陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第七章・第五節〕

 (結局こんな事になっちゃって……)

 

全くもって、陸奥とその仲間達には調子を狂わされてばかりだ。

 

(でも、この娘達の方がずっとましなんだから困ったもんよね~)

 

もしそこらのチャラい女達にでも同じ目に遭わされたりすれば、多分薄暗いガード下で待伏せして刺してやろうかという気になる位腹が立っただろうに、彼女達に対してはそんな気にはならない。

特にたった今も生まれて初めて(という表現が正しいかどうかは別として)のパフェに蕩けそうな顔で舌鼓を打っている子の日は本当に素直で愛らしかったし、その姉の初春は葉月自身思わず『こんなお姉ちゃん欲しかったな~』とつい思ってしまう程妹思いの素晴らしい姉だと感じていた。

 

しかし――である。

 

例え人となりに不満が無いからと言って、陸奥の事で頭が痛いのは否定出来ない。

彼女はたったの二、三週間で見違える位成長して戻って来たが、正直に認めてしまうとこれ程バツの悪い思いをさせられるとは思ってもいなかった。

あの日陸奥の瞳を覗き込んだ時、逆に自分が覗き込まれていた気がしてならない。

 

(幾ら何でも変わり過ぎよ!)

 

ほんの少し前の彼女は、今目の前にいる子の日と体の大きさ(と多少の女性らしさ)位しか違わない無垢な存在だった筈なのに、まんまと騙された気分だ。

だから油断していた葉月はつい無防備に心中をさらけ出したまま彼女と向き合ってしまい、陸奥の思い違いに乗じてしまおうとした事や、その過程で葛藤したことすら見抜かれてしまった様に思えてならない。

それを素直に認めるのも癪なので精一杯向こう気を張って見たものの、やけに物静かで落ち着いた陸奥には余裕があり、まるで『葉月ったら肩に力入り過ぎよ♪』と窘められた気さえした。

 

(でも、一度位不意打ちに成功したからって見くびって貰っちゃ困るわね!)

 

無論のこと、葉月は既に腹を括り直している。

だからこそ不用意に負い目を作らない様に仁の家に再度押し掛けるのは断念した(これがかなり心残りだったのは事実だ)し、料理を教える約束もちゃんと果たす様努めている。

同じ失敗を繰り返していては、それこそ本当に仁を横取りされてしまうだろう。

とは言え、そういう目で見る限り彼女にとってはまだ危機的な状況ではないとも言える。

陸奥が陰湿な手段で葉月を出し抜く様な真似をするとは考えにくい上に、何よりあのバ――いやいや仁は、こちらの目を盗んで如才なく立ち回る才覚は持ち合わせないからだ。

 

(小手先の技は逆効果になりかねないわね、慎重にいかないと)

 

とにかく気を抜かない事だ。

それさえ怠らなければ彼を失う事も無いし、陸奥との友情を育むことだって出来る筈だろう。

実際今も仁とお喋りしている彼女が心底楽し気なのを見た処で、特に憎たらしいとかいう感情は湧いて来ない。

 

(まぁ、多少の事は目を瞑ってあげるわよ♪)

 

葉月がこれ迄に得た教訓の中で最も重要なことは『仁の限界を踏み越えてはならない』という事である。

彼の一見優柔不断でどこか頼りないその外見の奥底には、実は並外れた頑固さが秘められていることに以前から気付いていたからだった。

例えば自分が全ての外堀を埋め立てて完璧な囲い込みに成功した場合、彼は多少不服そうにはするだろうが『まぁ仕方ないかぁ』と言いながら現実を受け容れるだろう。

だが、もし万が一その過程で仁の胸中の一線を踏み越えてしまう様な事があれば、彼は例え生涯独身を通す事になっても絶対に自分の事を受け容れたりはしない筈だ。

その恐るべき地雷をうっかり踏んでしまえば、これ迄の長年に渡る努力が全て水の泡になってしまう。

だから、彼の命の恩人である陸奥を邪険に扱ったりするのは何があっても慎まねばならない。

 

(どんな勝ちでも勝ちは勝ちだわ!)

 

昔の葉月はやはり彼が自ら告白してくれる事を強く願っていたが、仁の事をよく知れば知る程それをさせるのは至難の業だということも分かって来た。

とは言うものの、彼が葉月に対して好意を抱いているのはどうやら間違い無さそう(しかし彼自身はそれに気づいていないらしい)なのでそれなりに望みは持ち続けていたのだが、突然海の底から現れた強力なライバルに勝つためには形振り構ってはいられないのだ。

 

(むっちゃんには仁よりもっと似合いの人がいるはずよ――中嶋さんとか……)

 

斑駒によれば中嶋はどうもバツイチらしい。

彼の様な並々ならぬ人格者が結婚に失敗しているというのも不思議に感じるが、誰しも最良の選択を何時も出来る訳では無いのだろう。

最後は自分の気持ちを信じて決断するしかないのかも知れない。

 

(むっちゃんの気持ちは分からないでも無いけど――まぁそこは勘弁して貰わないとね~)

 

彼女が仁との外出をとても楽しみにしていたらしい事は手に取るように分かったし、それを邪魔する様な底意地の悪い真似もしたくはないが、彼への想いを募らせるのを放っておく訳にも行かない。

葉月としても結構辛い処なのだ。

 

「でもこんなに何着も買って貰って――本当に申し訳ないわ」

「何言ってんのよ! 女なんだから衣装代が嵩むのなんて当たり前よ」

「そうなの仁?」

子の日が口の周りにクリームをつけたまま仁の顔を見上げる。

 

「まぁ僕ら男に比べたらそうだと思うよ♪ それに、毎日会う人達に『また同じ服着てるぅ』とか思われない様にしてあげたいんだ、出来るだけなんだけどね」

そう言って優し気な笑みを浮かべる彼の鼻面に、ついグーパンチをお見舞いしたくなってしまう。

 

(せめてその半分でも私に優しくしなさいよ!)

