陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第八章・第二節〕

 会議は大いに盛り上がっていた。

瑞穂の発見によって全員で行なった初めての探索任務が成功裏に終わった事もあり、その労いの意味も込めてなのだろうが中嶋から艦娘達の外出について提案があったからだ。

蒼龍・飛龍を始めとする仲間達から歓声が上がり、皆興奮しながら話し合った結果、数人ずつ何回かに分けて付き添いの者と一緒に外出する事となった。

付き添う顔触れは最初から決まっていた様なもので、中嶋、斑駒、仁、葉月が男女二人組をつくることになり、すぐに中嶋・葉月、仁・斑駒の組み合わせで付き添うと決まる。

だが仲間達の組み分けはそうスンナリとは行かない。

陸奥は早々に辞退すると告げたが、初春と子の日もそれに合わせて同じく遠慮すると言い出す。

彼女ら迄遠慮しなくても――と思わないでもないし仲間達からもその様な声が上がったが、結局は次の機会にと言う事に落ち着く。

残る面々の中で赤城と加賀は口を揃えて自分達は一番後回しで良いと主張し、仲間に加わったばかりの瑞穂も不安なのでもう少し日が経ってからにしたいと言う。

この三名を最後の組にすればスッキリする処なのだが、高雄は瑞穂と一緒に行きたいのか自分も後の方が良いと言い出し、人数の釣り合いが取れ無くなる。

また、一刻も早く外に出て見たいとウズウズしていた筈の蒼龍、飛龍や長良達も、同じく陸の上に興味津々だった駆逐艦達を先に行かせてやって欲しいと言い出し皐月と霰は目を輝かせる。

にも関わらず朧が、

「目上の方を差し置いて、アタシ達が真っ先に行くなんて出来ません!」

と言い張ったものだから二人は眼に見えて落胆してしまった。

 

話が暗礁に乗り上げてしまい、皆も煮詰まって来たのでやや半身になっていた陸奥も積極的に調整に加わる事にする。

 

(困ったわね……誰か先番に回って貰えないかしら?)

 

そう思って改めて白板(昔の様に黒板とチョークでは無かった)を睨み付けていたが、最初の組の付き添いが中嶋と葉月であることにふと心付く。

「ねぇ、加賀ちゃんが朧ちゃん達に付き添ってあげたらどうかしら?」

言いながら妙高の顔をちらと見ると、すかさず彼女は意を察してくれる。

「良いですねそれ! 加賀さんと一緒なら安心して行けるわよね?」

と皐月と霰の顔を見やると、見られた皐月が嬉しそうに反応する。

「ボクそれが良いよ! 加賀さん一緒に来てよ!」

この一言で仲間達も一斉に賛同し始め、たちまち場の空気は染まってしまった。

「加賀ちゃん、手間をお願いして申し訳ないけどあの娘達の面倒を見てあげてくれないかしら?」

陸奥が顔を覗き込みながら言うと、彼女は何時もより更にボソボソとした口調で応じる。

「陸奥さんにそう迄言われては断る事など出来ません。――お引き受け致します」

と渋々といった態で肯うが、押し殺し切れない感情が目元に僅かに滲んでいた。

「加賀さん宜しくお願い致します! 陸奥さんご配慮頂きまして有難うございます!」

先程遠慮して見せた筈の朧も、とても嬉しそうに加賀と陸奥に礼を言う。

 

(本当は、朧ちゃんも早く外に行って見たくて仕様が無かったのね♪)

 

「さぁそれでは残る組合せも決めて仕舞いましょう。次は蒼龍さん達で良いですね?」

こんな時は声の大きい赤城の仕切りがやはり小気味よい。

実際、懸案を解決した後の話し合いは然したる事も無く終わり、程なく昼食となった。

 

 昼食後の片付けを始めると中嶋が近付いて来て、

「陸奥さん、ちょっとお話したいんですが宜しいですか?」

と声を掛ける。

「はい副長!」

反射的にそう応じてから良く見ると、中嶋の表情が曇り気味であるのに陸奥は気付く。

 

(どうしたのかしら……)

 

漠然とした不安を抱きながら、小部屋で机を挟んで向き合う。

「突然お呼び立てして済みません。陸奥さんのお考えをどうしても伺いたい事があってお時間を頂くことにしました」

「どう言った事でしょうか?」

ごく自然に聞いた積もりだったが、中嶋は珍しく逡巡している様だ。

とは言え何時迄も待たせる様な事はさすがにせず、サッと表情を切り替えると自身を鼓舞するかの様に用件を切り出す。

 

「唐突な事で大変申し訳ありませんが――単刀直入にお聞きします。防衛隊では陸奥さんの船体をサルベージしたいと考えていますが、それについて陸奥さんはどうお考えですか?」

 

さすがに直ぐにはその言葉の意味を咀嚼出来ず、理解が追い付かない。

 

「えっと――あの――」

 

「驚かれるのも無理は無いと思います。気になる事はどんなことでもお聞き下さい」

彼が少しゆっくりした口調でそう言ったので、陸奥も頭の中を整理しながら恐る恐る聞いてみる。

「済みません――それはその、つまり私の残った船体を全て引き揚げるという事でしょうか?」

「はい、その様に考えています」

 

中嶋の応えは淀みないが、その内心には迷いが宿っているのか、何かしら言葉に歯切れの悪さを感じてしまう。

「あの、何のために――と、伺っても良いですか?」

思い切ってそう聞いて見ると、彼はやや慎重に言葉を選びつつも明快な言葉で答える。

「皆さんは『船の天国』と言う事柄に付いて全員が同じ事を仰いました。俄かに信じ難い話ではありますが、これ迄既に信じ難い事を幾つも見て来ています。ですから、やはり我々としては皆さんがサルベージされた時に一体どうなるのか、確認する必要があると考えているのです」

 

(――天国に――行けるの?)

