〔第十章・第一節〕
夜明けと共に起き出した艦娘達は、それより早く航海薄明と共に起床して監視に就いている蒼龍と瑞穂の所に集まっていた。
「これ迄のところ進行方向に異常は見受けられません。間も無く環礁に到達する予定です」
水槽の上に立つ蒼龍の代わりに瑞穂が現状を解説してくれる。
「早朝からお二人共お疲れ様です。その装備はやはりきついですか?」
赤城が言っているのはウェットスーツのことだ。
前回概ね好評だったこともあり斑駒(娘)は今回も準備しておいてくれたが、サイズの問題は十分解決した訳では無さそうだった。
見ると蒼龍はスーツの前を大きく肌蹴て着ており、アンダーシャツを着けていなければちょっと男性の前では出来ない恰好である。
「幾ら何でもそれはちょっとだらし無いんじゃない?」
と飛龍が突っ込むと、蒼龍は遠い目をしたまま反論する。
「だってぇ、飛龍は苦しくないかも知れないけど私は長い時間は絶対無理だもん」
「な、何よ! 私だって別に普通の大きさよ⁉ あんたや高雄ちゃんが大き過ぎるだけでしょ⁉」
飛龍が気色ばんで言い返すと、引き合いに出された高雄が更にそれに噛付く。
「大き過ぎるってどう言う事ですか⁉ ちゃんとぴったり合う下着もあるのにそんなのおかしいです! 第一、大きくて困るのなんてこの装備を着る時位ですよ⁉」
「そうですよねぇ――大きくて困る事なんかそうそう無いですよね――。男の人もおっぱい大きい方がやっぱり好き見たいだし……」
如何にもしょんぼりした様子で自分の胸に触れつつ長良が呟くと、高雄は更に得たりとばかりに畳み掛ける。
「そうですよ⁉ 男性は私達のこの豊かな胸にとっても癒されるそうですよ! それだけでも凄く意味があると思いませんか? その――、わ、渡来さんだってきっと大っきなおっぱい好きですよ……?」
(高雄ちゃんたらどさくさに紛れて何言ってるの⁉)
「仁はそんな事を基準に好き嫌いを決めたりしないわよ!」
「でも、でも、やっぱり小っさいよりも大きな方が良い筈です!」
「あたしは小さくないわ! 普通よ⁉」
「そうですよ! 普通で何が悪いんですか? 大きければ良いってもんじゃ無いわよね⁉」
陸奥が高雄に言い返すのに乗っかって飛龍が気勢を上げると共に、概ね『普通』サイズと思われる瑞穂や妙高の顔を見る。
「私はその――特に意識した事もありませんでしたし、殿方にも其々に好みがお有りでしょうから……」
瑞穂が少々赤面しながら口を開くと、続けて如何にも呆れ果てたと言わんばかりの顔をした妙高が露骨に厭味を言う。
「これから初めての本格的な実戦に赴くと言うのに能天気な方達ですね、羨ましい限りですわ⁉」
ところが飛龍には大して通じないらしく、したり顔で言い返す。
「もぉ~、妙高さんたらお澄まししちゃってぇ♪ そんな事してたら加賀さんに取られちゃいますよぉ? おっぱいの大きさで負けた、とか言われても良いんですかぁ⁉」
これにはさすがの彼女も動揺を隠せず、むきになって否定する。
「な、何で貴方が⁉ ――――い、いえ、何を言ってるのかしら? 別に加賀さんがおっぱいで副長を誑し込もうがどうし様が私には関係無い事だわ⁉」
横で聞いている斑駒(娘)が思わず頬を紅潮させるが、何よりも加賀自身が黙ってはいない。
「ちょっと聞き捨てなら無いわね。この私が何時あの方を色香で誑かす様な真似をしたと言うのかしら⁉ まぁ、確かに貴方の貧相な体付きでは私に劣等感を抱いてしまうのは仕方の無い事だけれど?」
「誰が貧相ですか! こう言うのを均整のとれた肢体と言うのですわ⁉ そんな締りの無い贅肉だらけの体に劣等感など抱く訳がありません!」
「全く――物を知らないと言うのは都合の良い事ね。高雄さんが言った通り、殿方は私達のこの恵まれた豊満な体に癒されたい耽溺したいと願っているものよ? それとも、それが判っているから目を背けたいだけなのかしら?」
煽られた妙高は更に言い返そうとしたのだが、そこを斑駒(娘)が必死に遮って声を張り上げる。
