陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十章・第三節〕

 (駄目だ――やっぱり聞こえない)

 

さすがに少々焦りを覚える。

「皐月! そっちはどう?」

「何にも聞こえないよ⁉」

ちょっと期待したのだが、彼女の返事は素っ気無いものだった。

仕方無く背後を振り返ると少し離れた飛龍と霰の許にスーッと近付くが、宙を見詰めたままの飛龍に声を掛ける迄も無く霰が首を横に振って見せる。

 

(そっちもダメかぁ――あ~どうしよう)

 

「ねぇ、どうするの?」

近付いて来た皐月が、今長良の一番聞きたく無い言葉を口にする。

 

(そんな事こっちが聞きたいよ、もうっ!)

 

そう言いたいのは山々だったが辛うじてそれを堪えると、取り敢えず無難な事は何かと考えながら口を開く。

「――そうだね、このままじゃ『おおやしま』から離れ過ぎちゃうから、飛龍さんには索敵を続けて貰いながら第二戦速で『おおやしま』を追い掛けよう」

「りょうかーい♪」

「皐月が先頭、私が殿で霰は飛龍さんを誘導するんだよ。それじゃ前進!」

そうして動き出したものの、幾許も無く肉眼で『おおやしま』がハッキリ見えて来たので再び哨戒速度に落とす。

 

(おかしいなぁ、こうすれば『おおやしま』の機関音はちゃんと聞こえるのにぃ)

 

こんなにちゃんと聞こえているのだから、自分の水測能力に欠陥がある訳では無さそうだ。

もっとも、それを言うなら飛龍の索敵能力にしても同じ事だろう。

彼女が触接を喪失したのは能力の欠陥の所為では無く、自分同様単にこの新しい体での実戦に不慣れなだけだと思われた。

 

(一体どこに行っちゃったのよぉ~)

 

長良の頭の中では飛龍や霰、皐月が水を切る僅かな音も(すぐ傍に居るからだが)ちゃんと聞こえている。

 

(…………)

 

次の瞬間頭の中で何かが繋がり、これ迄全く見えていなかった何かが一気に弾ける。

 

あぁっ!

「ど、どうしたの長良ちゃん⁉」

「何か見付けたの⁉」

彼女が突然大声を出したので、仲間達が驚いて声を掛ける。

「飛龍さん! もっと違う方角を探して見て下さい! 大体九から十時方向で十浬以内位を!」

そう言いながら、自分自身も水平線の向こうを艦娘の視覚で見渡す。

「いたっ! 方位概ね十時、一時方向に進行中! 浮上航走してるじゃない⁉」

ほぼ同時にその姿を測距儀で捉えた長良は、敵が真っ直ぐに『おおやしま』を追跡している事を確認する。

 

(まだこちらには気付いてないんだ!)

 

「飛龍さん、索敵はもう結構です! 全艦第一戦速にて敵艦と同航併進せよ! 統一射撃ヨーイッ!」

「雷撃はしないの?」

「雷走音で気付かれるからまだ駄目だよ⁉ 現在方位角二七八コンマ四、現在距離一〇九〇〇、的速――十八コンマ二節、的針三五九コンマ二、未来方位角―――」

 

長良の言葉に従って全員が発砲準備を整える。

それはほんの僅かな時間である筈なのだが、信じられない程長い間に感じられた。

 

「全艦一斉撃ち方、発令待て! ――ヨーイ、撃―ッ!」

目には見えないものの、未だこちらに気付かない敵艦目指して全員が放った砲弾の飛翔する光景が長良の脳裏にははっきり浮かんでいた。

「全艦十一時に転針! 最大戦速!」

 

(当たれ当たれ当たれぇ~!)

