陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第七章・第八節〕

 既に日は西に傾き掛けているらしく、日没迄に余り時がありそうでは無かった。

この曇り空の下で明るい内に捜索を終えるとなると、一時間強がいいところだろう。

グズグズしている暇は無いので、艦上で予め指示を出しておく。

 

「それじゃ、まず赤城ちゃん達四人は艦を中心にして〇時、三時、六時、九時の各方向の航空索敵をお願いね。あたし達以外の何かを見つけたら直ぐに連絡して頂戴。それ以外の皆は二人ずつ組になって、放射状に捜索範囲を広げていくわよ? 駆逐艦同士の組は作らない事と、何かを見つけたり警告を出す以外では原則として無線は禁止よ。あと、艦から十粁以上は離れない事。何か質問は?」

特に無い様だった。

「じゃあ、空母組から先に海上に展開して頂戴、あたし達は組を作るわよ」

赤城、加賀らが先に海上に降り立ち、残った者は素早く組を作る。

「それじゃ、あたし達も行くわよ!」

例によって陸奥が海上に降りるのは一番最後だ。

先に行きたくても仲間達がそうさせてくれない。

 

「その服、格好良いね!」

子の日がこちらを見上げながら言うが、格好良いかどうかはさておき海上での装備としては理に適っていると感じる。

宮咲や斑駒が今回用意してくれたのはウェットスーツという伸縮性のある紺色の服で、水に濡れても保温性があるという物らしい。

ただ着るのには結構な苦労があり、斑駒曰く

「特定の皆さんにはちょっと窮屈かも知れませんねぇ」

とのことだった。

実際陸奥は腿や腰を押し込むのが大変だったし、高雄や蒼龍は頻りに

「胸がキツイです~」

と悲鳴を上げていた。

「これでもうちょっと着易かったら良かったわねぇ」

と応じながら海上に降り立つ。

感覚がグンと拡大して、全身に力が漲るあの感じが体の中を一気に駆け抜けて行く。

「さあ皆、捜索開始よ!」

陸奥の掛け声と同時に全員が口々に

「瑞穂さーん!」

と声を上げながら少しずつ『くみはま』から離れていく。

捜索と言うと大仰だが、実際にはこうして名を呼びながらその範囲を少しづつ広げていく以外に出来ることが無い。

陸奥の右手方向では、高雄と朧が瑞穂の名を呼びながらゆっくりと之の字航行しつつ艦から離れて行くのが見える。

 

(瑞穂ちゃん、早く出て来てくれれば良いのにね)

 

暗くなってからの海上行動はやはり危険なので時間はかなり限られている上、明朝の捜索は天候によっては出来ないかも知れない(悪天候よりも晴れてしまう方が問題だった)。

もし彼女が現れなければ、高雄は心底がっかりすることだろう。

そんな事を思いながら瑞穂を呼び続けていると、突然頭の中に何か奇妙な異物感を感じる。

 

(何⁉)

 

咄嗟に辺りを見回すと、それを感じたのは自分だけでは無いらしい事が直ぐ分かる。

「陸奥さん今のなあに? 何だか頭の中でザワッとしたよ⁉」

子の日の表現が正確なのかどうか判らないが、感覚的には正にその通りだった。

全員に確認する必要があると思った矢先に無線から朧の声が響く。

「陸奥さんこれです! 瑞穂さんが近くにいます!」

「本当なの朧ちゃん⁉」

だが陸奥のその問い掛けに答えたのは彼女では無かった。

間違いありません! 飛龍さんを見つけた時と同じ感覚です! 瑞穂さんはこの辺りに必ずいますよ!

「あ、赤城ちゃん、分かったからそんなに大きな声出さなくても聞こえるわよ⁉」

横で子の日が無線を外して耳を押さえている。

「あっ済みません、つい気持ちが昂ってしまいまして――」

「赤城さん、私達は航空索敵に集中すべきです。捜索は任せておきましょう」

加賀の声が無線から響いて来たので、陸奥は苦笑しながらも仲間達に呼び掛ける。

「手短に言うわね、はっきり強く感じたと思う人は名乗って頂戴、自分の主観で良いわよ!」

するとすぐに返事がある。

「長良です!」

「ボクもだよ!」

「妾もいささか強う感じましたの」

「妙高です、少々自信はありませんが……」

思った通り、方角に偏りがある様だ。

「それじゃ皆、長良ちゃん・皐月ちゃん組の方向を中心に探すわよ! 高雄ちゃん、龍田ちゃんの組はこちらに回って来て頂戴。この後はまた原則無線禁止よ」

そう言って通話を切り上げると、改めて瑞穂を呼びながら進路を変更する。

右手から急速に高雄と朧が接近して来るが、高雄の顔が少し紅潮している様にも見える。

 

(もう直ぐね♪)

 

きっと彼女は自分が真っ先に見つけたいと思っているのだろう。

そうさせてやりたいのは山々だが、瑞穂の位置がはっきりしない以上運次第としか言い様が無かった。

 

やがて全員の足並みが揃って綺麗な扇型になり、規則正しい之の字航行をしながらの捜索になると、再び皆が瑞穂を呼ぶ声と波の音だけが辺りを支配する。

この単調な時間が後どれ程続くのだろうと陸奥がぼんやりと思った次の瞬間、出し抜けにそれは起こった。

方向は長良・皐月組と陸奥・子の日のほぼ中間ぐらいだろうか、距離にして百米足らずといった辺りの海面上に突然金色の煌めきがチラチラと踊り、数秒間ほど続いた後にフッと光が消える。

その後には鮮やかな萌黄色と碧色の衣装に身を包んだ、長い黒髪と白い肌が印象的な華奢な女性が立っていた。

 

(瑞穂ちゃんだわ!)

