陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第九章・第四節〕

 船足を微妙に調整しながらも『おおやしま』はビキニ環礁に向かって航行を続けていた。

今時は気象衛星から太平洋を丸ごと撮影した画像を受け取れるらしく、付近で低気圧の卵とでも言うべきものが発生しており、近々環礁を通過しそうだという事も判るらしい。

防衛隊が大変な注意を払っている米軍の光学衛星がどれ程の実力なのか判ら無いが、とにかく晴天の下では自分達を海上に出したく無いとの事だった。

「そんな事情もあってこれを試して見たいのです」

そう言って中嶋が指し示したのは手摺が付いた水槽の様な物で、上には天幕とでも言うべきものが張られていた。

 

(昨日後甲板で何かしてたのはこれだったのね)

 

「つまりその――海面に降り立つこと無くかつ上空からも見られずに、我等艦娘の能力を発揮させる為の仕掛けと言うことでしょうか?」

赤城が言わずもがなの事を再確認するかの様に言うと、中嶋もあっさりと認める。

「仕掛けと言う程立派なものではありませんが、まぁそう言う目的の物です」

水槽からはホースが二本伸びており、その先は海中に迄届いていて一本が汲み上げ、一本が排水用になっている様だ。

水槽内では水中ポンプが動いており、常時海水を供給し続けている。

「一応これで海とは繋がってる態なんですね」

ポンプから吐き出される海水ともう一本のホースからそれが流れ出している様子を見比べながら、加賀が誰言うともなく呟く。

「例え繋がっていなくても皆さんが一定程度能力を発揮出来ることは明らかですが、やはり最大限に発揮出来るのに越した事はありませんから」

斑駒(娘)の説明は明快だが、自信満々と言う訳では無さそうだった。

「善は急げです副長殿、早速試して見ましょう!」

赤城が今すぐ自分で試したがっているのはありありと判ったが、目的を慮るならば順序があると思い陸奥は声を上げる。

「赤城ちゃんがやって見たいのは判るけど、まずはこの仕掛けの恩恵を一番受けそうな娘が良いと思うわ。どうかしら?」

仲間達の顔を見回すと頷いている者がほとんどで、それを見た赤城も少々残念そうな顔をして口を噤む。

 

(本当に子供見たいね♪)

 

思わず微笑した陸奥が続けて口を開こうとすると、一瞬早く声を上げる者がいる。

「あの――」

その瞬間全員の眼差しがそちらに注がれた為、声を上げた当人である瑞穂は頬を赤らめて俯いてしまうが、それでも改めて顔を上げて控え目ながらもはっきりと意見を口にした。

「出航前にも申しました通り、皆さんの艦隊行動の足を一番引っ張りそうなのは私だと思います。ですから、お差支え無ければ私が試させて頂きたいのですが如何でしょう?」

「有難う瑞穂ちゃん。足を引っ張るなんて思わ無いけど、仕掛けを一番活用してくれそうだとはあたしも思うわ。皆も良いわね?」

異論を唱える者は特にいなかったので早速全員で水槽を取り囲み、裾を捲って履物を脱ぐ瑞穂を固唾を呑んで見守る。

「皆さん宜しいでしょうか――? それでは参ります」

素足で水面にすっと一足踏み出した瑞穂の雰囲気が一変し、力に満ち溢れたその姿は仄かな燐光を帯びる。

「どう、瑞穂ちゃん?」

陸奥の問い掛けに、一段と深みの増した声音で彼女は応える。

「はい、海上にいる時との差異は特に感じられません。高角砲も――」

 

そう言った瑞穂は優雅に腕を伸ばして、それを左右にゆっくりと振りかざす。

「間違い無く追従しておりますし操作感も鈍くありません。さすがに今発砲する訳には参りませんね?」

これには中嶋が応えて、

「ええ、取り敢えず射撃は止めておきましょう。航空索敵を試して見て頂けませんか?」

と促す。

「了解致しました、では――」

彼女の視線が突然周囲の者や仲間達を突き抜けて、遥かな虚空を見詰める。

「本船が見えております――。これより進行方向へと索敵範囲を拡げて参ります」

瑞穂の告げる声がまるで神の託宣の様で、この様な光景を初めて見る斑駒(父)ら警備官達は畏敬の念に打たれた如く身じろぎ一つしない。

「まだかなり遠いですが、十一時方向に島影が見えます。綺麗な三角形をしておりますので、おそらく南鳥島ではないかと思われます」

その神託を聞いた警備官が手にした無線で何事か確認しているが、やがて通話を終えて斑駒(父)と目を合わせるとかぶりを振って見せた。

それを見やった加賀が、

「本船の索敵範囲は概ねどの程度でしょうか?」

と問い掛けると斑駒(父)が答える。

「半径十六から十七浬ですね」

「瑞穂さん、その範囲はどう?」

加賀が瑞穂に向かって声を掛けたところ、彼女は相変わらず虚空を見詰めたままで応じる。

「少なくともその範囲には船影も機影も雲影も島嶼も何も見えませんでした。現在索敵しておりますのはそれよりもかなり遠方になりますが――」

 