「み、皆さん! もうその位にしておきましょう⁉」
彼女の視線の先を全員が辿って振り返ると、中嶋と斑駒(父)が連れ立って近付いて来るところだった。
(あ、危ない危ない……こんな話聞かせる訳には行かないわよね)
「駒ちゃん有難う! 皆一時休戦よ。飛龍ちゃん、日本に帰ってからやっぱり普通が一番だって事をゆっくり証明してやりましょ⁉」
「はい、もちろんです!」
その威勢の良い返事に笑顔を返しながら、まだ何か言いたそうな加賀や高雄の機先を制して中嶋らに向き直ってさっと敬礼すると、彼女らも不承不承それに倣う。
「皆さんお早うございます。瑞穂さん蒼龍さんは早朝から大変お疲れ様です。状況を聞かせて頂けますか?」
中嶋が答礼しながらそう声を掛けると、蒼龍が遠い目をしながら応える。
「今、環礁上空に差し掛かってますがかなりの雲量です。これから雲の下に降りて見ますので少しお待ち下さい」
仲間達と中嶋らは暫し無言になって、彼女の次の言葉を待ち構える。
「――今、下に出ました。――環礁内は――静かです、敵影無し」
仲間達の間に小さな騒めきが起き、直ぐに潮が引く様に静まって行く。
「と言うことは、敵はまだ我々の接近には気付いていないと言う事ですね?」
予想通り真っ先に赤城が声を上げると、それに中嶋が応じる。
「そうと断言は出来無いでしょうが可能性は高いでしょうね。ミッドウェー島近海での遭遇時は、もっとずっと接近した状態で初めて気付かれたのでしたね?」
「その通りです。只、あの折は殺気の様なものの正体が最初は何が何だか判らない中であの商船が通り掛かったものですから、正確な事はちょっと判りかねるのですが」
赤城の言葉に加賀も頷いて同意を示す。
「もちろん構いません。どちらにせよ我々はこの後も監視を絶やさず接近する訳ですから、敵がこちらに気付く物理的な距離も自ずと明確になるでしょうし。――それでは蒼龍さん瑞穂さん、この後もかなり長時間に渡って負担を掛けてしまいますが宜しくお願いします」
「はい!」
「皆さんは朝食を摂った後出撃準備を整えて、昨夜予定した通り集合して下さい。直前迄しっかり状況を見極めましょう」
「はいっ!」
艦娘達がきびきびと返事をするのを聞き届けると二人は踵を返して歩き去って行き、入れ替わりに警備官が二名手に手に朝食と思しきものを持って近づいて来る。
「三人の朝ご飯が来た見たいよ?」
と陸奥が声を掛けると、やはり宙を見詰めたままの蒼龍が嬉しそうに声を上げる。
「やったぁ♪ さっきからお腹空いてたんですよぉ~」
「では私、交代致しますわ。蒼龍さんが先にお食事なさって下さいね」
と瑞穂が言いながら水槽の上に上がるが、蒼龍も直ぐにはそこから降り無い。
「そうか、瑞穂さんが環礁上空に辿り着く迄少々時間が掛かる訳ですね」
赤城が再確認する様に独り言ちるその間に、斑駒(娘)が、朝食を運んで来てくれた警備官に声を掛ける。
「有難うございます。一旦こちらに置いて頂けますか?」
と言いながら傍らの折り畳み机を指差すので、警備官らはそれに従って食事を並べてくれる。
しかしその時、一人のかなり若い警備官が蒼龍の肌蹴た胸を一瞬ちらりと見て、すぐに視線を逸らす。
(男の人ってやっぱり大きなおっぱい好きなのかしら?)
そう思っていると、相変わらずしょげ返った様子の長良が誰言うとも無く声を掛けて来る。
「胸が大きくなる方法って何か無いんでしょうか――それとも、やっぱり艦娘には無理なんですかね……」
さすがにそれは凹み過ぎだと思ったので、出来るだけ朗らかに否定して見せる。
「長良ちゃん、余り気にし過ぎちゃダメよ⁉ 男の人が全員同じ好みな訳じゃ無いわ♪」
(そうよ、少なくとも仁は絶対に違うわ⁉ きっと好みが違う筈よきっと――)
彼女にはそう言っておきながら、そんな風に半ば躍起になって自身に言い聞かせている自分にふと気が付き、思わず赤面してしまった陸奥は殊更に皆を急き立てて船内に戻った。