 

ここでもまた、見た事も無い姿形にも関わらずそれがはっきりと瑞穂だと分かる。

彼女は如何にも不得要領な表情をして、不安気に左右をキョロキョロ見回す。

「瑞穂ちゃん、瑞穂ちゃんね⁉」

陸奥が近付きながら大声を出すと彼女は弾かれた様に顔を上げ、パッと表情を輝かせた。

「陸奥さん! 陸奥さんなの――」

瑞穂がそう口にしかけた時、

瑞穂さん!

と更に大声を張り上げて、陸奥の右横から高雄が凄まじい速さで突進して来る。

「高雄さん、危ない!」

反対の左手側にいた長良が思わず叫んでしまう位それは危うく見えた――が、さすがに彼女は激突する前に急減速し、(それでも相当な勢いで)瑞穂に抱き付いた。

「瑞穂さん! 逢いたかった、逢いたかった――」

そう絞り出す様に言って号泣する。

とんでもない勢いで抱き付かれて一瞬驚愕したらしい瑞穂も、直ぐにそれが高雄であることが分かり、

「高雄さん! 本当に高雄さんなのですね⁉ 私もお逢いしたかった――」

と言って一緒に大粒の涙を零しはじめる。

抱き合って号泣する二人の周囲に集まって来た仲間達も皆貰い泣きし始め、陸奥も泣きじゃくる朧と子の日を抱き寄せながら暫し言葉もなく時を過ごす。

 

それから間もなく激情が少しずつ冷め始め、固く抱き合っていた二人が少し身体を離すと、まだ涙を零しながらも高雄が口を開く。

「瑞穂さん、私、貴方が沈んで行くのを傍で見ているだけで何もしてあげられなくて――ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「そんな! お願いですから謝らないで下さい。何もしてないだなんてそんなこと――高雄さんはずっと傍に居て下さいましたわ。私が浪間に消えてしまう最後の瞬間迄傍に居て下さいました。ですから私ちっとも怖くなかったんです。高雄さんと摩耶さんと、そして最後まで私を見捨てず共に海中に没した勇敢な水兵さん達が居て下さったから……だから――私――ちっとも……」

瑞穂はそこまで言うと後を続けられ無くなり、俯いて改めてさめざめと涙を零す。

「瑞穂さん――有難う、貴方にそんな風に言って貰えるなんて――」

そう言って高雄は再び彼女と抱き合うが、その唇が小さく噛み締められているのに陸奥は気が付く。

 

(高雄ちゃん、思い出しちゃったのね)

 

陸奥もあの日のことが思い出される。

突然自分の体内に何の前触れも無く凄まじい爆風が吹き荒れて身体が引き裂かれ、たった今迄動き回っていた人間達が一瞬で変わり果てた姿となって骸を晒し、それを急速に波が洗い始める。

生き残った人間達は続々と自分を離れて行き、やがて様々な事情から自分を離れる事が出来なかった僅かな人間達が、自分と共に波に飲み込まれて行った。

最後に陸奥が見たものは、一面の霧と、その中にあって遠く黒々とした長門の影だけだった。

 

我に返った陸奥は、まだ腕の中でしゃくり上げていた朧と子の日を伴ったまま瑞穂と高雄に近付き、手を回してそっと話し掛ける。

「よく帰って来てくれたわね瑞穂ちゃん、これから一緒に少しずつ、長い長い歳月を取り戻して行きましょ? 高雄ちゃんも一遍には無理だけど、少しずつ乗り越えて行かなきゃね」

何時の間にか二人を挟んで向かい側に来ていた妙高が、瞳を潤ませながらも微笑んで、

「陸奥さんの仰る通りだわ、二人ともこれからは一緒に越えて行きましょう、この女の姿で陸の上でね」

と、幾分かは彼女自身に言い聞かせる様に語り掛けた。

すると少々意外なことに瑞穂が先に顔を上げ、涙を拭おうともせずにパッと笑顔を浮かべる。

「ハイっ! 私、頑張ります」

そう明るく言い放つと、まだ俯いている高雄の額に自分の額を付けて上目遣いに彼女の瞳を覗き込む。

「ねっ♪」

その言葉と共に笑い掛けられた高雄は一瞬面喰った様な顔をした後、滲む様な笑みを見せて

「はい♪」

と応じた。

二人のその笑顔はあっという間に全員に伝染し、明るい空気が流れる。

「皆さぁ~ん、早く戻らないと真っ暗になっちゃいますよぉ?」

龍田の言葉に陸奥が顔を上げると、確かに海上には宵闇が迫っていた。

「龍田ちゃん有難う、さぁ皆艦に戻りましょう! 瑞穂ちゃんに、ご飯がどれだけ美味しいものなのか教えてあげなきゃね♪」

「はーい!」

皆それぞれに涙を拭ったりしながら陸奥の言葉に明るく応えると、瑞穂を囲んで帰途につく。

皆の後に続きながら、間もなく夜の帳が下り様という薄暗い太平洋をちらりと振り返って見る。

 

(姉さん……)

 

長門はこの薄暮の向こう、二千浬の彼方に眠っている筈なのだ。

 

(何時か、必ず迎えに行くわ――それ迄待っていてね)

 

心の中でそう告げると、踵を返して皆のあとを追う。

今夜は艦内に泊まり、横須加には明朝帰投する予定だった。

 

(今晩は家に帰れないのよね……)

 

たった一晩の事だと言うのに、何故か妙に寂しい様な心許ない気がしてならない。

 

(……)

 

何だか、無性に仁に会いたかった。

 

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