陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第九章・第八節〕

 陸奥は勿論のこと艦娘達は一体どうなる事かと言う思いで会議の再開に臨んだ。

しかし冒頭いきなり口火を切った中嶋の言は、先程の斑駒(父)の忠告(知っているのは陸奥だけだが)をちゃんと取り入れた上に彼らしい物堅さと謙虚さとが込められており、幾らか緊張を和らげた者も多かった。

 

「私から皆さんにお願いがあります。私の頭では何度考えても、皆さんの危険と『おおやしま』の危険とを天秤に掛ける事は勿論双方の危険を少しでも回避出来ると言う確信に至ることが出来ません。これ迄の議論と重複しても構いませんので、改めてその具体的な方策等に付いて意見を聞かせて下さい」

 

(やっぱりいい方なのね――二人共そう思うでしょ?)

 

陸奥が加賀と妙高に向かって目語して見せると妙高は目で笑って見せるが、加賀はぐっと拳を握りそれを自分の方にぐいと引き寄せて見せる。

 

(か、加賀ちゃん、まだ気が早いんじゃないの?)

 

そうしている間にも、早速赤城が勢い込んで喋り始めている。

「それでは――――」

その赤城の考えを軸にして全員で取り纏めた結果、やはり『おおやしま』の防衛と長門・酒匂の捜索及び接触とを行う為には、艦娘達が複数の隊に分かれる事が必要という形でほぼ纏まる。

中嶋肝入りの船上の水槽から瑞穂と蒼龍が交代で広域の監視に当たり、斑駒(娘)がその横に付いて異変があれば直ぐに警報を発するべく待機する。

それ以外の仲間達は三隊に別れ、内一隊は『おおやしま』直衛の部隊として対潜哨戒に従事するべく長良・皐月・霰を配する。

残る二隊のうち一隊は妙高・高雄・朧を配して高速で移動しながら敵性艦の攪乱と分断を目指すものとし、もう一隊は陸奥・龍田・初春・子の日を配して火力に勝る陸奥を中心にして接近し、長門らとの接触を目指す。

そして赤城・加賀・飛龍はそれら三隊の目となるべく、妙高隊には赤城、長良隊には飛龍、そして陸奥隊には加賀が其々同行すると言うものである。

 

「これだけの戦力を割いて頂けるなら、何が有ろうと絶対に潜水艦を近付けさせない自信はありますけど――陸奥さんと妙高さんの隊は如何にも手薄に感じます」

長良の素直な感想に対しては妙高が応える。

「それは大丈夫だと思うわ。陸奥さんには龍田さん達が付いているんだから対潜警戒が手薄とは言えないし、私と高雄ちゃんは高速で移動している限り奴らの雷撃の的にはなり難いから、赤城さんに随伴してくれる朧ちゃんさえいてくれれば十分ね」

「敵性艦の頭数が根本的に寡勢である処も、我らにとっては幸いにござりますな。それにしても、無線が使えさえすればもう少し柔軟な作戦も立てられましょうにのう」

「それは仕方無いわ、ここはどうやら米軍の実質的な勢力圏下見たいだし、傍受される危険は冒せないわね」

陸奥がそう言うと、今迄黙って艦娘達の議論を聞く側に回っていた中嶋が思いもよらぬ硬い調子で口を挟む。

「その通りです。ですから、一度(ひとたび)本船から離れてしまえば事実上皆さんと意思の疎通は不可能になりますので、不測の事態が生じても皆さんが独自の判断で対処して頂く必要があります。只でさえ敵性艦との交戦によるリスクが高い上に、各個に必要な情報を収集し状況判断して行動しなければならない事には大きな懸念があります」

 

すっかり作戦の中身に集中してその気になっていた仲間達は、彼がまだ態度を軟化させた訳では無い事を知って思わず静まり返ってしまう。

「でも、本当の緊急事態の為に各隊の旗艦となる方には無線を付けて頂きますし、無線暗号さえ決めておけば例え傍受されても中身を窺い知ることは困難だと思いますが?」

艦娘達にかわって斑駒(娘)が懸命に反論するが、中嶋はそうおいそれとは譲らない。

「それはあく迄も最悪の事態に対する備えでしかありません。また、交戦する可能性を僅かでも下げられる類の事でもありません。これから我々が対峙するのは、少なくとも過去数か月の間に実際に船を沈めた何者かと同様な存在の筈です。皆さんのあの強大な能力を同じく有するであろう相手と、恐らく敵として接触しなければならないという最大のリスク――いえ、危険を少しでも小さくすると言う答えにはなりません」

彼のその言葉を聞き、陸奥は胸中で確信する。

 

(命令されたからでは無いわ、副長ご自身の何らかの強い信念の様なものがあるのね)

 

端的に言えば、中嶋に決断して貰う為には自らその信念を曲げて貰わなければならないのかも知れない。

 

(どうすれば良いの? あたしにそれが出来る?)