 

そう念じながら敵艦との交錯点を目指して突進するが、次の瞬間ほぼ同時に全員が声を上げてしまう。

「ああっ⁉」

「あいつぅ!」

「何でぇ⁉」

「……」

 

何と敵潜は、長良たちの放った弾幕にまともに突っ込む寸前で急転回したのだ。

「くっそぉ~可愛く無い奴ぅ! あいつ、弾が見えたみたいだったよ⁉」

「後にしなさい皐月! 全艦各個に砲撃及び雷撃せよ! 絶対に奴を逃がすな!」

そう叫ぶと長良自身も次射の態勢を整える。

敵は既に大幅に減速して急速潜航の態勢に入っているため、火力を犠牲にしない様に注意しながら敵との交錯点を修正する様に転針する。

敵潜が潜航してしまう迄に撃てるのは――三射か、良くて四射だろうか。

 

(絶対逃がさ無いからね⁉ 陸奥さんと約束したんだから――)

 

長良の脳裏に、ふと出港時に見た光景が浮かんで来る。

彼女達にとって頼りになる旗艦である陸奥が涙を零しながら仁の名を叫ぶその姿は、きゅっと絞り上げられる様に長良の胸を切なくさせた。

 

(あれが恋なのかなぁ……)

 

自分も何時か恋をする時が来るのだろうか、どんな相手なのだろう。

 

(私も、渡来さん見たいな人が良いなぁ♪)

 

優しく親しみ易い仁は長良の目から見ても魅力的に思えたが、彼はもうほとんど陸奥のものだと言っても差支え無いだろうし、その上まだ高雄も彼の事を諦めた様子では無いのだ。

 

(さすがに陸奥さんと高雄さんに勝てる訳無いよねぇ……)

 

一刻を争う戦闘中に何を考えているのかと呆れられそうだが、こんな甘ったるい事を頭で考えていても長良の艦娘としての体は正確に戦闘を継続しており、更に敵に起こった異変もちゃんと見逃さなかった。

 

(何っ⁉)

 

半ば迄潜航し掛かっていた筈の敵が再び浮上し始めている。

 

(潜航出来無くなったんだ!)

 

「全艦、敵潜の反撃に備えよ! 捨て身で来るよっ!」

水上戦闘艦に追われた潜水艦が浮上戦闘を挑んで来る理由など二つしか無い。

勝てると思ったか、逃げ切れ無いと判ったが降伏する気は無いのかどちらかだけだ。

飛龍が滑る様な動きで長良の横に並んで来る。

彼女ら二人には薄っぺらとは言え装甲があるが皐月と霰はほぼ無防備であり、潜水艦の豆鉄砲とは言え直撃されたら只では済まないので、近距離砲戦になった場合は自分達が前に出る様に決めていたからだ。

完全に浮上した敵は、転針すると真っ直ぐ長良達に向かって来る。

「破れかぶれ見たいね! 魚雷は撃って来るかな?」

「来ると思いますけど、射点が見えてる雷撃はちゃんと注意してれば避けられますから!」

長良が飛龍に応えている間にも、敵が手を突き出しているのがはっきり見える。

 

(はっ!)

 

その瞬間、奇妙な事が起こった。

長良の(艦娘としての)眼には、まるで光の揺らめきか残像の様に見えない筈の砲弾が見えたのだ。

「くっ!」

咄嗟に体を捻ってそれを躱し――何と、弾が躱せる!

とは言え、さすがにそれを皆で確認し合う余裕は無い。

口を開く代わりに体が自然に動いて、敵に間断なく砲撃を浴びせる。

今や彼我の距離が詰まってほとんど零距離射撃が出来る迄になっており、構わず全量射撃で撃ちまくる。

「畜生ぅっ、当たれぇ!」

飛龍が一際甲高くそう叫んだ直後敵が衝撃で吹き飛ばされ、派手に海面上を転がるとそのまま動かなくなる。

「やったぁーっ!! どぉよ⁉」

「飛龍さん凄い凄~い!」

「……ひょっとして、今のは……」

霰がそう言い掛けたので長良はそっと目配せして口に指を当てて見せると、彼女もすぐ心付いて口を噤む。

弾着の間合いからして、敵潜に直撃したのは飛龍ではなく長良の弾であるのはほぼ間違い無いだろう。

だからと言ってそんな手柄を争う気は更々無いし、無事に『おおやしま』を敵潜から護る事が出来たのだからそれで十分だと思った迄だ。

 

