先日の『とおとうみ』に比べるとこの艦は一回り以上大きく余裕もあったが、それでも在りし日の自分自身とは比較にならず初春や子の日と変わりない位だった。
とは言え、気兼ねする必要の無い船室が与えられているのは安心感もあって落ち着ける。
「何だかドキドキしますよねぇ、瑞穂さんちゃんと出て来てくれるんでしょうかぁ♪」
蒼龍は彼女なりに不安を感じている様なのだが、その性格の故なのか気楽な世間話をしている様にしか見えない。
「私が出てくるのその目ではっきり見たでしょ⁉ 心配する様な事じゃ無いわよ」
飛龍があっさり断定すると、高雄がそれに応じて
「そうですよね、必ず出て来てくれますよね――私真っ先に謝らなきゃ」
と、静かではあるもののどこかしら気持ちを昂らせている様な相槌を打つ。
「そうか、高雄さんは瑞穂さんの末期を看取ったのでしたね」
赤城が記憶を手繰り寄せる様にそう言うと、言われた高雄も彼女の手繰ったその時の彼方を見透かそうとしているのか、宙を見つめながら自嘲している様な後悔している様な複雑な感情を込めて応える。
「そんな恰好良いものではありませんでした。私は何も出来なくて……瑞穂さんが沈んで行くのを只々見ている事しか出来なかっただけです」
「高雄ちゃんあたし達は船だったのよ、自分の意志で動けた訳じゃ無いわ。だから、瑞穂ちゃんも貴方の事を責める積もりなんて無いんじゃないかしら」
思わず陸奥が口を挟むと、彼女は苦笑とも取れる弱々しい笑みを浮かべる。
「有難うございます。でも――瑞穂さんがいいと言ってくれたとしても、やっぱり謝らずにはいられないと思います。単に私がそう願っているだけなのかも知れませんが……」
(高雄ちゃんに謝ってくれる人は誰も居ないのよね……)
もちろん、ひょっとすれば彼女の海没処分に関わった人間が生き残っている可能性はあるものの、だからといって彼女が機械的な謝罪の言葉を欲している訳では無いだろう。
こうして同じ哀しみや辛さを共有出来る仲間達に囲まれている事の方が彼女にとってはずっと良いだろうし、もし瑞穂と再会出来て詫びることで瑞穂が少しでも救われたなら、それは彼女にとっても救いになるのかも知れない。
「それにしてもさすがに長く掛かりますね、少々焦れて来てしまいます」
「あら、加賀ちゃんはもう辛抱し切れなくなっちゃったの?」
「我慢出来ない訳ではありません。でもさすがに待機が長過ぎると思っただけです」
「加賀さんは堪え性がありませんからね。もう少し心機にゆとりを持ちませんと大事を誤りますよ」
「赤城さん⁉ 言って良い事と悪い事があります。それでは私が忍耐に欠ける様な物言いではありませんか?」
「ちょっと加賀ちゃんそんなにカッカしちゃダメよ! 赤城ちゃんも、もうちょっと言い方には気を付けてあげて⁉」
この二人の衝突に割って入るのにも大分慣れて来たが、それは仲間達も同じだった。
「赤城さんの言われる事は確かにもっともですが、加賀さんのお気持ちも何となく分かります。こんな風にお客様の様にして長時間待機しているのは確かに落ち着きませんよね」
陸奥が最初に水を入れると、大抵の場合妙高がちゃんと両方の顔をたてる様に取り成してくれる(今は『フォローする』とか言うのよね♪)ので、近頃は二人が険悪になるのはほぼ未然に防がれている。
「その通りです陸奥さん、くれぐれも誤解なさらないで下さい。私はお客様の様な扱いが苦手なだけです。何か仕事でもしていればこの程度の時間が我慢出来ない訳はありません」
「ウフフ分かったわ加賀ちゃん。それじゃ、今は待つのが仕事だと思って我慢して頂戴♪」