 

だが十分に考えが纏まり切らない内に、先程にも増して冷ややかな調子で妙高が喋り始めてしまう。

 

「もっと正確に言うならば、敵であるかどうかすらも推測でしか無いのではありませんか? 国の為に戦ったのに、その祖国の手によって実験台にされて沈んだ娘達なんですから、人間達のことは恨んでいても私達艦娘のことは敵視しないかも知れませんよ? それでも十分合理的な推測ですから、それに従って長門さんと酒匂さんに接触するのは陸奥さんと私だけとして、それ以外の全員で本船を守ることにしては如何ですか? そこ迄すれば幾ら副長でもご決断頂けるのではないですか? それとも――」

「もう止めて妙高ちゃん! 言い過ぎよ⁉」

思わず陸奥が遮ると、彼女は澄ました顔ですっと口を噤む。

まるで自分が止めに入るのを待っていたかの様だ。

 

(これも計算尽くなの? 本当に喰えない娘ね)

 

内心呆れていると加賀が視線を合わせて来るので、軽く頷いて諾うと頷き返した彼女は徐に語り始める。

 

「彼女らが私達に敵対するかどうかと言えば、憎むべき人間達の船からやって来る私達を敵視するだろう事はまず間違い無いでしょう。ですから妙高さんの言う遣り方で副長のご懸念を払拭する事は、どちらにせよ困難だろうと思います。しかしながら、そこ迄してでもご理解頂かねばならないとも思うのです。副長に譲れ無いお考えがある様に、私達にもどうしても譲れ無い事があるからです。この呪われた海の底に長門さんと酒匂さんを、祖国に見捨てられ人身御供として差し出されたと言う暗い悲しみを負わせたまま取り残して行く事だけは絶対に出来ません。誰よりも私達の事を理解し様と腐心して頂いている副長には良くお判りの筈です。今こうしてここで人間の様に喋っているこの私は、同時に光も音も無い冷たい奈落の底に哀しい兵達の亡骸を抱いたまま横たわっている鉄の塊だと言うことを。だからこそ、そこから仲間を救い出すことが出来る機会が目の前にあるにも関わらず、何もする前からそれを諦めろと言われるのには耐えられません。もしも米艦が私達を妨げるならば、持てる力の限りを尽くして粉砕します、邪魔など絶対にさせません。只、それを心の赴くがままに為すのは唾棄すべき事です。どうしても副長に理解頂きたいのです。理解して私達を送り出して頂きたいのです」

 

例によって淡々と言葉を紡いだ彼女は、そこで一旦口を閉じる。

 

その顔には何時もの様に感情の影はほとんど浮かんでいないが、隣に座った赤城は瞳を潤ませて深く頷いている。

赤城だけでなく幾人かの仲間達も瞳に涙を湛えており、加賀が全員の気持ちを代弁したことは中嶋にはっきり伝わったことだろう。

 

(加賀ちゃんの気持ち、副長の心に届いたかしら……)

 

そう思って改めて中嶋を見やるが、彼は目も口も固く閉じて机の上に出した両手を拳に握り締めていた。

そして、次に彼が発した言葉にその場の全員が驚く。

 

「その皆さんの気持ちが――その強い気持ちがあるから、私は恐ろしいのです!」

 

これまでの副長からすれば、あり得ないような感情的な物言いだった。

全員が固唾を飲んで彼の言葉の続きを待ち受ける。

 

「皆さんは、我々では及びも付かない様な壮絶で辛い記憶を抱いていて、それが皆さんを動かす強い動機になっています。それは、私達では止めることすら敵わない強い意志です――。だからこそ、お仲間を救い出すと言うその目的の為に、皆さんは我が身を擲ってでもそれを果たそうとされるだろう事が恐ろしい――。その上私は皆さんに指摘される迄、本船が晒される危険に付いて正しく認識する事が出来なかった。――指揮官として取り返しの付かない失態です。それをカバーする為には、皆さんの力を分断すると言う更に危険な選択をしなければならない――。私には、どうしてもその決断が出来ません。私自身の未熟さによって皆さんや斑駒船長やこの船を危険に晒し、あまつさえ犠牲を強いることなど到底出来ません……」

 

陸奥の脳裏にふっと仁の泣き顔が過る。

彼がしばしば陸奥の前で涙を流していたのは、彼の亡くなった母親と関係があると言う事いうことをこの航海の直前に初めて知った。

自分達には親子と言うものの存在やその関係は本質的には理解出来ないものだが、それがとても大切である事は容易に想像がつく。

仁は幼い頃に母――彼にとって何よりも大切だった筈のもの――を突然喪ったことで、心に深い傷を負っているのだろう。

だからこそ、自分が彼の母親を思い出させる様な言動を無意識にしてしまう度に涙を流していたのだ。

 

(ひょっとして、副長も同じ様な経験をしているのかしら?)

 

彼もまた大切な何かを喪った事があるのだろうか?

その辛い経験が、彼に決断をさせない何かの正体なのだろうか?