 

心の中でそうツッコミを入れている間に、陸奥が濡れナフキンで子の日の口元を拭ってあげている。

 

(あぁ、余計な事突っ込んでる場合じゃ無かったわね)

 

彼女の世話を焼く位は陸奥に任せておいても全く支障無いが、姉妹のいない葉月としては何となく初春や子の日に良くしてやりたいという気持ちもあるし、何より何時も仁の傍にいる二人を味方につけておくのは戦略上とても大事なことだ。

ここでも葉月はきっちりと外堀から埋めて行く積もりでいる。

 

「それにしても、街中を日がな逍遥すれどとんと和装を見掛けませなんだの。やはり今日の我が国ではこれが当たり前でありましょうや?」

「初春ちゃんはやっぱり和服が着たいの?」

「左様にござりますな、どちらかと言えばその方が性にあいますかの」

「ごめんね、さすがに着物買ってあげるのはちょっと無理かなぁ。当分は、ファストファッション系ばっかりになっちゃうけど我慢してね?」

「我慢なんかしてないよ! ねぇ姉様⁉」

「ほほ、まこと子の日の申す通りにござりますぞ♪ 斯様な迄のご厚情に浴しながら我慢などと申しては、たちどころに神罰が下りましょう」

「そうだわ、あたし達本当に仁に感謝してるの。こんなに楽しい思い迄させて貰ってるのよ? 仁の所に戻って来れて本当に幸せよ」

 

(ちょっとちょっと、何よそのキラキラした瞳は⁉ 私を差し置いてナニ入り込んじゃってるのよ!)

 

葉月が勢い込んで割って入ろうとしたその機先を制して、子の日が無邪気なテロを炸裂させる。

「そうだよ! 仁だ~い好きだよ!」

 

(うわぁ――悪いんだけど子の日ちゃん、私ちょっと嫌いになったわ……)

 

仁はと見ると、案の定だらしなく鼻の下を伸ばしている。

 

(何よコイツは! 幾ら可愛いからってこんな幼女にデレデレするとかあり得ないっ!)

 

踵で彼の足を攻撃するのと陸奥がグッと目力を込めて彼を睨み付けるのはほぼ同時だった。

怯んだ仁は溜め息を吐きながら、

「失礼しました……」

と詫びを入れたので、葉月も陸奥も満足気に元の体勢に復帰する。

 

「さぁさ子の日や、早う喰らわねば折角の甘露が溶けてしまうぞえ♪」

初春の言葉は如何にも面倒見の良い姉のそれだが、顔はさも可笑し気な笑みを湛えており明らかにこの状況を楽しんでいる様だ。

 

(姉妹って言っても同じ駆逐艦なのよね~、なのにこの違いは何なの?)

 

何度考えてもこの”元”船達は理解の範疇を超えており、理屈でどうこう出来る様な類いのものではない。

もっとも、例えどんな理屈がつこうが現にお人好しな仁が彼女らにすっかりデレまくっている以上、葉月にとって大勢に影響は無かった。

 

「あそうか、和風のパジャマ位は何とかなりそうだよ?」

「あら、そんなものがあるの?」

「仁殿、くれぐれも過分なご配慮は無用に願いますぞ」

「多分大丈夫だと思うよ?」

「まぁそうね、可愛いって言うか上品なやつを探さなきゃいけないけどねぇ~」

 

(ったく――アンタ、この娘達の事となるとまともに頭が回転するのね! 普段私にはどんだけ手抜きしてるワケ⁉)

 

心の中でそう突っ込んでおいてから自分に主導権を戻すべく声を上げる。

「さぁ皆、甘い物食べて鋭気を養ったかしら?」

「は~い!」

予想通り子の日が元気よく応じ、陸奥と顔を見合わせてニコッと笑うその光景は確かに心和むものだったが、彼が二人の様子に目を細めるのは大いに気に入らない。

 

(やっぱりあんたはこーゆーのに弱いのね⁉ んっとに分かり易くて涙出て来るわ!)

 

「それじゃ最後は二人のパジャマね。仁、お勘定任せたわよ!」

腹立たしさの余り殊更に非情な申し渡しをして席を立つが、彼は堪えた様子もなく笑顔を崩さない。

その上後から立った初春が、

「ほほ仁殿、もう少しお気遣いなさいませんと奥方様がご立腹なさいますぞ♪」

と余計な茶々まで入れる始末だ。

 

(――ま、まぁ奥方様ってとこだけは評価しとくわ……)

 

まだまだ頭の痛い日々は続きそうだった。

 

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