陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第九章・第六節〕

 その夜、中嶋と斑駒父娘を交えた打合せが改めて行われた。

それは実質的な『作戦会議』なのだが、そう言ってしまうと中嶋の立場が無くなってしまうので、艦娘達は彼の前ではうっかりそう呼んでしまわ無い様に注意を払っていた。

 

「副長には苦渋の決断を迫る事になってしまいますが、艦娘の皆さん方の懸念は至極順当なものだと言わざるを得ません」

斑駒(父)の言葉に仲間達と斑駒(娘)がうんうんと頷き、場の空気は状況に関らず艦娘達の出撃容認の方向なのだが、中嶋の驚くべき応えに室内は一瞬で凍り付いてしまう。

「いえ、ご懸念には及びません。明朝の時点で本船に危険が及ぶ懸念が無いと判断されない限り、環礁への接近を断念して船上からの航空偵察による状況見分のみに止めたいと思いますので」

さすがに陸奥も咄嗟には彼が何を言っているのか理解出来なかったが、頭の中で言葉を反芻する内徐々にその心中が判り始める。

 

(つまりあたし達も『おおやしま』も、ご自身の責任において絶対に危険には晒さ無い積もりなのね。例えその事で自分が憎まれ役になるとしても)

 

それが理解出来た瞬間、無意識にだったが大きな溜め息を吐いてしまう。

「はぁーっ……」

 

(しまった、やっちゃったわ⁉)

 

だがもう遅かった。

陸奥が溜め息を吐くのを聞いた途端仲間達の空気が一斉に変わり、複数の者が同時に喋り始める。

「そんなの非道いです! 折角ここ迄来ておきながら、長門さんと酒匂さんを見捨てて帰るなんてあんまりです!」

「危険危険って、そんなにボクらは頼りになら無いって言うの⁉ 潜水艦とどうやって戦うか位はちゃんと判ってるよ⁉」

「たった一隻の潜水艦に私達が手も足も出ないと言われてる見たいです! 到底納得出来ません!」

「ちょっと待って! 皆少し落ち着いて頂戴⁉」

慌てて陸奥が割って入るとさすがに皆直ぐに口を閉じて従ってくれるが、只我慢してくれたに過ぎない。

口火を切ろうかと思っていると赤城が視線を合わせて来るので、軽く目で頷いて肯う。

口元に軽く笑みを浮かべた赤城は中嶋に向き直り、落ち着いた口調で意見を述べる。

 

「副長殿のお考えは良く理解出来ますし、安全を第一義とされている事も納得している積もりです。しかしながら、危険があるから断念する撤退するとの事であれば航海初日の議論に立ち戻ってしまうと感じております。本船の安全を確保するのであれば、我らが潜水艦の行動圏外から出撃する事も考えられるのではありませんか? 最も安全な策では無いかも知れませんが、可能な限り安全に接近・出撃すると言う主旨でご再考願えませんでしょうか?」

 

少し安堵した陸奥も彼がどの様な回答を表明するのか待ち受けるが、その意思を曲げさせることは簡単では無かった。

 

「数十浬手前から皆さんを海上に下ろしてしまえば、それだけ皆さんの危険と他国に対する暴露リスクが高まるだけで何ら解決になっていません。現状では、やはり環礁に接近しないのが最も合理的だと考えます」

 

中嶋は、本人もそう意識しているのだろうがあく迄冷静である。

だがその冷静さが逆に冷たく聞こえ、場の空気を更に悪化させてしまっている様だ。

「仕方無いですよねーやっぱり安全が一番ですし~。それにぃ、最終判断は副長にお任せするって皆で納得した訳ですから~陸奥さんを嘘吐きにしてしまう事は出来ませんしねー。安全に過ごさせて頂けるんですからぁ~ご決定に従うのが当然ですよねぇ~」

龍田の言葉にはかなり棘があり、室内の雰囲気は更に冷え込んでしまう。

「龍田ちゃん、そんな言い方するもんじゃないわ?」

「でもぉ~――」

「いえ、龍田さんは寧ろ気遣った言い方をした位です」

 

彼女の言葉を遮ってきっぱりと言い切ったのは妙高だった。

「私達にとって仲間と再会することは、どんな危険と引き換えにしても価値のあるものです。それに自らの落ち度では無く、人間達の愚かな振舞いの所為で七十年もの間海底に放置されていたその屈辱に対して、例え僅かでも一矢を報いる事が出来るかも知れないと言う思いもあります。それらを一顧だにせず『安全を図る為』と言えば聞こえは良いですが、要は防衛隊や政府が過激な事をして欲しく無いだけなのではありませんか? それに――」

「妙高ちゃんもうそれ位にして頂戴! それじゃ副長のお立場が無いわ⁉」

「お立場の事は良く理解しております、それを守る為に汲々としておられる様に見えましたので」

 

妙高の言葉は、あたかも鋭利な氷の矢の如くその場にいる全員の胸に突き刺さる。

 

(妙高ちゃん、何故そこ迄――)

 

一瞬そう思い掛けたものの、何故と問うのは愚問だったかも知れない。

これ程激越な言葉を弄して迄も彼女がしなければなら無かった事とは、恐らく中嶋への訣別なのだろう。

自らの想いを断ち切る為に、どうしても必要な事だったのだろうか。

とは言え陸奥がそれを慮っている余裕は無かった。

突然がたんっと音を立てて加賀が立ち上がると、ツカツカと妙高に歩み寄り低く感情を圧し殺した声で告げる。

 

