? どうして出て行くの?」

「そうね、あたしは間違って出て来てしまったの。だからそれを元に戻したいのよ」

「皆と一緒に暮らすのは間違いなの? 子の日は陸奥さんや姉様と一緒に暮らすのが良いのに、陸奥さんは違うの?」

「違わないわ、でもあたしにとっては同じ位大切な場所があるの。それを、あたしは小さな勘違いの所為で失くしてしまう処だったのよ」

 

最後の方は彼女に向かって話しているのではなく、自分自身に対する言葉になっていた。

 

(ひょっとしたら、あたしは欲を出しているだけなかしら)

 

例えそうであったとしても、やはり陸奥は取り戻したかった。

 

あの心弾む様な喜びと寛ぎに満ちた暮らしと、そして何より何時も自分の事を気遣い、己を差し置いてでも大切に思ってくれる誰か――もちろんそれは仁だ――がいてくれる暮らしへと時計の針を戻したい。

 

何故なら、自分は自由な意志で今の暮らしを選んだ訳では無く、只目を瞑って逃げ出しただけなのだから。

 

「でも子の日にはここだけだもん! 陸奥さんと姉様だけだもん!」

 

彼女が両眼に一杯涙を溜めて訴える。

 

「其方の言いたい事はよう判っておるぞ、子の日よ」

 

それ迄ずっと黙っていた初春が初めて口を開く。

 

「じゃが、其方も何れ今の陸奥殿の様に違う何かを見付け出す事になるのじゃ。もちろん、恐らくは妾もじゃがの」

 

「子の日はそんなの欲しくないもん! 陸奥さんと姉様が良いの!」

 

「否、例え其方が望んでおらずとも、何れそれはやって来るのであろう。其方も言うておったではないか、例え嫌な事であろうが否応無しに訪のう事もあるのじゃ」

 

「だったら子の日は陸に上がりたくなんか無かった! せっかく姉様や陸奥さんと会えたのに、また引き離される位なら海の底にいる方が良かった!」

 

「子の日よ、その様な事を言うてはならん。未だ冷たい水底(みなそこ)に横たわっておる同胞(はらから)の事を思うても、まだ其方はその様な事が言えるのか?」

 

彼女の語気は空く迄穏やかだが、決して甘やかす訳ではなく厳しさが籠っている。

 

子の日の瞳からは大粒の涙が零れ落ち、それを見ていた陸奥は彼女だけでなく初春にも辛い思いをさせている事に気付く。

 

「二人共ごめんね、あたしの我儘の所為で――」

 

そう言って二人の肩を抱き寄せ様とすると、子の日がグッとしがみ付いて来てその涙が上衣に滲むのを感じる。

同じ様に初春を抱き寄せたものの、彼女は抗いはしない迄も肩に力が入ったままだ。

 

(そうよね、姉様だものね……)

 

そう感じると無性に二人が愛おしくなり、ギュッと抱き締めて顔を近付け、静かに語り掛ける。

 

「二人共大好きよ、でも、やっぱりあたしは自分の気持ちに嘘は吐けない。その代わり、何とか副長にお願いして毎日ここに通ってくるわ。――それで許してくれるかしら?」

 

しがみ付いた子の日の手に一層力が籠り、初春は微かに首を回して陸奥の肩に顔を埋める。

 

それを感じ取った陸奥は何か言わなければと思ったものの、その言葉は喉の奥に支えたまま出て来る気配もない。

 

只々黙って二人を抱き締める腕に力を入れる事しか出来なかった。

 

(子の日ちゃんの言う通りだわ――皆が嫌いな訳でも何でも無い、こんなに安らかな気持ちにだってなれるのに……)

 

仲間達を大切に思う気持ちは言う迄もなく、一緒に暮らす喜びすら感じるのだ。

 

それでもなお仁の許に戻りたいと願う強い想いは、未だ陸奥自身にも充分理解出来ている訳ではなかった。

 

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