「――陸奥さんがそう言われるのでしたら致し方ありません。元より待つ事は全く問題ありませんので喜んで待機致します」
彼女が不承不承そう言うのを苦笑しながら見ていると、横目に蒼龍と飛龍が顔を見合わせてニヤニヤしているのが映る。
「なぁに? 二人とも何だか楽しそうね」
陸奥が声を掛けると二人は改めて顔を見合わせ、チラチラと加賀を見ながら愉し気に口を開く。
「あのぉ~加賀さんがぁ、イライラしているのはぁ――」
「副長がぁ、いないからだと思いまぁす♪」
途端に加賀がばんっと机を叩いて立ち上がり、
「ら、埒も無い事を! 何をそのっ、こ、根拠にその様な戯言を弄するのですか⁉ あ、貴方達と一緒にされては困ります!」
と、普段の彼女ではあり得ない様な動揺を露にして叫ぶ。
「そうだったのですか? ならば何故早く言って下さらないんですか? そうと知っていれば、この度は加賀さんの出撃を見合わせて頂く様副長に進言致しましたのに」
「あ、赤城さん迄! 寄って集って私を玩弄する積もりですか⁉ 私がこの娘達の様に蓮っ葉な事をするとでも言うのですか⁉」
彼女が金切り声をあげる処など見るのはさすがに初めてだったので、何か助け舟を出してやらねばと思って口を挟み掛けると、一瞬早く妙高が口を開く。
「それじゃあ、加賀さんは中嶋副長のこと何とも思っておられないんですか?」
この言葉に全員がスッと静まり返ってしまう。
理由は色々あるだろうが、彼女がこの問いを発したのは助け舟を出すためというより素直な疑問として発せられた様に聞こえたためと思われた。
実際興奮していた加賀自身が少々面食らった様で、逡巡して口の中で何やらモゴモゴした末に、
「そ、それはまぁ確かにその――少しだけ、す、す、素敵な殿方だとは思うけど……」
と意外な程正直に答えた位だ。
「そうですよね! 副長はとっても素敵な方だと私も思います。私、加賀さんと副長ってとてもお似合いだなって思いますよ♪」
またしても彼女は極めて自然にそう言うとニッコリ笑って見せる。
すっかり毒気を抜かれた態の加賀もストンと椅子に腰を下ろし、
「そ、卒直な意見を有難う妙高さん。その――今後の参考にさせてもらうわ」
と俯きながらボソボソと言ってそのまま黙ってしまう。
(妙高ちゃんやっぱり凄いわ。どうしてあんな風に自然に出来ちゃうのかしら?)
もっともここに葉月がいれば、『あんな風に腹の底を誰にも見せない女の闇が一番深いもんなのよ!』と憎まれ口の一つも叩いた処だろうが、今のところ陸奥にとってはここぞという時に頼れる仲間以外の何物でもなかった。
(でもこれで納得したわ。加賀ちゃんの妙な振る舞いは副長の事が気になってたからなのね)
そう思いながら皆の顔に視線を走らせると、今にも暴発しそうな真っ赤な顔をした蒼龍と飛龍が必死に笑いを堪えているのに気付く。
(二人ともダメよ! 今爆笑したら加賀ちゃん本気で傷ついちゃうわよ⁉)
そう念じながら彼女達を見詰めて首を左右に小さく振って見せると、さすがに二人は心付いてさっと表情を綻ばせ、利発な飛龍が上手くその場を取り繕う。
「そうですよ! 加賀さん頑張って下さいね、私達応援してますから♪」
だが何時もの自分をほぼ取り戻したらしい彼女は、
「貴方達は、応援してくれるよりも静かにしていてくれる方が嬉しいのだけれど?」
と素っ気なくあしらってしまう。
「え~⁉」
異口同音にそう口にした二人がさも不満気にむくれてしまうのを見て、思わず心中で苦笑する。
(どっちもどっちね)
長い待機時間もそろそろ終わりが見えて来ていた。