「一緒に来てくれるかしら?」

 

「はい」

 

妙高もまた無感情な声で応じるとすっと立ち上がり、既に背を向けて扉に向かっていた加賀の後を追う。

一瞬どうし様かと逡巡したその間に、高雄が立ち上がりつつ声を上げる。

「妙高さん! 加賀さんも待って下さい!」

言いながら二人を追い掛け様とするが、入り口近くに座っていた初春がさっと手にした扇を翳しながら声を掛ける。

「高雄殿、ここはお二人にお任せ致しましょうぞ⁉」

「でも――」

「余人に聞かせとう無いこともありますぞえ」

「――」

 

戸惑いを隠せない様子で彼女はこちらを振り返るが、それに応える様に瑞穂が口を開く。

 

「高雄さん、初春さんの仰る通りだと思いますわ。ご当人同士でなければ出来ないお話の様に私も感じます」

彼女の落ち着いた声が幾らかその場の昂った空気を和らげてくれる。

高雄はまだ困惑を隠せ無い様子ながらも、何とか己の感情をぐっと押さえ付けるかの様にして自分の席に引き返す。

それはそれとして、そろそろ限界なのではと陸奥は思い始めた。

この刺々しい空気の中にいると冷静さが失われるだけで無く、最悪の場合仲間同士の信頼にもひびが入りかねない。

「済みません、一旦休憩とさせて頂きたいのですが宜しいですか?」

意を決した陸奥が口を開くと、当の中嶋もややほっとした様な表情になって即断する。

「そうですね、皆さんには一旦就寝の準備などして頂いた上で再度集まって頂きましょうか」

「有難うございます。それじゃ皆休憩にしましょ⁉」

 

陸奥の言葉で仲間達は一斉に立ち上がり、一礼しながら退室していく。

陸奥も後を追い掛け様と腰を浮かせ掛けると、斑駒(父)が声を掛けて来る。

「陸奥さん、三分だけお時間を頂けませんか?」

「はい、どの様な事でしょうか?」

「本官は皆さんのご決定に異議を唱えたりする立場にはありませんが、甚だ老婆心ながら本船を預かる者として副長にお話ししておきたい事がありまして、出来れば貴方にも一緒に聞いて頂きたいのです」

「判りました、承ります」

「天音、お前は外しなさい」

「厭よ、私も聞きます!」

斑駒(父)は呆れた様な顔をした後で陸奥と中嶋に向き直って苦笑する。

「全くもって、こんな跳ねっ返りに育ってしまいましてお恥ずかしい限りです。こんな娘が果たして皆さんのお役に立てているのやら」

「天音さんは、私達にとって現代日本と言うか人間社会との接点そのものですし、私達艦娘の大切な仲間ですわ」

 

深く考えること無くごく自然に陸奥がそう答えると、斑駒(父)は初めて見せる温和な笑みを浮かべて頭を下げる。

「有難うございます。しかも心からそう思って頂いているご様子、父親として深く感謝致します。さて、お話と言うのは他でもありません。先程来副長の仰っておられる事は、ある一面に於いて誠に正しい事だと本官も思います。但しそれは、未来に於いては兎も角現時点に於いて我が国の国益を斟酌した場合、と言う条件付きです。もっとも、こんな事は既に陸奥さんのお仲間の方が大変辛辣な言葉で指摘なさっていたことですが」

 

そう言って笑みを浮かべて見せた船長は、そのまま言葉を続ける。

 

「そして、その様な判断を下す事でご自身が悪者になること迄覚悟した上で仰っておられる。大変立派なことですし、並みの者に出来ることとは思えません。しかしながら、とても重要なことを見過ごしておられる様にお見受けします。副長が防衛隊の一士官であり艦娘の皆さんの一世話係であるならばそれで宜しいのかも知れませんが、今や貴方は陸奥さんを始めとする艦娘の皆さんにとって実質的な上官である事を認識なさっておられない様です。決して一般的な真理では無いかも知れませんが、本官の経験して来ました限りでは、人の上に立つ時に最も大切なことは部下を危険に晒さないことでは無く、部下を信頼し部下から信頼されることです。今の貴方はそのどちらも喪おうとしておられる様に思えてなりません。傍目に見て非常に危うく感じられましたので愚見を申し上げた次第です。ご賢察頂ければ幸いです」

 

そこ迄流れる様に話した斑駒(父)は改めて陸奥を見て微笑を浮かべる。

「陸奥さん、お時間を取らせてしまいました。これからもこの愚かな娘をお導き下さい、愚かな父としてお願い致します」

そう言って深々と頭を下げた後でさっと立ち上がる。

「さあ一旦出なさい天音! それではまた後程」

中嶋に一礼した彼は、何事か言いた気に膨れた娘を従えてこれまた流れる様に素早く室外に消える。

 

(あたしも長居は無用ね)

 

そう思った陸奥も、

「では副長、後ほど」

とだけ言って席を立つ。

 

出際にちらと振り返ると、中嶋は腕組みをしてじっと机を見詰めていた。

 

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