「全艦、第二戦速! 接近して敵の状態を確認するから注意して⁉」

「ねぇ長良ちゃん、さっきさぁ弾が見えた様な気がしたんだけど気の所為?」

「いえ、気の所為じゃ無いと思います。私も見えましたし避ける事も出来ましたから」

「ボクにも見えたよ! な~んかゆらゆらして蜃気楼見たいな感じだった」

「……ちょっと、恰好良く躱しちゃったかも……」

「やっぱり皆見えたんだ、何だか不思議だよねぇ~」

「でも、さっき敵が弾幕を躱した理由がこれで判りました。艦娘同士であれば、弾体自身なのかその軌跡なのかは良く判りませんが至近距離でなら見えるんだと思います」

「どうしよう、他の皆に無線で伝えた方が良いかなぁ?」

 

(……)

 

さすがに長良も少し迷ったが、傍受される危険を冒すのはやはり躊躇われた。

「無線は止めましょう。この後一旦『おおやしま』に帰船して直接報告します」

長良の決断に飛龍達は素直に賛意を示すが、その間にも彼女達は敵潜(だろうと思われる)の間近に辿り着く。

その肌は不自然な迄に青白く、身長より長いのではないかと思わせる程の髪は真っ白で、それらが不気味な海草の様に揺らめいていた。

「やっぱり小っさいんだねぇ」

そう口にした皐月とほとんど変わら無い位に小柄で奇妙な衣服を纏ったその少女(の様な姿の何か)は、既に半ば迄海中に沈み始めている。

「どうしよう? 曳航して行くのは無理かなぁ」

飛龍が顔を見ながら言うので、長良も試して見様かという気になる。

「駄目で元々ですから一度やって見ましょう。皐月と霰は離れてなよ!」

そう言って何気無く接近したその刹那、突然頭の中に真っ黒な稲妻が閃く。

 

(こいつ、まさかっ!)

 

まるで時間の流れが遅くなった様に、沈みつつあるその少女がゆっくりと腕を振り上げる。

閉じていたその目がかっと見開かれ、禍々しい赤い瞳が長良を射抜くと共に、濃い空気の塊の様な何かがまっしぐらに向かって来る。

全力を振り絞って身体を仰け反らせるが、それは非情な迄に間近に迫っており、どうしても避け切れそうに無い。

 

(くそっくそっ! こんな処でやられて堪るか!)

 

限界を超えて身体を捻じり、その邪悪な怨念の塊の如き一撃を躱そうと、躱そうと、かわそうと――――。

 

「ぐあっ!」

 

思わず声が出た瞬間体が後ろに弾き飛ばされ、海面に叩き付けられる。

 

必死で肘を突いて顔を上げたその目に、飛龍、皐月、霰がそれこそあらん限りの勢いで叩き込んだ砲弾の惹き起こす重なり合った水柱が映る。

 

そして白い小山が崩れて消えた後には、もう何も浮かんではいなかった。

 

「長良ちゃん!」

「しっかりしてよ! 死んじゃやだよぉ⁉」

皐月が泣き出しそうな顔で飛び付いて来る。

「……皐月ちゃん、大丈夫だから……」

長良が言う前に霰が先に皐月を宥めてくれるので、思わず苦笑してしまう。

「そうだよ皐月、大丈夫だからね」

「本当に?」

胸の辺りがじんじんと痺れた様に熱い。

恐る恐る見てみると救命胴衣がまるで抉り取られた様に大きく引裂けているが、その下のウェットスーツは――――どうやら破れていなかった。

 

「凄い! 正に間一髪で避け切れたのね⁉」

「……本当、こう言うのを紙一重って言うのかも……」

「うわぁ~ん、良かったぁ~~」

泣き出す皐月が可愛らしく、心の底から心配してくれているのもとても嬉しかったが長良の心中は少々複雑だった。

 

(これってつまり、おっぱいが小さかったから避け切れたって事よね……)

 

九死に一生を得た筈なのに、何だか損をした様な気がしてならなかった。

 

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