 

陸奥の中で、ひたすら海底から上を見上げるだけだった長い長い単調な日々が甦る。

そしてその途中で訪れた突然の変化――。

人間達が代わる代わるやって来ては、自分の身体を少しずつ切り取ったり突然発破を掛けて切断して見たりして、否が応でも自分が天に召される事への期待が高まる。

ところがある日唐突にそれは終わり、人間達は陸奥を残して再び去って行ってしまった。

それからは年に一度数人の人間がやって来て、自分を拝む様な仕草をしては去って行く――その繰り返しだけ。

 

(もしもあの頃、感じる心があったらきっと気が狂っていたわね……)

 

もしその時の自分だったなら、こんな事を聞かされてその返答に窮したりなど絶対にしなかっただろう。

しかし、今の自分にとっては既に同じ返答が出来る質問では無くなっていた。

 

「それは何時頃実施される予定なんでしょうか?」

「早ければ来年の春に着手して夏迄に――というのが最も可能性が高いと思って下さい」

中嶋の物言いは相変わらず慎重だがはっきりしている。

 

(来年――あと一年……)

 

この姿になってまだ一ヶ月少々しか経っていない陸奥にとって、一年は長い時間とも思えるし七十年の歳月を思えばあっという間であるとも言えた。

 

(仁、姉さん――どうしたらいいの?)

 

「あの――」

 

「はい、何でしょう?」

「じ、いえ渡来さんは、この事を知っているんでしょうか?」

そう聞いた途端、再び彼の表情が少し翳る。

 

「渡来さんはご存知です。貴女にお聞きするに当たっては、是非とも彼の意見を踏まえた上でと考えましたので」

 

不安が込み上げて来た陸奥は、聞かずにはいられない質問を投げ掛ける。

「渡来さんは、何と言ってましたか?」

 

彼は憂いを滲ませながら机の上で組んだ己の手を一瞬見下ろすが、それでも僅かな迷いだけを経て、意を決した様に口を開く。

「渡来さんはこう言われたんです。貴女が宿している辛く悲しい記憶から貴女を解き放つ事こそが自分の望みだ、それが適うのであれば是非進めて欲しいと――」

 

それは確かに中嶋の口から発せられた筈なのだが、陸奥の耳には仁の声が聞こえる様だった。

そして、その声は春の優しい雨の様に心の中を濡らしていく。

 

(嬉しいわ、仁……とっても嬉しい――とっても……)

 

涙が溢れそうになったのでキュッときつく腕を組んで堪え様としたが、抑え切れずに眼尻から雫が伝う。

 

「陸奥さん……」

 

その涙の意味を理解している彼は更に暗い表情をするが、陸奥にはそれが見えていない。

 

「済みません――情けない顔をお見せしてしまって」

「いえ、そんな事はありません。それより渡来さんの言葉はもう少しあります。それは是非ともお伝えしておかなければなりません」

「どんな事でしょうか?」

「はい、渡来さんが言われたのは二点です。一つは貴女を長門さんに是非会わせてあげたいと言う事、そしてもう一つは、このサルベージ計画に付いては必ず貴女の意思を尊重して欲しい、もし貴女が嫌だと言った場合は断念して欲しいと言う事です」

躊躇いがちな彼の様子は相変わらずだったが、当の陸奥の頭の中は弾んだ思いで一杯になっていた。

 

(仁は、あたしが望んでる事をちゃんと分かってくれてるのね!)

 

それ故に、彼の裡に秘めた感情を訝しむ事が出来なかったのは致し方無いのかも知れない。

 

「有難うございます副長、良く判りました」

「そうですか――。それでどうされますか? お返事は暫くお待ちした方が良いですか?」

「あの、大変勝手な事を申し上げても宜しいですか?」

「もちろんです、聞かせて下さい」

「姉に――長門に会える迄、そのお話は保留させて頂けませんか?」

 

全く信じられない事だったが、陸奥がこう言った途端中嶋は明らかにホッとした様子になり、笑顔さえ浮かべて見せた。

「分かりました。必ず貴女のご希望に沿える様に最善を尽くしましょう」

彼が打って変わって朗らかに応じたので、陸奥も釣られて

「宜しくお願い致します、副長!」

と明るく会話を締め括ってしまう。

どうにかして仁に感謝の気持ちを伝えたいと考え始めた彼女は、中嶋が急に雰囲気を変えた事もあって最前迄気になっていた筈の彼の胸中に付いては俄かに関心を失ってしまった。

 

(あたしが出来る事で、仁が喜んでくれそうな事って何かしら?)

 

そのまま仁との楽しい妄想をあれこれと巡らす事に夢中になってしまった陸奥は、挨拶もそこそこに部屋を後にする。

 

後に残された中嶋は、一人深い溜め息を吐いた。

 

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