これを聞いた斑駒(父)は苦笑しながら口を開く。

「いや恐れ入りました。確かに南鳥島には違い無いでしょうが、本船からは五十浬以上の距離にある筈です。瑞穂さんは既に我々が直接確認出来る範囲を遥かに超えた先を見ておられるのですね。いやそれにしても――皆さん聞きしに勝る異能をお持ちだ」

この言葉が全員に沁みた後で、瑞穂が相変わらず宙を見詰めながら問いを発した。

「どう致しましょう、このまま索敵を継続致しますか?」

「いえもう十分でしょう、出来れば他の皆さんにも感覚を確かめて頂きたいですし」

と中嶋が応じると彼女は軽く頷いて目を瞑り、数秒と経たずに再び目を開ける。

瞳の焦点が戻った瑞穂は、陸奥に顔を向けると目許を綻ばせた。

「先程陸奥さんが仰られた通りに考えますと、次は蒼龍さんと飛龍さんと言う処でしょうか?」

「そうね、それじゃ二人共瑞穂ちゃんと――」

「はーい」

「はーい♪」

陸奥にみな迄言わせずに、二人はさっさと支度を始める。

 

こうして結局全員がこの新しい仕掛けを試したが、艦娘達の能力をほぼ全て発揮出来そうだと言う事は確認出来た。

只残念なことに、駆逐艦達による聴音器や探信儀を使っての水中索敵は上手く行かなかった。

「さすがにそれは無理でしたか」

と中嶋もやや残念そうだ。

 

(でも、船上から航空索敵出来たり砲撃も出来ちゃったりするのは随分便利よね)

 

そう思っていると加賀も同じ様に思ったらしく、中嶋に向かって口を開き掛ける。

が、正にその僅かな間を捉えて一瞬早く妙高が割って入る。

「でも、先んじて航空索敵しながら環礁に接近出来ると言うのは、戦術的に見ても大変有利なのではありませんか? それに長門さんが砲撃して来ないと言う前提ではありますが、陸奥さんの主砲の様な射程の長い火器で敵の射程外から砲撃を加える事も不可能では無い訳ですから、非常に有用なのではないかと感じますね」

そう極めて自然に言ってのけると、副長の顔を見ながら完璧な微笑を浮かべて見せる。

「いや全くその通りです。さすがは妙高さんですね、それが検証出来ただけでも本船の皆さんにご協力頂いてこれを設営した価値が十分にあったと思っています」

彼がそう言いながら妙高に向かって笑い掛けるのを横目に見て、加賀は如何にもがっかりした様な顔をしていた。

 

(ま、まぁこの程度なら許せる範囲かしら――。それにしてもハラハラさせられるわ……)

 

「もし進路の索敵を実行するのでしたら、私志願致します。さすがに四六時中とは参りませんが、低空索敵による対潜哨戒でもお役に立てると思います」

瑞穂の発言は良くタイミングが計られており、余り才気を閃かせない彼女だが実は相当細やかな気配りが出来るのではないだろうか。

「副長殿是非そう致しましょう! 我等航空戦隊共々交代で進路の索敵に当たるべきと思いますが?」

赤城が上手く水を向けてくれたので、陸奥も口火を切り易くなる。

「副長、もし宜しければその段取りと環礁に接近した際の具体的な行動に付いて詰めておきたいと思いますがよろしいですか?」

「そうですね陸奥さん。しかしあくまでも最終の判断に付きましては――」

「副長にお任せをしております、そうですよね?」

陸奥が後を受けて続けると、中嶋も笑みを浮かべてその場を纏める。

「有難うございます。それでは皆さん休憩の後再び打合せと致します。斑駒船長、皆さん、ご協力有難うございました」

と言って動き始めたので、内心胸を撫で下ろした陸奥も一緒に歩き始めると、さり気無く近づいて来た初春が幾らか小さな声で話し掛けて来る。

「陸奥殿も気苦労が絶えませぬの♪」

「初春ちゃんも、気なる事があったらちゃんと教えて頂戴ね?」

「ほほ、心得ておりまするぞ」

 

(頼りにしてるわよ、本当に……)

 

帰途に付く迄は、ゆっくり悩んでいる暇など到底無さそうだった。

 

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