 

そんな思いに陸奥がとらわれていると、再び加賀が口を開く。

「私達に正直な胸の内を明かして頂いて有難うございます。でも、少しだけ残念でもあります。私達は幾人もの指揮官を見て来ましたし、その中には完璧な人間など一人もいなかった事を良く知っています。一体何が未熟だと仰るのでしょうか? 現に、私達が事前にそれに気が付いて進言したところ、副長はその指摘を素早く取り入れてこれ迄の判断を修正し様とされています。私には到底未熟な指揮官の所作であるとは思えませんが? それとも副長は私達に指摘された事を恥じていらっしゃるのでしょうか? だとすれば、これ程悲しいことはありません。私達は貴方を必要としているのに、貴方は私達を必要とはしておられないのですか? 私は悲しい――私はこんなにも貴方を必要としているのに、貴方は私を必要としてはいないだなんて――。貴方に理解され、貴方を支えたいと願っているのにそれが必要とされないなんて――私はどうすれば……」

 

(加賀ちゃん!)

 

彼女の言葉は最後には独り言に――しかも加賀の個人的な想いそのものになっていた。

それに驚いたのは陸奥だけでは無く、真ん丸に目を見開いている者もいれば蒼龍と飛龍は今にも立ち上がって叫びそうだったし、中でも印象的だったのは妙高が満足気な笑みを浮かべて深く頷いていることだった。

その場は期せずしてしんと静まり返ってしまい、その気配で我に返ったらしい加賀は自分が何を口走っていたのか気付くと、見る見るうちに真っ赤な顔になり机に頭が付きそうな程俯いてしまう。

 

(有難う加賀ちゃん、良く言ってくれたわね)

 

陸奥はすっと息を吸い込むと、珍しく驚いた様な顔で固まっている中嶋に呼び掛ける。

「副長、宜しいですか?」

「――えっ、あっ、はい陸奥さん、どうぞ?」

「それでは改めてお願い致します。現状で考えられる最善の案とそれに臨む私達全員の気持ちを申し上げましたが、副長の条件をまだ伺っておりません。どの様な条件であれば、明日私達の出撃を認めて頂けるのでしょうか? どうかご教示下さい。私達はこれを最後の質問にしたいと思っております」

(加賀を除く)全員が頷く気配がし、その視線が中嶋に集中する。

彼の当惑した様な表情は内心の迷いの表れだろうか。

 

(もう少し何か言わなきゃ駄目かしら?)

 

そう思いかけた時、斑駒(父)が唐突に声を上げる。

「副長、発言してもよろしいでしょうか?」

「あ、はい、どうぞ船長……」

「馬鹿な事をと笑い飛ばして頂ければ幸いです。ですが副長、ここで肚を据えねば男が廃ると言うものですぞ」

 

それだけ言うと斑駒(父)はすっと身を引いて輪から外れ腕組みをして黙ってしまい、辺りを沈黙が支配する。

 

その静けさたるや、まるで皆の心臓の鼓動が聞こえて来そうな程だ。

いや、実は本当に聞こえていたかも知れないが、その音をゆっくりと聞いていられる程中嶋は皆を待たせはしなかった。

やはり彼は本質的にとても優れた指揮官だった。

艦娘達の前でその表情は見る間に変わって行き、何時もの彼へと戻って行く。

「陸奥さんの問いにお答えする前に、皆さんに一言申し上げなければなりません。私は既に十分過ぎる程皆さんに支えられています。本当に有難うございます」

 

仲間達は全員静まり返って、彼の言葉に耳を傾けている。

 

「私から皆さんにお願いする事は二点です、これを守って頂けない限り絶対に皆さんの出撃を認める訳には行きません。一つは、あらゆる手段を尽くして危険を回避する事です。例え交戦状態に陥ったとしても、常に安全策をとる様に最善を尽くして下さい。そしてもう一つ、何があろうと絶対に長門さんと酒匂さんを含めた全員が生還する事です。今この場で誓約出来ますか?」

 

それを聞いて、迷う理由など何も無かった。

 

「起立!」

陸奥が声を掛けて立ち上がるのと、艦娘達全員(及び斑駒(娘))が立ち上がるのはほとんど同時だった。

そして、一瞬だけ間を空けて中嶋と斑駒(父)が立ち上がる。

「副長殿、私達には賭ける物など何もありませんが、強いてあるとすれば艦としての誇りだけです。ですから、誇りにかけて誓約致します!」

そう言ってさっと敬礼すると、仲間達が一瞬おいてさっと敬礼し声を揃える。

「誓約致します!」

静かに答礼した中嶋は、何時もの彼らしい冷静な口調できっぱりと言い切る。

「有難う、私は皆さんと出会えて幸福です。万難を排して長門さん酒匂さんと共に日本に帰りましょう」

 

(愈々だわ姉さん!)

 

内心の興奮を感じたその時、いきなり赤城が大きな声を出す。

「さぁ、いよいよ大一番ですね⁉ 早速今からぐっすり眠って十分に鋭気を養いましょう!」

「まだ駄目よ赤城ちゃん! 寝るのは起床時の段取り位は決めてからよ⁉」

咄嗟にそう突っ込むとどっと笑いが起きる。

例によって照れくさそうに笑う赤城の横で、喜んでいる様な少々がっかりしている様な複雑な顔付きで突っ立っている加賀が何とも言えず可笑しかった。

 

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